ハーメルンでの文章右揃えのやり方が分からない!!
親愛なるマダム・ソフィアへ
前略
生れ落ちた祖国に戻りしばらく、中央トレセン学園の生活にも慣れました。毎朝、新鮮な気持ちでトレーナーバッジを身に着け、業務に励んでおります。
右足の痛みもある程度は治まりました。フランスの風土は過ごしやすかったですが、やはり気軽に湯治と鍼治療ができる分、僕には祖国の方が合っているようです。僕のような若輩の身を弟子だからと慮り、尽くしてくださったマダムには感謝してもしきれません。
話は変わりますが、トレセン学園で僕は三人のウマ娘を担当に持ちました。いずれも将来トゥインクルシリーズを騒がすだろう優駿であり、とても個性的な面々です。
一人は科学とロマンを愛し、よく僕を実験台にします。とても賢く合理的な子ですが、それ故に自分の感情を無視しがちです。あと、生活能力も乏しいですが、友人に恵まれているようで、どうにかなっているようです。
もう一人は、天体と大豆製品を愛するミステリアスな子です。コミュニケーションに苦心する場面もありますが、彼女自身は関わりに積極的なので、少しずつ距離を縮められています。最近、彼女のお勧めのバンドライブに一緒に行きました。
最後の一人は、言葉で言い表すのが難しい子です。ミステリアス、というのとはまた違った、独特な雰囲気を持っています。神秘的なようで、包容力に溢れていて、冷静沈着に見えて、誰よりも鋭い獣性を宿している。滅茶苦茶な評価ですが、僕は結構的を得たものじゃないかと思っています。人は皆大なり小なり多面的なものですが、彼女のソレは群を抜いていて……演者に向いている気がします。後、彼女の淹れてくれるエスプレッソは絶品です。
大言壮語の誹りを受ける覚悟を持って言いますが、僕は彼女たちならば、前人未到の領域に辿り着けるのではないかと本気で思っています。
以前、モンジューに尋ねられた際に、僕は十年の歳月を要するという目論見を話しました。自分でも驚いています。まさか、こんなにも早く可能性に出会うことができるとは思っていませんでした。
これ以上を言葉で語ることは無粋でしょう。全ては彼女達の蹄跡が語ってくれる筈です。敬愛するマダムに再会できる日を楽しみにしています。
草々
『第4コーナーを回り、先頭シグルスプティ! 2番手にディアモナ! 3番手に……ん、おぉっと! 8番ヴェニュスパークが外より駆けあがってくる!! 何という末脚! ディアモナ、シグスルプティを余裕で撫で切り、独走状態! 最早影すら踏ませない追い上げだ!!』
フランスパリ、ロンシャン競馬場。大勢の観客たちが、新たなスターの芽吹きを見ようと足を運んでいた。彼らの期待に応え、此度勝利を掴みとったウマ娘は――
「……あの子の勝ちのようだ。メイクデビューで躓くとも思ってはいなかったが……」
ガラス越しにレース場を見下ろして、モンジューは呟いた。スピーカーを通して、実況の声が館内に響き渡る。
『一着、ヴェニュスパーク! 圧巻の走りでした! これが初戦だとはとても信じられません!!』
観客達も彼女の勝利に湧いている。弟子である彼女のスタートがまず好調なものとなったことに、モンジューはひとまず安堵した。あの少女が見据える目標のためには、ただ勝つだけでは不足だからだ。
「……しかし、貴方の機嫌が良いのはまた別の理由なのでしょうか? トレーナー」
モンジューは振り返る。彼女の視線の先で、一人の老婆が椅子に腰かけていた。薔薇の装飾が施されたハットに円形の耳飾り、ファー付きの紫のドレスは派手な筈だが、不思議と落ち着いた雰囲気を纏う。当人の持つ気品がなせる業だろうか。
皺の刻まれた老婆の手には、一通の手紙がある。今時珍しい
彼女がこの手の古典的風情を好むことを、よく知っている者が出したのだろう。友人か弟子、可能性として考えられるのはこの二つだ。
「もしかして、ユヅキ君からの手紙ですか?」
「冴えてるね、当たりだよ」
「手紙には何と?」
「それよりもやることがあるだろう。さっさと支度をおし、あの娘を迎えに行くよ」
そう言われてしまえば、これ以上追及するわけにもいかない。トレーナーと共に、モンジューはヴェニュスパークの下へと向かうのだった。
「えっ、コーチからの手紙!? ウソ、なんて書いてあったんですか!? 私のことは?」
「今からウイニングライブだってのに、集中を乱す奴があるかい」
詰め寄るヴェニュスパークに、老婆は呆れ果てた表情で言う。圧巻の走りを見せた面影が、既にヴェニュスパークからは消え失せていた。年相応に、少女は頬を膨らませて老婆を睨む。
「でも!だってじゃあ、最初から教えなければよかったじゃないですか!」
「全くもってその通りだ。モンジュー、反省しな」
横目でぎろりと老婆が睨む。
「申し訳ない。でも、ここまで来たら教えてやってもいいのではありませんか? トレーナー」
「教えるも何も……ボウヤの手紙にはヴェニュスパークについて何も書かれてないよ。元気でやっているということと、良いパートナーに恵まれたということだけさ。後はまぁ……小生意気な文言が添えられてたねぇ」
小生意気と評する割には、語る老婆の口調は何処か楽し気なものを含んでいる。
「書かれてない……何も……ハハッ」
「……トレーナー、弟子がライブ前にして良い表情をしていないんですが……」
「ふん、まだ未熟だねぇ。淑女たるものどんなときでも背筋を伸ばし、凛としていろと教えているだろうに……」
明後日の方向を見つめ、乾いた笑みを零すヴェニュスパーク。眉間に皺を寄せながら、老婆が口を開いた。
「いいかい、ヴェニュスパーク。立派な淑女というものは、過去を振り返ることはあっても、拘泥はしないものだよ。昔の男をいつまでも引きずるもんじゃない」
「トレーナー、その言い方は誤解を含みませんか? なんだかユヅキ君がとんでもない屑男のようですよ」
「……うぅ、分かってますよトレーナーさん。私、あの人のことを見返してやるって決めましたから……」
「あぁ、その意気だよ。凱旋門賞の優勝レイをボウヤに叩きつけてやりな」
「えぇ、やってやります! じゃあ、ウイニングライブ行ってきますね!」
モンジューの指摘は綺麗にスルーされ、トレーナーとヴェニュスパークの間だけでやり取りが完結する。ユヅキという青年への評価は地に落ちたままだ。友人を庇えなかったことに少し罪悪感を覚えつつ、モンジューは弁解を諦めた。
すっかり気分を持ち直し、走り去ってゆくヴェニュスパークの背中を見送った後、モンジューはぽつりと零す。
「……トレーナー、本当のことを教えてあげないのですか? 彼がヴェニュスパークのトレーナーになる道を選ばず、帰国した理由は……」
「よしな、モンジュー。ボウヤが語らないと決めたことだ。私らが口を出すことではない」
「ですが……」
尚も食い下がろうとするモンジュー。だが、諭すようなトレーナーの視線に口を噤んだ。
「あの子は紳士としてはまだまだだが……根っこは既に一端のトレーナーだ。自分の置かれた環境で、最後までヴェニュスパークの走りに役立とうとしたんだよ。この手紙だってその一環だろう」
「それは……わざとあの娘に言葉を残さなかったということですか?」
ヴェニュスパークが彼に対して、信頼以上の感情を向けていることに疑いようはない。当人だけが、上手く隠せていると思い込んでいるのが実情だった。自分もトレーナーも、恐らく
「あのボウヤの考えそうな手口だよ。憎たらしいが、おかげでヴェニュスパークに火がついたのは事実さ。あの娘は周囲から愛されるタチだからね……負けん気や執着が欠けてるところがあった」
「……狡猾なやり方ですね」
屑、という評価は流石に言い過ぎだと思うが、タチが悪いという評価くらいは甘んじてうけるべきだろう。
「とはいえ、彼らしくもあります……師たる貴方に似たのでしょうか?」
「減らず口を叩く元気があるなら、もっとトレーニングを厳しくしても大丈夫そうだね」
「勘弁して下さい……トレーナー」
「なら、もう少し発言を選ぶべきさ」
肩を竦めて見せるモンジューに、老婆はふんと鼻を鳴らした。
やはり、いつもより少し機嫌がいいらしい。多少の軽口なら許されるようだった。
(……ん? しかし、手紙のことを零したのは私では……?)
ふと、そんな疑問がモンジューの中に浮かぶ。トレーナーは、彼の手紙について何も言及していない筈だった。
もしかすれば、最初から全て計算の内だったのだろうか。自分がつい慕ってくれる弟子可愛さに、余計なことを口走ると。
ただの考えすぎ、と結論できるほどトレーナーが甘い人物ではないことをモンジューはよく知っている。
彼女は欧州のトップトレーナーに長年君臨し続ける傑物である。その圧倒的手腕と予知めいたレース展開を見る目は、多くの者に畏敬の念を抱かせ、その結果物騒な異名までつけられるほどだった(最も本人はその名を嫌うために、近しいものは彼女をマダムと呼ぶ)。
自分の行動を彼女があっさりと予想していても何ら不思議はない。
「一体どこまでが貴方の予想通りですか? まさか、手紙の内容までも……?」
恐る恐る尋ねてみれば、トレーナーは横目でこちらをじとりと見た。睨まれてる訳ではないのに、変な汗が噴き出てくる。全てを見透かすような眼力だ。
「何を言ってるかさっぱりだね。さっさとライブを見に行くよ」
それだけ言って彼女は背を向けた。長い付き合いである。その態度が肯定を表していることくらい、すぐに分かった。
もとはただの軽口のつもりだったが、彼の回りくどい手法は師匠譲りといっても過言じゃないらしい。
(――
何とも言えない気持ちになって、モンジューは乾いた笑みを零した。
魔女って言いたかっただけの話です(正直)
あとヴェニュスパークはラスボス候補の一人です。あの子めちゃくちゃ可愛いですよね、ゲームで育成したい。