裸の毒蛇   作:eohane

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???「あなたに、お話があります。あなたはずっと……失踪状態だった。ええ、わかっています……どのくらいの長さか?」

eohane「ハァ……ハァ……」

???「あなたが失踪したのは……7年です」

eohane「ヒイイイイヤアァァァ」



観るMGSシリーズとアフリカハシリバコの生態動画に心から感謝を。

そして本作を読もうと思って下さった全ての読者様にも同様に、心から感謝を。




スペツナズの虎

 

 

 

 俗に言う“死臭”というのは、いつまで経っても慣れることがない。まさに強烈だ。生物としての役割を終えた肉体が、大地に還る――とでも言えば、聞こえは良いのだが。やはり、否が応でも“死”を、連想させられるわけで。

 

「……惨いわね」

 

 ぽつりと、隣のスコーピオンが呟く。周囲の警戒のため目を光らせてはいるが、その表情は嫌悪に歪んでいる。俺の目の前で横たわる()に対しての嫌悪、ではない。彼をこのような姿にした()()に対してだ。

 壮年のインディオだ。独特なペイントに衣装、腰回りのアクセサリの数々。まだ文明に侵されていない、原始的なインディオの一族の一人だろう。

 その体には銃創が3か所、確認できる。左大腿部に1つ、胸部に2つ。また、あちこちに殴打の跡。右手の指、鼻が()()()()()いる。ブヨブヨと変色した皮膚には、既にウジが湧き、虫が集っている。奇妙なのは、瞼が閉じられ、手は綺麗に組まれ、まるで簡易的に埋葬されたような恰好だったことだ。

 

「所見は?」

 

 直接の死因は胸部へ至近距離からの射撃――ほぼ即死。銃創の大きさから見てライフル弾の一種――7.62×39mmのようだ。ご丁寧に薬莢が転がっている。右手指と鼻は鋭利な刃物での切断。傷口から見て、死後獣に齧られたものでは無さそうだ。周囲にははだしの足跡が2人分に、軍用ブーツの足跡が5人分――土へのめり込み具合から見て、かなりのヘヴィー級だ。最終的に裸の足跡はその5人に連れられ南西へ進路を向けている。

 人による銃殺――使用火器からしてFARC(反政府ゲリラ)とみて間違いないだろう。なぜ、インディオを追っているのかはわからないが、5人組はここでインディオに追いつき、1人を射殺、残る一人を連れ去っていった――かと思ったら、ヘヴィー級の中の1人が遺体を埋葬している。最低限死者の尊厳を保った、といったところか。

 

「とすると、指と鼻が訳わからないわね。変態がいるのかしら」

「……いや、恐らく()()()()だろうな」

 

 そうだとすれば、他にも多数のインディオが捕らえられている可能性が出てくる。前線基地建設のための安価な労働力として部族丸ごと徴収されている――脱走の意を削ぐための、シンプルで効果的な対処法。

 

「行こう。こいつらと接触できれば基地の発見も楽だろう」

「了解。……珍しいわね、怖い顔になってるわよ、あなた」

「はっはっは、よく拝んでおくんだな」

 

 やはり、森がざわついている。悲しみと、恐怖と――怒りが広がっている。

 野ブタの件といい、こいつらは少々好き勝手にやりすぎのようだ。

 

 

 

***

 

 

 

 なんてザマだ。

 簡単な仕事だったはずだ。脱走した捕虜2人の追跡、確保。

 確かに、まだ経験の浅い若い奴らを部隊に編成し、実戦の空気を感じさせる――少々の課題はあった。だが、日頃から教導し、スペツナズ仕込みの戦闘訓練を受けさせてきた。そして、現場には俺も一緒に出向く――上手くやれる、という自信があった。

 だが、実際にはどうだ。ゲリラという鬱屈とした日々に嫌気が差していたのか、はたまた実戦の空気に呑まれたか――隊の1人、最も若いヤツが、戯れてきた野ブタの子供をナイフで切り刻み始めた時からおかしくなっていった。血と、死の臭い――酷く臭う、鼻腔にこびりつくやつ。

 元から狂っていたのだろうか? まぁ、そこまで素行のいい連中とは言えなかったが……金と、耳障りのいい誘い文句につられてゲリラに志願してくるような連中だ。彼らにもそうするしかなかった事情があるかもしれないし、そこを責めるつもりはない。

 だがどうしても、確信してしまったのだ。こいつらは祖国のためを想って行動に移したのではない。ほんの少しの()()と、つまらない己の人生の憂さ晴らしがしたかっただけ、と。

 捕虜2人には比較的楽に追いつくことができた。小休止のところを射程圏内に捉え、威嚇射撃を数発。身振り手振りで大人しく投降するよう伝えた。2人は酷く怯え、追いつかれたことに絶望しているようだったが、俺にはどうすることもできない。これが今の仕事だ。せめて雇い主に、大事にすることのないよう進言しよう、とあれこれ考えていた矢先だった。

 1人がインディオを撃った。左大腿部を貫通――激しい出血が見て取れた。正しく処置しなければ死に直結するほどの。

 静止する間もなく、隊の奴らはインディオを殴りだした。もう1人の若いインディオが泣きながら庇っている。

 

 ――何をしている。やめろ

 

 暴力行為の停止を命令し、AK-47を構える。

 即座に2人が反応し、俺に向けてAK-47を構えた。

 

 ――楽しみの邪魔をするな

 

 俺は引き金を引けなかった。

 代わりに後ろの2人が引き金を引き、インディオは地に崩れ落ちた。

 若いインディオの、悲痛な叫び声が――まだ頭の中を木霊している。

 

 祖国に見棄てられ、帰ることもできない。

 かと言って自決する勇気もない。

 薄汚れた金で生き長らえている――虚しい人生だ。

 

 

 

***

 

 

 

 若いインディオを捕らえ、基地へ帰還する。

 俺の背後では、部下が"戦利品"で盛り上がっている。他のインディオに見せつけるつもりらしい。

 

「……すまない」

 

 ぽつりと、母国語で溢していた。インディオに意味が伝わるはずがない。仲間を惨殺しておいて何を言うか。だがそう言わずにはいられない――あまりに身勝手な、自己満足の薄っぺらい謝罪。

 

「少し、休憩しよう」

 

 1人、見張りに立たせる。

 妙な視線、というか気配を感じていた。コロンビア政府軍か、はたまたアマゾンの猛獣か。気のせいなら良いが用心するに越したことはない。

 軽く、水分を補給する。後ろ手に拘束されているインディオにも水を与え、軽く装備の点検を開始する。

 ここから南西に2マイルほど行けばジープが停めてある。そこからはある程度舗装された道だ。移動は格段に楽になるだろう。

 

「もうちょっとの辛抱だ」

 

 インディオにスペイン語で話しかける。意味がわかったのか、俯いていたインディオが顔を上げ、こちらをじっと見つめてきた。泣き叫んでいた時の、悲しみと絶望の表情はもう、浮かべていない。そこにはもう、何も無い。何も残っていない。

 ――恐ろしかった。思わず目をそらす。

 

「――――っ!!」

 

 それとほぼ、同時だった。

 先程から頭の中で木霊している悲鳴を切り裂くような、破裂音。

 見張りに立たせていた兵士の、宙を舞う血飛沫と肉片。

 そいつの瞳はあらぬ方向を向き、力が抜けた体が柔らかく崩れ落ちていく。

 敵襲だ。どうやら気のせいではなかったらしい。

 

「9時の方向だ!」

 

 インディオを背に庇いながら、遮蔽物に身を隠す。残った3人も撃ち返しながら、同じように身を隠している。おそらく無駄だろう、とわかってはいるが俺も弾幕を展開し、防御陣形を形成するため隊に指示をだす。

 

「ンぐぇ」

 

 聞こえてきたのは、空気が抜けたかのような、間の抜けた呻き声。茂みから何者かが部下の1人を拘束し、その喉笛をナイフで掻き切っている。

 

「――――女?」

 

 ゆらり、と襲撃者は姿を消した。残された部下が半狂乱になってAK-47を撃ちまくっている。

 脆かった。ある程度訓練し、使えはすると言っても、所詮は寄せ集めの人材だ。本当なら時間をかけて教育し、十分な訓練を積ませた上で実戦に出すべきなのだ。でないと、今のような不測の事態に対処できない。勢いでゴリ押しが効かない事態に、弱い。

 1人、また1人と消えていく。下手なホラー映画よりもあっさりと、部隊は壊滅しかけている。

 

「――――っ!」

 

 視界の端に黒い影を捉える――――遅かった。

 両手に衝撃が走る。AK-47が吹っ飛んでいく――――わざわざ銃を弾き飛ばしてくるとは、どういうつもりなのだろう。俺も撃ち抜いてくれれば、楽だったんだが。

 

「動くな――――諦めろ。残るはお前1人だ」

 

 フェイスガードで顔を覆った、恐らく男がホールドアップを促してくる。流暢なスペイン語だ。耳に残る、妙に心地の良い声だった。意識の中に入り込んでくる、静かな迫力も兼ね備えている。

 

「わ、わかった。わかったから撃たないでくれ」

 

 大人しく男の指示に従う――――わけにはいかない。両手を上げる振り、その途中で、野戦服の袖口が男の方を向いた瞬間に仕掛ける。

 

「むっ」

 

 仕込んでいたスペツナズ・ナイフを射出する。もちろん、こんなもので仕留められる敵だとは思っていない。こちらとしてはハンドガン(トカレフ)を抜く時間が稼げればそれでいい。

 案の定、男はアサルトライフル――H&K G3あたりか? その先端で射出したナイフを弾き飛ばし、改めて照準をこちらに合わせていた。

 だが、それはこちらも同じこと。

 

「安心しろ。今のところあんたを殺すつもりは無い。道案内は1人いれば十分だ」

「俺に、雇い主の顔に泥を塗れと?」

「そうだ。あわよくば手引きして欲しい」

 

 相手の出方を伺う――そんな暇もなく、かなり直球な要求だ。

 政府軍も、建設中の前線基地の情報を入手していたようだ。その脅威査定のために、偵察隊を繰り出してきた、ってところか。

 

「悪いが、お断りだ。俺にも生活があるんでね」

「ほら、言ったじゃない。そう簡単に寝返ってくれるなら苦労しないわよ」

 

 女の声だ。だが男から目を離すわけにはいかない。せっかく五分五分に持ち込んだこの状況を覆されたら、それこそ詰みだ。

 気配で探るしかない。恐らく挟まれた。俺の背後、5時の方向。ピリピリとした殺気――――銃口を向けられている。

 

「まぁ待て。……頼む、あんたを見込んでの頼みだ」

 

 あんたを觀察させてもらった。

 そう、呑気なことを、男は言ってくる。そしてそれに気づけなかった自分に、腹ただしさを感じている。

 

「あんたは他の4人とは違った。捕虜を人道的に扱い、残虐行為を許容しない……正義感がまだ残ってる。恐らく正規の訓練を受けた軍人。特殊部隊(スペツナズ)辺りか?」

 

 思わずピクリ、とトカレフの銃口が反応してしまった。それを男は目敏く気づいている。

 

「恐らく現状に不満を抱いてる。自分が持つ技術の使われ方に疑問を感じている」

 

 任務でここに来てるのなら、誰にも知らせず出国を幇助する。

 祖国へ戻るも良し、第三国で別人として生きるも良し。必ず身の安全は保証する。

 

「だから頼む。力を貸してくれ」

 

 酷く優しい声音だった。ふと、気がつけばこの男の声に、話に、聞き入ってしまっていた。

 祖国に、帰れるのだろうか。忠誠を誓い、国家に仇なす敵を打ち倒すべく訓練を積んだ。これまでの人生の大半を捧げてきた。愛しき、わが祖国へ。

 ――――祖国が、俺たちにした仕打ちはなんだ。

 

「無駄だ。俺にはもう、帰る国も無い。かと言って他所で生きていくのもここと同じ……ここにしか、もう居場所がない」

 

 俺たちは、祖国に見棄てられたのだ。

 

「ほう、丁度いい……だったら俺たちのとこに来い」

 

 見ると、男は笑っている。

 

「俺たちも同じだ。……国に棄てられ、国を棄てた。国家への信頼を失い、何かしがみつけるものを探して……もがいている、そんな連中の集まりだ」

 

 入隊資格は十分だ、なんて宣いながらケタケタと笑っている。絶好のチャンスだ。油断している。

 なのに、引き金を引けない。

 

「はっ……たかだか一軍人に何ができる」

「俺たちは軍人じゃない」

 

 男が、アサルトライフルを手放した。

 

「傭兵――――ただの、兵士だ」

 

 いつの間にか、男が目の前にまで迫っている。

 ぎょっとする。意識の隙間に潜り込まれた。ぬるりと、(ボア)が腕に絡み付いてくる。慌ててトカレフを構える――――できない。気づけば地面に突き倒されている。

 いや、本当に何が起きた。

 

「んぐっ……ぬっ!?」

 

 咄嗟に受け身を取り、トカレフを構え直す。引き金を引く……が、弾が出ない。そもそも引き金を引けていない。というか、無い。

 そりゃそうだ。俺の手にあるのは立派なバナナである。ふざけてんのか。

 

「美味いぞ、それ」

「えぇ……」

「いらないなら、私にちょうだいな」

「え、えぇ……」

「バナナはまだある。さぁ、話してくれ。たらふくバナナを食わせてやろう」

 

 また、ケタケタと笑っている。女も同じように。

 なんと言うか、つられて笑ってしまった。多分、この時点で俺の負けだ。完敗だった。

 もう、観念してもいいだろうか。変に意地を張っていた、過去の自分にそう、問いかける。

 

 ――――知るか

 

 口の悪い野郎だ。

 血生臭い死臭の中、場違いなバナナパーティーが始まった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「へぇ、あんたがスコーピオン……」

「あら、私を知ってるの?」

「そりゃ、なぁ……? ここいらじゃ、あんた有名人だ」

 

 麗しき死神、死の蠍……その悪名は南米にも知れ渡っている――グアテマラが産み落とした怪物。

 どうせ殺されるなら、彼女がいい――――そう言って、仲間と笑い合っていた記憶がある。あの半島で、終わりの見えない基地防衛任務に就いていた頃。どうせ死ぬなら、美女を目に焼き付けてから――その手のシモの話で盛り上がった。祖国に見棄てられ、希望を喪い……それでもまだ、仲間がいた。唯一の心の支えだった。

 結局そいつは、コロンビア政府軍との小競り合いで凶弾に倒れた。

 

「俺は運がいいのか、悪いのか……」

「……何よ、浮かない顔してるわね。大丈夫? バナナ食べる?」

「バナナはしばらく見たくない……」

 

 何がとは言わないが、そこは揉ませる流れじゃないのか。せっかくあいつへの土産話にちょうどいいと思ったのだが、どうもそう都合よく話が進むわけでは無いらしい。

 というか本当に、バナナはもう勘弁していただきたい。バナナ風味のレインボーシャワーができてしまう。

 

「ま、そう深く考えなさんな。……難しいのはわかるけど、ここにいたらそうしなくて済む生き方を見つけられるかもって思ったから、私は彼といる」

 

 祖国への想い、忠誠――――そんなシガラミを断ち切る。そんなことが、俺にできるだろうか。この生き方しか知らない俺が、ただの虎として生きる――――なかなか時間がかかりそうだ。

 

「いつかこの毒を全て吐き出せるように……自分達で、答えを探しながら、もがく……意外と楽しいものよ」

「そんなものか」

 

 まぁ、自分で言うのも何だが生真面目に生きてきた。こうやって道を踏み外す(ドロップアウト)のも悪くないだろう。

 

「……だいぶ時間がかかってるな」

「みたいねぇ」

 

 二人して視線を向けた先には、インディオと、サーペントと呼ばれるバナナ野郎がいる。彼女が属する傭兵部隊――――タイパン部隊の隊長。

 彼とインディオが、何やら話し込んでいる。インディオ特有の言語なのか、会話の内容はわからない。サーペントも身振り手振りを交えて話している様を見るに、インディオからの要望を、なんとかしてサーペントが宥めようとしている、といったところか。

 

「普通に考えて、俺を許せるはずが無い。俺を殺させろ、なんて言ってるんじゃないか?」

「……で、あなたはその報復を受け入れる覚悟がある、と」

 

 もちろんだ。直接手を下したのは、今は亡き元部下たちだが、それを統率できなかった俺にも責任がある。インディオの目には、俺も奴らと同じ側の人間だと映っているはずだ。

 許される道理がない。そして、俺は言い訳を並べて、彼らの境遇から目を逸らしていた。

 

「そんな大したこと話して無いと思うわよ。大層なお題目を並べるの、彼苦手だしね」

「なんだ、そりゃ?」

「自分でも何を言ってるのかわからなくなるんですって。自分が思い描いていることを、言葉として相手に伝えるのが難しいって」

「……正直、俺への勧誘文句も、今思い返したらよくわからなくなってきた」

「フフフ……私もよ」

 

 ……この女の立ち位置がよくわからない。

 どこか一歩引いた位置から、ドライな視点でサーペントを見ている――かと思えば、彼に対して全幅の信頼をおいているのは間違いない。

 男と女の関係――は恐らく有るのだろう。特有の生々しさを感じる。ただ、なんと言えば良いのか、俺の語彙力では言い表せない何かがこの二人にはあるようだ。

 

「それでも、()()()()()()は本音で伝えようとしてくるところが可愛いのよ」

 

 上手く言葉に表すのが苦手――それなりに、裸をさらけ出して、お互いの意志を分かち合う。

 人を惹き付ける、天性のタラシと言うやつだ。確かに、もうすでに俺は聞いていた悪名(サーペント)とのギャップに納得し始めている。

 

「あら、終ったみたいよ」

「……そのようだ」

 

 サーペントがインディオを引き連れて戻ってきた。合流し、そのままインディオが俺の目の前までやってくる。……やはり、そう簡単に許されるはずが無いのだ。

 俺たちがインディオにしたことは、死の報復に値する。

 小さな体に合わせて膝を付き、視線を合わせる。もう、逃げるわけにはいかない。その瞳を覗き――――何やら様子がおかしいことに気づいた。

 

「この子も同行することになった。仲間を助けたいそうだ。それから……」

 

 サーペントがちらり、とこちらを見た。その表情を窺う――――どこか、不安と緊張が入り混じった顔だ。

 はて、何故か。そんなことを考え始めた矢先だった。

 

「ふんぐぉっ……」

 

 股間に衝撃が走る。そう、股間である。

 視界が弾け飛んだ。生物としての急所、体外に露出した男性器と睾丸へ直接の打撃――――俗に言う、KI☆N☆TE☆KIだ。

 我が股間に食い込むはインディオの右足だ。膝を付いた姿勢が仇になったか、反応が遅れた。ものの見事にクリティカルヒットしている。

 美しい蹴りだ。必要最小限の動きで、狙い澄ました見事な一撃。KI☆N☆TE☆KIでさえなければ、なお素晴らしい。

 

「お、お"ぉ……」

「その、タイガー……あんたのことは別に恨んでないそうだ。ただ、どうにも腹の虫が収まらない……死ぬより苦しい痛みを、一瞬だけでも味わって欲しい、と」

「そ、それ許してないよねぇ"ぇ"……」

 

 息ができない。痛みに耐える訓練は勿論受けているが、()()に関しては耐えようがない。ひたすら無様に呻きながら、流れ去るのを待つしかない。

 

「え、えげつないわね……」

「彼ら部族の慣わしだそうだ。更生の余地なしと判断された者には死を――そうでない者には相応の苦しみを与えた後、きっぱりアトグサレ無くってな」

 

 脂汗が止まらない。サーペントが呑気に解説してくれやがっているがこちらとしてはそれどころではないのだ。我が愚息に更生の余地は無いのか。

 

「……ど、どうだ……ぃ"っ……? 気は晴れそうか?」

「…………」

 

 インディオが無言で腰を降ろす。無表情のまま、呻き続けている俺の顔を覗き込んでくる。

 怖い。やはり、この子の目には何も映っていない。――いや、一丁前に死の恐怖で怯えている俺が、映り込んでいる。なんとも無様だ。これが祖国で精鋭と謳われた人間の姿か。

 ――――ふと、インディオが笑った。

 

「ス……ス、パー……」

「……お、う?」

「ぬぅ……」

 

 もどかしそうに、インディオが唸りながら頭をガシガシとかいている。

 

「シー……ボ……ボ!」

 

 また、インディオが笑った。屈託のない、子供のような笑顔で。

 スパーシーボ、と繰り返す。新しいおもちゃを与えられた子供のように、その言葉で、遊んでいるかのようだ。

 

「お前……スパスィーバって言ってるのか……?」

「そうだ。俺が教えた。教えてくれってせがまれたんでな」

 

 サーペントが、インディオの頭を撫でくりまわしながら言ってきた。

 それにまた笑いながら、インディオが身振り手振りで何かを伝えてくる。俺たちが来た道を指差し、いつの間に持っていたのか、猿を象っているのだろう装飾があしらわれたネックレスを見せてくる。

 最後に、胸の前で手を合わせ、目を瞑った。

 あのインディオのことだ――――何となく、わかった。

 

「あんたのおかげで、あのインディオは自然に還ることができた……()()()()()()ってさ」

「スパーシーボ!」

 

 手を差し出してきた。よく見ると震えている。体全体が、小刻みに震えているのだ。

 ありがとう、許す、アトグサレ無く……それが部族のしきたり。だとしてもこんな小さな子どもに、こんな重い選択をさせてしまったのか――――やるせなかった。戦場での仕事で飯を食ってきたら、大なり小なりこのような事態には遭遇する。とは言っても、実際に目の当たりにしたらこの体たらくだ。

 思わす抱き寄せていた。

 

「――――すまない……イズヴィニーチェ」

「スパー……」

 

 わぁっ、とインディオが泣き出した。

 そうだ、頼む。せめて子供らしく、感情を爆発させてくれ。その小さな体の中に、せき止めないでくれ。

 でないと、あまりの惨めさに俺が潰されそうになる。産まれた国は違えど、守るべき存在を前にして涙を流してしまう。

 

「スパスィーバ」

 

 もう、泣くわけにはいかない。

 泣かせてたまるか。

 

 

 

 

 

 

 

 





虎 君

死者の半島から流れ着いた、スペツナズの生き残り。
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