魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~   作:ふく神漬

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冥界の少女と無名の『魔王』
第35話 移ろう季節と混じり合う邪悪


 

 

 未だに、魔族と人間とが生身の肉体で争い合う場所がある。

 ――闘地《ディナーゼ》 。

 人間と魔族が交わる、最後の戦場。

 

 その場所は今でも、恒久的に血で血を洗う戦いが繰り広げられている。

 

 澄んだ青空に赤黒く染まった痕跡が消えることはなく、空気には鉄のような血の匂いが漂う。

 戦地に散らばる残骸は、霊体のように消えることもなく、ただ荒んでいくだけの物体に過ぎない。

 

 

 戦いの大因は二つ。

 一つ目は、当時の本能からくる、闘争を求めてやまない連中の残党が未だに存在しているということ。

 人と魔族との和平が成し遂げられたのはさほど昔のことではない。

 禍根、残穢が跡を残すにはまだ歴史は浅すぎるのだ。

 

 和平条約が結ばれたことで多くの者が一息ついたかのように思えたが、その背後には未解決の憎悪と疑念が静かに潜んでいた。

 

 闘争を求める者たちは戦場に集い、武器を手に血を求める。

 

 しかし要因はもう一つあるのだ。

 その場所が、選ばれる理由――それは超常の願いを叶える【秘宝《ひほう》】の欠片が眠っているからだ。

 

【秘宝】というのは超高密度な魔力結晶であるが、単にそれだけではない。

 手にしたものに、大きな力を与える。

 人知を超えた大望を、叶えられる力がある。

 故に――人間であろうと関係ない。

 命を懸けてでも、それをいち早く掘り出して自分のものにしたいと闘争を求める。

 

 

 だが百と五十年も前に、この力の危険性をいち速く悟り動いた者がいた。

 それこそが初代フィーベルを冠した女傑――魔剣『ベルウイング』に選ばれた一人の魔族。

 

 彼女は魔族でありながら秘密裏に人間と協力関係を結んだ。

 それは人間の言いなりになることに等しいものだったが、それでも彼女は、上手く利用されるという生き方を自ら選んだ。

 彼女の行動は結果的に周囲からの激しい批判を受けたが、彼女は決して動じなかった。

 

 彼女は【秘宝】の元へたどり着き、願いを否定し粉々に破壊した。

 願いを否定して、平穏を望んだ行動だった。

 

 けれど。

 この行動は良くも悪くも、未来を分けることになる。

 彼女の想定には大きな誤算があった――。

【秘宝】というものは、粉々に寸分した程度では消えることはない。

 

 破片の一つ一つを求めて、争いの種が生まれた。

 魔族と人間――双方にとって悲劇的な結果をもたらすという運命に、彼女は気力を失い、どこかへと消え去った。

 それが先祖が起こした罪であり、今のフィーベルを形成する最初の一歩でもあるのだ。

 

 ◇

 

 片膝をつくのは、死者のように白い髪をした少女。

 けれど、その相手をする者こそはまさに異形。

 

 少女を悠に見下ろす程のそれは、巨大な蒼面。

 その顔には感情というものがまるで宿っておらず、ただ冷徹さだけがにじみ出ていた。

 かの魔族は胸にある大望のために少女をアドリア学園へと入学させ、【秘宝】の居場所を詮索していた。

 

 能面はまるで重く沈む運命を象徴しているかのように、静かに命じる。

 

「一切の油断をするな、取り繕え。表情を作れ、人格を作れ、立場を作れ。そして、計画実行の日まで仮面を貫き通せ」

 

 彼の声は冷たく乾いていて、まるで命令以外の感情は存在しないかのようだった。

 その声に対し、少女は眉一つ動かさず、跪いたまま答える。

 

「理解っております。お父様」

 

 その瞬間、空気がわずかに揺れるような緊張が走る。

 蒼面の声が低く鋭く変わった。

 

「その名で呼ぶな、偽物」

 

 短くも鋭い言葉が放たれ、少女は一瞬だけ目を伏せる。

 しかし、その動揺を表に出すことなく、すぐに頭を下げたまま静かに言葉を返す。

 

「……はい」

 

 彼女の声のトーンは、相手に悟られないようにさらに低く、静かに抑えられていた。

 まるでその場の空気が冷え込むような雰囲気の中で、少女は頭を上げることなく続ける。

 

「重々承知しております。私は人間でも魔族でもない、偽物の存在だということを」

 

 少女の言葉には、どこか自嘲的な響きがあった。

 自らの存在を認めない相手の言葉に抗うことなく、それをそのまま受け入れるような態度。

 

「『ガイナ帝国』での失敗、忘れておらんからな。次はしくじるなよ」

 

 巨大な蒼面は、最後に一言付け加えるように吐き捨てる。

 その言葉の後、少女は静かに頭を垂れたまま返答した。

 

「はい。今度こそは必ず」

「ゆめゆめ、自己という余分なモノを持つなよ。そのために貴様を、造り上げたのだから」

 

 冷たく重い言葉を残し、蒼面の背後に冥府の扉が閉ざされる。

 鈍い音とともに、少女はゆっくりとその場から離れ――

 

 仮面を被ったまま求められた者を演じ続けるだけの、日常という役割へと戻っていくのだ。

 

 ◇

 

 アドリア学園――生徒会室。

 

 銀の髪を七三分けにきっちりと整えた男は、ふと窓の外を眺めながらこぼした。

 

「暇だな……」

 

 彼の何気ない独り言は、重厚な机の上に山積みされた書類の上を軽やかに滑り、部屋中に響き渡った。

 外には透き通るような青空が広がり、暖かな陽光が窓を通して室内に差し込んでいたが、その平穏が彼の胸に退屈を植えつけていた。

 

「え? 何を仰っているんですか会長。まだまだこんなにも業務は眼前に残っておいでですが」

 

 その反応を示したのは、副会長であるシリル・イーヴィス。

 彼女は眼鏡のブリッジを中指で軽く押し上げながら、目の前の書類を指し示した。

 表情には呆れたような色が滲んでいる。

 

 生徒の模範といえば聞こえはいいものの、もとい厄介ごとの数々を押し付けられる重役責任者――。

 そんな自分の置かれた状況を皮肉ったように、その男――グラン・ヴィグリッドは肩をすくめた。

 

 両者の間に流れる沈黙を、グランは少しの間を置いて答える。

 

「実務上の話じゃない。何か退屈を紛らわすような、刺激的な日常が欲しいのさ」

 

 彼の言葉は淡々としていたが、その中にほんの少しだけ含まれる熱が彼の本音を物語っていた。

 しかし、その反応を受けたシリルの表情にさらなる呆れが浮かぶばかりだった。

 

 現在、書紀である一年生や広報担当者――グランと同じ三年生たちは出払っており、室内には二人だけ。

 黙々と作業をこなす自分に嫌気が差していたグランは、深いため息をつく。

 

「あ、そうだ」

 

 突然、思い出したかのようにグランの声色が上がる。

 シリルが軽く顔を上げると、グランはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 グランの脳内に思い浮かんだのは、妹のことだった。

 人類を背負って立つという立派な肩書きの妹。

 その存在は嫉妬を抱くには遠いにも程があり、兄としてはむしろ誇らしいものとなっていた。

 

 彼女のお気に入りということもあり、先延ばしにしていた問題。

 入学時の多忙と学園長の指示により後回しにされていた件の魔族――一年生の中で話題になっているその存在について。

 ちょうどいい口実をみつけ、グランは口角を上げる。

 

「いい暇つぶしがあるじゃないか」

 

 机の上の書類を軽く手で押しやると、グランは窓の外を再び眺めた。

 

「会長、まさか……」

 

 シリルは眉をひそめたが、グランの口元には余裕の笑みが浮かんでいる。

 何かを思いついた時の彼特有のその表情に、シリルは呆れる。

 

「まあ、遅かれ早かれだ」

 

 麗らかな春の季節も過ぎていく頃。

 

 様々な思惑をのせて。

 新たな季節が、訪れようとしていた。

 

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