「たでーまー」
ヨボヨボと歩きながら、我が家の玄関を開ける。
長かった、ここまですごく長かった一日だ。
あとはくつろごう。
ゲームすらやるのは疲れるので、漫画でも読みながら寝るかな。
そういえば定期テストが迫っていた気がする。
……ま、なんとかなるか!
楽観的に現実逃避しながらわたしは家の扉を開く。
見た目は邪悪なオーラを発する大きな城だが、もう慣れたもんだ。
わたしにとっては憩いの場、この中に入れば安心とすら思える。
そう、思っていたのだが。
居間に入ると、そこに待っていたのは――
「おかえりなさいませ、お姉様っ!」
「げ」
何故かメイド服(フリルがマシマシの)を着用している、亜麻色の髪の少女が私を見て目を輝かせていた。
そしてとたとたとわたしのほうへ歩調を速めると、目の前へと現れる。
「今日のお出迎えは気合を入れてみました! どうでしょうか!」
何を隠そう、こいつはわたしの妹だ。
もっともわたしにとっては、最近突然降って湧いた妹だが。
半身を後ろに傾けるわたしに対し、こいつは前のめり気味にニコニコと近づいてくる。
なんだか子犬みたいだ。
まあ、そんなかわいいもんじゃないのは分かってるんだけど。
「もうっ、わかったから!」
「あ、そうですよね。すみません……」
ぶんぶんと振っていた尻尾が、急激にしなっと勢いを失うように。
彼女は急激に元気を無くし、伏し目がちに肩を落とす。
「あー、そのね?」
そんなことされたら、なんだかこっちが悪いみたいじゃん。
いや、そうだよ。
マナはもう家族なんだから。
決めたのはわたしなんだから、悪いのはわたしだよ!
それでいいよ!
もう、もうもうもう!!
「リラとルミナス母様は?」
「お二人とも、お食事を終えて自室へ戻ってしまいました」
「あんたは?」
「
「そんな苦労いらんわ……」
正直、二人はマナをまだ受け入れてないところはあるだろう。
マナがやったことはもちろん隠したが、突然家族が増えるということに戸惑いは隠せないだろう。
それっぽい訳で誤魔化したが、どこまで納得しているのかわからない。
「二人とはどう? うまくやれてる?」
「ええ、そうですね。ルミナス様もリラ様も私のことを丁重に扱ってくださってくれてますよ」
「そ」
まあ、上手くいってはいないだろう。
ルミナス母様はあらかじめマナのことは知っていたので優しく受け入れていたが、問題はリナだ。
せっかくの妹ができたというのに、その顔には喜色の欠片もない。
わたしには……まあ反抗的だが対応はするし会話もする。
これも妹というものなのだろう。
反動でデレが来るのを信じて(予定)、今は座して待つのみ。
ってのは冗談で、マナは対応すらしていない。
リラはまるで何が起きたかを知っているかのように、マナのことを不純物のように見ている。
そんなわけないが、あいつは勘がいいからなあ。
マナの態度に、何か不審なものを感じ取っているのかもしれない。
ただそれでも、わたしが入り込むには少し早い。
時間が解決してくれるかもしれないし、わたしが無理を通した結果なのだから強制はできない。
うーん、お姉様って難しいなー。
「お姉様?」
「ん? いやなんでも。それより、何そのゴシックメイドは。もてなしてくれるの?」
「はい!」
「え、マジでか」
「それはもちろん! そのためにこうして通販で用意したのですから」
「すごい…………ね!!」
もうやけだ。
マナを家族として見てくれる人がいないなら(家にいないやつを除いて)、わたしが甘やかしてやるしかない。
わたしを殺そうとしたのなんて些細なこと!
どんと来いや!
「ではまずはお食事から? それとも浴場で私がお背中を流す方ですか?」
「後半がおかしいけど、とりあえずお腹すいたからお食事で」
「はい! お任せを! 簡単なものですが大丈夫でしょうか? セバス様には無理を言って私にキッチンを任せていただきましたが……」
後方でたたずむセバスを見ると、コクリと静かに頷く。
「マナお嬢様のお手前は、任せてもいいと判断いたしました。優秀ですよ」
わたしは優秀じゃないってか。
「セバスがそういうなら」
「とりあえず、制服を片してきてくださいな。その間に出来ますので」
「言ったね、じゃあ見せてみなよ。あんたの腕前を」
ふふん、わたしは舌が肥えてるからな。
採点係としての仕事は、きっちり果たしてやる。
……虚しくなるよお。
「あ、お姉様。大根はお好きですか?」
「うん。わたしは野菜全般すきだよ」
「了解しました! ではぜひぜひ、お楽しみに!」
そうしてわたしの部屋にたどり着くと、わたしは息を切らす。
「はあ……相変わらず、なんでこんなところにあるんだよ」
六階ある内の五階に、わたしの部屋はある。
階段で登る必要があるので、めちゃ疲れる。
元々は違う、ちんまりとした一人部屋だったのだったが、わたしが――
『部屋が狭い! ゲーミングモニター三台は必須! ベッドは天蓋付きのデカいの! じゃないともう訓練なんてしない!』
と言ったらこうなりました。
自業自得ですね。
「制服は……ぽいっ」
自室にある、クリーニングと記されているかごに放り込む。
ここに入れるだけで、あら不思議。
型崩れもなければ皺もない、キレイな一着となって戻ってくるのだ。
すごい不思議だなあ、妖精さんの仕業かな(すっとぼけ)
そんなことは置いといて、わたしは階下に降りる。
するとそこには、メイド姿にきっちりとエプロンを付けて様になっているマナの姿があった。
「あっ! お姉様! 丁度良きところに!」
どうやらわたしは、丁度いい女らしい。
マナは火を止めると、フライパンで煮込んだソースをかけて皿を均す。
「ご賞味くださいませ、お嬢様」
「ちょっ、恥ずかしいから」
「……お嫌いですか?」
「まあ、許す」
上目遣いで言われると、思わず許しちゃう。
てか本当に様になってるな、家の妹メイドは。
「……オムレツ?」
「はい!
「……背景が重いな」
ただそれほどの自信があるなら、わたしも真摯に向き合おう。
オムレツの周辺には、赤みがかかったソースがかかっている。
というか、浸しているというのが正解か。
「じゃあ、ありがたくいただくね」
「はい!」
そう言いながらも、わたしは眉を寄せて真剣に採点する気で口に運ぶ。
うん、うんうんうん。
「うまくね?」
「本当ですか!?」
「うん、ほんとに感動してるよ」
中はトロトロで、それを崩さないよう厚みがある卵で二重に重ねている。
そして何より、この大根おろしだ。
大根おろしと、周りの醤油ベースのソースが合うように計算されている。
「これは……合格!!」
「やったーー!」
わたしは野菜全般すきだが、それは調理したものだ。
生野菜も嫌いじゃないが、やはり調理によって深みがでるのでそこが良い。
「マナお嬢様は、得意分野においては私奴に勝る腕前かと」
当然のように隅にいるセバスが、若干悔しそうに口を挟む。
セバスの鉄仮面を剥がすほど……だと!?
リラもだけど、揃って中々できるじゃないか、我が妹。
わたし? わたしはほら、採点係だから……。
そんな風に現実逃避しながら、わたしはもぐもぐと食べ進めていった。
◇
「ふぅ……」
その後、お湯につかり一日の苦労を噛み締める。
じゃない、放り出すのだ。
こうして苦労を忘れ、浴場からでるとマナが食器を元の場所に戻していた。
「いやあ、良い性能の食洗機は速いですね。もう終わってしまいました」
「そこまでやってくれなくても……」
「ここまでやって料理は完成、ですよ」
「……ありがとね」
わたしはこいつに、何をしてやれるだろうか。
こいつの、マナの歪な愛に何を返せばいいのか。
正直言って、わからない。
けれど、そこはライブ感だ……!
姉として今、やってやりたいことをやればいい。
「マナ、ゲームしない?」
「え?」
「いや、お礼としては弱いけどさ。私がしてあげられる、お姉ちゃんっぽいことなんて、これくらいしかないからさ」
「……や、やります!」
必死に餌に食いつくように、マナは叫ぶ。
これで正解でいいのかな。
ま、この妹が喜んでるならいっか。
「そうと決まれば――」
「はい! この後の建築デザインとそのブランディングの打ち合わせはキャンセルしておきますねっ!!」
「え? いいの? いや、ダメでしょ」
「建築関連は多少引き伸ばしても大丈夫です。むしろ多少の計画のズレなんて当たり前の業界ですから」
「あ……うん、そう……なんだ。なら、いっか?」
「はい! もちろんです!」
いいのかなあ。
でも、社会に参画したこともないわたしが言えることではない。
というかこいつ、広告業で生計立ててたとか言ってたけど本当になんでもできるじゃん。
「特に、連盟ダンジョンについての仕事はすべて終わらせましたから。それ以外の仕事についてはどうとでもなりますよ」
「はあ!?」
「え、なんでしょう?」
「いやいや、やりすぎだよ! 出来過ぎだよ!」
すごい、を超えた何かだ。
元々の環境を考えれば優秀すぎるのは分かっていたことだが、それにしても度が過ぎる。
「わたしなんかとゲームしてて、いいの?」
貴重な妹様の時間を奪ってしまうことに、罪悪感を覚えてしまう。
「え、いや。もちろんいいですとも」
「ほんと?」
「……本当です! お姉様と、一緒に過ごしたいんです!」
その言葉で正気に戻る。
そうだ、こいつを迎えたのはわたしだ。
家族として、足りないものを少しでも補ってやるためにむかえたんだ。
だから、わたしはこいつの――"お姉様"であればいい。
それだけでいいんだ。
「そうだね、ごめん。なら、一緒に過ごそうか」
「はい! お姉様!」
そうして、わたしは亜麻色の妹の手を取った。