魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~ 作:ふく神漬
ようやく解放されたわたしは、とぼとぼと帰路に着く。
セバスが迎えに来るまで、周辺をぶらつくつもりだ。
「……ん?」
そこでふと、誰かの視線を感じた。
なんとなしに身を翻す。
しかし、そこは王国の大通りから少し逸れただけの脇道。
華奢なドレスを着た貴族から行商人までも、往来はほどほどに騒がしい。
……まあ、気のせいだろう。
万が一があれば、使いたくないけれどお父さんコールを使わせてもらう。
説明しなくても察せられると思うが、このコールを使うとお父さんはわたしに遣われ、間接的に連邦議会の力をお呼びすることとなる。
まさかわたしの身の丈を知ったうえでそんな蛮行は犯さないだろう。
ありがとうお父さん(適当)!
……そう腹をくくっていたのだが。
疑惑は確信めいてくる。
背後から、誰かがわたしを付けている。
はっきりとしない足音と歩調のテンポが、わたしの恐怖心を増幅させてくる。
勧誘の続きだとしたら度が過ぎているぞ。
「あ、あの~! 生徒会の方ですか? でしたら今のうちにでてこないと、後悔しますよ〜?」
その声に応じる者は居ない。
よし、わかったよ。
やってやるよ。
もう泣いて謝っても情状酌量だけしか聞いてあげないからね!?
くねくねと迂回しながら、犯人の足音との距離を徐々に離していく。
この路地を抜ければ、あとはダッシュして。
そんな、一筋の光明が見えた時だった。
「おーほっほほほほほほ!」
光明を遮るように、膝をついてどっしりと構えるのは背の高い女。
華奢なドレスに身を包んだ(あれ? どこかでみたような)彼女はわたしのことを確認すると
――パシャリと、シャッターを押した。
「背後に注意を誘うべく音を出し、前方への注意をおろそかにした。こうも見事に誘いにのってくれるとは――案外、大したことのない人物ではなくて?」
「あんたは……誰だ」
「おほほ! まさかよもやですわ~! この私《わたくし》にその様な口のききかたまでなさるとは、非常に素晴らしいです!!」
「……生徒会の方ですか?」
「違いますともっ!」
「ならあのあの、だれ?」
「少なくとも、クラスメイトではありますわ!」
いやえと、誰だよ。
覚えてないほうが悪いと言えば悪いけど。
ただ、見た目の印象はあるのだ。
金髪に縦ロールが印象的な、確か――
「シャレイナですわ」
「あ〜」
思い出した。
今は髪を下ろしているからがらりと印象が変わっているのだ。
そして、彼女の蛮行。
放課後、セインにいつものように――
「下着の色聞いてる人……」
「日課ですわ~~!」
あまりえり好みをしないようにしているわたしでさえ、関わりたくないとシャットダウンしていた一人に出会ってしまった。
フランにもダル絡みしているあたり、わたしはそっと席を外していた。
けれど――ついに、わたしの番だ。
燻るのは、戦々恐々とした思いだ。
「ああ、そうだよね! 忘れててごめんね!」
「いえいえ! こちらも尾行していたことですし、仕方なくチャラにしてさしあげましょう!」
「え、うん。……ありがとう」
思わずありがとうとか返しちゃったが、これトントンなのかな。
「あらためまして、シャレイナと申します。
そして、と彼女は意気揚々にわたしを指す。
「ミラ・フィーベルさん! 」
「は、はい。なんでしょうか……」
「私にとっての被写体として、貴方に価値を見出しましたわ! 貴方は今日から、私のターゲットですわ!!」
「いやだあああああああ!!」
精一杯、空に向かって叫ぶ。
たまったもんじゃない。
「この機を逃すべきではないと、私の直感が告げています」
「な、なんで……」
「セインさんは連盟ダンジョンの準備でセレス島に滞在中。アンナさんもですわね」
だからなんだ。
別に私は、そこまでセインとベタベタしてるわけじゃないぞ。
帰り道は被る部分があるから魔族領付近まで見送りをしてくれるけど、ただそれだけだ。
アンナさんは……たまに会話するくらい。
言葉はきついが、話していると結構優しいというか、わたしに気をつかってくれているのがわかってきた。
「じゃなくて! それがどう関係するの!」
「ですから、いつもでしたら放課後は直帰するか、セインさんとべたべたするか。フランさんとイチャイチャするか、たまにアンナさんにちょっかいをかけてらっしゃいますもの。ガードが固いですわ!」
「そ、そんなベタベタとかイチャイチャとかしてないしっ!」
「ほう? ちなみに本命はどなたなのでしょうか?」
「いない! いないからそんなの!」
「他にも候補がいると? 存外、隅に置けませんね」
「ち・が・い・ま・す!」
本命なんていない。
わたしはその感情がわからない。
ただ、返事をしなければいけない相手はいる。
――わたしはセインに、時間を貰った。
セインはわたしにとって、特別……ではある。
それは単なるライバルとして。
だけではない。
淡い色の感情が、わたしの中で渦巻いている。
彼女はわたしに、待ってくれると。
時間を置いて考えてほしいと、そう言ってくれた。
あんたはそれでいいの?
そう不躾にも聞いた魔族に対して、『勇者』は優しい声音で答えた。
答えてくれたのだ。
――期間だって決めない。悩んで悩んで、悩み抜いて。その間も楽しんで、答えを決めて欲しい。
優しい声音で、セインはわたしにそう告げたのだ。
待って待って、そうして傷つくかもしれないのに。
にも関わらず彼女は、楽しんでと言った。
言ってくれた。
全く、どこまでいっても凄いやつだと思うよ。
そういう訳だから、セインには悪いけどのんびり考えさせてもらおうと思う。
軽い気持ちで了承とかしちゃったら、なんかその。
あっという間に……
「って何考えてんだわたしっ!」
「ふふふ。お熱いことですわね」
「あんたが言うから!」
「ではそろそろ、次の話題に行っても?」
「つ、つぎ?」
「関心はありますが、私の主な興味はセインさんの熱愛報道ではないのですわ」
頬の熱を冷ましながら、わたしは彼女を睨めあげる。
「確かに忘れてたのはわたしが悪かったけど、こんな風に人を詮索するのは悪趣味じゃない?」
「そうですわね」
「それだけ!?」
思い切り開き直られたんだけど。
やはりあのクラスには、まともなやつは居ないのか。
何故こうも次々とヤバいやつに因縁付けられるのか。
というか最近、クラスメイトから話しかけられることが増えた。
それは嬉しいんだけど、初対面で話すのは疲れるしついていけない。
わたしに(付け回していたとはいえ)興味を持ってくれたというのはいささか嫌な気はしないはしないが、それでもやりすぎだ。
いったい何が、原因なのだろう。
「あ」
そこでふと、この前の電話口の会話が思い出される。
『僕たちはたーっくさんの魔族の血が混ざりあったハイブリット。ミラに至っては人間の血も流れているから、さらにスーパーレアな存在なわけだ』
「なに? 喧嘩売ってる?」
『いやね。こんな状況になってしまってまで悪いけど、僕はまだ帰れそうにないんだ』
「はいはい、どうせまた女遊びでしょ?」
『君は父親《僕》のことをどんなやつだと』
「救う必要のないクズ」
相手はゆっくりと、ため息をつく。
しっかりダメージを与えれたようだ。
「だって前科あるんだもん。しかたなくない?」
『…………わかった、わかりましたよ。ならそんな君に、ありがたい進言を授けようとしよう』
嫌な予感がしたときには、もう遅い。
クソ親父は続けて、切り出したのだ。
『君は僕と同じで、モテるよ?』
「は?」
『人間と魔族との相性ってのは、その魔力の性質的な関係が悪さをしてると考えられる。好感度メーターが、最初からマイナスに振り切ってるって言ったらわかりやすいかな』
「そうだよ。わたしは嫌われて当然の存在なんだよ……」
わたしは……フィーベルという存在は。
人間からも魔族からも忌み嫌われる種族。
魔族の中でも異端かつ異質。
人間からしてみれば、何をするか分からない恐怖の対象。
魔族からしても、半端な一族であり、独立した家系というのはあまりいい歓迎はされない。
何より――過去に彼らを裏切って当時の『魔王』を殺し、停戦を結んだ。
結果的に共存の道が作られたが、それでも裏切ったことには変わりがない。
それが、禍根を残した。
今でも血を流す戦いを望む魔族と、同じく魔族を滅ぼさんと受け入れる人間はいる。
『けどね』
――お父さんはボソリと、秘密を打ち明ける。
『僕たちは滅びてしまったとはいえ一つの種族――
「は?」
『一度なにか、感情を揺さぶる引き金を引いてしまえば嫌いという感情は覆る』
「……うん? つまり?」
『相手にとって、何か印象的なサプライズをしてやれば大抵は落ちる。だから僕はモテるってわけ』
「ちょ……っ! 娘になんて話してんだ、クソ親父ィ!!」
『あははははは! じゃあね~~!』
最低野郎というのは周知の事実なのに、なぜあれだけ寄ってくる魔族が多いのか その理由がわかってしまった。
一生知りたくなかった、墓場まで持っていってほしかった真実。
わたしも、それが理由だとしたら――
「ああ、そんな……。いやだ、いやだよお……」
「あら、気に触りましたか?」
「……いや、こっちの話だから。ただ、正面から言ってくれればわたしもウェルカムなんだけどな」
「それではつまらないでしょう?」
「またそれか」
興味を持ってもらえるのは悪い気はしない。
けれどただ、自分が面白いとかつまらないとか。
そういう、わたしを面白い玩具のように振り回そうとするのは、もう――
その時、わたしの前に誰かが割り込んだ。
「貴方がそっぽを向いたとしても、その立場は飾りにはできないのよ、シャレイナ?」
「フラン……っ!!」
割って入ってきたのは、わたしより一回り小さい金色の少女。
今日はその髪を流麗に下ろしており、一部を三つ編みにして結っている。
それだけで、印象がガラリと変わる。
か、かわいすぎないか?
「少し湯上がりに散歩でもしていたら、貴方たちを見つけてね。この辺りは家の近くなのよ」
「そう……なんだ。へえ……」
颯爽と現れ助けてくれたのもそうだが、いつもとは異なる彼女の装いに動悸が抑えられない。
なんでこんな、ドキドキするのだろう……。
「なによ?」
「いや……その……ありがとう」
「べつに。ミラのためじゃないわ」
フランは怪訝そうな表情を浮かべながら、シャレイナさんの方へ向き直る。
「貴方の横暴が、自身の権威を使ったものではないことくらい、私にだってわかる。でも、相手への尊重と理解があってこそ、相手もその信頼に応えてくれる。上に立つならそれを、しっかり理解しておきなさい」
「…………」
シャレイナさんは言葉を失う。
そして、頭を下げて謝罪を述べる。
「確かに面目なかったです。申し訳ありませんでした」
落ち着きを取り戻した彼女は、わたしの方に再び踵を返す。
「重ねてお詫びいたしますわ。ミラ・フィーベルさん」
フルスロットルな彼女の勢いはブレーキがかかったようで。
わたしはフランの背中越しにシャレイナさんを睨みつけると、フランの背中越しに尋ねる。
「ちょ……っ。近い、近いってばっ!」
「気にしないでいただけると……」
「もう……」
フランは深く息を吐く。
対してシャレイナさんは、そっと目を背ける。
「私の悪い癖ですわ。相手に距離を置かれるのは、傷つくことですわね」
その表情は、悲哀を感じさせるものだった。
「あまり邪険にしないでくださいな。私は本当に、貴方と仲良くしていきたいだけですのよ?」
そこまで言われると、わたしも堪える。
仲良くできるなら、したいといってくれるなら。
それはきっと、わたしの求めるものだから。
「戦場カメラマン……だっけ? ごめん、わかんないや。だから教えてよ」
「ええ、ええ……!!」
ぱっと、彼女の表情が明るくなる。
「戦場カメラマンとは、迷宮での攻防――その刹那をとらえる職業で、迷宮配信が始まる前は、その様子を映し出すプロは大いに重用されていました。ですがダンジョン配信は射霊機の登場、それこそ全自動式によって急激に発展しました。その時点で、霊視ができるだけの投射機《カメラ》と、それを持つ人々の役割は無くなってしまった」
それでも、彼女は覗きたいという。
一瞬の景色を、フィルム越しで捕まえたいと望む。
「やはり、魂がのってこその一枚こそが美しいと思いますわ! ほら、ご覧くださいな!」
差し出された一枚は、宣材写真というやつだ。
「アンナさんだ……」
見るだけで痛くなるような、黒い棘付きバットをフルスイングするサイドテールの彼女は、決死の覚悟を瞳に宿している。
確かにこれは、魂が乗っている一瞬だと感心してしまう。
ちょっとだけ、羨ましいとさえ思う。
「いいね。ちゃんとこわいしかっこいい」
「そうでしょうそうでしょう!」
アンナさんは急速的に力を付けて、あの壇上へと許された。
もうとっくに、わたしの想定より先に進んでいるんだ。
わたしも、再び相見えるのが少し怖いくらいに。
「これはシャレイナさんが?」
「ええ。あってないようなものとはいえ、プロライセンスはきちんと所持しておりましてよ」
「へえ、すごいね……!」
「いえ、まだまだですわ」
冒険者業といっても、その形は色々あるのだろう。
迷宮の表舞台を創る花形もいれば、それを創る裏方もいる。
彼女のような、裏で支える職業は、わたしたちにとって感謝するべき存在だ。
「一つ、教えて?」
「へ?」
「シャレイナさんが近づいたのは、わたしが格好の被写体だから?」
「まあ、ぶっちゃけそれがほとんどですわね」
「正直だなっ」
笑みがこぼれる。
いいじゃないか。
わたしを撮りたくて仕方ないカメラマンなんて、こっちが利用してあげるよ
片腕を差し出す。
「はい!」
「なんですの?」
「宣誓だよ。わたしは最強の『勇者』を倒す。その時代が変わる瞬間は、シャレイナに撮ってほしい!」
「私に?」
「うん。やってみせてよっ! シャレイナさん!」
「――ええ、私《わたくし》におまかせをっ!」
そうして、わたしは彼女と握手を交わした。
対等の証だ。
「全く、甘いんだから」
フランは傍らで、そっと呟く。
ちょろくてすいませんね、ほんと。
そして、シャレイナさんの方に向き直る。
「どうせ教えてないんでしょう?」
「それはまあ、知っていないほうがおかしいとしか」
「それもそうね」
「へ?」
勘ぐるように見つめられて、わたしは戸惑う。
対し、シャレイナさんはスカートの裾を持ち上げ、丁寧に頭を傾ける。
そして、衝撃の事実を投下した。
「名乗るのが遅れました。二度ですが改めて――シャレイナ・ティア・
「うん……え?」
――こうしてわたしに、また胃もたれするほどの知り合いが一人加わったのだった。