「……とりあえず……枷、外しますね」
「え、あぁ……お願いするよ」
マンハッタンカフェの申し出を僕は素直に受け入れる。
手錠の鍵はどうするのかと思ったが、心配はいらなかった。彼女は慣れた手つきで手錠を引きちぎって見せたのだ。
ウマ娘の埒外なパワーはやはり奇術めいている。種や仕掛けを自然と探ってしまう程に、視覚的に受け入れがたい事象だ。
自由になった僕はベットからゆっくりと体を起こす。彼女の黄金色の瞳と目があった。
「………………」
「………………」
(気まずい……!)
僕らの間には妙な沈黙が流れる。というのも、アグネスタキオンが席を外してしまったからだ。彼女はどうやら模擬レースをすっぽかしていたようで、ソレについて学校側からの呼び出しがあったらしい。
僕としても、スカウトしようとした彼女が退学や停学になったら敵わないので、早く行ってくるように促したのだ。
よって、彼女に対するスカウトの返事は保留のままだった。
「……タキオンさん……行っちゃいましたね」
「うん、そうだね。僕としては……大事じゃなければいいんだけど……」
最も、アグネスタキオンの問題児っぷりはかなり有名なようだ。そもそも、本日僕と遭遇、もとい盛大に事故ったのも、やらかしがバレてタキオンが追いかけれていたことに起因している。
停学くらいは、覚悟していた方がよいのかもしれなかった。
「……結月さん……でしたか?」
ピコピコと、彼女の耳が動く。
そう言えば、僕は彼女にスカウトの予告をするだけして、名乗ってすら居なかった。思い返す程に、あいつは何をやっているのだろうか。過去の自分を殴りとばしたい。
「結月誠、つい最近赴任したばかりの新人トレーナーだよ。よろしくね」
「よろしくお願いします。ユヅキトレーナーは……タキオンさんを……スカウトするつもりなんですか?」
「えっ! いや……まぁ……うん、確かにスカウトはしたのだけど……」
「けど……?」
「誤解しないでくれ、マンハッタンカフェ。トレーナーのスカウト数は一人なんて縛りはないんだ。確かに、新人トレーナーは専属担当というのも珍しくはないが……」
新人でも2,3人くらいのウマ娘を担当することはよくある。というか、トレセン側としても、トレーナー不足の現状があるため、できるだけ担当人数は増やして欲しいらしい。勿論、それで一人に対しての対応がおざなりになることは論外なのだが。
「……はぁ? それは……知っていますが……」
不思議そうにカフェは首を傾げる。
特に気にはしていないようだった。そのことに僕は内心ホットするが、それはそれで僕のスカウトを意に介していないようで、少し複雑でもある。
「……つまりさ。その……別に君のスカウトを諦めたとか……そういうわけではないということを伝えておきたくて……」
「…………ふふっ」
僕の言葉にカフェは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたかと思えば、破顔した。
「……そうですか。そんなことを……気にしていらしたんですね」
柔らかな表情でカフェはすっと目を細める。
「……明日、模擬レースに出走予定なんです」
ぽつりと、呟くように彼女は言う。
「それは……うん、是非見に行かせてもらうよ」
予想外の言葉に一瞬躊躇うが、僕はこくりと頷いた。何故、とは聞かない。これ以上言葉を重ねようとするのは無粋だろう。
彼女の瞳が全てを物語っている。
(――試されている)
ならば、全力でそれに応えてみせよう。
「……お好きにどうぞ。それじゃあ、私はこれで……」
会釈を一つして踵を返す彼女の背を、僕は黙って見送った。
◇
昼休憩の時間、僕は学園の隅の自販機の前で立ち尽くしていた。何を迷うことがあるのか、と問われれば、それは自販機のラインナップについてだ。
「……何で都合よく豆乳があるかなぁ」
これが無ければ迷うことなどなかった。豆乳は好きでも嫌いでもない。普段、あまり飲む機会はないが、出されれば文句なしに飲み干すだろう。その程度の存在だ。
少なくとも、自販機にて候補に挙がることはない。
しかし、つい先日のマチカネフクキタルの占いの一件がある。ラッキーアイテムは豆乳だと、彼女はほざいていたが……。
(……まぁ、あの子に悪意は無かったしな……)
占いは嫌いだ。運命だの運勢だのの概念そのものがまず嫌いだし、それを飯のタネにしている人間には基本的に胡散臭いと僕は思っている。
特に前世がどうとかのスピリチュアルを持ち出す新興宗教めいた連中を僕は蛇蝎の如く嫌っている。
とはいえ、年頃の少女達がそういったものを好きなこと自体を否定するつもりはない。僕は信じていないというだけだ。が……
「……はぁ」
ため息ひとつ吐いて、僕は豆乳の購入ボタンを押した。がこんと音を立てて、取り出し口に紙パックが投下される。
重ねて言うが、僕は占いを信じていない。ただ、少女の善意の忠告を無視するのは、紳士の態度としては相応しくないように思ったのだ。
(ま、僕は大人だからね)
言い聞かせるようにして、僕は豆乳を取り出し、その場から立ち去った。
僕が
トレセン学園に存在する庭園の傍、中でも日陰にあって、人気が少ないベンチに彼女は座り込んでいた。
パステルカラーの金の長髪がそよ風に揺れ、少し俯いた顔がここからでもよく見える。
人形のように端正で何処か無機質めいた表情、けれど今日は少し……
(……沈んでいる?)
なんとなく、そう思っただけに過ぎない。だから、余計なお節介なのかもしれないが、それでも僕は彼女に声をかけることにした。
「やぁ、また会ったね」
「! あなたは……」
「そういえば、自己紹介はしてなかったか。僕の名は結月誠、赴任したばかりの新人トレーナだよ」
「ユヅキ……うん、『記憶』したよ」
「ネオユニヴァースちゃん、だよね。何だか浮かない顔をしているようだったけど、どうかしたのかい?」
「浮かない顔? ネオユニヴァースが?」
「あー、もしかして、勘違いだったかな?」
ネオユニヴァースは不思議そうな顔で首を傾げ、僕を見る。
もしかすれば、早とちりだったかもしれない。僕は自分の失敗を悟り始めたが、幸い、彼女はすぐにソレを否定してくれた。
「そうじゃないよ。ただ、意外だっただけ」
「意外?」
「『わたし』は、何を考えているかよく分からないと言われるから……少し前に、『養成者』にも同じことを……」
「そうなのか……養成者ってのはトレーナーのことだよね?」
「!……うん、そうだよ」
驚いたように彼女は少し目を見開き、こくりと頷いた。心なしか、僅かに彼女の口角が上がっているような気もする。
「じゃあ、トレーナーとの関係で悩んでたってわけかな?」
「ネガ……アファーマティブ。大体は『正解』だよ」
「大体? 他の理由もあるってことかな?」
見知らぬ自分があまり根堀り葉堀り聞くのもよくないかもしれない。そんな懸念がふと浮かび上がるが、それは杞憂だったようで、ネオユニヴァースはぽつりと語り始めた。
「ネオユニヴァースには“コンバージョン”が必要だった」
(転換? 変化? 何を?)
特徴的な言葉選び故に真意は掴みがたい。ただ単純に海外訛りが抜けていない、という問題でもないようなので、猶更言葉の意味を推察するのが困難であった。
「そして“コンバージョン”にはこのH₂O――『水』……ではなく、『豆乳』が必要だった」
まだ未開封と思われる水のペットボトルを握りしめて、なんとも残念そうにネオユニヴァースは言った。
(……つまり、水と豆乳を間違えて買ったってことか? ……何で?)
まぁ、自販機でのボタンの押し間違いが必ずしもないとは言わない。が、珍しいことではある筈だ。似たようなラベルを間違えるなら兎も角、水と豆乳なのだから。
(転換……豆乳で気分転換したかった、とかだろうか?)
頭の中で推測を立てつつ、僕は鞄から先ほど買った豆乳の紙パックを取り出した。
(まさか本当に役立つとは……)
マチカネフクキタルの満足げな顔が頭に浮かぶ。大人げないが、ちょっと癪だなとも思った。偶然だろうが、妙な敗北感を感じてしまうからだ。
「良かったら、これとその水を交換しないかい? なんとなく選んだだけで、別に好物であるわけでもないしさ」
「――良いの?」
おずおずと彼女が問いかける。
「あぁ」
「“ビックバン”――――スフィーラだね」
不思議な言葉とともに、彼女は微笑んだ。
豆乳と水を交換した後、僕とネオユニヴァースはちょっとした世間話をした。彼女の同室の子がどうとか、好きな音楽の話などだ。
また、彼女は僕がフランスで学んでいたことに興味をもってくれた。だから、僕は欧州のレース場や、強豪ウマ娘についてを掻い摘んで話したのだが、これも中々好評のようだった。
「おっと、もうこんな時間か。ごめんね、貴重な休み時間を奪ってしまって……僕はもう行くことにするよ」
「ううん、とってもスフィーラな時間だったよ。ところで、ユヅキトレーナーは……もう、担当の子を見つけたの?」
「アプローチをかけた子はいるけど……相手の返事待ちかな。どうしてだい?」
「……きっと、あなたなら上手くいくと思うよ」
「そう言ってくれると、少しは気が楽になるよ。ありがとう」
ただのお世辞ではなく、本心からの言葉のような気がした。
◇
合図の音が鳴り、ウマ娘たちが一斉にターフを駆けてゆく。トレセン学園における模擬レース、それはウマ娘たちがトレーナーに対してアピールする格好の場だ。
トゥインクルシリーズの出走にはトレーナーとの契約が不可欠。契約相手が居なければ、ウマ娘はメイクデビューすら果たせない。
一種の救済措置というか、抜け穴的なものとして、トレーナーから名義だけを借りる手法も存在するが、そんなものを自ら望むウマ娘はごく少数だ。
ウマ娘はまだ学生の身分。できることは限られている。特殊な伝手でも持っていない限りは、素直に大人の力、トレーナーの力を借りた方が何かと都合がよい。
トレーナー顔負けの練習メニューを自分で組める者も勿論いるが、だからといってトレーナーという存在が不要だとするのも早計だろう。
視線の先で、最後尾のウマ娘がゴールへとたどり着いた。これで第二模擬レースは終了。ターフから去るウマ娘の一団に向かって幾らかのトレーナーたちが駆け寄ってゆく。スカウトだ。やはり、注目されるのは一着の子。続いて二位、三位の子たちも声をかける者が少しいる。
四位以下は声を掛けられていない。彼女らも悪くない走りだったとは思うが、言ってしまえば、特段目を見張る部分も無かった。所謂凡走というやつだ。
そもそも一着の子自体、目に見えて優駿というわけでもない。
僕は手元のタブレットへと視線を落とす。学園から支給されたものだ。模擬レースの出走予定表が記載されている。
注目すべきは第四レース。そこにはマンハッタンカフェの名前が記載されていた。
(……結局、アグネスタキオンは出なかったな……)
第ニレースには本来、彼女が出走する予定だった。が、どうやら彼女はすっぽかしたらしい。
(呼び出しを喰らっていたってことは、既に大分やばい状態だと思うんだけど……)
その上で再び無断欠席するとなれば、流石に擁護の仕様が無い。スカウトの返事を聞く間もなく、彼女が停学や退学処分されるなんてことは是非とも避けたいのだが……。
こればかりは本人の問題だ。担当トレーナーでもない自分が、踏み込める領域じゃない。
気を取り直して、僕はレース観戦に集中することにした。第四レースが本命といえど、他を疎かにしたくはない。見て学べることは存外多いのだ。
既に第三レースの準備が始まっている。回転率を重視する模擬レースは、本番と違ってあまり間を置かずに次のレースが始まるのだ。
「……ん? あれは……」
レース場のゲートへと集合するウマ娘の一団、その中に見覚えのある少女が居た。パステルカラーの金色、水色のインナー、特徴的な髪色故に間違えることはない。
「ネオユニヴァース……何故模擬レースに?」
疑問がふと口から零れる。
彼女には既にトレーナーが居た筈だ。なのに、何故トレーナーを見つけるための模擬レースに出走するのだろうか。
(もしかして、トレーナーと契約を解消してしまったのか?)
僕の懸念を他所に、第三レースの準備が完了した。全ウマ娘がゲートインし、合図とともに一斉に駆けだした。
ターフを蹴るウマ娘たちの足音が幾重にも重なり、地響きのような音を立てる。
僕の視線は自然とネオユニヴァースへと向いた。
「スタートは……芳しくないな」
ネオユニヴァースを取り巻く状況を見て、僕は呟いた。
彼女のスタートダッシュそのものは悪くなかったが、位置が悪い。元々の枠順との兼ね合いもあって、すっかりバ群に取り込まれている。
闇雲にもがいてどうにかできる状況じゃない。最適な行動はただじっと耐え忍び、機を伺うことだった。だが、それはデビュー前のウマ娘には中々難しいことであり――
『へぇ、動かないのか。普通は位置取りのためにジタバタするんだけど……』
『デビュー前とは思えない。落ち着いたレースさばきね』
周囲のトレーナーたちから感嘆の声が漏れる。
僕もその言葉に内心で頷いた。ネオユニヴァースの動きには無駄が無い。拍手したくなるくらいのレース巧者ぶりだった。しかし、
『――おいおい、これは不味いんじゃないか?』
憐れみの混じったトレーナーの声が響く。
彼の言う通り、ネオユニヴァースを取り巻く状況は、およそ最悪の変化を遂げていた。
(展開が悪かった。彼女の『待ち』の選択は間違いじゃなかったはずだけど……)
第四コーナーを抜けて尚、ネオユニヴァースはバ群に囲まれたままだ。前のウマ娘たちが壁となり、進路が無い。ほとんど詰みに近い状況だった。
(降着覚悟のパワフルプレイなら幾らか方法はあるけど……)
あの
惨敗――という文字が頭に浮かぶ。
周囲も、既に彼女の敗北に疑問が無いらしい。些かやるせないが、レースというものは水物、こればかりは仕方ない。
――その時だった。前列のウマ娘、4番の娘が僅かに左によれた。恐らくは、前走でできた蹄跡の轍に足を取られたのだろう。珍しいことではない。しかし――
「――――ッ!? 嘘だろっ……!」
僕は思わず絶句する。自らの目を疑う光景が、眼前で繰り広げられていたのだ。
遅れて周囲が俄かに騒ぎ出す。
『――ねぇ、今あの子消えなかった!?』
『姿が一瞬見えなかったような……?』
『何かあの子の走り、妙じゃなかったか?』
(――――こいつら何言ってるんだ? 注目すべきはそこじゃないだろ!?)
内心苛立ちつつも、僕は直ぐにネオユニヴァースに意識を向ける。つまらない些事にかまけるよりは、少しでも彼女の走りを目に焼き付けたかった。
結果はアタマ差でネオユニヴァースの一着。見事な走りだった。他のウマ娘たちもデビュー前ながらに練度は決して低くはない。将来的には重賞を狙える器だろう。
だからこそ、ネオユニヴァースが見せつけた走りは、特に周囲の目を引いた。最も――ソレは
『ねぇ、そこのあなた、ちょっといいかしら?』
同じレースを走っていたウマ娘たちがネオユニヴァースへと声を掛ける。勝利への賞賛の類じゃない。彼女らの目に浮かぶのは猜疑だ。
更には、レースの競技委員と思わしき男性もまた彼女へと話かけるのが見えた。
(――さて、僕はどうするべきか…………)
ネオユニヴァースの走りには、確かに
しかし、別に僕は彼女の不正を疑っているわけじゃない。が、周囲の者たちは違うようだった。
『最後の直線が変だったっていうか……もしかして、シューズに細工をしたんじゃ?』
『悪いが、君を検査させて欲しい。模擬レースといえど、何らかのレギュレーション違反があるなら――――』
人々に囲まれたネオユニヴァースの顔には、僅かばかりの怯えが見える。
「――ふざけやがって」
思わず、言葉が口をついて出た。
勝者は、相応しい迎え方をされなければならない。そうでなければ、厳しい競争の末に――その席を得る価値が無くなるからだ。
万来の喝采――あるいは、ブーイングでもいっそ構わない。
祝福されるに越したことはないが、多くの者に呪われる
――しかし、目の前のこれは
祝われるでもなく、呪われるわけでもない。勝者が疑念の目に晒されることなど、決して在ってはならないのだ。
彼女の勝利そのものが疑われることなど――許してはいけない。
嘗て競技に人生を捧げた者として――今現在、競技者を支えるトレーナーとして。
だから、僕は一歩足を踏み出して、息を吸う。
「――素晴らしかった!」
僕は叫ぶ。拍手の音を響かせて。ぎょっとしたように周囲の視線が僕へと向く。理想の反応だ、なんとも都合がよい。
『君、急に何を……』
競技委員の男が何か言いかけるが、僕は気にせずネオユニヴァースへと歩み寄る。
彼女は僕の顔を見て、「あっ」と声を漏らした。
「最終コースの直線! まるで一瞬
他のトレーナーがざわついていたことを思い出しながら、僕は言う。勿論、彼女は実際に消えてなどいない。そう見える程に彼女の壁抜けが巧妙だったことと、あとは他のトレーナーが彼女の敗北を悟り、侮って彼女に対する集中を切らしていたことが原因だろう。
「けど、僕が驚いたのはあのタイミングを正確についたことだ! 壁を形成していた前方のウマ娘、うち一人が僅かに左によれたあの一瞬! アレを逃すことなく喰らいついた君の観察眼には、脱帽の思いだよ!!」
僕が感じた
ウマ娘が
また、瞬間的に生じた隙間を通るには、前もっての加速準備が不可欠だ。偶然、前が空いたところで、普通はその僅かな隙を突けずに終わる。事実、ネオユニヴァースが奇跡的なタイミングでバ群を抜け出した後、壁は直ぐに構築し直された。
つまり、コンマ数秒の遅れで彼女の壁抜けは失敗していたのだ。
(一番有り得そうなのは、一か八か接触覚悟で加速したところに、偶然その隙が発生した場合だけど……あの自信のある走りからは、そんな博打の気配が無かった)
だからこそ、彼女の走りは
「いやー本当に素晴らしかった!! ところで、模擬レースに出走してるってことは、今、フリーってことでいいのかな? 僕はまだ新人トレーナーなんだけど……もしよかったら」
わざとらしく、声を大にして僕は言う。
慌てて駆け寄ってくる足音は、十中八九トレーナーたちのものだろう。現金な連中である。
『ちょっと君! 勝手に話を進めないでくれ、彼女にはレギュレーション違反の疑いが……』
競技委員会の男が僕の肩を掴む。僕は振り向きざまに彼を睨みつけ、これまた周囲に聞こえるような声で言った。
「はぁ!? レギュレーション違反? 何処をどう見たらそうなるんですか!? ちゃんとレース展開を見ていたのなら、疑わしい点が無いというのは明白でしょう!?」
『いや……それは……』
見ず知らずのトレーナーにここまで食って掛かられるとは思っていなかったのだろう。彼は相当面食らったようだった。勢いをそのままに、僕は大声でレースの展開を語って聞かせる様に述べた上で、ネオユニヴァースに対して賞賛の言葉を贈った。
そのように騒いだ甲斐あって、他のウマ娘もネオユニヴァースから注意を逸らしたらしい。目論見は概ね成功したようである。
となれば、僕も此処にはもう用がない。適当に理由をつけて早々に立ち去ろうと試みるが、しかし、それはネオユニヴァースをスカウトしようと集まったトレーナーの一団によって阻まれた。
先ほどバ群に阻まれた彼女のように、僕もまた人込みの中に閉じ込められたのである。それでもなんとか人込みをかき分け、僕は脱出に成功した。が、些か遅かったらしい。
「ふぅ……幾ら何でも急に群がり過ぎでしょ」
「お疲れ様です。大変でしたね」
「まぁね。でも放っておくわけにもいかないから……」
汗を拭い、僕は一息つく。そこでようやく、自然と会話に混じった彼女に意識を向けた。美しい黒髪に黄金の瞳――他ならぬマンハッタンカフェその人である。
「……ええっと、マンハッタンカフェ」
「カフェで構いませんよ」
「カフェ、どうして此処にいるんだい? 第四レースがもう始まるだろう?」
僕の言葉に、カフェは少しむくれたような表情で、じとりとした視線を送る。
「……
「…………マジですか?」
「はい、マジです。模擬レースは間隔が短いので。余程、ユニヴァースさんに夢中だったようですね」
僕の顔から急速に血の気が引いてゆくのが分かる。
完全にやらかした。今回は言い逃れのしようがない。
「えっとその……すまない。僕はなんと詫びればいいか……ッ!?」
ドンッ、と鳩尾に殴られたかのような衝撃が走る。カフェが怒りのあまり拳を見舞ったわけでは、断じてない。
痛みに僕は顔を顰め、思わず膝をついた。
「止めてください『お友達』。彼にも事情があったんです……えぇ、確かに酷い人だとも思いましたが……」
「いやあの……本当に申し訳ない」
脂汗を浮かべながら、僕はただただ謝罪の言葉を口にする。それしかなかった。
「ふふ……仕方のない人」
僕を見下ろすカフェの表情が、怒りではなく、微笑みだったことがせめてもの救いだった。
Qネオユニヴァースを助けなかったら?
Aなんて非道な奴だ、見損なったと『お友達』に殴られます。
Qネオユニヴァースを助けたために、カフェのレースが見れませんでした。許してくれますか?
Aよくやったな、お前の活躍を見てたぞ。それはそれとしてケジメはつけろと『お友達』に殴られます。