裸の毒蛇   作:eohane

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バナナは偉大だ

 体の1部がビックリするほど元気になってしまい、立ち上がるに立ち上がれずそれが直るのを待つこと8分。直ったは良いもののいい大人が何やってるんだ、と恥ずかしさ、情けなさにサンドウィッチされ自己嫌悪に陥ること5分。俺を呼びに来た兵士にポン、と肩を叩かれ「あなたも男なんですな」と爽快な笑顔を向けられ泣きそうになるのをこらえること4分。たっぷり17分近く時間を浪費し俺は動き出した。……あれ、景色が歪んで見えるぞ。

 

「いやー、それにしてもスコーピオンさん、メチャクチャ美人ですねぇ。あんな女性とお付き合いがあるとは、羨ましい限りです」

 

 そう言ってケラケラと笑うこの男は、コロンビア陸軍所属マクンミリアーノ・アルティネス2等軍曹だ。愛称はマック。例に漏れず、俺もマックと呼んでいる。

 2年前に対ゲリラ戦で負ったという、右頬から耳にかけての銃創がかなりの雰囲気を醸し出しておりなかなかの強面だ。それも手伝ってかこの前線基地で指折りの鬼軍曹と呼ばれることも少なくない。口調はこのように誰に対してでも──たとえ年下であろうと──敬語で話し、第一印象は柔らかいという感じを受ける。……いや、事実柔らかいな、この男は。だがそれ故に恐ろしいらしい。怒っても怒鳴り散らすようなことは無いが、その静かな物腰でゴリゴリと怒りを滲ませてくるのが、かなりの迫力なのだそうだ。

 

「……そうだな。ま、イイ奴だよ」

 

 ここに来て早1年が経とうとしている。これまで参加した作戦数はもう覚えていない。例えば補給部隊到着までの護衛、ジャングルに於いて敵哨戒部隊との接触、ゲリラ達の資金補給元麻薬カルテルの殲滅、敵基地及び敵部隊の大規模な制圧作戦…………自分で言うのもなんだがかなりの死線を掻い潜ってきたと言える。

 もちろん、幾度となく死にかけた。部隊が多大な被害を受け撤退を余儀なくされたことも数知れず、基地からの支援、補給が途絶え戦線に孤立したこともある。……まあ、これについてはある時期から、とある事情で基地司令と俺の仲が悪化したこともあり、認めるのも癪だが自業自得だ、と無理矢理納得させている。

 

 そんな死線を、共に掻い潜ってきたのが彼女()だ。傭兵仲間は他にも何人かいる。その中で特に“親交”が深いのが……まあ、彼女、スコーピオンなわけだ。

 

「あれだけ親密に接しているにも関わらず、あなた方に何の“関係”も無い、と知った時は驚いたものです」

「あのな……」

 

 ちゃっかり「関係」のところを強調してくるマック。俺はただ、苦笑いを浮かべるしかない。

 彼女とは同時期にここへ流れ着いたこともあってか妙に息が合っただけだ。……まあ、お互いに何度も背中を預けたことはあるが。

 一般的な生活では芽生えない、戦場でしか生まれることのない関係────そんなものだろう。それが既に1年経とうとしている。

 

「……だから9月2日、か」

 

 ────そうか。……“今日”だったのか。

 

「はぁ……」

「はっはっは。冗談ですよ、キャプテン」

 

 ……こいつも何だかんだでイイ奴なのだ。鬼軍曹と呼ばれながらも決して部下に対し冷酷無情というわけではなく、逆に部下想いで彼らからの信頼も厚い男だ。歳も若く部下達からしてみれば、かなり厳しいが頼れる兄貴分といったところか。

 頬の銃創も部下を庇った際に負ったもの、という噂を耳にしたことがあるが、本人は笑って否定していた。彼曰く、「市街戦だったものでしてね。住民の避難を行ってたのですが、その中にものすごい美女が──」だとか。敢えて最後まで聞かないことにしたのははっきりと覚えている。

 まあ、本人はこう言っているがマジメなマックのことだ。実際は負傷を「部下を庇ったから」という理由にしたくないからではないかと思っている。こいつが嘘を言っているとも思えんがな。まあ、そこはどうでもイイ。

 

「……で? 誰からの召集なんだ?」

「司令です。何でも、新たな敵前線基地の可能性が浮上した、とのことです。それについて至急、話があると」

「ほう?」

 

 可能性、ね。まだはっきりとした位置の特定ができていない、ということか。

 

「先日、ケリーの偵察部隊がやられたのを覚えていますか?」

「……ああ。確かここから南に50マイル行った(ジャングル)で、だったな」

 

 翌日、確認のために最終無線連絡座標(ポイント)へ部隊を送り込んだところ、発見されたのは変わり果てたケリー達。どうも急襲を受けたらしく、応戦の形跡が見られるも部隊は壊滅。装備一式、根刮ぎ奪い取られていたと言う。

 だが、ケリー達は訓練課程を終えた優秀な正規軍の兵士達だ。急襲とはいえ、敵方も相当な手練れを引き連れていることは一目瞭然であり、俺達の基地には警戒体制が敷かれている。近々“本格的”に動き出すとは思っていたが、まあ、白羽の矢が立ったのが俺────いや、俺達と言うわけか。

 

「最近は私の分隊がその警戒区域周辺の偵察に当たっていたのですが、度々不審なトラック、輸送車、果てはヘリまで目撃されるようになりました。報告したところ、上も危険性を認識したようで、ようやく作戦が開始されるとのことです」

「なるほどな」

 

 偵察には、彼の分隊に同行させてもらったことがある。見たところ、警戒区域の向こう側、要するに政府側とゲリラ側の勢力図境界線という、かなり危険な場所だった。早めに押さえなければ面倒なことになる、とマックに進言するよう伝えたのだが、まあ……お察しの通り。取り合って貰えなかったわけだ。

 ……経理部の連中から小耳に挟んだ話だが、ケリー達がやられたことで基地の戦力が消耗したことを中央に報告するのを誤魔化すのに躍起になっているんだとか。しかも誤魔化すどころか補給要請を割り増しし、あわよくば────とな。ん、あのデブ、なかなかのクズだったわけだ。

 

「キャプテン、大丈夫ですか? ……司令、また無理難題を吹っ掛けて来ますよ……?」

 

 無理難題、ね。まあ、俺と司令の仲が悪化してからはよくあることだ。

 

「はっはっは。安心しろ、マック。今じゃ司令の悔しがる顔を楽しむ余裕まであるんだ」

「ならいいんですけど……」

 

 基地作戦本部に到着。入り口の両側に立っている歩哨が敬礼、1拍置いて俺達も敬礼を返す。

 何やら会議があるらしいマックと途中で別れ、俺は無駄に長い廊下を歩く。やがて「司令室」と妙にコッた、クラシックな標識がかけられたドアの前に立ち、コンコン、と2回ノックする。『……入れ』とドア越しにくぐもった胸くそ悪い声が聞こえ、俺は努めて冷静に失礼します、とドアノブを回した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 室内に漂う重苦しい空気────なんてものはなく、目の前には椅子に腰掛け机に両肘を立てたぶくぶくの司令(おっさん)が1人。その横に立つ、彼の腰巾着兼共に甘い汁を吸っている仲間の参謀(おっさん)が1人。

 両手を組んで口元を隠しそれっぽい雰囲気を出しているつもりなのだろうが、正直に言って、何の威厳も風格も無い。顔はテカテカと脂ぎり、首回りには浮き輪でも付けてるのかと思ってしまうほどお肉が実っている。見事にお腹回りもダルンダルン、将校用の制服がただのコスプレに見えてきてしまう。絶えず口は半開きで、漂ってくる口臭は2mほど離れた位置に立っている俺でも顔を顰めそうになるほど。──挙げれば挙げるほど良いところが無い、そんな司令。金で買われているとは言え、こんな男に毎晩抱かれる女達が可哀想に思えてくる。

 参謀は知らん。その名の通り腰巾着その物。存在感がまるでない、ただオコボレに預かる奴、というだけだ。

 

 と、そんな司令がいかにも物々しく椅子から立ち上がる。後ろ手に組み、わざとらしく靴音を立てながら窓辺へ移動。カーテンをずらし、基地を眺め始める。……まずい。笑いが堪えきれん。

 

「貴様! 司令に向かってなんだ、その態度は!」

「失礼」

 

 だって、なぁ……。完全に空回りだぞ、司令殿。あんたのナリだとただただ“痛い”だけだ。

 

「……よさないか。彼は我が基地の貴重な人材の1人なのだ。少々は目を瞑ってやる」

 

 司令の言葉に、参謀が口を噤む。「犬め……」と小言が聞こえた。そりゃ傭兵だからな。だが俺を金で雇ったのはあんた達だ。今さらどうこう言われる筋合いも無い。

 

「それはありがたい。……で、司令。召集の目的をお聞かせ願えますか」

 

 なんだか面倒になってきたので、口から出た言葉には抑揚が無かった。

 その態度が気に食わなかったのか、司令の口元がヒクリ、と動いたのが見えた。だがすぐに気色の悪い笑みを浮かべると、どっかりと椅子に腰を下ろす。

 

「君を呼んだのは他でもない。斥候の任務について貰うためだ」

 

 心なしか、参謀も嗤っているように見えた。

 

「“斥候”、ですか……」

「その通りだ。知っての通り、南方にゲリラ共が新たな前線基地を建造しているとの情報が入った」

 

 当たり前だ。マックにそう進言して貰ったんだからな。

 

「これに対処すべく、今日より1週間後、作戦を発動する。基地が完成する前に制圧し、奴らの戦力を削ぐ」

 

 今度は参謀が口を開いた。

 

「そこで、君には進軍ルートの確保、敵前線基地の正確な位置の特定、基地内の戦力の確認、ひいては破壊工作を行ってもらう」

 

 ガッツリ押し付けてきたな。そこまでして俺()を死なせたいのか、この司令は。

 

「……了解です。因みに、支援はどれほど可能ですか?」

 

 まあ、答えはわかりきっている。今までもそうだった。

 

「初期装備はこちらから支給するが、残念ながら増援は出せない。この切迫した状況下で、正確な敵戦力の情報が得られていない以上、貴重な我が軍の兵士達を損耗させるわけにはいかん。……これは“優秀”な“傭兵”の君にしか任せられないのだ」

 

 もう隠す気も無くなったようだな。気になりはしないが、「金で雇われた傭兵のお前は別に死んでも構わない」と言っているようなものだ。

 ……はあ。そこまで尻の穴の小さな男だったか、司令よ。たかが“女”がモノにならなかったぐらいでここまでするか、普通。

 まあ、傭兵として雇われている身である故に、契約金に見合う働きはしなければならない。割に合わないような気もするが、その時は手当てを請求してやろう。

 

「────彼女も同行させろ。我が軍の勝利のためには、君達の任務成功が絶対なのだ」

「……了解です」

 

 つい、ドスのキいた低めの声を出してしまった。揃いも揃ってビクッ、と体を震わせる目の前の男2人に精一杯の笑顔(嘲笑)を送り、敬礼もせずに踵を返す。「き、貴様! なんだ、その態──」とヒステリックな()()の叫びは後ろ手に閉じたドアに遮られ、最後まで聞こえなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 あれよこれよと装備を整え基地を出発。作戦開始地点────(くだん)のポイント、ケリー達が襲撃を受けた場所へ、今現在俺達は向かっている。

 徒歩で向かおうとしていた俺達に、見兼ねたマックがいろいろとこじつけてジープを出してくれた。……正直に言うと、かなり助かった。ポイントまで、凡そここから50マイルある故に、徒歩だと最低でも2日は掛かる。俺が斥候を行うべきエリアはさらにその向こう側、勢力図が曖昧な境界線上ではなく完全なる敵地。そこから任務は始まるのだ。

 作戦が発動されるのは1週間後。体力はもちろんのこと時間も惜しい。課せられた任務内容は決して少ないとは言い切れず、のんびりしている暇はない。

 ────まあ、もちろんこれに不服な者もいるわけで。

 

「────だそうだ。未だに、お前にフられたのを根に持っているらしいな」

 

 ジープの後部座席で揺られながら、俺は隣に座る不貞腐れたスコーピオンに話しかけた。

 

「…………むぅ」

「仕方ないだろう。と言うか、いい歳したおっさんに嫉妬される俺の身にもなれ」

 

 俺と司令の関係が悪化した原因。

 ぶっちゃければ司令が彼女に関係を迫り、それを彼女が(ことごと)く──と言うか何やら屈辱的に──一蹴したから、という情けないものだ。

 そりゃあ確かに、スコーピオンはイイ奴でありイイ女だ。男ならば誰もが一発ヤらせて欲しいと邪な思いを抱くのも仕方のないことだろう。出るトコロは出て引っ込むトコロは引っ込んでいる、モデル顔負けのスタイルを持ち、妙に雄を狂わせる色気をも兼ね備えている、何故傭兵なんて世界に入ったのか不思議なほど、浮世離れした美女(スコーピオン)なのだ。

 例に漏れず、司令もその毒針に侵されたというわけだが、まあ、まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。金と権力で好き放題やってきたあいつのことだ。当然と言えば当然。それだけでも相当屈辱的だっただろうに、あろうことか彼女は彼を煽りに煽ってさらに屈辱を与えたらしい──詳しくは聞いていない──。……そこで怒りの矛先が、彼女のみならず俺にまで及んでいる辺り、普段から親交があったからというだけではなく、何やら俺絡みの彼女の言動だったのだろうとは、思う。……いや、俺まったくのとばっちりじゃないか?

 

「ほんっっと、あの司令イヤな奴! いつまでもいつまでもネチネチとっ……!」

 

 「うがあぁぁ……」とスコーピオンが嘆く。まあ、彼女としてもいろいろと申し訳ないとは思っているのだろう。ここまで執拗に付き纏われたことにも、かなり堪えたようだからな。

 

「おかげでサーペントをオモチャにできる1週間が台無しよ!」

 

 訂正。嘆く理由が根本的に違っていた。

 

「はっはっは。それについては司令様様だな」

 

 「クーデター起こしてやろうかしら……」とかなんとか危険な発言は無視し、俺は手に持つバナナの皮を剥き始める。糧食班の奴から餞別に、と頂いたものだ。そのお陰か、今の俺の機嫌はすこぶる良い。鼻唄混じりにムキムキ、立派に反り返り、所々黒く熟したバナナ本体が露に。

 …………たまらんっ。パクッ。

 

「…………美味い」

 

 機嫌はすこぶる上昇。MAXゲージを飛び越し際限無く上がり続ける。バナナは偉大だ。異論は認めん。

 

「…………私にもちょうだい」

「ん」

「…………美味しい」

 

 空っぽになったバナナの皮はポイッ、自然にリリースしよう────かと思ったけどやめた。これはマックに基地へ持って帰ってもらおう。

 

「仲良いですねぇ、2人共。…………さあ、着きました」

 

 ジープが止まる。重々しいエンジン音を除いて、辺りは“自然の音”しか聞こえない。草木のざわめき、野鳥のさえずり、川のせせらぎ……。

 懐かしいな。“森”に来るといつも思う。

 

「……あの、キャプテ──」

「着いていく、なんて言い出すなよ、マック」

 

 わざとマックの言葉に被せるように呟き、それを遮る。スコーピオンを促し、ジープから降りた。

 

「気持ちは嬉しいがな、お前は陸軍の兵士だ。俺達傭兵とは違う。……そうそう好き勝手に動くわけにもいかんだろう?」

 

 本来、ジープを出してくれただけでも十分過ぎるのだ。俺達と関わっている兵士達にも、あの司令は“嫌がらせ”を行っているらしいしな。

 

「ですが……」

「安心しろ────だなんて言うつもりも無いが、とりあえずお前は戻れ。……帰ったら、1杯やろう」

「あら、良いわね。私も混ぜてよ」

 

 む。程々にスコーピオンの機嫌も直ってきたようだな。きっとバナナのお陰だろう。バナナイケメンである。 

 

「……ははっ。わかりました。とびっきりイイのを用意しておきます」

 

 観念したのか、マックは苦笑を浮かべた。

 

「それじゃぁねぇ、マック。帰ったらキスしてあげるわぁ」

「はっはっは。そりゃ楽しみです」

 

 ケラケラと笑いながらジープに乗り込むマック。手だけ振りながら、彼のジープは去っていく。俺もそれを、笑いながら手を振って見送った。

 

「……さて。行くぞ、スコーピオン」

「ねぇねぇ。モノスゴイコトに気付いた」

「……?」

「これからさ、少なくとも1週間近くは2人きりじゃない?」

「…………」

「結局は基地からジャングルに場所が移っただけで、オモチャの約束は継続できそうなのよ」

「」

「ジャングルプレイができるわよ。やったね、サーペント」

「」

 

 今回の任務(ミッション)は、斥候及び諜報。

 来たる作戦のための進軍ルートの確保、新造されているとされるゲリラ達の前線基地の位置を特定、保有戦力の索敵、それに対する破壊工作。

 場所(ステージ)は敵勢力圏内。支援は一切なし。

 かなり高難易度な任務だ。あの司令のことだ、そもそも成功する確率があるのかさえ怪しい。────が、気にしない。

 戦いの中に身を置く。……あの日決まった、俺の人生。俺が選んだ、“道”。

 

 どこからともなく「逃がさないわよ~」と声が聞こえてくるが、無視。こんな時、あの男ならどのようなことを言うのだろうと頭の片隅で考えながら、俺は今思っていることを迷わず呟くことにする。

 

「バナナ食べたい」

 

 

 

 

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