魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~ 作:ふく神漬
「気をつける人物?」
それは、ある日の帰り道での会話だった。
夕日に照らされ、銀の髪が揺れる。
「そう。気を許すと面倒な人物」
「あんたでも手に負えない人間っているんだ……」
全ての人間の代表になる、なんて大仰なことを言ってたくせにさ。
「……それはあまり言わないでくれ」
「何にせよあんたが匙を投げる相手なんてよっぽどだわ」
何が厄介か、端的にセインはこう表現していた。
「なんていうか、彼は……うん」
「一言でいうと……」
そうだな、と顎に手を当て彼女はこう答えた。
「少年漫画の主人公みたいな人物だ」
「は?」
わたしは意味が分からず、思わず間抜けな声が往来にかき消されていった。
◇
こいつが、関わっちゃダメな危険人物……!!
出席もまばらで、気分次第でポップする厄介者。
「ハッハッハ! そうか! 我の登場に声もでないのだな?」
「……っ」
後半は正解だ。
返事をしようものなら絶対にめんどくさくなる。
そう判断したわたしは、声を押し殺し踵を返す。
「待て、そこの貴様だ! おいっ! ミラ・フィーベルうう……!!」
苦悶の声を上げる男が一歩前に出るのと同時、背後から静かに声音が響く。
「仕方がありませんわね」
振り返ると、シャレイナがその腰を上げる。
「少しお待ち下さいな?」
「え?」
言い終わる前に、彼女がバッと身を翻す。
一瞬の間に、変貌を遂げる。
手に持っていた投射機は消え、流していた髪は縦ロールへ。
動きやすいミニスカートから、豪勢なドレス姿へ。
気品の感じられる、王女スタイルに成り代わったのだ。
いや、何をどうしたらこうなるの。
マナのあのリボンの髪型いわく、魔力を器用に通してそれの作用によって自在に変化させているのだとか。
そんな感じで変身した彼女は、わたしの前に立ちふさがる。
「まずは、私《わたくし》と話をつけてからにしてもらいましょうか」
「ほほう。我の前に立ち塞がるか。王女であっても手加減はせぬぞ――シャレイナ・ティア・アドリア!!」
なんか始まった。
シャレイナは味方なのか?
昨日の敵は今日の友……っていうやつ? やつだな! うん!
「かつて数々の死線を共にした貴様が、まさか敵に回ろうとはな!」
「臨間学校の一度だけでしょう」
「ただの一度でも、あれは数々の困難を打ち砕かなければいけない試練! 我と貴様、そしてサクテイルの想いがあったからこそ、我々は勝つことができたのではないかッ!!」
「あの子は早々に脱落してしまいましたが、まあ戦場を俯瞰的に見ながら動く者として、実際に戦場に立つ経験は身になりましたわね」
聞いてはいた。
わたしたち以外に、迷宮を攻略したパーティーが(わたしの場合は疑わしいけど)一つだけあったことを。
それがこの、変態パーティーかあ……。
正直、わたしが『魔王』だったら実力以前に恐怖を感じる恐ろしさがある。
というかシャレイナって戦えるの?
そんなことを考えている隙に、傍らでのドラマが一段落付いたみたいだ。
「では交渉決裂だ! 力づくでいかせてもらうぞ……!!」
「やってみなさいな!!」
なんかほんとに少年漫画っぽくなってる。
わたしとしてはもう勝手にやっといてほしい。
普通の女子学生を、こんなヤバイ連中と同じ括りに入れられたらたまったもんじゃない。
「ちょっとシャレイナ。わたしは少しお手洗いに行ってくるから。後は仲良くね?」
「その慈しむような目はやめてくださいまし! 私でもあの男と同列扱いはさすがに嫌ですからね!?」
ひっどい言われようだ。
そして、当の本人は――
「はっはっは! 我はその様な陳腐な言葉で、身を引くほど往生際は良くないがな! そして、その油断こそ命取り故ッ!!」
ハッと、シャレイナが向き直り声をあげる。
「しまりましたわ!」
「ふはははは!! もう遅い!!」
シャレイナを挟んだ先――魔力が、爆発的に上がる。
魔力の容量が多い。
それだけならそこまで珍しくない。
ただ、結局容量が多くとも出力に富んでいない限りはあまり活かされない。
そしてこの男は、かなりの出力かつ――
「ゆくぞ……!!」
それを活かすだけの、肉体がある。
巨影が、その場から姿を消す。
「いや、まだだ」
まだ、消えてなんかいない。
魔力の流れは、わたしの視界に跡を残した。
「……うっ。またこの感覚か」
前にセインと戦った時に、わたしは血晶《アスタリズム》を複数併用した。
その影響なのか、最近感覚が過敏になっている。
だから――
「そこはまだ、わたしの支配下だ」
「……ッ!!」
琥珀色を微かに灯す魔族の存在が、クラス全域にまで響く。
それだけの悍ましい何かを、冒険者の卵達は感じ取ったのだ。
「……やるではないか。さすが我が、宿命の相手」
「それやめてくんない? わたしのライバルの席に、もう空きは無いからさ」
「なればッ! 我といざ勝負を――」
「ピー!!」
そこへ、笛の音を響かせながら一人の生徒が乱入する。
なに、なんなの?
なんでこんな少年漫画みたいな展開が舞い込んでくるの?
最終的にバトル展開に落ち着くのは嫌だかね?
「何をやってるんですかあなたたち! これ以上は私が許し――ぐぺっ!」
全力で滑り込んできたと思ったら。
こけた……。
ま、まあ教室の床ってこけやすいしね。
仕方ないね。
「あらあら……。大丈夫ですの?」
「だ、だいじょうぶ……」
「血が出ていますわよ。ほら、口を閉じなさいな」
「むぐぐ……」
シャレイナは真っ白いハンカチを取り出すと、それを転んだ子に優しく押し当てる。
咄嗟に行動できるあたり、根は優しいのかもしれない。
湾曲しているのは間違いないが。
「ふぅむ。どうやら、今はまだその時ではないようだな」
「今までもこれからも、その時なんて来ないからね……」
思わずそんなやり取りをしてしまうほど、状況はカオスであった。
「……ありがとう」
「これくらい淑女として当然の行いですわ」
彼女はシャレイナに支えられながら立ち上がると、わたしをビッと指す。
「ミラさん!!」
「え?」
「え、じゃないよ! 多分ミラさんのほうが絡まれたんだろうけど、反応しちゃダメだよ! とにかく石のように固く口を閉ざしてやり過ごさなきゃ!」
「我はイノシシか何かか?」
「同じ様なものです! あなたのせいで、クラスがまとまらないんだからね!?」
「フハハハ!!それは僥倖!!」
その姿は、どこかでみたことあるようではっきりとは思い出せない。
まあ、クラスメイトなんだから当たり前なんだけどね。
「ミラさんも、あんまりトラブル起こしちゃダメだよ!?」
「う、うん。え?」
わたしがトラブルメーカーみたいに言われてるの?
冗談じゃない、わたしはなんにもしてないのに。
「そしてさっきからその反応、まさか私のこと分かってない!?」
「どちらかといえば……そうだね」
「わかってないんだね!!
正解です。
ごめんなさい、あんまり覚えてなくて。
というか最初の自己紹介逃したら詰みじゃない?
みんなどうやって覚えてるの?
わたし以外でグループ作って、そこで交流を深めたりとかしてないよね……。
してたら、ショックで寝込む自信がある。
「カリン・サクテイル、だよ! 少しの間だけど喋ったことあるじゃん!」
「そうだっけ?」
「そうだよ! ほら、ええと……」
そっちも覚えてないのか。
そうだよね。
そんな接点無かったはずだよね。
「いや覚えてるから! あーその……そう! 魔力測定のときペアになったじゃん!」
「あ~~。そういえばっ!」
臨間学校の直後に行われた、魔力測定の講義で思わず恋に落ちかけた子だ。
何その濃い情報、忘れるなよわたし……。
「きっと記憶には濃く映っていたのに、いつの間にか儚く消えてしまった。ごめんね」
「なんですかそのポエミーな謝り方は! 普通に忘れてていいですから!」
襟を正して姿勢を正す。
その様はすごくしゃんとしていていい感じだと思いました。まる。
「カリン・サクテイルです! 若輩者ですが生徒会の一員として奔走! 激闘の日々を繰り広げております! あらためてよろしくね、ミラさん!」
「激闘とはいいな」
「あなたのいうようなファイターじゃありませんから!」
一見すると普通そう、というかいい子そうだけど。
わたしは視野を少し広げる。
そう、隅に佇む二人の変態と同じ波長だと思うと。
なんというか……。
「意外にいい子そうなのがたちが悪いな」
「なんていうこというんですかあ!?」
「いやだって、そこのお二人とその……お仲間らしかったみたいだし……」
「あ、あれは違うんです! あの二人と組むのに誰も立候補しないから!! 仕方なく私が橋渡し役を引き受けたんです! やりたくてやったわけじゃないから!」
さっきから聞いていれば、とシャレイナも定番の入りから不満を漏らす。
「重ね重ね、私にも失礼を働いていますからね。私も大概ですが、あの男とは同じにされたくはありませんわ!」
「大概な自覚あるんだ……」
「ふははははは! それはいい! 我に並ぶ者はおらん!」
シャレイナにすら一線を画すとされてもそれを認めるとは、自他共にマジのヤバイやつなんだな。
もう終わりだよね? これ以上のインフレはしないってことでいいよね?
「そういうことでいいですから、肩を並べる存在はここにはいないのでもうこちらに干渉しないでくださる?」
「ふっ! ならよきとしよう! ではこの場は分が悪い! 一旦戦線を退くとしようかッ!」
しかし――そう最後に言いかけたタイミングで、わたしは先手を打つ。
「いつか――」
「勝負はしないよ?」
「我との決着は――」
「付けないからね」
「ぐぬぬ……」
ぐぬぬさせちゃった。
けどまあ……何かを残させることもなしに話を終わらせる。
この手の輩に対しての、一つの対処法だ。
ふっ、わたしも手慣れてきたよ。
ヤバイ奴の扱いが……さ。
わたしは虚しく耽りながら、その場をやり過ごしたのだった。
◇
教室に足を踏み入れた人物は、腰を折り曲げ白衣を床に引き摺りながらこちらへと顔を向ける。
「あ~ダルいな。貴様らの顔をみると、ますます気が滅入るな、全く」
え? 急に悪口?
どうしたんだ、うちの担任は……。
そもそもあんたが一番見てて心配になるほど生気を感じられないよね。
でも今日はちゃんと出席取ってて偉い!
「そうだな。ところで確認したいが、貴様らは頭があまり良くないな」
何が偉いんだよ、当たり前だろ三流教師。
というか今日はほんとに火力が高いな、明日死ぬの?
ならせめて何か良いことでも言い残してからにしてくれよ。
「貴様ら過分に失礼なことを考えているな。まあ聞くといい」
そして白衣の人物は、一つの球体の装置を取り出す。
「様々な機能を兼ね備えた、
チープな名付けとは裏腹に、その装置は最新版(らしい)技術で天井に何かを投射する。
「これは……」
「なるほど。面白い機能ですわね」
「そうだろう。貴様の様な最底辺の成績にはもったいない代物だ」
「何もそこまで言わなくても……」
「抜きん出る者がいない底辺は器もさることだな」
「そこまで言うなや!」
わたしのおたたけびに薄気味悪く笑うと同時――アステラ先生の頭上に、投射された点と点が繋がっていく。
これは、そうか……このために。
「機を逃すなよ? それが、世界の挑戦に繋がっていくのだから」
その意味を考慮する暇はなかった。
わたしの、わたしたちの目は釘付けになっていた。
映像越しだが、まさに現地での状況――
連盟ダンジョン攻略、その舞台へと。