魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~   作:ふく神漬

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第31話 迷宮視察⑤

 

 

 

 そのうら若き竜人の少女は、最強の『勇者』を知らない。

 故に、恐れることを知らない。

 あるのはただ、大切な主を傷つけられたことの怒りのみ。

 

「許さない……」

 

 ――ゴゴゴゴゴゴ。

 

 小さな肉体が、巨大な竜と化していく。

 赤黒い、種族の頂点が咆哮を上げる。

 倒すべき相手を、怨嗟を持って見据える。

 

「…………っ」

 

 その形相を見て。

 最強の『勇者』は、かつて『竜王』と対峙したときのことを思い出す。

 

 あのときの、恐怖を。

 全身が震えていた。気圧されていた瞬間を。

 

 戦場にて始めて、セイン・ヴィグリッドは後退する。

 そして――

 

 ◇

 

 わたしはその隙間を、見逃さない。

 血晶(アスタリズム)――

 

「<輪天(ジ・フープ)>」

 

 白い輪が、足元に出現する。

 

 かつて最強だった『魔王』が持ち得た力。

 つまり大嫌いな父親譲りの力ってこと。

 けどまあ、そうも言ってられないからね……!

 

 セインがわたしから目を離した一瞬、わたしは消え去る。

 厳密には高速の跳躍、ハーピー族の特性にある<瞬歩>という移動手段の出来損ないがこの力だ。

 

「おねえさん、だいじょうぶ?」

「うーん。まあ、大丈夫だよ! なんでここがわかったの?」

「おねえさんにあいにいくってやくそくした。それで家にいったけどいなかった。だから、さがしてここにきたんだよ……」

「あー。そういえばそうだったね。ごめんごめん、忙しくて忘れてた」

「むー……。おねえさんって、いじわるだよね」

 

 やばい、少し怒っていらっしゃる。

 リリーちゃんはこうみえても竜人、怒らせると命すら危ない。

 ダブルブッキングには気をつけないとねっ!!

 

 ただまあ、結果的に見れば。

 

「本当に来てくれてありがとう。おねえさんは絶対、この恩を返すからさ。許してくれる?」

「……わかった。ゆるす。でもぜったい、リリーのお願いをきいてもらうからね」

「はい、わたしくしめに出来ることならばやらせていただきます」

 

 幼女にこき使われる情けない魔族でごめんなさい。

 まあ、それはおいといて。

 

「リリーちゃん、いや――リリー・ドラグーン」

 

 ここからは『魔王』として、命令を下す。

 

「全力で構わない! 眼前の敵にぶつけろッ!」

「……うん!」

 

 竜の全身が奮い立つ。

 そして、巨腕が一人の影を押しつぶす。

 

「くっ……」

 

 さすがに魔族の頂点に位置する竜の一撃を正面から受けるのはこらえるらしい。

 やっと、人間らしい姿が見えてきた。

 全力で潰せという命令を後悔することが無くてよかった。

 

 さて、ここで『勇者』だったらどうする?

 抜け出して、いったん態勢を整える。

 そんなの、わたしがさせると思う?

 

「ただいま、セイン」

 

 セインの傍に、わたしは一瞬で転移する。

 <輪天>には、もう一つの効果がある。

 それは、可逆的だという性質。

 白いリングの元に、逆に転移することも出来る。

 

「……それは少し、卑怯じゃないかな」

「わたしにとっては褒め言葉だよ、それ」

 

 卑怯でもいい、わたしは眼の前の完璧を否定してやる。

 

 

「うふふ、好機ですね。私も助力いたしましょう」

 

 更に――

 亜麻色の、邪悪な少女がその黒い瞳を見開く。

 

手繰り糸(マリオネット)――二式」

 

 三角錐の形に、糸が全身を絡め取る。

 ほんとこいつ、いい性格してるな。

 

「まあ、今だけは許してあげるよ」

 

 三者三様に、持てる限りの力でこの状況を作り出した。

 圧倒的優位な立場……にも関わらず。

 

 わたしは脂汗が滲む。

 もう止まってくれと、心根から願う。

 

「負けを認めろ、セイン・ヴィグリッド」

 

 わたしは眼の前の敵に、最後の忠告を与える。

 これを受け入れなければ、力付くで抑え込む。

 その覚悟はもう出来てる、だから――お願い、参ったと言ってくれ。

 

 固唾を呑む中、セインは身動きの取れない状況で答えを出す。

 

「……驚いたよ、私の予想以上に、君の手腕と見事な連携だった」

 

 けれど、とセインは続ける。

 

「……それでも、この程度で勝利の選択肢を迫るなんてね」

 

 わたしは、咄嗟に威嚇する。

 

「強がるなよ、内心だと焦ってるんじゃないの」

「そうやって『魔王』を演じる君もかわいいなとしか、特に無いかな」

 

 決別の瞬間だった。

 わたしは、セインに向かって拳を振るう。

 

 その寸前に、変化は生じた。

 生じてしまった。

 

「――【聖棺(アーク)】」

 

 光が、その場を埋め尽くすほどに溢れ出る。

 そして、光は一人の少女へと収束する。

 神秘的な光の化身は、空間を思うがままに舞う。

 

『うう……』

「きゃっ……」

「ぐ……っ!」

 

 一瞬で、わたしたちの牙城は崩壊した。

 かすっただけなのに、鈍器で殴られた様な感覚を覚える。

 

 何が起きたかなんて、何もわからない。

 ただ得も言われぬ痛みだけが、訳もなくわたしたちを襲う。

 

 もう、ホントなんなんだよこいつ……!!

 

「仕切り直しだ」

 

 セインはそうして、その姿を解除する。

 

 もうチャンスは作れない。

 わたしの、負けだ。

 完膚なきまでに、力の差を思い知らされた。

 

 ああ、ほんと――

 倒しがいのある宿敵(ライバル)だなあ……!

 

 ただとりあえず。

 

「マナ……手を取って!!」

「は、はい!」

 

 セインが迫る直前、わたしの手とマナの手が重なる。

 

「<輪天>……!!!」

 

 ギリギリ、間に合った。

 リリーちゃんの上に跳躍することに成功。

 一端は避難が完了したわけだけど。

 

 わたしの勝利条件は二つ。

 もう一つの選択肢を、取らざるを得ない。

 

「リリーちゃん、上へ!」

『うん、わかってる!!』

 

 すなわち、撤退してマナを逃がすこと。

 もちろん、その後は身柄を拘束して相応の罰を受けてもらうが。

 とにかく、これで勝利条件の一つは達成したわけだ。

 

 訳だが、さ。

 やっぱりこのままじゃ、悔しいからね。

 

 勝利条件は、マナを逃がすこと。

 あるいはわたしがセインに一撃を与えること。

 

 その両方を叶えたいっていうのは、わたしのわがままかな。

 うん、きっとそうだ。

 

「おねえさん?」

「お姉様、いったいなにを」

 

 竜の背の縁に立って、セインを捉える。

 

「まさか、お姉様……」

「そうだよ。これはわたしのわがままだから、二人は地上で待機しておいて」

 

 あと。

 

「マナ、あんた絶対逃げるなよ」

「はい、もちろんですよ! 私のハートは、お姉様に鷲掴みにされてしまいましたから」

「ああ、そう……」

 

 釘を差したつもりだったが、逆効果みたいだ。

 ま、逃げる気がないならいいけど。

 

「リリーちゃんも、わたしの家にそいつ連れってておいて」

「いいけど、おねえさんが傷つくのはいやだよ」

「ごめんね。でも、そうやって傷つくことで強くなっていくこともあるんだよ。だから、おねえさんは挑むんだ」

「……わかんない。けど、わかった」

 

 リリーちゃんの気遣いには助けられる。

 本当に、頼りになる仲間だ。

 

「よし……いってくる!!」

 

 わたしは竜の背から飛び降りる。

 

 心残りは、これであとひとつだけ。

 最強の『勇者』に、セインに一撃入れること。

 否定してやることだけだ。

 

「え?」

 

 地上へと降りてきたわたしに、セインは困惑の表情を見せる。

 そんなセインに、わたしは語りかける。

 

「ごめんね。セインの言う好意ってものは、わたしにはまだよくわからないんだ」

「何を……」

 

 突然降ってきた話題に、セインは困惑を浮かべる。

 

「でも、セインはちゃんと「特別」で。その好意はきっと、わたしの中で意味があると思うから。だからもう少し、返事を待ってほしい」

「君は一体、なにがいいたいの? どうしたいの?」

「だからね、セイン――」

 

 その代わりに。

 

「わたしも全力で応えてやるってこと!」

 

 さあ、ミラ・フィーベル。

 

 一世一代の見せ場、テイク2だ……!

 

 今使える力を、すべて出し切る。

 やったことはない。

 負担は想像もしたくない。

 身体が耐えられるかも分からない。

 

 だからこそ――挑むんだ!!

 いつか必ず勝つために、限界を超えろ!!

 いま、ここで!!

 

「いくぞ我が宿敵――セイン・ヴィグリッド」

 

 五つの血晶が、わたしの眼前に並ぶ。

 どれもが形の違う、歪な塊。

 

 わたしが選ばれたのは、この呪いに誰よりも恵まれたから。

 誰よりも、魔族であったから。

 

 今わたしが使える全ての力――五つの血晶を砕く。

 その瞬間、言葉では言い表せない感覚が身を襲う。

 

「が……っ!! はぁ……!! はぁ……!!」

 

 強大な負担が、身体を押し潰すようになだれ込む。

 

 ああ、いたい、いたい、くるしい、いたい、いたいいたいいたい――

 意識が飛ぶ、そう認識したとき。

 

「ああ……!!」

 

 舌を噛んで、血反吐を吐く。

 ここで倒れるわけには、絶対にいかないんだ。

 

「それが、君の……」

 

 セインはわたしを見て、そんな感想をこぼす。

 

 あーあ、そうだな。

 おそらく、セインから見たわたしは――最高に、魔族してるんだろうな。

 

 癪だけど、嫌だけど。

 そうさせたのは、彼女だから。

 

「責任は取ってもらうよ、セイン」

「……」

 

 こんな気持ちにさせた。

 わたしを、釘付けにさせた。

 本気にさせた。

 

「決着をつけようか、最強の『勇者』」

 

 わたしとセインの、この些細な喧嘩のけりをつける為に。

 全力で、応えてやる。

 

 

 

 

 

 

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