裸の毒蛇   作:eohane

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ようやく過去編です。


毒蛇と蠍 IN COLOMBIA

 1971/9/2 コロンビア 第4前線基地――――対FARC(ゲリラ)特化型特殊部隊駐屯基地

 

 コロンビアは暑い。国土のほとんどが熱帯性の気候であり、標高900m以内だと年間平均気温は24℃以上。平均降水量は1500mmから2000mmと、とにかく暑い。だがバナナがいつも手に入るのは合格だ。コロンビアのバナナは美味い。美味いったら美味いのだ。“蜜”のところがまたなんとも……。

 俺のような“スタイル”をとる兵士にとっては、冗談抜きでバナナは必需品だ。必要な栄養素を豊富に含み、尚且つ味は最高、しかもヘルシー。お手軽にほいほいと食事を済ませることができる。

 

「────により、──が──」

 

 コロンビアは内戦が絶えない。俺かいるこの基地の名称通り、政府側と、マルクス・レーニン主義の社会主義革命政権樹立を掲げるコロンビア革命軍側による武力衝突が度々起こる。ことの発端と言えるかはわからないが、政権を左右する自由党と保守党のイザコザがここまで発展したらしい。1度両党は歩みより「国民戦線」体制を樹立したらしいが、これに自由党系の武装農民運動が反発し蜂起。キューバ危機の煽りを受けたアメリカが介入するという事態にまでなったとか。

 しかしながら1964年になるとゲリラ活動が激化し、前述したようにコロンビアは内戦状態へ陥った、と。…………落ち着きの無い国だな。

 

「────ある。解散!」

 

 ……お。基地司令のありがたーいお話が終わったようだ。

 この基地司令、黒い噂の絶えない男である。何でも己の欲望に忠実らしく、私利私欲を肥やすためにいろいろと“手を出しまくっている”らしい。そんな奴が、何故こんな前線基地にいるのか。────まあ、バレたわけだな。うん。要するに左遷という奴だ。だがまあ、1度味をしめればそう簡単にやめるわけでもなく、この男、現在進行形でいろいろとやらかしている。

 何やら近くにある麻薬カルテルと繋がりがある、とか、兵士達の給金を横領している、とか、そんな話を聞くのは最早日常茶飯時だ。恐らく、噂の域を飛び越えて真実なのだろう。

 私生活も軍人のそれとは言い難い。俺達傭兵はまだしも、正規軍の奴らはかなり粗末な扱いを受けているにも関わらず、豪華な酒池肉林の日々。慰安と称して毎晩の如く女を抱き、性活の方も潤っているご様子。出来上がったのはブクブクに肥え太った気色の悪いおっさんと言うわけだ。……その内クーデターでも起こしてやろうか。

 

 まったく、正規軍ではない傭兵の俺が、何故こいつの茶番に付き合わなければならないのか。その無駄に高い虚勢(プライド)、いつか圧し折ってやる。

 

「ふわあぁぁ……」

 

 欠伸が溢れる。目尻に涙が滲んでくるのを感じ、右手でゴシゴシと擦る。……む。今日も空は綺麗だな。

 特にすることもなかったので兵舎に戻る。宛がわれた部屋へ向かい、宛がわれたベッドに横たわった。

 …………暑い。暑いぞ、これは。とてもじゃないが寝れるような気温ではない。湿度の高いムワッとした空気に滲む汗が不快感を増幅している。

 たまらず、跳ね起きた。だめだな。兵舎のような建物の中だと風通しが悪すぎる。どこかに涼みにでも行こう。そうしよう。

 

「……よし」

 

 タオルを掴み、ベッドから重い腰を上げる。兵舎を出てまず向かったのは井戸。やたらと古典的だが、この基地だと水道設備を扱える箇所は限られている。下っ端兵士、ましてや俺達傭兵なんて使用可能時間を決められているくらいだ。そこで重宝されるのがこの井戸。奇跡的に地下水が通っていたらしく、俺がこの基地に来た時よりも前からあったようだ。

 

「よいしょ……」

 

 井戸から汲み上げた水を、半場ヤケクソに頭から被る。冷たい地下水が異常なほど心地好い。プルプルと頭を振り、タオルで顔を拭く。後はそのまま、俺は日陰に移動。ここは俺が最近になって見付けた、いわゆる穴場とでも言おうか、ほとんど人が来ないところだ。それでいて基地内部を眺めることができるので、俺としてはこれ以上無いほどの暇潰し場所兼休憩場所だった。

 積み上げられた土嚢を背に腰を下ろす。ん、ちょうど良い。しばらくここで小休止するとしよう。

 

 視界を通りすぎる物資輸送用トラック。今日もどこからか補給物資を送り届けてくれたのだろうか。いつもいつもご苦労様です。食糧、武器弾薬、医療衛生備品、日用必需品等々、俺達兵士の生命線を左右する物ばかりだ。決して表舞台に立つわけではないが、逆に表舞台に立つ(英雄)の裏方にはこういった仕事をこなす者達がいることを忘れてはいけない。

 ……まあ、表舞台に立つことすら叶わなかった(英雄)もいるわけだが。

 

「────まーた何か考え事してるの?」

「ぬ?」

 

 頬に感じる冷たい感覚。同時に皮膚が濡れたような感覚。

 見ると、そこには小さな氷があった。この気温のせいか既に氷面は溶け出しており、歪に歪んだ俺の顔を映している。

 見上げると、そこには土嚢の上から俺を覗き込む女の姿があった。上空の太陽と重なり顔はよく視認できない。土嚢越しに上半身を折り曲げ、顔を近付けてくる。……近付けてくる?

 形の良いふっくらとした唇が弧を描く。目は細められ、その瞳に妖しげな光が灯る。……いつの間にか左手までもが俺の頬に添えられており、然り気無く固定されていることに気づく。

 ────同時、鼻先をブラウンの長髪が掠め、くすぐったさに思わず我に返った。一瞬とは言え、こいつに目を奪われていたのが何故か悔しい。

 

「……おい」

 

 彼女の甘ったるい吐息が俺の唇に吹きかかるほど、顔の接近を許してしまったところでようやく右手が追い付き、彼女の額を押し戻す。何が「あんっ……」だ。無駄に色っぽい声を出すな、馬鹿。

 

「────相変わらずツれないなぁ。せっかく私とディープなキスができるチャンスだったのに」

 

 そう言って上半身を起こした彼女は氷を口元に運んだ。その口の中に半分ほど含み、チュッ、とリップ音をわざとらしく響かせて俺を見下ろし、煽るように笑みを投げ掛けてくる。

 ────(スコーピオン)。それが彼女の“名前”だ。去年、同時期に俺と彼女は傭兵としてコロンビアに流れ着き、以来このようなお察しの通りの関係になってしまっている。今では作戦行動時にチームを組むほどだ。兵士としての能力は言わずもがな、毎日のように対ゲリラ戦を繰り返すこの場で1年も生き残っているわけだ。十二分以上に猛者と言える。

 さて、そんな彼女だが今日はやたらと機嫌が良い。標準野戦服の上からもわかるほど膨らんだ胸元をボタンを外して惜し気もなく晒し、目のやり場に困るほど色気を振り撒いている辺り確実に何かあったようだ。

 長い髪を掻き上げ、流すように右肩から垂らす。────露になった左側頭部には、横に走る2つの裂傷。だがそれさえも、彼女の魅力の1つに思えてくるのが不思議だ。

 悪戯っぽく「フフッ……」と笑うスコーピオン。背景(バック)の太陽も相俟って無駄に神々しく見えているのがムカつくところだ。もしかすると、それさえも計算に入れているのかもしれない。

 

「相変わらず万年発情期のようだな。その髪があと5cm短かったら成功していたかもしれんぞ。……正直、()()のはヤバかった」

「お、ちょっとは進歩したかな?」

 

 「それじゃもう一度……」とか何やら危険な言葉が聞こえてきたので、仕方なく俺は土嚢に預けていた背を起こした。それに手をかけて立ち上がり、そのまま土嚢の上に腰を下ろす。

 氷をポイッと投げ捨て、彼女も土嚢を跨いで俺の隣に腰を下ろす。漂ってくる彼女の甘ったるい体臭にクラクラしながら、目の前の、俺にとっての“日常”を眺めていた。

 忙しく走り回る兵士。手榴弾が収められた箱を運ぶ兵士。俺達と同じように日陰でたたずんでいる兵士もいれば、銃を分解し手入れを施している兵士も。

 兵員輸送車が黒い煙を吐きながら通り過ぎる。今度は何やら偉そうな将校2人を乗せたジープが基地に入ってくる。

 ────日常だ、これが。どうしようもないほど、俺の日常だ。

 

「…………」

「……むぅ」

 

 可愛らしい声が聞こえてくる。……見るとスコーピオンがわかりやすく唇を尖らせていた。

 

「今、女の人のこと考えてたでしょ」

 

 …………わかるものなのだろうか。

 

「……ふーん。こーんな美女が隣にいるのに、他の女のことを考えるとは、サーペントも余裕ですねぇ」

 

 グリグリ、と彼女の指が俺の頬を突く。……地味に爪を立てている辺り、少し機嫌を損なっているようだった。

 

「すまんすまん、悪かった」

「…………むぅ」

 

 さらに強く指で突かれる。……痛い、痛いぞスコーピオン。かなりマジのようだな。面倒なスイッチを押してしまった。……女王様のご機嫌をとるのは難しい。

 

「……その様子だと、今日が何の日かすら忘れてるのねぇ。ふーん」

「……今日、お前の誕生日とかか?」

「…………」

「痛い痛い痛い」

 

 ハズレだ。別に何か記念日を祝うような関係でもないのだが、まずいぞ。俺の頬を彼女の指が貫通する前になんとか答えを見つけなければ。

 ……ふむ。スコーピオン、女、機嫌が悪い、イライラ…………むっ!

 

「わかった、生理だr──」

「ふん」

「ぬぐっ!?」

 

 まずい、今のはマジで頬を突き破る気だった。目が怖い。普段、綺麗に見える透き通ったグレーのはずの双眼が今は澱んで見えるぞ。

 …………。…………。はっはっは。

 

「────すまん、降参だ。何の日か教えて貰えるか?」

「いやー」

 

 ふんっ、とスコーピオンがソッポを向いてしまう。彼女としては怒っているつもりなのだろうが、こっちからしてみれば妙に可愛らしいだけだ。……これがギャップ萌えという奴か。

 

「そこをなんとか」

「やー」

 

 ほら、私の機嫌をとりなさいよオーラを出しまくっておきながらこの仕打ち。なるほど、これはかなり重大なことのようだな。

 

「あー、これはあんまりだよなー。これだけレディ悲しませといてなーんのお返しも無しとかだったら最悪だなー」

「…………」

 

 ……面倒くさいなこいつ。

 

「これは1つぐらいお願い事しても断れないよなー。いや、もう1週間くらい私のお願い事全部叶えてもらってもいーよなー」

「…………」

 

 ────うむ。こいつ、面倒だ。

 やたらと具体的な今の発言から考えられるのは、普段こいつがよく面倒だ、と愚痴を溢している雑務処理辺りを手伝えとか言い出すつもりだろう。

 もしここで俺が断っても、明日から俺の周辺でグチグチ文句を垂れ流してくるのは目に見えている。……うむ。よけい面倒だな。俺だって他人の雑務を手伝うほど余裕があるわけでもないが、なら「一緒にしよう」と彼女と同じ場でお互いの雑務をこなし、あたかも手伝ってますよ的な雰囲気を出しておけば万事解決。面倒な女王様のご機嫌も快復と言うわけだ。

 

「……はぁ。よし、良いだろう。むこう1週間、お前の言うことを何でも聞いてやる」

 

 さも「仕方ない……」的な雰囲気を出すため、はぁ、と溜め息をついておく。

 演技は完璧。これで彼女は罠とも知らず、自分は特をしているように感じながら実際は何も得していないという結果的に俺得な、安全な1週間が確約されるというわけだ。ふははは。

 

「…………本当に?」

「ああ」

「……本当に1週間?」

「そう言ってるだろう」

「本当に1週間、私のお願い事叶えてくれる?」

「しつこいぞ。男に二言はない」

 

 さあ、来い! 所詮は(さそり)と毒蛇、節足動物と爬虫類。上下関係は既に決まっているのだっ!

 

「────よし! じゃあサーペント、むこう1週間、あなた私のオモチャね」

「おう。いいだr──」

 

 ぶはっ。

 

「……いやいやちょっとまt──」

「あぁ、安心して。()()、だから」

「尚更だ。何勝手なこt──」

「あら? 男に二言はない、じゃなかったの?」

 

 ぐふっ。

 

「確か自分から言ったわよねぇ。『よし、良いだろう。むこう1週間、お前の言うことを何でも聞いてやる、キリッ』って。さも仕方ないな、みたいに溜め息までついちゃって?」

 

 ぐふぉっ。

 

「私の“お願い事”こんなのだから、少しはあなたの意志も尊重しなきゃ、って思って再三訪ねてみたけど、私の配慮をぜーんぶ突っぱねるんだもの。余裕よねぇ?」

 

 何が配慮だ、この……完全に裏をかかれたっ……!

 

「まあ私としては? あなたがそんなにノリノリなら? もう遠慮せず徹底的にあなたをオモチャにしてやらなきゃ? かえって失礼でしょ? ん?」

 

 や、やられたっ……! このアマ! 完璧に外堀を埋めにかかってやがるっ……!

 

「大丈夫よ、サーペント……」

 

 ガシッ、と彼女の両手で頬を挟まれ、ゆっくりと向きを変えられる。ほんのりと朱に染まった、うっとりとした表情を見、俺は逆に顔を蒼褪め口をヒクつかせるしかなかった。

 ニヘラ、とイヤらしく、妖しげな笑みを彼女が浮かべる。今度こそ逃がさない、とでも言うかのように顔を近付けてくる。俺はそれを、半ば放心状態で眺めていた。

 

「…………。……うーん、まだ我慢、ね。空腹は最高のスパイスって言うし……」

 

 間違いなく意味合いが違う言葉を、彼女が耳元で呟く。その生暖かい吐息が耳にかかる度に肌が粟立つ。

 

「……あのな……」

「サーペントが悪いのよ? 最近ほとんど構ってくれないし、良い機会じゃない」

 

 はむっ、と彼女が俺の耳を甘噛みした。

 

「欲求不満なの、私」

 

 耳元で最後に、ゾクリとするほど妖艶な声音でそう呟き、スコーピオンは顔を離す。その時になって初めて、彼女の甘ったるい体臭以外の空気を吸えたような錯覚に陥った。

 

「今私()()()なのよ。だからちゃーんとオモチャらしく振る舞ってよー? 逃がさないからねぇ~」

 

 妙に晴れやかな、艶々とした笑顔を浮かべながら、彼女は去っていった。

 後に残されたのは、ポツンと土嚢に腰掛ける、蠍に敗北した憐れな毒蛇こと俺1人。

 ……何故だ。男としてはこの上ないほどの申し出を受けることができたというのに、背筋を走る悪寒が止まらない。文字通り血の気が引いていく。

 

「…………」

「────……あ、隊長(キャプテン)! よかった、見付けたぁ。召集ですよ!」

 

 やっちまった……やっちまったぞ。

 

 

 

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