魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~   作:ふく神漬

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第6話 リリー・ドラグーン(前)

 

 ささっと支度を整え、わたしは改めてその客人に向き合う。

 

 ガリウス・ドラグーン。

 魔族の頂上の一角を担っていた、竜人の王。

 

「君に会うのは四年ぶりか、大きくなったものだ。魔族として、日々精進しているかね?」

「まあ、ぼちぼちです」

「君の境遇を思えば、本当によくやっていると思うよ」

 

 親戚のおじさんみたいなことを言っているが、わたしにとっては違和感しかない。

 昔とはまるで人が変わっているのだから。

 

「…………」

 

 その大きな原因は――

 彼の傍らにちょこんと居座る、小さな女の子。

 腰まである赤い髪に、吊り上がった目つきに縦に長い瞳孔を宿す赤い瞳。

 

「この子がガリウスさんの……」

「ああ、紹介しよう。娘のリリー・ドラグーンだ。今年で七つになる」

「なんだか竜人らしくないというか、かわいい名前ですね」

「いいところに気がついてくれたね。何を隠そう、私が名付け親でね」

 

 竜人は種族内での闘争が激しく、強者こそが絶対の厳しい世界。

 かの『竜王』自身がそんな環境で生き抜いてきたからこそ、娘には自由に生きて欲しいと願ったという。

 

「すごくいい名前だと思います」

「ありがとう。君にそう言ってもらえるのが、娘も一番に嬉しいだろう」

「?」

 

 意味はよく分からなかったが、まあたぶんお世辞だろう。

 そんな当たり障りの無い会話をしていると、その子は表情を変えずに口を開く。

 

「おとうさん、ながい」

「す、すまない! リリーの貴重な時間を私が奪ってしまうなど! 本当にすまない、許してくれ!!」

「ん」

 

 す、すごい……。

 あの何者も寄せ付けない、孤高を貫いていた『竜王』がペコペコしている。

 信じられない光景だ。

 

「おねえさん。リリー・ドラグーンです。よろしくおねがいします」 

 

 立ち上がって、たどたどしい所作で自己紹介する少女。

 かわいいかよ。

 

「う、うんはじめまして。ミラ・フィーベルです。よろしくね、リリーちゃん」

「うんうん、はじめましてじゃないよ」

「え? 会ったことはないはずだけど……」

 

 ガリウスさんが彼女を連れてきたことはないし。

 こんな目立つ子を、わたしが忘れるとも考えにくいし。

 

「いや、面と向かって話すのは初めてだが、娘が君を見たことがあり、君の方はおそらく目についてなかったということだろう。面識があればリリーを忘れるなんてあり得ないことだからね」

 

 ガリウスさんが付け加える。

 この人すっかりただの娘大好きお父さんになったな。

 

「おとうさん、カメラ」

「っ! 任せろ!」

 

 リリーちゃんの一声で、ガリウスさんは懐からごついカメラを取り出す。

 え? 急にどうした?

 

「何をしてるんだミラ君! 早くリリーと並ぶんだ!」

「なにって……あ、ああ!」

 

 理解が追いついた。

 つまり記念撮影ってことね。

 単語だけじゃ分かんないよ。

 

「おねえさん。て」

「ん?」

 

 ぎゅっと。

 リリーちゃんはわたしの手を取る。

 小さく柔らかい掌の感触が伝わり、思わず頬が緩む。

 

 そして写真に映るわたしは、ちょっと気持ち悪い感じの笑みになってしまった。

 

「こうしてみると、やはりリリーは今日も世界一可愛いなあ」

 

 なんかさり気なく、わたしが引き立て役呼ばわりされてる気がするがまあいいや。

 

 ほくほくとした顔でその写真を眺めるガリウスさん。

 四年前、まだ引退する前に会った時とは違いすぎてやっぱり困惑する

 

『ブラスの娘。貴様はこれから修羅の道を歩むことになる。覚悟しておけ、『魔王』になるということは、上を目指すということは、この『竜王』を敵に回すということだ。ゆめゆめ、それを忘れるな』

 

 by ガリウス・ドラグーン。

 当時のわたしは、それはそれは恐ろしくて夢にまで出てきたくらいだった。

 ビフォーを知っているとアフターが中々呑み込めない。

 

「すまない、少し取り乱してしまった。そろそろ本題に入ってもいいだろうか」

「本題? 父に伝言でも?」

「いや、用があるのは君の方だよ。ミラ・フィーベル君」

 

 父がまた女関係のトラブルでも起こしたのかと思ったが、そうではないらしい。

 こうして直接足を運んでまで、わたしに用があるらしい。

 なんだか緊張してきた。

 

「そう思い詰めなくてもいい。厳密に言えば私ではなく、リリーの方が君に頼みがあるらしい」

「リリーちゃんが?」

 

 向くと彼女は、コクコクと頷く。

 今日初めてあったはずなのに、と疑問は浮かぶが。

 年上として、ここは寛大な姿勢を見せなきゃと思う。

 

「いいよ。リリーちゃんはなにをして欲しいの?」

「リリーは…………おねえさんの、てつだいがしたい!」

「うん? え?」

 

 言っている意味が分からない。

 てつだいって、何かの隠語だったりする?

 

 混乱するわたしに、ガリウスさんが解説する。

 

「リリーは『魔王』としての君の、仲間になりたいと言っているんだよ」

「なるほど……。いや、意味は分かりましたけど尚更分かりません。なんでわたしにそんな……」

「リリーはおねえさんにたすけてもらったから。だからそのおんがえしがしたい」

「助けた? わたしが?」

 

 自慢じゃないが、わたしは人助けなんてした記憶はない。

 リリーちゃんはまだ小さいし、誰かと勘違いしているだけじゃないのか。

 そんなわたしの困惑を払うように、ガリウスさんが補足する。

 

「リリーの話は本当だよ。一年前、ガイナ帝国で死霊騒動があっただろう? 身に覚えがあるんじゃないかね」

「……そんなこともありましたね」

 

 犯人は未だに分かっていないが、こちらのアドリア王国の隣に位置する――ガイナ帝国。

 そこで一年前、アンデッドが大量に発生した。

 犯人の死霊術師《ネクロマンサー》は相当な使い手だったのか、未だに捕まっていない。

 

 わたしはその一件の立役者ということになっているが。

 わたしにとっては、人生の中でトップクラスに記憶から消し去りたい一件。

 思い出したくもない黒歴史だ。

 

「リリーが完全な"竜化"を習得したばかりの頃でね。魔族の領地内に限るという条件で、見て回ることを許していたんだが」

「リリーちゃんもう"竜化"を!? しかも完全体になれるんですか!? す、すごい……」

「まあ、私の娘だからな」

 

 当たり前だと胸を張るガリウスさんはおいといて。

 

 "竜化"は竜人に備わる、肉体の一部を竜へと化す能力。

 イメージとしてはドラゴンの方が近いか。

 

 ただ完全な"竜化"――人の姿を捨てた完全なる竜になれるのは竜人の中でも極一部。

 この歳でそれを成しうるのは、天才に他ならない。

 さすがの血筋だといったところか。

 

「ただ覚えたてだった故に、途中で制御が上手く出来ず"竜化"が解けてしまった。その場所が偶然にも、死霊騒動の最中の帝国だったということさ」

「いやそもそも、そんな高所から落ちたら大怪我じゃ……!」

「竜人は頑丈だからね。その程度では怪我など負わない。ただ音や衝撃に反応する死霊《アンデッド》の習性からして、その後の動向は想像できるだろう?」

「そうですね。死霊は理性がなく本能で動きますから。……急に落下してきた"何か"の正体が何であっても、反応しないわけがない」

「うむ。竜人の力をもってすれば並の死霊くらいなら容易く処理はできる。しかしリリーにはその様な護身の術を教えていなかった。その様な竜人の競争から遠ざけていた。それが仇となった。……集まってくる死霊に、恐怖で体が全く動かなかったんだ」

「そうなっちゃいますよね……」

 

 四方八方から押し寄せる言葉が通じない死霊の軍団。

 リリーちゃんの境遇を考えると、怖くて仕方なかっただろうと思う。

 

 どれだけ才能に恵まれていても、リリーちゃんはまだ小さな女の子なのだ。

 

「だが幸運なことに、リリーは助かったんだ」

 

 良かったと、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「でも、どうやって逃げ延びたんですか?」

「とある一人の魔族が、颯爽と現れたのだ。その魔族はたちまち死霊の軍勢を蹴散らし、リリーはその隙に逃げることができた。結果的にこの子にとっては、その時のことはいい思い出になったとずっと言っているよ」

「怖い思いをしたでしょうに、リリーちゃんは強いですね」

「うむ。ただね、その魔族はすぐに去ってしまったらしい。リリーはその礼を言えなかったことを、今でも気にしているそうだ」

「…………そう、なんですね。でも、その魔族も礼なんて欲しかった訳じゃないんですかね? なんなら人助けなんて高尚な考えも無かった可能性も大いにあるような気がします」

「詳しいね。さすが当人だ」

 

 はい、まあ途中から気づいてましたよ。

 

 でもほんっとうに、人助けしたつもりなんて無かったんだよ。

 謙遜じゃない。

 そもそもわたしは、当時の記憶なんてほとんど無いに等しい。

 

 騒動の当日、わたしたちはガイナ帝国に少し用があり滞在していた。

 そこで、救援の要請が入った。

 

 ふーん、大変だなと思っていたわたしに対し、父は実践経験の修行を兼ねてわたしを戦場に放り投げた。

 いきなり戦地に投入されたわたしは、その理不尽さに恐怖より怒りが勝っていた。

 

 怒り狂ったわたしは一家秘伝の能力を惜しみなく使い、狂乱状態で帝国内を駆け抜けた。

 能力の影響で記憶はおぼろげで、覚えているのは意識がはっきりしてくるにつれ、周囲からドン引きされていたということ。

 リリーちゃんに関しても、淡々と処理してた中でたまたま遭遇しただけ。

 それが変に、美化されているだけだ。

 

「……違うんです。わたしはただ、自分の為にやっていただけ。リリーちゃんを助けようとか以前に、認識すらしてなかったようなやつなんですよ、わたし。だからお礼なんてされても、逆に虚しいだけというか、悲しくなるだけですよ」

 

 ガリウスさんはそんなわたしに、諭すように言う。

 

「ミラ君。英雄、偉人などと呼ばれている連中の中に、一体どれだけ真に他人の為を想った者がいるだろうか。その大半が、自己の利益を追求した結果、他人の利をもたらした。それが後になって、そう呼ばれていく。それだけの話なんだよ」

「……でも、わたしは」

「おねえさんっ!」

 

 リリーちゃんはわたしの前に来て。

 初めてわたしに、笑顔を見せてくれた。

 

「あのとき、たすけてくれてありがとう!」

「……」

「だからこんどは、リリーがおねえさんをたすける。たすけたいの!」

「……本当に、いいの?」

「うん。リリーにたすけさせて、おねえさんを」

 

 わたしは英雄でもなんでもない。

 お礼を言われる筋合いもない。

 

 けれどこの小さな竜人の女の子が、わたしを助けたいと言う。

 その願いを叶えてあげるのも、おねえさんの役目だと。

 

 そう、思うことにする。

 

「ありがとうリリーちゃん。じゃあお言葉に甘えて――」

 

 仲間として。

 そういいかけた時、ガリウスさんが立ち塞がる。

 

「勘違いしてるところ悪いが、私は許可を出した覚えはないぞ」

「はい?」

「リリーの頼みでも、これだけは譲れない。君の『魔王』としての器を、私に見せろ。そして、認めさせてみろ。それが、最低条件だ」

 

 …………え??

 

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