『転生』した。
『現代日本に暮らした自分』の意識と、『既にここにいた自分』の意識が混ぜ合わさり、それに伴う混乱を経て、つい先ほどそう結論した。
現代日本、というのは21世紀の自分の感覚であるが、『既にここにいた自分』としてもソレに引っ張られている。
肉体は『既にここにいた自分』のものなのだが、どうも意識が『日本人』寄りになっているように感じる。割合で言えば日本人が7、ここにいた自分は3、という感じか。
さて、自分たちは「三兄弟」である。
自分を兄と慕う、すごいヒゲの男がいる。
さらには自分とヒゲの男を兄と呼ぶ人物もいる。
なお、建築やら空気感からアジア風な空気を感じるものとする。
転生して、自分は三兄弟、次男がヒゲ。アジア風。
この属性のみをもってすれば、自分の立場をこう思うものもいるだろう。
「俺は劉備になったんだ!」
だが違う。
そもそも自分には『ここにいる自分の記憶』がある。
転生の自覚を得た瞬間に、「自分が誰であるか」という自覚により、「自分は今何をするべきか」の認識を改めた。
『ここにいた自分』は、このまま自分の成したいことをして、人の助けになるべきだと思っていた。
だが、『21世紀の自分』は、このままではダメだ、という認識を持った。
『21世紀の自分』の知識から考えれば、自分は遠からず死にかねないのだ。
なぜなら、『ここにいた自分』は、『大賢良師さま』と呼ばれているからである。
そう、自分は『張角』であり、このままであれば『黄巾の乱』を起こし、何も果たせぬまま乱の最中に病死する。その上、同調した人間も大勢死ぬ。
それを契機に戦乱の世が始まり、そこでも人はやたらと死ぬ。
それは、嫌だった。
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「2人に話がある」
「なんだ、兄者」
「なんでしょう、お兄様」
返事が早かった方が上の弟の張宝であり、遅かった方が下の弟、張梁である。
張宝は、端的に言えばこの時代最高の男である。それはもう見事な体躯と髭を持つ男である。やたら長い顎髭と頬髭は入念に手入れをしており、ちゃんと世に出れば美髯公の名を関羽からもぎ取るだろうという信頼がある。男の髭は勇壮さ、男らしさ、そしてこれはわりとどうでもいいが儒教的にも親孝行の証。兄としては弟の男らしさは世界一ィ!という感覚がある。
そして張梁であるが、これはつい先日『日本』の記憶を得たことで弟の強みを理解した。してしまった。
端的に言えばこの時代最高の男の娘である。
肩幅、骨格は完全に男だ、だがしかし男としては不安になる程小柄で、顔がやたらと良い。
全く化粧などしない状態で、『今の時代』、後漢末期基準でも『二十一世紀日本』基準でも「美女」というべきそれを備えているのだ、この弟は。
なので、胸の詰め物、肩幅を隠すゆったり目の服、手指の筋を隠す『萌え袖』スタイル、この三つを揃えれば、あらゆる女好きが気を惹こうとするのは確実。兄としては弟の美貌は世界一ィ!という感覚がある。
さてそんな恵まれた弟たちを持った自分はといえば、借りた威ーー大平要術の書ーーの力で
小物と自覚はなかったが、この頃は「このままでは世はダメなのではないか」と大それたことを考え始めていたし、それがいずれ『黄巾の乱』と呼ばれる大乱を起こすことになる。天下をさらに混乱の渦に落とそうとしていたのだから、そりゃあまあ小物である。
「なに、大それたことはやらん、身近でそういうことをしようとする者も止める」
「兄者、それは」
「苦しむものはまだまだいるのですよ!?」
符術による治療が功を奏しはじめていた。自ら開いた太平道の信者が増えていた。
だが、増えすぎている。
外にはわからないだろうが、太平道という母体は崩れかかってているのだ。むしろこのまま拡大することで統制ができなくなる。
「太平の世を築く、そこは変えない」
「ですが今! 漢王朝はなにもしておりません!」
「そうです! 『蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉』という言葉はどうなるのですか!」
後漢末期最大バズを見せ、故に中国最初の大反乱に至った契機となるパワーワードを張梁が口にする。だが
「それは、私が言い出したか?」
「「……ッ!」」
そう、太平道、後の世に黄巾賊と言われる事になる我らは、今のところ確かにその言葉を流布している。
だが、それを言い出したのは自分たち三兄弟ではない。
「南陽の発案だろう?」
「しかし南陽は最も苦しんでいるものが多い場所であり!」
「だが私は、赴いていないな」
「……多すぎる、でしたね」
張角は当初からその本拠を置く広宗から移動しておらず、今は既に他の地に赴くということができなくなっていた。
「罪を懺悔し符水を飲めば病気が治る」と噂が広まったのは良いが、術を施せるものが張角しかおらず、その上それ以外当てがなく広宗に向かっているものたちが山ほどいることが想像される。
手の届く範囲で張角が符術行って数年が経過しているが、そこから「大賢良師は別の場所に移動しました」という場合、それは反感を買うのではないかと思っていた。
「今までどこに動いておらず奇跡を与えていたのにいまそうしないのは嫌がらせか、悪意があるのか、もしや本当はここにいるのに奇跡を与えないのか」と。
完全に言いがかりを想定しているのだが、三兄弟は「あり得ること」として考えており、故に他の地には赴かなかった。
「そもそも、皆が本当に太平道を頼っているのか?」
「その話は……!」
「やはり張曼成を疑うことにしたんだ、許せ」
さて南陽の張曼成は、太平道が広がり始めた頃唐突に「私は太平道を信じている、南陽の太平道は任せろ」と言ってきた人物である。
当時は増え続ける信者を統制できなくなる不安から南陽の指導を任せるしかなかったのだが、今『未来』を知って、過去を振り返ってみればハッキリ言って全く信用ならない。
「南陽のアレは太平道を自分のコマとして使いたかったのではないか」
「そんな……!」
「兄上、それは同胞にあまりにも……!」
「否定できるか?」
「「……」」
言いがかり、ではある。証拠も全くない。なんなら弟たちは、『なぜ今そんなことを言うのかわからない』と言う顔さえしている。だが、反論もない。
「なぜそんなことを言うのか、と思っているようだから、根拠を示す」
「……それは」
「私は、起こりうる未来を知ったのだ」
沈黙。