裸の毒蛇   作:eohane

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森の番人

 ……………暑い。とにかく暑い。

 木々の隙間から射し込む日光。湿った地面から舞い昇る湿気。熱帯雨林特有のムワッと────

 

「ちょっと待って。このくだり前にも見たことあるわよ」

「実に奇遇だなスコーピオン。俺もだ」

「暑さで頭をヤられたーとかシャレにならないからね……ほい、ガムあげる」

「…………俺、ミント味苦手なんだが……」

「あ?」

「いただきます」

 

 笑顔でサバイバルナイフを首筋にあてがってきたスコーピオンをあしらいながら、手渡されたガムをありがたーく頂戴する。ぱくり。噛み噛み。……うぅ~む。

 

「うん、わかった。おもちゃの約束2週間に延長ね」

「勘弁してくれ……」

 

 この鬱蒼としたジャングルの中を、すたすたと進んで行ってしまうスコーピオンに遅れぬよう、俺も歩を進める。……まったく、この女は俺からどれほど搾り取るつもりなのか。

 

「全部に決まってるじゃない」

 

 そうでした。

 

「さくっと任務終わらせるわよ。ほら、行きましょ。私、そこまで気の長い女じゃぁないの」

「あ、あそこ見てみろスコーピオン。何やら新種っぽいゴキブリがいるぞ」

「…………」

「まてまてまてまて。スムーズにガバを構えるな! ほんとに新種だったらどーするんだ!」

「……私、ゴキブリよりカブトムシ派なの。ヘラクレスとか」

「おう、予想の斜め上を行く応答だ」

 

 普通ゴキブリが気持ち悪い、とか、生理的に無理、とか、その辺かと思っていたが、そんなことはなかった。流石は“ボア”の交尾を見て興奮する変態女、格がちg────

 

「ふん」

「ぐぼぁっ」

 

 ────安定のぐるりんぽい(CQCびたーん)である。首を捻り上げられながら、折れたのではないかと錯覚するほどにおかしな勢いをつけて大木に向け放られる。逆さ大の字となった俺の体は、重力に従ってずーるずると地に向かって落ちていく。痛い。

 いわゆる脊柱起立筋のストレッチ(ちんぐり返し)の体勢になった。

 

「……だいたいな、そこは名前的に蠍にしとけよ。そもそも虫が大丈夫ならもっとこう、蝶蝶とかその辺の可愛いげがある奴を選ぶんじゃないのかよ。よりによってなんでそのゴリゴリのガチムチなんだよ」

「あんなヒラヒラのどこが良いのよ。どーせ蜘蛛の巣に引っ掛かって美味しく頂かれるのがオチだわ。蠍は……まあ、グロテスクな妖しさがあってエr──好きだけど、カブトムシほどじゃぁないわね」

「今さらだがお前ってやっぱ変態だn」

「ふん」

「あべしっ」

 

 スコーピオンが、俺の顔の目の前に腰────だけでなく拳もセットで下ろしてくる。後頭部が少し地面にめり込んだ。痛い。

 にしても、だ。俺も大概だろうがやはりこの女、感性がおかしいというかなんというか、どこかぶっ飛んd──ぶべらっ。痛い。

 

「……一応聞いておこう。カブトムシのどこがいいんだ?」

「そりゃーあなた、あの()()()な角に決まってるじゃない。……想像してみて。あの(なまめ)かしいツヤツヤとした色合い……」

「うむうむ」

「猛々しくも美しい反り返った形状……」

「……ぅうむうむ。うむ?」

「まさに雌を屈服させるためだけのような部位、まるでちn──」

「違うからな。それ絶っっっっ対に違うからな。似てないし、そもそもそんな目的の部位じゃないしな。うん?」

「ゴホンヅノカブトって良いわよね、あれ。ロマンの塊だと思う」

「……こっちを見るな。5本も生えてねーよ。最早人間ですらねーよ。りっぱなヤツが1本生えてるよ! 俺はいったい何を言ってるんだ!」

「あらやだ、こんな真っ昼間から下ネタなんて、どーしたの、サーペント? 美女なオネーサンに発情しちゃった? うん?」

「あは、あはは。4日目だからな。ちょっと溜まってるかも──ってやかましいわ。お前覚えとけよ? 初日からヒィヒィ言わせてやるからな」

 

 どこからか「計画通り」とかなんとか聞こえてきたが、まあ気のせいだろう。気のせいだ気のせい。

 ……はぁ。飛ばしすぎた。どっと疲れた気がする。……やはり溜まってるのだろうか。

 

「……む。この匂い……?」

「どーしたの?」

「いや、何か、こう、饐えたような、甘酸っぱい匂いというか……あ」

「うん? ……あら」

 

 ででん、と俺達の眼前にそびえるのは、野育ちのマンゴーである。樹高はわりと低めだ。

 もちろん、枝から垂れ下がっているモノからそんな匂いはしない。どちらかと言えば、マンゴーの外皮の匂いは薬品的だ。さらに、開花したマンゴーの花びらは強烈な腐敗臭を放つ。匂いの発生源は地に落ちた、皮を向かれ食べ散らかされた残り物の方である。……見ると、ぞろぞろとアリが群がっていた。

 

「……誰かいたのかしら」

FARC(ゲリラ)じゃぁないな。見たところ2人しか痕跡が無い。恐らくインディオだろう」

 

 インディオ。この地の先住民、真の意味での「森の番人」。

 この辺り一帯は近代文明の影響がほとんど及んでいない場所だ。……この状態がいつまで続くかはわからないが。“現代”のぬるま湯にどっぷり浸かった人間からしてみればなるべく踏み入りたくない場所であるが故に、未だにインディオ達独自の文化系態が生き残っている。最低限の焼き畑、狩猟採取──伝統的な自給自足の生活。

 かなり長い間過ごしたことがある、このアマゾンにあまり良い思い出は無いが、彼らと過ごした期間はとても有意義なものだった。“生きる”という単純で、そして最も複雑なコトを身近に感じることができたのだから。

 ちょっと、このインディオに会いたくなってきた。

 

「……追おう。何か知っているかもしれない」

「はぁ~い」

 

 しゃがみつつ周囲を捜索する。

 土のへこみ具合から、2人の人物がこの木の周辺に腰を下ろしていたことがわかった。恐らくマンゴーをかじっていたのだろう。小休止を終えた2人は立ち上がり北西へ…………ふむ。妙だ。2人ともえらく歩調が乱れている。いや、乱れすぎだ。まるで何かから逃げているかのような。

 痕跡を辿って進路を北西へ向ける。

 途中、スコーピオンがネックレスのようなものを発見した。色彩豊かな、猿を象った装飾品だ。間違いなくインディオのものだろう。

 おかしい。インディオは伝統的な生活を重んずる種族だ。彼らが独自に創り出す造形品には、先祖から受け継いできた祈りが込められている。それをこうも無造作に置き捨てるなど、あるはずがない。

 ────森が、自然がざわついている。自然の1部である彼らインディオに、何かが起こったことを知らせている。

 

「サーペント……この臭い……」

「…………」

 

 強烈な腐敗臭が辺りに漂い始めている。饐えたような、甘酸っぱい不快感を伴う臭い。さっきのマンゴーなんかじゃない。これは、「死んだ肉体」のモノだ。

 

「……残弾確認」

「…………ガバ、G3、よし」

「俺が先行する。5m間隔、直列に進め」

「了解」

 

 背に装備していたH&K G3 SG/1を構える。ドイツを代表する傑作アサルトライフル「H&K G3」の中から、生産過程において射撃成績が良好であったものを中抜きし、フルオート機構はそのままに各種スナイパーシステムを装着、カスタム化されたモデル(マークスマンライフル)だ。遠中近どの距離にも柔軟に対応できる性能を誇り、使用する弾薬も7.62x51mm NATO弾と強力。フルオートでトリガーハッピーしても驚異の命中率を叩き出す。……まあ操作性は少々やっかいだが。

 ボルトハンドルを引く。レール後端上部の溝に入れて遊底を後退させ、装弾数20発マガジンを装填、ボルトハンドルを叩き落として遊底を前進させる──とまあ、かなり面倒くさい。

 

「──── MOVE 」

 

 何はともあれ、油断は禁物。




久しぶりの毒蛇君回でした。
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