魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~ 作:ふく神漬
わたしも、何が起こったかはわからなかった。
だが、その真犯人は察しがついている。
「――先代の"聖光"の『勇者』、人間と魔族との和平を成し遂げた彼女はこう言ったのだという」
わたしたちの後方に、銀色の少女が立っていた。
「『いつの時代も、世界を悪へと導くのは"魔に取り憑かれた者"』だと。私も思うよ。人間も魔族も関係なく、取り除くのは"魔に取り憑かれた者"だってね」
空気が、一変する。
マナは、切断された腕を糸で縫合していた。
それが彼女に発現した魔族の特性なのか。
しかしそれでも、その表情からは既に余裕は失われてしまっている。
「ふぅ……ふぅ……」
「ふうん。そういう種族ね」
セインは冷たい目で、彼女を睥睨する。
「な……んで。この部屋は、マップにはなかったはず……。それに……魔力探知に引っかからないように防魔壁も張り巡らせた……なのに」
「君の様な、"魔に取り憑かれた者"に説明する義理はない。それこそ些細な問題だ」
「…………」
彼女は絶句する。
わたしも、同じ気持ちだ。
マナが凝らした、わたしを貶める為の様々な工夫。
それをセインは、些細な問題と一蹴したのだから。
「セイ――」
セインの表情を見て、呼びかけていたわたしは止まる。
それは怒りなんてものではない。
ただの無が、そこにはあった。
眉一つ動かさず、セインは標的の下へ迫る。
「ああ、失敗してしまいましたね。あと一歩でしたのに」
彼女は観念したと、両手を上げる。
「セイン。どうするつもり?」
「勿論、殺すよ」
「え?」
今、なんて言った?
殺すって、そういったの?
「……ま、まってよ! さすがにそれはやりすぎじゃない? 一応彼女は、わたしたちより三歳も下なんだよ?」
「そうだね。彼女はまだ十三で、今回は未遂に終わった。故に捕縛してもいずれまた、地上に放たれる。そして同じ様に、また罪を企てる」
「そ、そんなのわかんないじゃん! 改心するかもしれないじゃんか!」
セインは首を横に振る。
「全体を否定してるわけじゃないんだ。ただ彼女は、根本的に歪んだ、"魔に取り憑かれた者"だよ」
「さっきからなんなのそれ。……知らないよ、そんな言葉……」
セインはらしくないというか、今回に関しては絶対的に揺るがないという意思を感じた。
けれど……。
「殺すのは……駄目だよ」
「君を殺そうとした相手なのに?」
「うん。それでも、セインが誰かを殺めるのが嫌なんだ」
「……そっか、君の心慮は伝わった」
そんな中、渦中の人物が声を上げる。
「あの、どうするかお決まりになられましたか?
「無理だよ、殺すから」
「そうですか~~」
自身の生死に関する情報を、能天気に話す歪な少女。
……その姿が、わたしには酷く矮小で可哀想な存在に思えた。
ただ純粋だっただけなんて、綺麗に脚色することはできないが。
好奇心が向く方向が、間違ってしまっていた。
無垢に、黒に染まってしまっていった。
「いや……いやだ」
そんなことが言いたいんじゃない。
マナのことなんて、正直どうでもいい。
わたしはただただ、セインに誰かを殺させるなんてしたくない。
それだけなんだ。
「やめてよ! やめてよセイン!!」
「無理だよ、これは絶対」
「おかしいよなんか! なんでそこまで頑ななのさ!」
「君が好きだから」
――え?
わたしの中の時間が、止まった気がした。
「それ……は」
「"恋"って意味でね」
「え……あ……」
今までだって、そうやってからかわれることはあった。
ただこうして、直球の好意をぶつけられたのは初めてだ。
顔が熱い。
頭が混乱する。
「返事なんて後でいいから。今はただ、私に譲ってほしい」
セインはそうして、マナ・フィーラの前へ立ち塞がる。
「あ~あ、これで終わりですか」
「そう。君の様な巨悪の芽は、ここで摘み取らないといけない」
「方便はいいですから、速くしてくださいな」
無言で、セインが剣を振り上げる。
たった一振り――高速の一撃が振り下ろされる。
それだけだった、筈なのに。
「なんで邪魔をするのかな…………ミラ!!」
その剣が振るわれることはない。
わたしの左目――琥珀の瞳が光る。
動きを止めたのは、わたし。
なんでだって?
そんなの、さっきから言ってんでしょうが……!!
「だから、あんたに殺させない為だよ…………セイン!!!」
――好きだからと。
彼女が伝えた好意は、わたしの中で漂う。
思えば、セインはわたしにとってどういう存在だっけ。
思い返してみれば、いい思い出ばかりではない。
むしろろくでもない出来事ばかりが思い返される。
けど――いえるのは、彼女は「特別」だってこと。
良い意味でも悪い意味でも、彼女はわたしにとって特別に相違ない。
この好意に対し、すぐに答えを出すことなんてできない。
唯一、セイン・ヴィグリッドがわたしにとって「特別」なのは間違いない。
だからわたしは、セインを――最強の『勇者』を止める。
彼女の手を汚させたりなんか、しない……!!