「なんでついてくるのさ」
「そこに君がいるから、かな」
「……あ、そ」
翌日、わたしは悟られないよう一日を過ごした。
それでも、いつも通りに言葉が出てこない。
「ミラ。今日はなんだか――」
「……あ、あのっ!!」
わたしとセインが昇降口に差し掛かったときだった。
一人の生徒はわたしたちを見ると、おずおずと声を掛けてくる。
流れるような亜麻色の髪を、器用に小さなリボンの形にしている生徒。
彼女はセインではなく、わたしの方へ向き直る。
「ミラ・フィーベル様ですよね!?」
「は、はい。そうですけど」
「私《わたくし》、フィーベル様に用件がありまして!」
「わたしに?」
「はい! フィーベル様にです!!」
フィーベル様って、なんだか大仰すぎる呼び名だ。
そんなことを思っていると、セインがわたしの前に立つ。
「彼女への話なら、私を通してくれるかな?」
こいつはわたしのマネージャーかなにかか。
「そうですよね、フィーベル様はわたしなんかが気軽に接していい人物ではありませんよね……」
「彼女の価値を高く見積もっているのは評価するよ」
ビクリとした。
この子は暗に、セインを無下に扱ったのだ。
「まずは自己紹介が遅れました。私――マナ・フィーラと申します。お二方と同じ一年の経営科です。どうぞ、よろしくお願い致します」
……フィーラ。
偶然にも、私が名乗っていた家名と同じだ。
いや、私の場合偽名だったわけだし。
本当のフィーラさんを前に、申し訳なくなる。
ここまでしてわたしにこだわるのは何故だろうか。
まあとりあえず、話だけでも聞いてあげないとさすがに不憫だ。
「ええと、わたしになんの用かな?」
「はい! フィーベル様、私は――」
「彼女への話は、私を通してっていったよね」
口を挟むセインに、わたしはストップを掛ける。
「ちょ……ふざけてる場合じゃ」
言いかけて、わたしは思わず口を噤む。
彼女の横顔からでも、その表情が剣呑なものであるとわかったからだ。
「とりあえず、ここじゃなくてどこか落ち着ける場所で話そうか。その方が、ゆっくり時間も取れるだろうしね」
「フィーベル様とのお話なのですが」
「うん、だからその場合は私は干渉しないよ」
さくさくと話が進んでいくので、わたしは異を唱える。
「ちょっと! わたしだって暇じゃない……かもしれないんだよ!?」
「なにか予定あるの?」
「……ないけど。今日はね」
明日も、明後日もないけど……。
そうして、わたしはセインの背中をちょろちょろとついていく。
ただ一つ、気のせいじゃないのは。
この子――マナさんに対するセインの態度は明らかにおかしいということ。
わたしは耳打ちで尋ねる。
「ね、セイン。なんでマナさんにあんな態度取るの?」
「それはもうすぐわかるよ」
わたしの疑問は、あっさりと流されてしまう。
こういう時のセインはいつもそうだ。
自分だけが知っているって、そうやって結局、正しい行動を取る。
正しいからこそ、わたしはとある感情がくすぶっているのだ。
「あの、この狭い道を通る必要があるのでしょうか?」
「うん。隠れた名店ってやつだよ」
あれ、このやり取り……なんかデジャブだ。
ていうかほんとに、この先に店なんか――
「きゃっ!」
その時だった。
セインがマナさんを、路地裏の壁に追い詰める。
所謂、壁ドンというやつだ。
いや、そうじゃなくて……!
「何やってんの!?」
セインはわたしの問いを無視して、目の前の相手に向かって言う。
「君さ、部外者……おそらくだけど、魔族だよね」
「え?」
マナさんが魔族?
そんな風にはまるでみえない。
大抵の魔族の場合、種族に流れる血はその特性の因子とでも言おうか。
それを大なり小なり持っているもので、同じ魔族であれば特に分かりやすい。
加え、種族ごとに身体的な特徴が入り混じっているので、隠し通すことは普通できない。
わたし?
わたしがこの学園でバレずにいられたのは、フィーベル家のルーツが異系交配にあることにある。
この呪いの血族は様々な種族が混じり合っていて、歪な均衡を保っている。
わたしが魔族だとバレなかったのは、そのおかげ。
そもそもの発端も、そのせいなんだけど。
「私のどこをみて、魔族だと?」
「色だよ」
「ええっと、どういうことでしょうか」
「私は魔力を色で判別する。人間は暖色、魔族は寒色系統に寄る。別に他意はないよ。ただそう見えるってだけ」
しれっとすごいことを言い放つ。
が、わたしはこいつに一目で見抜かれているという過去がある。
おそらく、わたしには見えない何かが見えているんだろう。
「それで、私は何色だったのでしょうか」
「――君は色がない。透明なんだよ」
「だとしてどう、魔族だということに繋がるのでしょうか」
「透明っていうのはね、自身の魔力の性質を隠している場合だ。アドリア学園でそんな振る舞いをする理由を考えれば、答えは自ずと出てくるよ」
「…………」
答えは沈黙。
には、ならなかった。
この場合、それは認めたようなものだ。
けれど――
隠していたとして、なんだ。
そんなに悪いことなのか。
セインは、自分の善悪の基準が絶対だとでも思ってるの?
「そうしなきゃ学園に通えなかったとかじゃないの。マナさんの事情だって汲んであげなきゃ」
「そうだね。じゃあ弁明はあるかい?」
「だから、そんな言い方……」
「ああごめん。君は気づいていないようだけど、彼女はそもそもこの学園の生徒ではない」
え?
セインの言葉に、わたしは固まる。
「なん……で、わかるの」
「簡単さ。私はすれ違った人物や、ふと見た別のクラスの光景を全て覚えている。その風景に、彼女は存在しなかった」
「それはっ! そんなの、全員とは限らないじゃん! 事情があって登校できてなかったのかもしれないじゃん!」
「手っ取り早く言おう。合格発表の時、私は面白半分で見に行ったんだ。普通科も、経営科も、その他の学科も含めてね。そこに――「マナ・フィーラ」なんて名前は存在しなかった」
「…………あんたは」
どこまで完璧で、人を追い詰めることができるの。
観念したのか、マナさんは深く息を吐いて真相を口にする。
「フィーベル様、ありがとうございます。大丈夫です、正直に話しますから」
「マナさん……」
「かばってくださって本当に嬉しかったです。だから私も、つまらないですが身の丈を白状させて頂きます」
そうして――
彼女は、訥々と話し始める。
「私は人間の母と、魔族の父との間に生まれました。ですが私は魔族としての側面が強く、色々あって家から追い出されてしまいました」
「え? いや、色々の部分が知りたいんだけど!」
「すいません。では簡潔に……。母は父と別れ、人間の男と再婚しました。そして義父は私のことをよく思っておらず、娘が生まれると同時に。私はもう、居場所が無くなってしまったのです。程なくして三年前の頃、両親は私が一人で暮らしていけるだろうと判断。いや、判決を下され私はお払い箱になりました。今は違う所に居を構えていますが、当時私は最低基準の物件に契約されました。そうして私は、一人で生きていくことを選び、今まで生きてきた。……というのが、私のつまらない人生です。申し訳ありません、長々と喋ってしまって」
「そんなことないよ!!」
人間と魔族のハーフは、わたしも同じだ。
環境は違えど、わたしは似たような境遇で生まれ、違う苦労を味わってきた。
「ミラ、惑わされないで。彼女は騙してこの学園にやってきたんだ。ハーフというのはおそらく本当かもしれないけど、今の話がどこまで本当かわからない」
ああ、そうか。
わたしの中にくすぶっていた感情が、ようやくわかった。
全てができる、完璧で最強の存在。
わたしはそれを、否定したい。
間違ってはいない。
思えば原点は、この感情だったはずだ。
彼女は――セイン・ヴィグリッドは敵なのだから。
「……んだよ」
「ん?」
「うるさいんだよ!!!」
わたしは目一杯、叫んでいた。
「人間と魔族のハーフで、
「そんなことは――」
「ない、なんて言い切れるの? あんたにとっては、マナさんもわたしも半端者の――駆除する対象、そうでしょうが」
「…………ごめん。言葉が悪かった。ただ違う、違うんだ。私は――」
「最強の『勇者』様で、わたしにとっての敵だよ」
言葉を失うセインを横目に、わたしはマナさんの手を取る。
「いこ。ちゃんと落ち着ける場所で、マナさんの事情を聞くよ。あいつの許可なんて、別にいらないから」
「は、はい……」
肩を落とすセインの横を、わたしは通り抜けていく。
「「…………」」
言葉はない。
こうして――――わたしとセインは、すれ違っていったのだ。