沈黙と亡霊とカフェイン中毒者   作:パック

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 ネオユニ回です! ネオユニの育成ストーリーは壮大かつ純愛、摂取できる栄養素の豊富さから、医者要らずと古来から言われてきたらしいです。


星に願いを

 

 

 

 中央トレセン学園の敷地は地方のものとは比べものにならない程に広大である。生徒数2000人弱の所謂マンモス校。しかし、それだけの生徒、並びに職員やトレーナ一同を内包して尚、まだまだスペースに余裕があるというのだから、もはや末恐ろしいものがある。

 

 そして、空いたスペースは専ら学生のために活用される。幾つかの条件はあるが、それさえクリアしてしまえば、生徒が自由に使えるスペースを学校から借りることは可能だ。

 マンハッタンカフェとアグネスタキオンが共有する、旧理科準備室もその一つだった。

 

 彼女らのテリトリーを尋ねる物好きは、学園中を探して早々居ない。アグネスタキオンの悪評は生徒、職員、トレーナー達の間に余すことなく流布しているし、マンハッタンカフェもまた素行にこそ問題はないが、その不可思議な言動と本人の身の回りで起こる怪奇現象によって、距離を取られている節がある。

 

 美浦寮において、マンハッタンカフェの同室となった生徒はただ一人を除き、半月も保たなかった、というのは語り草だ。

 

 そんな旧理科準備室に、今日は珍しく来客があった。それも一人ではなく、二人。二十代半ばと言った青年と、トレセン学園の制服に身を包む一人の少女。

 青年はネクタイの位置を正して、準備室の扉を軽くノックした。

 

 青年ががらりと扉を開けば、こぽこぽとサイフォンの中で液体が波打つ音が聞こえ、香ばしい香りが漂ってくる。

 来訪者に視線を向けるカフェとタキオン。青年はにこやかな表情を浮かべた。

 

 「やぁ、二人とも。今、ちょっと時間を頂戴していいかな?」

 

 「えぇ……構いませんが……どうしたのですか、トレーナーさん?」

 

 「少し伝えなきゃいけないことが……いや、別に少しじゃないな。むしろ、重大発表だ」

 

 「トレーナー君、時間は有限なのだから手短に頼むよ」

 

 何を飲んでいるか分からなくなるほどに角砂糖山盛りのティーカップを手に、タキオンが呆れるように言う。

 

 「うーん……リアクションが渋いな。まぁいいや……それでは、発表します!」

 

 意図的にテンションを上げて、青年――ユヅキは自身の体を横にスライドさせ、背後に立っていた少女を称えるように片膝を突く。

 

 「この度、彼女――()()()()()()()()が新たなチームメンバーとして加わることになりました!」

 

 「「………………」」

 

 「……ん、何? 皆なんで無言なのかな? めでたいことだし、そこはちょっとくらい歓声を上げても……」

 

 何もユヅキとしても、天地がひっくり返ったような反応を期待してはいない。メイクデビューに向けて練習を開始して早数週間、それなりに二人と打ち解けた自覚はある。

 彼女らがこの手のサプライズに、落ち着いた反応を示すことを勿論知っていた。が、流石に無言は予想外だ。

 

 「……いえ、確かにユニヴァースさんが加入してくれたこと自体は嬉しいですが……正直、その……」

 

 「予想通り、というか……ようやくか、と言った感想が勝つね。むしろ、何故もっと早く君は彼女を引っ張ってこなかったんだい? おかげで私の研究が遅れたじゃないか」

 

 「は? えっ、とりあえず、ユニヴァースをナチュラルに研究に巻き込もうとしてることについては、後で詳しく話をするとして……今更ってどういう?」

 

 「君がユニヴァース君に熱烈なラブコールをしたことは、既に噂になっているよ。特に下級生達の間で……」

 

 ラブコール、というのは以前の模擬レースでのことを言っているのだろう。ユヅキはあの日、ネオユニヴァースにかかったあらぬ疑いを晴らすため、競技委員相手にすら食ってかかった。

 

 「でも、ユニヴァースにはスカウトが殺到した筈だ。僕が噂になるとは……」

 

 「みんな馬鹿ではないからね。君のあの言動が、ユニヴァース君を庇おうとする意図のものだと気づく者は気づく。それに……君は些か無自覚だが、結構な有名人なんだよ」

 

 「僕が? あぁ……時折色とりどりに発光するからかい? でもそれは君の薬の薬効で……」

 

 タキオンの実験に付き合っていると、そこそこの頻度で肉体を発光させることになる。その度に周りから妙な目で見られている自覚はあった。

 

 「私のせいにしないで欲しいな。欧州で知らぬ者はいない程有名なトレーナーの弟子、なにより元プロアスリートで世界記録保持者と来た。そりゃあ誰だって、期待の新人コンビ結成か、と思うだろう」

 

 「僕が現役だった時代は、あんまり日本でのフィギュア人気は無かった筈なんだけどな。いつだって、レースが一強だった」

 

 「限度があるだろう。人は話題性を好むからね、君とユニヴァース君のやり取りはまぁ、瞬く間に広まったわけさ」

 

 「そうか……申し訳なかったね、ユニヴァース。僕のせいで悪目立ちしたみたいで……」

 

 「ううん、ネオユニヴァースは大丈夫だよ。噂は“マージナル”に過ぎない。むしろAGET……トレーナーは困らなかった?」

 

 「困る? 僕が? カフェとタキオンに加えて、君という逸材が加入してくれるというのに……困ることなんてないよ」

 

 こんなにもトレーナー冥利に尽きることは無い。恵まれすぎていっそ恐ろしいくらいだ。

 心配そうに様子を伺うユニヴァースに、ユヅキは笑って心の内を素直に話す。

 

 「さて、それじゃあ。改まった挨拶は必要ないみたいだし、もう一つの要件にさっさと移ろうか。僕たちのチームの名前を決めなきゃいけない」

 

 メンバーが三名以上ともなれば、正式なチームとして成立する。カフェ、タキオン、ユニヴァースという優駿が集まっている以上、将来的にメディア露出も多くなるだろう。

 

 「大事なことだ。僕の一存で決めるわけにもいかない。皆、何か案はあるかい?」

 

 「ふゥン、私は星にはそこまで明るくないからねぇ……カフェ、君は確か天体観測が趣味だっただろう?」

 

 「まぁ、多少は……でも、困りましたね。著名な星名は既に使われていますし……かといって、あまり分かりにくいのも……」

 

 中央トレセン学園におけるチーム名は、星の名を冠するのが伝統だ。といっても、強制的にそう命じられるわけではない。所謂、暗黙の了解というものだ。

 

 「――“ビックバン”……どう?」

 

 Yの字に両手を掲げて、ユニヴァースが言う。

 

 「それは……星の名前では……無いですね」

 

 「覚えやすさはピカイチだね。僕は好きだよ」

 

 「ネガティブ……」

 

 しょんぼりとしたユニヴァースを慰めつつ、ユヅキも頭を捻る。占いだとか運勢だとかを蛇蝎の如く嫌うユヅキではあるが、何も縁起というものを一切合切かなぐり捨てているわけではない。

 

 ユヅキは霊感商法が死ぬほど嫌いなだけだった。

 言葉遊びのような文化そのものは、むしろ好みですらある。というか、そういった風情を愛せなければ、スケート演技などとてもやってられない。

 

 (どうせなら……この()たちの行く末を祝福してくれるような名がいいんだけど……)

 

 ぱっと思いつくのは天狼星(シリウス)。おおいぬ座の一等星、夜空で最も明るく輝く星の名であり、ユヅキとしても少し思い入れのある名だ。

 

 何せ、日本バの欧州進出は概ね()()の蹄跡を追う形となるのだから。しかし、その名は既に()()と名高いトレーナー率いるチーム名に使用されている。

 

 チーム『シリウス』。欧州最強のモンジューと師のコンビに、土をつけて見せた伏魔殿とも言える強豪チーム。

 

 (いずれ、()の総大将や逃亡者とも戦うことを考えて、名をつけるなら……)

 

 「……蛇使い座、とかどうかな?」

 

 ユヅキの提案に、カフェがぴくりと耳を反応させる。

 

 「蛇使い……ですか? いいとは思いますが……どういう意図でそのチョイスを?」

 

 「星は兎も角、神話にはそれなりに明るい方でね。蛇使い……アスクレピオスは医学の神だ。無病息災を願うには丁度いい」

 

 競技者にとっての最たる不幸は、勝利を掴めないことじゃない。無様に敗北し、土の味を幾度も噛みしめることなど、全くもって取るに足らないのだ。挑む機会を永遠に失うことに比べれば……。

 

 「色々考えたけど、勝利を祈願せずとも君たちは勝てる。なら、その機会を失うことが無いように祈りを込めようと思ってね。勿論、トレーナーとして、君たちのコンデション調整を神に委ねるなんてことはしないけどさ」

 

 「私はいいと思うよ。研究者としては、医術の神を無碍にはできないしね。世の理に科学で抗おうとした点も好みだ」

 

 「タキオンならそう言ってくれると思ったよ」

 

 「二人がいいなら私は構いませんが……ユニヴァースさんは?」

 

 「ネオユニヴァースも……トレーナーの“チョイス”に賛成するよ」

 

 「じゃあ蛇使い座の星にするとして……どれにしますか? 1番明るい星はラサルハグェと言って……」

 

 「うーん、もうちょっと分かりやすく名前がいいかな」

 

 「なら、2番目に明るいサビクですかね」

 

 「サビク……イイね、語感がスッキリしている」

 

 人々に認知されやすい名かどうかは重要である。蛇使い座自体は、それこそ十二星座に比べれば知名度は低いが、まぁ新進気鋭のチームの名としては丁度良いだろう。

 覚えやすい名が好ましいというユヅキの意見には皆も同意を示し、チーム『サビク』が正式に発足する運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新たに浮かぶ星がトィンクルシリーズの夜空を乱し――制圧者(サビク)の名を体現するのは――もう少し未来の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめんなさい、ネオユニヴァース。私には……貴方というウマ娘がわからない」

 

 

 

 

 

 それが最初の養成者に言われた言葉だった。

 理解ができない、という評価がネオユニヴァースに下されることには今に始まったことではない。

 

 慣れている。既に、慣れ切ってしまっている。だから、ソレを今更気にすることは無い。誰だって、未知は恐ろしいものだ。ネオユニヴァースにも責任がある。

 

 けれど、もし許されるのならば――――

 

 「ネオユニヴァースは……“コネクト”……分かり合いたかった」

 

 すぐには無理でも……少しずつでいいから……そんな細やかな願いすら叶わなかった。最初の養成者は、ネオユニヴァースとの繋がりを諦めてしまった。勿論、ソレはネオユニヴァースというウマ娘の将来を考えての判断だということは、彼女も理解している。

 

 

 ただ、理解していて尚――――悲しかった。

 

 

 日が沈み、夜の帳が降りたトレセン学園。誰も居ない屋上で、少女は一人夜空を見上げる。新たな寄る辺となった蛇使いの星は――残念ながら、今の季節では見ることができない。

 

 

 『――どうして、()を選ぼうと思ったんだい?』

 

 

 何処からともなく声が響いた。重ねて言うが、少女はただ一人で学園の屋上に立ち尽くしている。しかし、その不可思議に少女が疑問を持つことはない。彼女は、誰よりもその声の主を知っていたからだ。

 

 『彼が……君を助けてくれたから?』

 

 優し気な声が問う。少女は思案するように俯き、

 

 「……それもある。けれど……一番の理由じゃない」

 

 ぽつりと、零すように口にした。

 

 『では――何故?』

 

 「……『わたし」は……()()()()()()()()は、ずっと()()()()()()を探して旅をしてきた」

 

 『うん、そうだね。ボクたちはずっとあの人を探してきた。感謝を、愛を伝えて……再び、今度こそは最後まで供にあるために……』

 

 大切な宝物を愛でるように、温かな調子で声は語る。少女もまた、何かを懐かしむように顔を綻ばせた。

 

 『君は……彼から()()()の面影を感じたのかい? 彼こそが……この世界における()()()だと?」

 

 「……ううん、たぶん違う。だって彼は――()()()()()()()()()()()()()()()()から……」

 

 力なく、少女は首を横に振る。陰りが差した表情を見せる彼女に、声はしばし黙した。びゅうと、冬の冷気を未だ感じさせる風が唸る。

 

 『……そうだね。彼は君に声を掛けこそしたけれど、言葉を続けなかった。だからこそ、ボクは不思議に思ったんだ。君が……自ら彼に声を掛けて、契約を結んだことを』

 

 「……ごめんなさい」

 

 『謝る必要なんてないよ。ただ、聞かせて欲しいだけなんだ』

 

 寄り添うように、声はゆっくりと少女の返答を待った。その気遣いに応えるため、少女はたどたどしくも、必死に言葉を探して語る。

 

 「……理解されないことは……悲しい。けど、向き合ってもらえないことは……もっと辛くて……『寒い』」

 

 少女は自らの体を抱きしめるようにして言う。彼女の脳裏に浮かぶのは、彼に助けられたあの模擬レースの日のことだった。

 

 「『わたし』は……皆と一緒に走って……“コネクト”……心を通わせたかった。養成者は、『わたし』のことを諦めたけど……共にレースで競う彼女たちとならと……でも、無理だった」

 

 少女の声は震えていた。

 

 「未知は怖い。だから……皆『わたし』から離れてゆく。誰も『わたし』を見ようとしなくなる。あの日のレースも……皆、『わたし』をちゃんと見てはくれなかった」

 

 『うん……痛い程、君の気持ちは分かるよ。あの日の君は……賞賛を受けるべきだった。けれど、君に向けられた視線は……』

 

 「沢山の人が『わたし』を取り囲んで、沢山のざわめきが聞こえた。けど、体も心も……ターフを走り抜けた興奮すらも……ただ冷えてゆくのみで……やっぱり寒くて……そんな時に、彼の声が聞こえた」

 

 多くの無遠慮な視線が彼に突き刺さった。ひそひそと交わされる言葉は、少女ではなく、彼に向けられるものとなった。しかし――

 

 「彼には陰りが無かった。人々を掻き分ける彼の姿は何処までも堂々としていて……『わたし』の前に辿りついた彼の瞳は……燃えるようだった」

 

 少女はそこで言葉を止めて、再び夜の空を眺める。

 

 「そう……ちょうど、空に浮かんで燃えるあの星みたいに……狂ったような色と輝きは美しくて、少し怖くて……でも、とてもあたたかい」

 

 彼の言葉に滲む、レースへの深い愛と熱。それを思い出して、少女は胸に手を当て、微笑んだ。

 

 「あの場で、彼だけは『わたし』のことをちゃんと見てくれていた。『わたし』が彼の最愛でないことは……分かっているよ。けど……」

 

 『けど、諦めきれない。そういうわけなんだね』

 

 続く少女の言葉を、声が代弁する。

 

 『ボクはずっと……自分を()()にしてくれたあの人を探していたけれど……君は、彼の()()に成りたくて、彼を選んだ」

 

 「……うん、彼が選んだのはマンハッタンカフェとアグネスタキオン。それに、彼の心のずっと深い所にいるのは……たぶん……」

 

 『――――起源(オリジン)。ボクたち……ネオユニヴァースの始まりでもある存在だ。君は……彼女にすら打ち勝つつもりなのかい?』

 

 「……それで、あの燃える瞳が……また『わたし』を見てくれるというのなら……『わたし』は……」

 

 『そうか。あくまで茨の道を歩むつもりなんだね……ならば、ボクも止めはしない』

 

 「いいの? 彼は……あの人ではないのに……? 無数の旅路を、投げ出してしまうことになるのに……」

 

 『君は少し勘違いをしているよ。ボクは君……君はボクなんだ。だから、君がこの世界で抱いた願いはボクの……ネオユニヴァースの願いでもある。遠慮は要らない。無理にボクの軌道を辿る必要はないんだ。君の思うままに――ターフを駆け抜ければいい』

 

 躊躇う少女の背を、声が優しく押す。

 

 『それにね、君が彼の()()に成れたのなら……やっぱり、彼はあの人なのかもしれないよ。ボクだって、はじめからあの人の()()では無かった』

 

 「“愛”が欲しければ……『勝ち取れ』……ということ?」

 

 『……ふふ、これ以上を言葉にするのは、『無粋』というやつだよ』

 

 首を傾げる少女の様子に、声の主は楽し気に笑う。

 

 『彼とともに君がGATEを乗り超えることを――君が彼の()()に成ることを――ボクたちは別宇宙(アナザーバース)から祈っていよう』

 

 それだけ言い残して、ぷつりと声は途絶えた。訪れた静寂に再び冷気を孕んだ夜風が吹く。けれど、少女の体は不思議と熱をもっていた。

 

 

 

 

 

 





 思った以上にネオユニの矢印が大きくなりましたが、まだオリトレから黒い彼女への感情の方が大きいのでセーフ。本作は未だ良バ場です!
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