沈黙と亡霊とカフェイン中毒者   作:パック

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 別に作者はスケートに詳しいわけでもないんですよね。じゃあなんでスケートにしたんだよってなりますが、ウマ娘世界で人間が活躍できそうな競技って何かと考えたら、純粋なフィジカル勝負じゃない業界かなと。

 あとたまたまウマ娘の初期PV(謎のルドルフとオグリのアイススケート)を見たので、オリトレの競技をスケートに設定しました。


攻略は計画的に

 

 

 

 その日は静かな夜だった。家族全員が寝静まった中、ふと目を覚ました私の耳に、微かな旋律が届いて、釣られるように私は自室をそっと抜け出した。

 真っ暗なリビングでは、大きな画面のテレビだけがぼんやりと光を放っていて、人影がポツリと、その画面の前に座り込んでいた。

 

 「……お友だち? なにを見ているの?」

 

 人影――お友達は私の問いに答えてはくれない。彼女はただ黙って液晶画面を食い入るように見つめ続けていた。

 お友だちがこんなにも何かに強い興味を示すことが、とても意外だった。

 

 彼女はミステリアスな存在だ。自分のことを多く語ろうとはしない。けれど、他人に無関心というわけではなかった。彼女はことあるごとに、あまり頑丈とは言い難い私の体を労わってくれた。

 

 病気がちで、ベットで過ごすことが多かった私が、退屈せずにいられたのは彼女が傍に居てくれたからだ。

 

 私はそんな彼女のことをもっとよく知りたいと、常々考えていた。だから、私はワクワクしながら、彼女が熱心に眺める画面をのぞき込んだことを、今でも覚えている。

 

 「――ぁ――――――――」

 

 思わず、小さく声が漏れた。それは感嘆の息でもあって、悲鳴のようでもあったと思う。

 画面に映る光景に、目を奪われた。

 

 映し出されているのは光を浴びてギラギラと輝く銀盤。その鏡のような舞台を駆ける、一人の少年の姿だった。

 

 夜をぎゅっと閉じ込めたような黒い衣装を纏って、氷の上で舞う彼の姿は美しく――同時に恐ろしくもあった。

 

 鬼気迫る――とはこういうことを言うのだろうか。

 

 幼少の頃より幾度となく見た、()()()()とは違う、けれど彼女に似た人ならざる何か。それらの存在へ抱いた恐怖の記憶が――その瞬間、全て色褪せ、薄れてゆくようだった。

 

 (本当にあそこで舞う少年は人間なのだろうか?)

 

 見ているだけで、背筋にじっとりと嫌な汗が噴き出す。それなのに――

 

 (――目が離せない)

 

 生まれてきて初めて、ようやく私は本当に()()()()を知ったのかもしれない。

 

 そして、本当に綺麗なモノを見た。

 

 流れる旋律が止み、少年の演技も終わる。

 

 観客席に向かって、彼は優雅に一礼する。

 

 拍手は直ぐには鳴らなかった。観客達がじっと息を呑んでいる気配が伝わる。彼らは少年の一挙一動を注視しているようだった。

 

 異様な空気に包まれる会場。

 飢えた猛獣を刺激しまいと堪えている、そんな風に私は感じた。

 

 静寂を気にも留めず、少年は踵を返す。

 彼が退場しようとするそのときに、ようやく思い出したように拍手の音が鳴り始め――それが万来の喝采へと変わった。

 

 観客の賞賛に一切の嘘は無い。彼らはたぶん、心の底から少年の演技に魅せられていたのだろう。そして、同時に本心から恐れてもいた。

 

 「…………『お友達』?」

 

 ふと、私は隣に座るお友達に視線を向けた。これほど近くに居ても、私にはお友達の顔がよく見えない。黒い靄が纏わりつき、仮面となって彼女の顔を覆い隠すのだ。

 けれど、不思議なことに、その瞬間だけは彼女の浮かべる表情が分かった気がした。

 

 「…………笑っているの?」

 

 お友達は答えてはくれない。しかし、私は確信していた。

 彼女はきっと微笑んでいる。私にも見せたことのない顔で。それを向けるのは、彼女にそんな表情をさせたのは……。

 

 「…………ずるい」

 

 ぽつりと私は呟いた。

 人を明確に妬んだのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……本当に止めるのか? 悔しいが、お前は最強だ。王者に相応しい……シニアに上がってもそれは変わらないだろう。新しいステージに挑戦してみたくはないのか?」

 

 鎬を削りあったライバルの一人が言った。

 

 『同感だ。それに……私はまだ本調子のお前に勝ててない。故障したのは残念だが……あの演技ができるなら、もう少し続けられるんじゃないか?』

 

 もう一人のライバルが言う。どちらも才気あふれるスケーターだ。きっと氷の舞台をこれからも盛り上げてくれるだろう。だから、憂いは無い。

 

 『――勘違いしないでくれ』

 

 僕ははっきりと口にした。

 

 『僕は奇跡の復活劇を演じに来たわけじゃない。ちゃんと死ぬために、またこの氷の上に戻ってきたんだ」

 

 僕に栄光をもたらしてくれたこの右足は――ひび割れた硝子と化した。けれど、完全に砕けたわけじゃない。まだ少し、残り火ともいうべきか細い命が宿っていた。

 

 『だから、ソレを燃やし尽くすために来たんだ。スケーターとしての僕の最後を、観客と、戦友に刻みつけてやろうと思ってね」

 

 『『………………』』

 

 沈痛な顔を浮かべる彼らに、僕は精一杯の微笑みを浮かべて見せる。

 

 「生きた軌跡(レコード)は残した。次は君たちの番だ。精々――僕の屍を超えていってくれ」

 

 茶化すように言って僕はその場を後にした。

 きっと彼らなら至れるだろう。僕が届かなかった先に。氷の上で、新たな世界を見せてくれるはずだ。

 

 

 

 (――楽しみだ。心底、彼らの活躍が……けど――――)

 

 

 

 

 「――()()()()()()()()()()()()()()()。僕だけが……」

 

 

 人気のなくなった廊下、呟いた声は誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――おや、ようやくお目覚めかな。モルモッ……結月(ユヅキ)トレーナー」

 

 好奇に彩られた紅茶色の瞳が覗く。

 思考が働くより先に反射で体を動かそうとして、ガシャリと音が鳴った。

 

 (――――拘束されている?)

 

 素早く視線を走らせ、僕は状況を察した。

 よく換気のされた清潔な部屋。並ぶベッド。微かに薫る薬品の香り。場所は保健室だ。

 ズキズキと頭が痛む。頭痛、というよりは、打撲による痛みな気がする。

 

 僕の手足は手錠で拘束されている。枷から伸びる鎖の方はベットのフレームに固定されているようだった。

 

 (力いっぱいもがけば、フレームの方は壊せるだろうか?)

 

 一瞬考えたが、たぶん無理だろう。安価で低品質なベッドなら、割と簡単に壊れるだろうが、生憎ここは天下のトレセン学園。備品もそれなりのものだ。

 

 パワフルなウマ娘達がうっかり壊してしまわないように、頑丈なものを選んでいるとも聞いたことがある。

 

 「……君の噂は聞いていたけど、随分思い切ったことをするんだね」

 

 目の前で微笑を浮かべる白衣の少女――アグネスタキオンに僕は言った。彼女は意外そうに、僅かに目を見開いた。

 

 「ふむ、肝が据わっている、というのかな? 状況を把握したなら、もう少し暴れると思ったのだが……」

 

 「無駄に疲れるのは御免なんだ。それよりも、とりあえず君から事情を聞いた方が幾らか有意義だと思ってね。上手く交渉できれば、拘束を解いてもらえるかもしれないし」

 

 「なるほど、強かだね。まぁ、世界を獲る競技者ともなれば、並みのメンタルではやっていけないか」

 

 納得したように彼女は一人頷く。

 最初に彼女に会ったとき、僕は自分の名前を明かしていない。けれど、彼女は先ほど僕の名前を呼んだ上に、今、僕が競技者であった過去に触れた。

 いつの間にか、彼女に素性を把握されている。

 

 (だとしても、拘束される覚えはないのだけど……)

 

 「先ほどモルモットと言いかけたことは目を瞑るとして、僕の名前を覚えてくれたことは光栄だよ。それで、できれば状況を教えて欲しいのだけど? なんで、僕は君に拘束されているのかな?」

 

 「何故か? どうやらその様子だと何も覚えてないみたいだね。私は気絶していた君を甲斐甲斐しくここへ運んだというのに……」

 

 「気絶していた……? 君が殴って気絶させたとかじゃなくて?」

 

 まだ頭が痛い。

 僕の疑念に、タキオンが肩を竦めた。

 

 「まさか! 流石の私もそこまで無法者じゃないさ。濡れ衣は御免だからね、今一度よく思い出してみるといい」

 

 人を拘束しておいて何を言っているんだ、と僕は呆れて二の句が継げなかった。

 

 だが、タキオンが嘘をついているように見えないのも確かだ。僕は素直に集中して、埋もれた記憶を掘り出す作業を始める。

 

 (……そうだ、僕は学園の廊下を普通に歩いていた)

 

 何もおかしなことは無かった。ただの日常だ。

 しかし、不意に聞きなれない声が聞こえた。とても元気な声だった。なんと言っていただろうか。

 

 (――幕、臣……()()()()?)

 

 ハツラツと、不思議な単語を叫ぶ声。何事かと思いながら、廊下の角を曲がったそのとき、僕に向かって飛び込んでくる影があった。

 

 はためく白衣――他の誰でもない、アグネスタキオンがこちらに向かって駆けてきていた。彼女は目を丸くする。彼女の背後に、バクシンと叫びながら駆ける少女の姿も見えた。

 

 スケーター現役時代、鍛えた甲斐もあって僕の体は上手く反応してくれた。アグネスタキオンとの衝突を避けるため、僕の左脚は地面を勢いよく蹴っていた。

 

 (――そこまでは良かったんだ)

 

 問題は、その後。タキオンの突撃を完全に回避する直前に、右足に痺れるような痛みが走った。昨日ターフで盛大に転倒したダメージが、まだ抜けきっていなかったのだ。

 そのせいで動きが鈍り、姿勢が崩れた。

 

 (ッ――――しまった!?)

 

 僕は歯噛みする。

 走馬灯のように周囲の動きがゆっくりに見えた。けれど、体はもう思うように動かない。

 

 直撃こそ避けたものの、僕はアグネスタキオンに接触し、更に妙な姿勢のままで満足のいく受け身が取れぬまま――――

 

 

 

 「――――いや、結局君のせいじゃないか。ウマ娘の前方不注意は、下手な暴力行為より大罪だよ」

 

 

 

 自分の身に起こった出来事を正確に思い出し、僕は口を尖らせた。

 故意ではないとはいえ、廊下を走った彼女に非が在るのは明らかだ。

 

 「よくも濡れ衣だなんて言えたものだ」

 

 「ハハッ、ぶつかったことを素直に謝罪しよう。頭のお堅い学級委員長君に追い掛け回されていてね」

 

 「委員長……あのバクシンって叫んでた子かな? 決めつけはよくないと思うけど、どうせ追い回された原因も君にあるんだろう?」

 

 タキオンは視線をすっと逸らす。どうやら図星であるようだった。

 

 「私のことはいいじゃないか。それよりも君のことだよ」

 

 「君の責任追及をしているのだから、勝手に話を逸らさないで欲しいんだけど……まぁ、いいや。で、僕を保健室に連れて来てくれたのは有り難いとして、何故拘束を?」

 

 「何故も何も……そんなの()()のため以外にないじゃないか」

 

 ギラリと、タキオンの瞳が怪しげな光を宿した。

 研究という彼女の言葉も、実に不穏な響きだ。間違いなく碌なことではない。彼女の薬の被害を受けた過去もある。

 

 「さっき君も言及していたが、私の良からぬ噂が学園中に蔓延していてね。そのせいで、私の研究に付き合ってくれる被検体が集まらないのだよ。皆、蜘蛛の子を散らすように私から逃げる始末だ」

 

 「まぁ、進んでモルモットになろうとする人は居ないだろうね。余程、頭のネジが外れている者じゃなければ……」

 

 「あぁ、まさに君の言う通りだよ! しかし、最近丁度その頭のネジが外れている人材を見つけてね」

 

 言いながら、タキオンは僕を真っすぐに見つめる。その口角は僅かに上がっていた。

 とても嫌な予感がした。

 たぶん、今の僕は相当苦い顔を浮かべているだろう。

 

 「……良かったじゃないか。でも、一応聞いておくけど……君の言うネジの外れた人間ってのは……まさか、ぼ……」

 

 「君のことだとも!」

 

 僕が言葉を終えるのを待つことなく、タキオンは愉快そうに叫んだ。

 口の中まで苦味に支配されたような心地。例えるなら、極深煎り(イタリアンロースト)の珈琲よりも重く苦い現実だ。僕は思わずため息をつく。

 

 「確かに僕は一度君の薬を服用したけどさ、それを何度も宛てにされちゃあ困るよ。もう発光するのは御免だし……それにほら、被検体なら健康体の方がいいんじゃないかな? 僕は右足を故障していてね……もっと元気な人が幾らでもいるでしょ?」

 

 あまり自分の脚のことを人に話すのは好きじゃない。不幸自慢は嫌いだし、相手から憐れみを向けられるのも本意じゃなかった。

 

 しかし、幸いなことにアグネスタキオンは一般的なウマ娘とは乖離した存在だ。読み通り、僕の話に耳を傾けるタキオンの目に、僕に対する憐憫のようなモノは映らない。が、

 

 (――――何だ?)

 

 僕は何か違和感を覚えた。タキオンの紅茶色の瞳が妙に揺れた気がしたのだ。

 

 「君の大まかな事情は把握しているとも。その上で、是非とも私は君を被検体に選びたいと思ったのだよ。純粋に、君という人間の可能性に興味がある。ソレを解き明かせば、ウマ娘のまだ見ぬ可能性へ辿りつく足掛かりになると思ってね」

 

 「買いかぶり過ぎじゃないかな? 僕は所詮、()()()()()()()()だよ」

 

 「しかし、その()()()()()()()()()()()()競技者でもある。今でも、スケート界には亡霊の名が残っていると聞いたよ」

 

 「懐かしい呼び名だ。引き際を弁えず、見っとも無くリンクにしがみついた僕を嘲笑う名だよ」

 

 故障した後、引退せずに続行を選んだ僕を、温かく迎える声は少なかった。いや、最初こそ応援の声はあったけれど、残念ながら僕はそれに応えられていない。

 

 休養を挟み、ある程度回復した後も本調子には戻れず、酷い成績を晒した。今度こそと意気込めば、再び故障。僕のことを『終わった』と評価するメディアも多かった。

 

 「だが、君はその世間の評価を覆して見せた。引退となる最後の大舞台で、()()という名は悪辣な皮肉ではなく、真に畏怖される者に贈られる称号となった」

 

 タキオンは僕の目を真っすぐに覗き込む。

 

 「故障し、全盛期の力を失った筈の君は、あの舞台でまだ誰も無し得なかった()()を達成した。私はこれでも一競技者として君に心の底から敬意を抱いているのだよ」

 

 「敬意の形が拘束(コレ)なの?」

 

 「私は研究のためには手段を選ばないのさ」

 

 悪びれる様子も無くタキオンは言う。小耳に挟んだ噂通り、彼女は相当な問題児のようだった。

 

 曰く、誰かれ構わず薬の被検体にする。実験と評して教室で劇薬を調合し、妙な気体を生成、もしくはボヤ騒ぎを起こすことも珍しくない。

 生物を生きたまま解剖するなんて話も聞いたが、流石にソレは誇張だと信じたい。

 

 授業にはまともに出ず、模擬レースに出走することも稀。トレーナーはなし。

 

 僕が現在進行形で被害を受けていることを勘定から外し、客観的な事実を列挙するだけでも、アグネスタキオンという生徒がとんでもない不良ウマ娘であることは間違いない。

 

 だが、彼女は退学どころか停学処分を受けることなく、このトレセン学園に在籍している。それは何故か、答えは至極単純だ。

 

 ――()()()()()()()から。

 

 気まぐれに出生した模擬レースで発揮した実力が、多少の問題行動を黙らせるくらいに圧倒的だったからだ。

 

 模擬レースの記録映像は僕も目にしている。トレーナーであるなら、目を奪われずにはいられない走りだった。

 

 (――考え方を変えれば、これもチャンスかもしれない)

 

 どうすればこの危機的状況から脱し、彼女のモルモットにならずに済むか、そればかりに気を取られていたが、いっそ僕は思考を切り替えることにした。

 

 好奇心という名の狂気に彩られた彼女の目を見つめ返し、僕は交渉を開始する。

 

 「――分かった分かった。謙遜はやめるよ。理由はどうあれ、つまり君は僕に価値を感じているわけだ」

 

 「その通りだとも。では、そろそろお待ちかねの実験と行こうじゃないか。まずはこの薬を……」

 

 「待て待て! 落ち着いてくれよ、この通り、逃げられやしないんだからさ」

 

 蛍光色の液体が入った瓶を取り出すタキオンに、僕は手錠をひけらかして待ったをかける。彼女は不満そうな顔をするが、ひとまず僕の話を聞く姿勢戻ってくれた。

 

 「ふむ、貴重な時間をこれ以上浪費したくはないんだがねぇ。この状況が誰かに見つかっても面倒だ」

 

 「ま、そうだろうね。現実的に、監禁なんてそう長い時間できるものじゃない。となれば、君は直ぐにでもそのよく分からない薬を飲ませて、僕のデータをとりたいんだろうけど……君、本当にソレで満足なの?」

 

 僕の問いにタキオンは眉を顰める。

 とりあえず、彼女の関心は買えたようだ。このまま畳みかけることに決めた。

 

 「ジュニアクラスといえど、僕は元世界チャンプでレコード保持者だ。それを捕まえたのに、へんてこな薬の()()()()()()()()()()なんて、勿体ないとは思わないのか?」

 

 挑発的な言葉に彼女は思案気な顔をした。僕の意図を掴み兼ねているようだ。

 

 「……君は、一体何を……?」

 

 「君が本当に知りたいことは試薬の実験結果なんかじゃないだろ。それならわざわざ僕を選ぶ意味は無い」

 

 アグネスタキオンは僕の素性を把握していた。事故はあくまで偶然だったとして、何故そもそも彼女はそこまで僕に興味をもっていたのか。

 以前に彼女の試薬を飲み干したことは、きっかけであっても、根本の理由ではない気がした。となれば――

 

 「――君は、知りたいんだろう? ()()()()()()()()()で高く跳ぶ方法を――()()()()で速く駆けるために――」

 

 「っ…………⁉」

 

 タキオンの瞳が揺れる。堪え切れないと、歯噛みするような表情だった。ようやく、彼女の()()()()が垣間見えた気がした。

 

 (――――あぁ、やっぱり、()()そうなんだな…………)

 

 先ほど抱いた違和感が氷解する。

 思えば、最初に彼女に出会ったときから妙な既視感があって、それ故に何処か放っておけない気がした。

 

 理由がやっと分かった。

 僕は彼女の目を知っている。その表情をよく知っている。

 

 (――鏡の前で何度もソレを見た)

 

 どうしようもない事象を前に、苦渋する顔。けれど、諦めきれないと足掻こうともする顔だ。

 

 「……アグネスタキオン、君は運命という言葉を信じるか?」

 

 不意の問いに、彼女は呆気に取られていた。が、疑問の声はあがらない。彼女は小さく息をついて、ゆっくりと口を開く。

 

 「――実に非科学的だ。そんなふざけたもの、わざわざ検証する気も起きないね」

 

 自分の口角が自然に吊り上がるのを感じる。

 どうやら、相性は良好らしい。

 

 「同感だ。君がそのふざけたモノに、盛大に噛みついてやるところが是非見たい」

 

 そのためなら、この身を捧げても惜しくはない。

 

 「僕の肉体を提供しよう。同意の上なら問題にならないし、ものによっては継続的にデータを取る必要もあるだろう?」

 

 彼女に提示できるメリットを挙げてゆく。勝算はあった。

 

 「ついでに、今なら欧州の優駿のデータもついてくる。かなりお得じゃないかな?」

 

 まさかフランスで培ったトレーナー経験がおまけになって、スケーターとしての実績の方がアピールポイントの重点になるとは、自分でも予想外だった。

 

 「……見返りは?」

 

 「ははっ、そんなの決まっているだろう。まあ、言葉にするのは確かに大事かもしれないか」

 

 となれば、拘束されたままというのは少し格好がつかないが、致し方ない。

 

 僕はゆっくりと息を吸う。なにせ、重要な場面だ。できるだけ聞き取りやすいように、はっきりと告げなければならない。

 

 タキオンもまた、僕の言葉を受けて止めようとしてくれているのか、神妙な面持ちでじっとこちらを見つめていた。

 

 互いに集中している。空気が少し張り詰めていた。だから、僕も彼女も来訪者に気づかなかった。

 

 

 「――アグネスタキオン! 僕と担当契約を――――!!」

 

 「タキオンさん、ようやく見つけ……えっと、お邪魔でしたか?」

 

 ガラリと開かれた保健室の扉。聞き覚えのある落ち着いた声。

 来訪者は黒いウマ娘――マンハッタンカフェだった。

 

 「模擬レースの件で……先生からタキオンさんに伝言を頼まれていたのですが……出直した方が? あ、でも……拘束されて……? いやでも今スカウトを……どういう……状況なんでしょうか?」

 

 ベットに縛り付けられる僕とタキオンを見比べて、マンハッタンカフェは首を傾げる。

 拘束されたトレーナーが、ウマ娘をスカウトしようとしている状況だ。言葉に表すと、確かに意味が分からないし、視覚的にはもっと妙な絵面だろう。

 

 最も、今の僕にそんなことはどうでもいい。大事なのは、アグネスタキオンをスカウトしようとしている所を、彼女に見られたことだ。

 

 是非改めてスカウトさせて欲しいと、自分から彼女に願い出たにも関わらず。その場のテンションと熱に浮かされて、タキオンのスカウトを優先した事実。

 

 (――ここでの発言を間違えてはいけない)

 

 嫌な汗が頬を伝う感触を感じながら、僕は口を開き――

 

 「――――いや、誤解なんだ!」

 

 何故か、浮気現場を目撃された輩のような第一声となった。

 

 

 

 

 

 

 




 それぞれの個別ストーリー合体事故がやりたくて今回の話を書きました。


 主人公はある意味、プランBのタキオン的なところがあります。ただ、自分の感情を自覚した上で新たな進路を選んでいるので、そこがタキオンとの明確な差異です。
 
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