真倉との進展と、爺さんの昔話。
ブォーーー……、
船が唸る音は、どうにも苦手です。声が掻き消されるし、感じる振動がそれだけになりますから。
海風に飛ばされないよう、スカートが捲れない様に踏ん張りながら耐えます。
「…えー、本日はお集まり頂きありがとうございます!」
やぁやぁ!真倉の社員たちに説明してるチカです!まさかの出航後、船の上でやる事になりました!…なんでぇ?
「チカは霧晴チカ、皆さんに怪奇の情報を教え、そしてどう動けば良いかの教育係としてやって来ました!幼いとか、信じられるかとお思いかと思いますが!ここに立つ眼の良さは持っていますので、本日はよくお聞きください!!」
遠くまで声を届かせるって難しいですね!内心舐めてる音も聞こえますし、何回かやる必要があるみたいです。
「……という事で!本日は『南極鯨』、その外皮に於いて起きる事を話しました!メモは取りましたか?分からない事が有ったら手を挙げて下さいね!!」
「はい!それではこの……」
さて…こうなったのにも事情が有ります。先ずは採掘班の事情から話しますね!
先ず、真倉の父はチカとの話が終わった後、早速国や各所に根回しを行って人と船を用意したみたいです。本来なら煩雑な手順が必要な物も、未だ残る混乱の利用と怪奇への調査として書類を事後承諾の物にするなど、先ずは貨物や何やらを用意しました。
そして出発したのは良いものの、魂が無い影響は大きいのか、船に乗った社員に情報が回ってない事態が発生。真倉の会社って情報の廻りが鈍いですね!
そんな訳で、船に移動して説明する必要がある訳ですが、肝心の怪奇に関してはチカが一番詳しいと、なら本人に説明して貰おうと、丁度国から「周波鏡/甲」を支給されていたのもあって、船にチカが来た訳です。
つまり、今までの感覚でやろうとしたら失敗したという訳ですね!うっかりやケアレスミスを考えてない行動とは怖いものです。魂に頼った後遺症は大きいですね。
ちなみに、帰りも鏡での呼び出しとなります!4枚も周波鏡があるなんて、贅沢な話ですね!
「…では、陸よりも海の方が危険度が高いと?」
「はい!鯨から出て来た怪奇は通常の二倍の強さですから、それらが広く分布しているだろう海の方が危険なんです!陸は奥地まで進まないと逢えません!」
「回答ありがとうございます」
半信半疑の音…やはり魂がなければこういう反応が普通ですよね。
半分も信じてくれてる分、彼らが公平に聞ける人達であるのが分かります。
「他に質問は!」
中々のハードな教育となりましまが、幸い今は赤道付近。まだ南極産の怪奇が出る確率は低いです。時間になったら帰れますし、本日はコレでおしまいですね!
「貨物室に怪奇が出たぞーーー!!!」
「…怪奇か!」「指示が出るまで待機だよな?」「手元の装備は拳銃とナイフしか無いぞ」
「まだ安全圏な筈なのに…」「隊長は?チーム分けは何人分けにする?」
…逃げる…いえ、帰りの鏡が壊されたら帰れませんね…怖いですけど、見ます。
「ふぅ…神秘を活性化して…出力は100%…二つ目の瞼を開くように…魂による解析補助起動…フィルター起動…網膜を白色に変色…」
霊感と神秘の違いは、制御のし易さです。
霊感が電気と豆電球だけだとすれば、神秘はそこにスイッチや出力調整も行えて、その上で業務用の効率的な回路になります。
だから、『ちい』は自身の持つ能力を完全に扱える生物です。本質的には『ちい』が化けてる状態であるチカは、脳の眼も完全に扱えるんです…恐怖で使いこなせてませんけど…普段は50%に留めてますから。
「…今回の相手となる『南極妖精』の情報を改めて伝達します!みなさん、聞き逃さないように!!」
おしまいと言ったのは訂正します。彼らの実践教育にもなりそうです。
チカは死なない為に全力で教えますから、皆さんはチカを全力で守って下さいね?
「相手の戦闘時の行動パターンは環境変化と空間を捻る範囲殲滅です!対応としては、5人1チームとして、その中で一番判断に優れた者をリーダーに!相手が手を合わせたら空間を捻る合図となります!拳銃での牽制で阻止するか風景の伸びる方向で回避の判断を!縦なら散らばり、横に伸びたらしゃがんでください!」
一応、この中での責任者はチカです。彼らは誰もがチームを率いる能力を持っていますが、今回の様な突発的な事態だと誰が司令をやるかで遅れがちです。誰が死んでもおかしく無いからこその教育のされ方ですね!
この言葉に従うのか?その疑問は当然のものです。しかし、チカは『ちい』という魂のその物と言える存在です。それが目を青くして喋れば、ある程度の説得力は出ます。人は見た目で判断しますからね。
神秘的な光景らしくすれば、結構通じます!
「寒い環境ですから、衣服は着込んで!傷つけると攻撃範囲が広くなりますから、余裕を持って避けて下さい!相手は1体だけなので、複数体の警戒は要りません!よく温まってから貨物室に入りましょう!」
攻撃方法は言えません。チカが見れるのは怪奇まで。怪奇の攻撃の回避は伝えられても、この人達がどう攻撃するのかは把握し切ってませんから。
ですが最大限教えることは出来ました。後は彼らの判断と実力を信じるだけですね!
「情報は以上です!各自行動を開始してください!!」
やぁ、実家に来ている俺だ。実家で爺さん婆さんの前に居るぞ。俺に何の用事で呼んだのかは知らないが、音路おじさんがお迎えに来た時点で多分拒否権は無かった。
「それでぇ…どうしました?」
「…音路、話してないのか?」
「先に教えても心労が溜まるだけだと思ってね。お父さんから話してよ」
「そうか…」
本当にどんな用事で呼んだの?心の音もバラバラな事を考えててなんだか怖いよ?
なんと言うか、困ってるのと俺を可愛がりたい気持ちと仕事が溜まってる事のあれこれで特定出来ない。
「霧晴家は葬儀屋の家系なのは知っているだろ?」
「はい。母さんもそうだった」
「長い間、この道を歩んで来た…その間に魂や蟲といった物を扱うことになったが、本質は葬儀、弔い、その墓を管理する事にある」
「うん、墓を作る所は少ないけど、色んな場所の家系図とかも管理してるよねぇ」
コレは母さんもやってた事だけど、霧晴家って真倉みたいな成り上がりから、由緒正しい家までの家系図を保管してるんだよな。写本した物だけど、激し目のお家騒動が有ったらそれに関わったりもしていたな。
墓が少ない理由?霊がわらわら出てくるからとっくの昔に廃れたよ。危険だもん。
「そうして代々続けていたら、いつの間にか霧晴という名を与えられたりもした…継続とは不思議な物よ。気が付けば、京の端の荒屋が、この様な屋敷に育った。全く手を入れてないと言うのに、いつの間にか枯山水が沢山有ったりな」
「確か…天皇の人達も弔ったりしたんだよね。多分何処かで変な怪奇でも拾ったんだろうけど、怖いよねぇ」
俺もちょくちょくスマホで調べたけど、霧晴家の名前って割と根強くあるんだよな。
村の放棄された人の葬儀をやったとか、合戦跡地で死者を弔った伝承とか、昔話で見かける事が多々あるんだよ。
「そうだな。久々に帰ったら知らない部屋が増えたり、育てた覚えのない子供が居たり…長く生きたが、儂もそう言うのにはよく出会った。魂とはなんとも変な感覚の持ち主が多いからな。弔った儂の妻になる、子供になると言って騒ぐ者が多かったとも」
「母さんもよくやられてたねぇ…蟲に好かれてた」
「だろうな。アイツも、好かれる体質だった……さて、そろそろ本題に行こう」
「はい、何の用事で?」
姿勢を改めて、話を伺う。年寄りの話は長いからな、こんな事で一々腹を立てる事もないだろう。
「千歌が連れ出した『人籠の三尸』の事よ。『蟲小屋』の大半を納めたあの蟲だ」
「あれ、消えなかったんだねぇ」
「うむ、分かってるなら話は早いな。儂らは代々続く葬儀屋としてアレらの管理を任されていた。そも、本来なら葬儀屋は死者と生者の決別をさせるだけだからな。魂やら何やら近年は騒がしいが、本来無いのが普通よ」
「あなた、お話が逸れてますよ?」
「おっと…いかんな、まだボケるのは早い……そんな訳で、代々任された余計な仕事も無くなり、本来の仕事に戻れるかと儂らは思ってたのよ」
「でも残ってたと」
「うむ、ムシカゴに入れてた蟲はまだ良い。怪具の性質よりそれは分かっていた。しかしなぁ、ムシカゴの性質も内包した蟲の中で『蟲小屋』の連中が殆ど生き残るのは想定外よ。しかも増えると来た」
なんだか居心地が悪いなぁ、余計な事をしたって言われた気分だなぁ…やっちゃったか?
「一応家長である僕から言うとね、蟲を残すのは歴代の霧晴家の総意ではあるんだ。出来れば沢山残すのが理想だとね。その点で言えば、『人籠の三尸』は理想的だ。本来消える筈の蟲を大半生き残らせた……当代としては多過ぎて管理しきれないんだけどね」
「…なんか、ごめんなさい」
「いや、良いんだ。蟲が多ければ何かの役に立つ。実際、神格課の人達の願いは渡りに船だった。沢山残せた分、アレは神様の要望を全て叶えた物だからね」
「だったらなんで私、呼び出されたの?上手くいったのに」
「…上手くいき過ぎたんだ」
なにっそれはどう言う事だ?良い事が有って困るなんてあるのか?
音路おじさんが何やら一つの賞状みたいなのを取り出して、俺の前に置いた。
「ええと…其方ら霧晴家の献上した品は大変素晴らしい物だった。蟲の魂を安定して保管する怪具を創り出し、更には理想的な怪奇として発展させ、その家宝となる物を惜しげもなく天皇に預けた事、これは素晴らしい功績であり……此処に国に奉ずる華族としての証を授ける」
「要は、要らない物を全て渡したら、今までのあれこれも含めた褒美として、貴族の仲間入りをしちゃったと言う事さ」
「……嫌だったの?」
「うん。葬儀屋の仕事で忙しいのに政治に参加とか…無理だろう?」
「ですねぇ」
へぇ、霧晴家って貴族になったんだ。どれだけ凄いのか分からないな。
「そうだな…先ほどあらゆる家の家系図を管理していると言っただろう。それで天皇や貴族の血筋は混ざって無い事を指摘しようとしたのよ」
「葬儀屋だからこそ出来る荒技だなぁ」
「前見た時には無かった、年号が大正の人の名前が有ったわ」
「なんでぇ?」
「さぁ…?家系図なんて管理する時以外見ないし…幽霊の悪戯だろうから塗り潰したが、慌てて遡って見るとまぁ、あちこちに貴族や天皇の名前があった。全部消してたら証拠品にならなくなった」
「ひどい事をする幽霊も居るなぁ…」
人の家系図に悪戯をするとか人の心がないよな。不愉快な人も出て来る所業だ。
「本当にな。後で見易いのも作ったし、他の家系図は無事だったが…そんな感じに辞退する為の用意が塞がれ、子爵になってしまった訳だ」
「お気の毒に…」
「千歌、お前ももう華族なのだぞ?…相続税が無くなったり参議院に入れる様になったり…困った事にどれも邪魔でなぁ…」
「ある分には問題ないんじゃ?」
「相続税のおかげで増えた部屋や枯山水を消せていたのに、それが出来なくなった。葬儀の仕事で政治は無理。学校も…転校とかしたいか?学費無料で名門に行けるらしいぞ」
「要らない…」
「だろう?治める土地は無くて済んだが、仕事だけ増えた。茶会?舞踏会?…もよく分からん。折角豪華な部屋があるから、集まった時に貴族っぽい事をしたりしてたが…本当のルールとか…知らん」
「ん、集まった時にラフだったの、そんなノリだったからなんだねぇ」
どうしよう、霧晴家って案外ノリ軽いなって思ってたけど、思った以上にふわふわしてるぞ?
「そんな訳で、儂達は大政奉還したい訳よ。この証とやらも、触れたら器に何か打ち込みそうで触るのも怖いしな」
「器は…力が9つ貯まったら溢れるアレ?」
「おお、その年で良く知ってるな。そうそれだ。ムシカゴが無い時に蟲の管理をしてて、破裂した奴の話があるからな。儂らは器と呼んでるのよ」
「噛み合わないって感じだねぇ…」
「そこで儂達は集まって一計案じた。千歌は目が良いし事の発端だし、千歌に渡そうと」
「大人としてそれはどうなの?」
「こう、なんか見えないか?良い感じに捨てられそうなやり方とか」
「ちょっと待っててねぇ…」
まぁ、貴族の位を捨てたいって話だな。現場肌の人達にそっちの話は向いてないって事だ。
それはそれとして…今は眼が弱いからな。時間がかかるぞ?
「…まだか?」
「ちょっと前に本気出した影響で…今は見え辛い」
「そうか…なら、お菓子でも食べながらゆっくりやろうか。みな、行くぞ」
「あ、僕はそろそろ行かないといけない村があるから、お暇させて貰うよ」
「あら音路、それならこれを持って行きなさい、道中腹が減ったら食べるんですよ」
「これは…おにぎりか。ありがとう母さん」
そんな感じにあったかい対応をされつつ、俺は沢山もてなされた。
もしかしたら俺、采配を間違えたかも知れないな。
でもこのお寿司と和菓子はもう俺のだ。
「どうだ、美味しいだろう。天皇も食べてるスイートポテトらしい」
「美味い!美味い!」
「ははは、どんどん食べなさい」
とっても美味いぞ!!爺さん達は良い人だなぁ!!
…ねむくなって
「「「本日はご指導ありがとうございました!」」」
「いえいえ、チカは教えただけです。それを活かして無事に鎮圧した皆さんが立派なんですよ?」
「それが出来たのも霧晴さんの情報のおかげです。今回はありがとうございました」
「みなさんも、生きて帰ってきて下さいね!」
無事に戦闘も終わり、チカは帰りの鏡を無事に持てました。
教えた後は待ってるだけなのでヒマでしたけど、直ぐに終わったのは幸いですね!
お陰で帰りの呼び出しに間に合いましたし、今日教えた事も身に付いたみたいです。
コレは…大成功、と呼べるのでは無いでしょうか!
キィィィ……、
「あ、もう帰る時間ですね。それでは、ご武運を祈ってます!」
対になる鏡の周波数が一体化して、道が繋がります。チカはそれに触れて、身体を転移させました。
景色が変わり、此処に来る前の怪具保管室になりました。甲限定でも一瞬で移動できるのは本当に便利ですね!一方通行でも2対用意すれば行き来も出来ますし、何回でも使える…ほんと、作り方を教えて良かったです!
「………お帰りなさい、千歌」
「朝凪!迎えに来てくれたんですね」
「…えぇ」
む、なんだか余所余所しいですね。これは…嫉妬の音でしょうか?
チカは真倉にはなにも悪い事はしてない筈ですが…何が有ったんでしょう。兎も角、話題を渡さないと進みませんよね!
「チカは上手く説明出来ました!途中怪奇が来たりしましたけど、それも無事に倒せました!…ほら、研究用に死体も持って帰ったんですよ?」
「そう……それは研究室に渡す……置きなさい」
「はい!あ、でも暖かいと腐っちゃいますし…南極関係の研究室に預けましょう!」
保管用のボックス入りで貰ってますから、直ぐには腐りません。妖精は上手くやれば千歌の使った妖精眼や義体、薬にもなります。特に南極妖精はいい物になりそうですし、是非活用して欲しいです!
「なら……」
「一緒に研究棟に行きましょうか!」
「……私も?」
「ダメ…でしたか?」
「………まぁ、構わないわ」
2人一緒に研究棟を歩きます。南極関係の研究室はもう用意されてますから、其処に置いとくのは良いとして、置いたら教えないといけないでしょう。コレ自体は社員さんに任せられる仕事ですけど…今は真倉と一緒にいる口実に使います。
小まめな情報収集は大事ですからね。爆弾解除の鉄板です!ぶっ込みます!
「…チカの事は苦手ですか?」
「なによ…急に」
「チカは千歌と同じです。だから同じ扱いで良いんです。…何か、差異を感じましたか?」
「……無いと言ったら嘘になるわ」
「やっぱり…」
気持ちは分かります。
千歌とチカは中身は同じでも、出力するまでが違います。
性格も違う様に見えますし、言葉違いはハッキリと違います。
行動原理だって、死んでもいいと死にたく無いで違います。
「………そこまで来たら、別人よ」
「でも、出来るなら誰かを助けてあげたいのは一緒です。それだけは変わりませんでした」
「……そんなの、探せば他の人でも見つかる共通点よ」
「かも知れませんね!…だからステキなんですよ?」
ひどい事があって、生まれ変わって、性別も何もかも変わって歪んで、それでも変わらない物があった。
こびり付いた恐怖の様に、消えないトラウマの様に、薬は千歌に、千歌はチカに、繋がってるんです。
同じなのに全然違う。違うのに同じ部分がある。
同じ夢を見て、違う結果に辿り着く。
「チカは、英雄になりたいです。みんなからチヤホヤされて、苦難に立ち向かえる英雄に。きっと、千歌は呆れた目で見るでしょうけど、破れた昔々の夢でも、叶う事を教えてあげたいです」
「………そう」
「…ただ、それをするにはチカはあまりにも臆病なんです。持ち得た力を完全に振るえませんし、勇気も有りません。剣も馬も、必要な時に使えません。使わなきゃ死にかねないと悟って、漸く目を開けます」
「……………」
「朝凪、きっとその気まずさは、嫉妬とも尊望とも言えます。かつて見た夢に重なったもの、その一側面を見た感情です」
「……貴女も心を読めるのね」
「読めませんよ、聞こえるだけです!表面だけは理解できて、深くまで理解できないもの、それを知るには対話を積み重ねるしかない」
だから、教えてくれませんか?
「…………」
お互いの足音が廊下に響きます。コレから人通りが多くなるだろう廊下は、今だけは溜めの為に静寂を漂わせてました。
「………そうね、貴女が千歌と同じなら、貴女越しに教えてあげるわ」
「嫉妬と尊望…それで大体の表現は終わるけど……昔の私は、暗い倉の中に居たわ」
「日が出てる間は閉じ込められて、夜の短い間…或いは朝の短い間…午前3時から80分。私は外に出るのが許されていた」
「出るのは自由。だけど、何処までも歩ける訳じゃ無い。家には入れないし、外にも出られない。隠れて逃げるのは、犬に追い立てられるから無理。限られた自由だったわ」
「その中では夜空こそが自由で、両親とは神だった。私の夢は、星となって神から逃げる事。太陽と共に現れる、犬を連れた神から解放される事だった」
「だった…ですか」
妖精を冷凍庫に保管して、入れた日付と状態、入れた人の名前と経緯を書いたメモを貼る。
後は研究員に教えて、そしたらさようならですね。
真倉はその一連のチカの動きを見て一息付き、終わった頃に次の言葉を紡ぎました。
「……儀式が終わった時。父に命令された通りにして、髪色に一筋の黒が混ざった後」
「あの夜に星が私を見返した時から、私の在り方は変わった」
「青い…青い星の草原、卵と輝く鳥が佇んでいたあの幻影」
「………一歩、踏み込めば私はそこに辿り着けた。終わりと、夢が同時に叶う一歩だった」
「行かなかったんですか?」
「……貴女の、千歌の顔が、踏みとどまらせたのよ」
「そして、鳥から逃げた」
「でも、黄金の羽が私の目を覆った。私は3つ、自分を書き換えられた」
「星と父への感情を交換する事。夢に不真面目になる事。………命令には従う事」
「言語化するなら、この3つ。私は父の様になりたいと思う様になり、この星と夜空から解放されたいと思う様になり、望む事…夢に真剣に向き合えなくなり、命令には従わないといけなくなった」
「…もしかして、今話したのは」
真倉は、ポケットに手を入れて俯いています。
その思考は…諦めの音です。
「命令とは、上の者が下の相手に対して行う要求である」
「対策は、自分の立場を偉い立場に置いておく事。そして、心情として全てを下に置く事」
学校での経営者目線の発言、ちょっとした上下関係が出来かねない友達ではなく、そう言うのが出来る余地が生まれない性的な目線…心情としての、見る側と見られる側という優越の確保。
「大体は上手くいったわ。唯一無理だったのは、「憧れ」となった父と、助けてもらった「初恋」の千歌、2人だけ。その命令だけは、私は逆らう事が出来ない」
「その側を離れることも叶わない」
「憧れと恋を、自ら手放す事は出来ない」
「そして……その
「残るのは………ゆっくりと腐り、逃げ出したい星の一部になる事を待つ、生きた死体だけ」
父に憧れる様になって会社を受け継ぎたいと
だから真剣さを無くし、手っ取り早いけど破綻する選択をする。
千歌に恋をして仲良くなりたいと
だから真剣さを無くし、目移りして本命に自ら関われない。
どう転んでも、真倉は幸せにはなれません。
夢が叶わなければ、「逃げ出したい」と願った星の一部になる。
夢が叶ったとしても、最後まで真剣になれないから必ず破綻する。
そうやって落ちぶれれば、この悪意の目覚めた世界で、命令を聞かないといけない人が増える。
足掻く気力がもがれた鳥は、羽ばたける翼があるのに、飛べずに堕ちる。
「だから……嫉妬は、その突き進める
「尊望は、決して手に入らない物を見た時の
「………それだけ」
話終わったと、真倉は研究室から出て行こうとします。
だったら、やれる事は一つしかありませんね。
「では、
「…………」
「
「…!?」
ばっ、と驚いた様に、真倉が振り返ります。
泣きそうな、驚いたような顔でチカを見ていました。
まぁ、驚きますよね。
突然真剣に夢に追い求められる様になったら。
「…な、なんで」
「良いですか?あの鳥は、解除条件を弄る前なら簡単なものにするんです。だったら、今回の事例の条件は星に憧れる、真剣に打ち込む…の二つまでは予想が着きます」
残念ながら、最後の一つは分かりませんでした!チカの心理学は高くありませんから!
「なので、はい!命令で
「それは……聞けない相談ね?」
「…あ、あれ?命令は?」
おかしいですね…コレで二つ解除出来たと思ったんですが。何故か命令の方が解除されてます!
「……分からないの?最後の一つは恋をする事よ。自力で惚れる…惚れ直すって言い換えてやってもいいわ」
「命令ですよ?」
「馬鹿ね、あんなの命令じゃなくて告白よ。惚れ直すには十分ね」
「…そしたら命令だけ解除された感じですか」
「いいえ、自分で言ったでしょ?
……?……っ!
「千歌は渡しません!」
「いいえ私がどっちも貰う事に決めたわ」
「他に居るじゃないですか!」
「残念だけどロックオンしたから。どっちも逃さないからよろしく」
「なんだか前みたいに戻りましたね!」
「あら、恋人の前で格好付けない人が居るかしら?本気って事は、どれだけでも無茶を重ねられるって事よ」
「チカには何故か性欲が向かないって…線香の匂いで落ち着くって…!」
「それ4月の話じゃないの。覚えててくれて嬉しいわね?真剣になれないってのはそういう作用なのよ」
「小1に何を求めてぇぇ!?」
ドン!
うわわ…!壁側に追い込まれてドンってされました!
「年齢とか、立場とか、性別とか、怪奇とか…この際言うけどね。私の半分は真実の愛以外の全てを捨てたあの女と同じなのよ?…癪だけど、恋愛にマジになったら強いから、私」
「…真倉ちゃ……!?」
「…ぷはっ!……朝凪、呼び捨て…ね?出来るまで、やるから」
「は、はひ……!?」
はいけい、ちかへ
チカはよけいなことをしてしまいました。
たすけてください。へるぷみー。
チカより
PS.さいはいまちがえましたねばかやろー
「………ん?」
「おー、起きたか」
「…寝てた?」
「そりゃあもう、熟睡だったよ」
「ごめんなさい見てる途中なのに…」
しまったなぁ、貴族になる奴を見てたらスイートポテトが美味すぎて寝ちゃったよ。
なんだかチカの方が大変な事になってそうだけど…まぁ夢で見た食人レズはないだろ。
チカを食べたら糖尿病になりそうだし、俺は絶対勘弁だわ。
「膝まで貸してもらって…ありがとう、爺さん」
「良いんだ。孫は可愛いもんだからな。苦にもならん」
「…爺さんはこんなに優しいのに、母さんはなんであんなに嫌がってるんだろうね」
「…色々あってな」
爺さんは悲しそうな顔をして、俺の頭を撫でた。
何が有ったのか、見るついでに聞いておこう。
「何があったの?」
「ちょっとした…喧嘩にもならなかった話だ……昔のアイツは、そりゃあもう可愛くてな?吸ったりキスしたり、しょっちゅうしていた」
「赤ちゃんによくやる奴だ」
「15歳までやってたなぁ…懐かしい」
「そりゃあ嫌がるよ。頬にキスでもキツいもん」
「…やっぱり千歌もアイツの娘だな。親としては何歳でも可愛いもんだ。今だって音路にも数葉にも、みんなにしてやりたい」
「流石に変えようよ。だから嫌われるんだよ」
「うむ、だから家訓では15歳までと書かれている。他所の家から見たら変だからな」
「ギリギリまで粘る…私にはやらないの?」
「したい。でも、家訓で禁止されてるんだ」
「約束の大切さに守られてる…」
すごいな、家訓に書かれるくらい常態化し易いんだ。
「出来るのはこうして、寝てる孫に膝を貸したり、撫でるだけ……ひ孫の1人も孕ませられないのは口惜しい限りだ」
「……爺さん、私離れるね」
「もう少し居ても良いんだぞ?…なに、性欲だけが愛ではないとも。押し寄せる年には敵わないからな。家訓の範囲で愛でるさ」
普通にやばい事を口走ったな…もしかして膝の上で寝させる為だけに盛ったりした?
しかし…その分家訓は守ってくれそうだな。膝からは出ないで置いてやろう。
「慈悲として座るだけにしてあげる」
「…優しい子だな。儂達に合わせてくれるか……アイツは、拒絶した。それが普通とは言え、そうされたからには家訓に則り余所余所しく扱わなければならん。本当に、口惜しい」
「ほぇー…そんなに頑張って守りたいんだね、その家訓って」
「葬儀屋として働いているとな、死者との約束ほど重くて軽いものは無いと分かるからだ」
「…どう言う事?」
「約束とは、自分以外に向けた物だ。その中で死者に向けたものは、どちらかと言えば誓いだ。何処にもない虚空に向けた約束…守るも守らぬも、その人次第となる」
「そうだねぇ…その通りだ」
「だからよ。死者の重さを自分で決めるんだ。21gの魂と定められた時と違って、何キロにも大きく出来る」
「どれだけ大事に思ってるか、約束を守れてるかで決まるんだねぇ」
「そして、家訓とは死んでいった家族との約束だ……性欲だけが愛に非ず。約束を守って成り立つ愛もある。だから、家族を愛する霧晴家は家訓を守るのよ」
「なるほどねぇ…ある意味自由だね」
なんだか一周回って普通になった感じの家族だな。
思い遣りとか、深いからこそ成り立ってる部分がある。
「だから千歌、お前が一番気をつけないといけないのは百葉…千歌の母さんだ」
「重い愛は苦手なのに、自分は与えるから?」
「ちょっと違うな。無茶をした事は伏せて置きなさい…今の千歌は四肢が義肢だろう?」
「…縫い目見た?」
「そうだな…儂も同じだからよ」
爺さんが肩を見せると、其処には変色した肌がある。
裁縫箱ではない。別の怪奇で繋げた痕跡だ。
「爺さんもなんだねぇ」
「儂は千歌よりは歳をとってからだが…霧晴の者は、家族の誰かが欠けるのを非常に恐れる。普通以上に、葬儀屋としての信念を捨て去りもする」
「それがどれだけ不味いの?」
「片手ならまだ大丈夫だろう。全身がそうなって、それがバレて…しばらく経てば、閉じ込めるだろうな」
「普通にバレてるけど、特に何もないよ?」
「それは直ぐに仕事が有ったからだろう…今頃、心の整理が終わってる頃だ」
「閉じ込めるのは嫌だけど…爺さんでも忠告する程なの?」
家族を愛してるなら、閉じ込めるくらい受け止めそうだけど…なんだろう?
「閉じ込めた後が問題なのよ。最初は良い、普通に養われる。その次に、情欲をぶつけ始める。それが済めば、手足の先を加工し、鎖と繋げる」
「動けないのに鎖と繋げるの?」
「違う。ずっと一緒にいる為に、持ち運びやすい様にだ。…その次は、その全身をその者の蟲で犯す」
「蟲にあげちゃうんだ」
「あぁ、そして産まれた蟲を食べ、自分に取り込む。気が付けば髪の毛の一つも残さず、全てを取り込んでしまう」
「…それ、誰がやったの?ご先祖のだれか?」
「百葉…お前の母さんだよ」
…マジで?嘘だったりしない?
「良いか?家訓を守らぬと言う事は、その暴力的な愛情を制御しないと言う事だ。そして罪深いのは、そこ迄の事をしておいて尚、愛してしまう事だ」
「…それっていつの話?」
「百葉はな、末っ子ではないんだ。儂と婆さんは子供を何人もこさえた…だが、何れもアイツは食べ切ったのさ。『蟲小屋』で蟲を持った代わりに四肢の何れか、或いは全てを無くすのはよくある事だ。アイツの兄と姉は優秀で、誰も欠けなかったが……」
「よく続けようとしたね、その『蟲小屋』への投入」
「やらねば管理が出来ないからな。生贄が必要だった……後悔は消えないが、百葉は当時5歳だった。善悪の区別もまだである以上、アイツなりの弔いでは有ったのだろう」
「…母さんが蟲を幾つも持ってるのってそれが理由なの?」
「さてな。アイツも覚えてない事だ。だが、それ以降アイツのムシカゴの蟲が増えたのは確かだ」
「覚えてないんだね」
親に歴史ありって言うけど、こんな壮絶な話は予想してないし、俺がそのターゲットにされそうなのも想定してないんだわ。
「この話は…儂達が気付いたのは全部終わってからだ。百葉が蟲を食べたのだって、監視カメラに映ったからに過ぎない。その蟲が犯したと判断したのも、録音から。現場は映っては無かったから、確定では無い」
「この家監視カメラあるんだ…それ、ほぼ確定じゃない?」
「この家はずっと忙しいからな。家に置いていくのは多々有った……儂らに出来るのは、何も無かったという言葉を信じるだけだ」
「……え、私その話の一つに加わるかもしれないの?」
「うむ、だからこうして忠告をだな…」
「助けてくれたりは?」
「家訓で家出した者の下に行ってはいけないとあってな…」
俺1人と先祖沢山なら、先祖の方が勝る様だ。参ったなぁ、父さん助けて何とかなるなら良いんだけど、父さん場合によっては遅くなるって言ってたしな。ピンチかも知れない。
「…約束の大切さを教える必要がありそうだね」
その後、俺は貴族の証をお土産に家に帰った。結局ねぇ、チカに見せるのが早いんだよ。
直接触らなければセーフらしいから、包みに入れて運んだわ。
家で掃除してたらチカが内股で足をプルプルさせながら帰ってきたけど…今はそれよりも考えないといけない事があるからな。早速情報交換と……何故ぽかぽか殴るんだ?
本当に何故…?
霧晴千歌/チカ
とんでもない話を聞いた/唇と舌を味わされた。
真倉朝凪
やる気を削られながら進んでた。今はもう羽ばたける。
語爺さん
信じてるが、言音と愛と昔と画今には帰って来て欲しい。
『南極妖精』
周囲を寒くしたり空間を捻ったりする。甘いものに目が無い。
『ひとくらい』
幾らでも食べれる怪奇。技術として再現できる。
『澱んだ記憶』
情報を圧縮する怪奇。特定周期で電気を流せば記憶を圧縮して保管できる。