魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~ 作:ふく神漬
わたしの前にいる……いらっしゃるのは、見覚えがある銀嶺の髪を七三分けにした男。
生徒会長――グラン・ヴィグリッド。
セインの兄であり、この生徒会という組織のトップでもある。
今回わたしが呼び出されたのは、生徒会の巨大な一室。
とうとう、このときが来てしまった。
生徒会の敷居を、またいでしまった。
「単刀直入に言おうか」
沈黙の中、腕を組み険しい表情を崩さぬまま――彼はわたしに言った。
「生徒会に、入らないか?」
「へ?」
心が、どきりとする。
ドクドクと、心臓が早鐘を打つ。
「君の力が、俺には必要なんだ」
「わたしの……?」
高鳴る鼓動は、何を意味しているのだろう。
わかりそうで、わからない。
でもこの人は、真剣にわたしに向き合っているのだということはわかる。
「君しかだめなんだ。君しか、この役割は任せられない」
「わたし、しか……」
「そうだ。だから答えてほしい。君の感情を、思いのままに」
逡巡の中で、ようやくわかった。
わたしの感情が。
それならわたしも、はっきりと答えなければいけない。
「嫌です」
「…………嫌かあ」
そうだよ、拒否感だよ。
拒絶で胸が苦しかっただけだよ。
だってさあ……。
それはそうでしょ。
山積みの資料、書きかけらしい帳簿。
あとこの人のデスクにある、隠せていない「死ぬまで責務」と書かれたハチマキ。
どうみたって、雑用に追われるだけの日々になることは目に見えてる。
だがこの人は諦めなかった。
立ち上がって、わたしに視線を合わせると表情を引き締める。
……ゴクリ。
わたしもまた、その決死な眼差しに目が離せない。
だからなんと、生徒会長は腰を折ってまで懇願する。
「生徒会に、入ってはくれないだろうか」
ここまでの……ってもういいや。
「はい、普通に嫌です」
「……そっかあ」
うなだれる姿にわたしが感じたのは、少しの憐憫だけだった。
「話はそれだけですか? ならわたしは――」
「まあ待ちたまえよ」
「なんですか? 勧誘ならお断りですよ」
「ふん…………」
鼻で笑うと、会長は傍らにいるもう一人の女学生に話題を振る。
「シリル、どうすればいい?」
「はあ……」
深くため息をつくと、シリルと呼ばれた人は返す。
「正直、端からみていて呆れていましたよ」
「だって俺、こういうの得意じゃないし」
あけすけに開き直る姿に、さらに深くため息をつく。
ああ、この人は苦労されているんだろうなと初対面ながら感じる。
「とりあえずせっかくお越しになったのですから。くつろいでいってくださいな」
シリルと呼ばれた、二年生の先輩はわたしの方へ向き直ると落ち着いて諭すように言う。
「いや、わたしはもう……」
「いえ、勧誘ではありません。一応は生徒会としても、貴方の素性を改めて確認しておく必要があるのですよ」
「え? そうなの?」
背後でぽつりとこぼす男に、先輩はそっと舌打ちをする。
こわい、こわいよ……。
というか、なんかセインのお兄様って結構抜けてるな。
初対面の感想は、そんなものだった。
セインと同じ様に、隙のない理論武装がわたしを待っているものだと内心ビクついていたが。
そんなことはなかった。
まあセインも少し抜けてるというか、価値観の違いであたふたするかわいいところもあったりするんだけど。
いやいや、そんなことはどうでもよくて……!
わたしは言われるがままに腰を下ろす。
仕方なくだ……。
わたしの素性については学園側に詳らかにしているはずだが、生徒会に全ての情報が共有されているということはないだろう。
魔族という存在はきっと、この人たちにとっての悩みの種の一つではあっただろう。
だから少しくらいなら、付き合わなければ申し訳がない。
そういうことにしておこう、うん。
「紅茶でいいでしょうか?」
「あ、はい」
「甘い物は?」
「えと、ほどほどには……」
「そうですか。少しくつろいでいてください。用意しますので」
一刻も早く立ち去りたいわたしの気持ちとは裏腹に、丁寧な歓迎の用意がされていく。
そうして待っていると、紅茶とお茶菓子が提供されてしまった。
「頂いたものですが、"カヌレ"と呼ばれる焼き菓子です。リーティアの香料で風味を加えていて、とても美味しいですよ」
「ありがとう……ございます」
「気にするな。将来への投資と思えば、俺の休憩時の楽しみがなくなることなど些細な問題だ」
なんでこの人が、こんな誇らしげなのか。
というか、この人のおやつだったのか。
そう思うと……別に気にならないな。
「気にしないでくださいね。会長に気遣いは不要ですから」
方便じゃなく、おそらくマジのゴミを見るような目で背後の男を睥睨してるもん。
わたしはおしゃれなお茶菓子を口に入れながら考える。
前提として、大きな疑問がある。
「聞きたいなら聞けばいい」
「……っ」
生徒会長は、わたしの内心を見透かしたかのように目を細める。
「そう……ですね。他の生徒会の方は、今どちらに?」
「三人ほどいる。が、これがなかなか癖が強くてな」
貴方が言うのか、と心のなかで挟みつつわたしは聞き入ることにした。
「まずはレヴィン。庶務であり外交担当。腐れ縁ってやつだな。そこそこ長い付き合いだが、正直言って実力は認めざるを得ない。まあ少し愛想が無いのが難点だが、そこはあまり気にしなくていい」
「はい……ん? 外交?」
生徒会って外交とかいう役職あったっけ。
いや、わたしの知識は創作からしか引っ張ってこれないんだから現実と相違するのは当たり前なんだけど。
「アドリア学園は実質、この国の頂点に位置する学び舎だからな。その威信を知らしめるためにも、牽制しておく必要があるのだよ」
「ええ……本当にそんなのが」
本当に、創作みたいだ。
少しワクワクしてきたわたしに対し、シリル先輩が口を挟む。
「違いますからね? アドリア学園の卒業生は王国にとっての要職に就くことが多い訳で、何かと特殊な扱いを受けるのは確かに事実です」
例えば、とシリル先輩は上げる。
「霊体研究への資金援助や、それを用いた最先端な取り組みに携わることができるなど。様々な恩恵に与ることはできます」
まあ生徒会にとってはあんまりですけど……。
ぼそっとそう毒づくと、先輩は続ける。
「見返りとしてアドリア王国の内外に問わず遠征に行ってその一助となれば。そういった奉仕活動の一環が、レヴィンさんの行っている活動です」
「それって……生徒会がやるべきことなんでしょうか」
「聞かないでください」
うん、理解してきた。
生徒会とは体の良い言葉で、実際は上手く使われているだけの下部組織なのだ。
想像していたより真っ黒で夢がない、そんな場所でした。
「どうかな。君も生徒会にはいって、社会に――」
「遠慮しときます」
即答する。
というか早く帰してくれないかな。
夕方のギルド戦には間に合わせたいんだけど……
「そして書紀に関してだが……遅刻だ」
「はあ……」
ダメだが。
ダメだが遅刻程度ならもうマシに見えてくる。
「しかも本人には全く悪気がないのが厄介なんだ」
「そうなんですか?」
シリル先輩はどこか他人事のように、格子の外を見つめる。
「そうですねえ。あの子の遅刻理由は色々あります。例えば、ある日は花を愛でていて三十分。ペン先の美しさを眺めていて一時間。吹奏楽部の音に聞き入っていつの間にか練習に参加していて終鈴まで。こんな感じなんですよ」
「個性的な方ですね……」
「ええ、本当にそうですよね」
「しかし、そこが彼女の――ミリア・オーケストの良いところでもある」
「そうやって甘やかすからいつまで経っても直らないんですよあの子は」
――ミリア・オーケスト。
ん? んん?
「オーケスト!? ……ってあの、有名な!?」
オーケストといえば先日の会場を取り仕切っていた『勇者』――エヴァン・オーケストを思い出す。
それが偶然ではないと、先輩は頷く。
「はい、その通りです。彼女の兄は『勇者』――そして彼女もまた、優秀な土属性の魔術を扱う魔術師なんですよ」
「へええ。それはすごいですね」
個性的なのは性格だけじゃない。
実力も兼ね備える彼女もまた、冒険者に向いた人材なのかもしれない。
「それで、あと一人はどんな方が……」
さすがに気になってきたので、単刀直入に尋ねる。
「ん? 知らなかったのか? カリン・サクテイル、君のクラスメイトだよ」
「え!? あーうん、んん?」
そんな人がいたような。
そもそも、わたしのクラスに生徒会の役員なんていたんだ。
思い出せ……ない!
だってわたし、あんまりクラスメイトと親しくないし……。
でもでも! 最近は知り合いも少しずつ増えたし、話しかけてくれる人も増えたし!
ならなおのこと、その人のことも覚えようよ……。
相手のことを知ろうとしないからこうなるんだ。
「ぐぬぬ……」
「何を呻いているのかは聞かんが、カリン君が一番真面目に取り組んでくれているのは確かだな。一年なのに関心だ」
「そう……ですね」
なんだか、わたしが何もしてないみたいで惨めになってきた。
「そこで自分なんてダメだと思った君。いまなら君も――」
「イ・ヤ・で・す!」
それだけは断固拒否だ。
これ以上くるなら……仕方ないが、あの手を使うしかない。
「そう身構えるな。今回はもう諦めるさ。それに、君の素性についてもこちらでの詮索は許可されていない。用件はあらかた終えた」
「あらかた……?」
わたしの嫌な予感に、生徒会長――グラン・ヴィグリッドは意地の悪い笑みを浮かべて切り口を開いた。
「最後に少し、世間話に付き合ってくれ」
「……何の、ですか」
「それはもちろん――我が妹のことさ」
「…………っ」
予感はしていた。
そのことについて配慮するような、そんな人となりでないのも短期間でなんとなく分かってはいた。
それでもやはり、言葉に詰まる。
「会長っ!!」
「黙れ。これだけは譲れん」
ぞッとするような低い声音に、シリル先輩は身を引く。
どうやら、わたしに逃げ場はないらしい。
それにシリル先輩にはありがたいが、わたしだって向き合うつもりだった。
「昨日の爆弾発言。世間を大いに、賑わせているな」
「らしい……ですね。でもセインは結構適当なこと言い出しますから。あれも――」
「逃げるのか? 俺の妹に宣戦布告した君が」
あの日、セインが残した言葉は波紋を呼んでいる。
何故また冒険者として?
――私に、訪れてはいけなかった危機が訪れるからですよ。
危機とは?
――私を倒し得る存在の出現。それにそなえ、私はここに戻ってきました。
あの伝説ともなった『セイン・ヴィグリッド』を倒しうる存在が?
――はい。彼女と再び相見えるその時に、私は恐怖すら感じる。
彼女、ですか?
――ええ。私がたまらなく愛し、最大の脅威とも感じる。そんなかわいい魔族は、きっと近い内に舞台に上がる。
だから私も、負けてられないんだ。
そう言って、セインは応答を締めた。
「わたしは……」
試されているのか。
この人は、セインの兄として。
妹をどう思っているのか。
いいだろう。
わたしなりの答えでよければ、差し上げようじゃねえの。
「逃げたりしない。ちゃんと向き合う意味も、この前わかった。その上で、セインはわたしのライバルだ」
「そうか。……ふふふッ! やはり面白いな! あいつがあんな風に振り回されるなんて思っても見なかったからな! これは見放せん!」
「生徒会長は、その……セインが嫌いなんですか?」
「いいや? 愛しているとも。人間の代表とも言われる存在が身内にいるなど、たまらなく自慢に決まっている」
続けて、自身の思考の本質を語る。
「俺は優秀な人材を見るのが好きだ。だがそれ以上に、優秀なやつが慌てふためく様を見るのが好きだ。それを特等席で見ていたい。故に君を、生徒会に勧誘したのさ」
わかってはいたことだが、それはなかなかと。
「……業が深いですね」
「ははっ! そうだな、その通りだともっ! だからよ?」
――あがいてもがいて、俺を楽しませてくれよ?
こうしてわたしは、悪辣な傍観者との初邂逅を終えたのだった。