沈黙と亡霊とカフェイン中毒者   作:パック

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砂上のプリンシパル

 

 

 

 春の盛りの太陽がじりじりと照り付ける。僕はうっすらと噴き出た額の汗を拭い、眼前の光景を改めて注視する。

 中央トレセン学園の練習コース。今、砂埃を巻き上げながら三人のウマ娘が最終コーナーを曲がった。ダートコースの直線距離は、芝に比べると短い。僕の体に自然と力が入る。その瞬間を見逃すわけにはいかなかった。

 

 風を切り、それぞれのウマ娘がゴールを通過した。ゴール板と共に設置した赤外線センサーの機器が反応し、僕が手に持つタブレットの通知音が鳴る。

 受信したセンサーの信号から、計時機器が走破タイムを計測した合図だ。僕は三人のタイムを見て、頷く。十分な結果だった。

 

 「ダートコースにも慣れてきたみたいだね。三人とも、中々良いタイムだよ。メイクデビューでダートを選択してもいいくらいだ」

 

 僕の言葉に、じとりとした視線が向けられる。三人中、二人のウマ娘はどうにも僕の言葉が気に入らなかったらしい。

 

 「トレーナー君、君さぁ……一体いつまでダートコースを走らせるつもりなのさ。知ってるだろう? 私は停滞というものが嫌いなんだよ」

 

 「勿論知ってるよタキオン、君は停滞するくらいなら牛歩であろうと進むことを優先する。タイムは徐々に上がっているから、ちゃんと前に進んでいるよ」

 

 胡乱げなタキオンに僕はさらりと返答する。が、どうにも彼女は未だ腑に落ちないらしい。隣のカフェも同様のようだった。

 唯一、ネオユニヴァースだけは特に不満もなさそうだった。といっても、彼女はあまり感情を顔に出すタイプではないので、単純に僕が読み取れていないだけの可能性もある。

 

 「タイムといっても、ダートコースのものだ。私たちの適性がダートでないことなど、最早証明の必要もない話の筈だが?」

 

 「そうだね、君たちの脚はターフの上でこそ輝くと僕も思うよ。だから、いつも練習の最初と最後には芝のコースを選択しているんだ」

 

 契約を結んで以降ずっと、カフェとタキオンの練習には芝ではなく、ダートコースを主に選んでいる。最近加わったユニヴァースにもまた、僕はダート中心のメニューを組んでいた。その理由は彼女たちに伝えていたし、彼女達も納得はしてくれた筈だが、そろそろ限界らしい。

 フラストレーションをため過ぎないように、芝のコースも少しは走らせたけれど、どうやら足りなかったようだ。

 

 (まぁ、丁度よい頃合いかな)

 

 六月のメイクデビューも近い。次のステップに移るのに、適したタイミングだろう。意図的に隠していた真意に言及するのもアリだ。

 

 「少し不満が溜まっているみたいだし……休憩がてら、僕のトレーニング方針を改めて共有しようか」

 

 僕はできるだけ気安い笑みを浮かべて言った。ダートコースから一旦離れ、皆で木陰の方へと移動する。用意していた水筒で水分補給に勤しむ彼女たちに向け、楽にしたままでいいと前置きをしてから、僕は話を始めた。

 

 「僕が練習場にダートばかりを選ぶ理由は主に三つある」

 

 「えっ……理由は二つだったのでは?」

 

 水筒から口を離して、カフェが首を傾げた。彼女の言う通り、確かに僕は二つの理由しか事前に伝えていない。

 

 「三つ目の理由は敢えて伏せた。自分で考える余地を残すのも、大事なことだと思ってね。君たちが自ら考えて行動できる娘なのは短い付き合いでも分かったから」

 

 「ふぅーン、粋なことをするじゃないかトレーナー君……」

 

 感心するように言って、タキオンは顎に手を当てる。どうやら、既に思考を目まぐるしく回す域に入っているらしい。彼女の回答を内心で期待しつつ、僕は続ける。

 

 「一つは、練習場を確保しやすいこと。まぁ、これは理由の中では一番薄いものだね。大事ではあるけど……」

 

 日本においては、ダートレースより芝のレースの方が人気がある。必然、芝のレースを希望するウマ娘の数は多くなり、幾つもの練習場を保有する天下の中央トレセン学園といえども、練習場不足は否めない。

 

 『シリウス』のような有力なチームであれば、練習場の使用優先度も高く、外部施設を躊躇いなく借りるだけの潤沢な予算もあるため、場所に困ることなどまずない。が、他は違う。新人トレーナーが練習場探しに苦労することはよく聞く話だ。

 

 ソレように整備されたコースではなく、公道や砂浜のような開けた場所で練習するのも一つの手だが、限界はある。何故なら、加速したウマ娘というものは、普通のヒトにとってバイク並みの脅威だからだ。それ故に色々と制限が付きまとい、気兼ねなく練習することは難しい。

 

 だから、芝より人気が低く、熾烈な予約争いもなく使用できるダートコースは新人トレーナーや小規模チームにとってとても有難い存在だ。まぁ、ダートを主戦場とする者たちからすれば迷惑極まりないだろうが。

 

 「二つ目は脚への負担の軽減。日本のダート……つまり砂のコースは負荷が軽い。あのバンブーメモリーが脚部の脆さから、途中までダート路線を走っていたのは有名な話だよね。まだ本格化序盤で、体が出来上がっていないのがジュニア期だ。レースのイロハを知りつつ、肉体への負荷を調整する場として日本のダートは素晴らしい」

 

 ウマ娘がデビューする時期は、本格化という現象に合わせて決められる。早ければ十代前半、遅くとも十代後半には始まるソレは、ウマ娘の直観的な自覚によって判明することが多く、ベテランのトレーナーといえども、ウマ娘の本格化の起こりを厳密に察知することは難しい。

 

 そして、始まった本格化が何処まで続くかは本人にすら分からない。

 様々な研究機関が調査しているが、答えが出ていないのが現状だ。それ故に――

 

 「目に見えない限界点を恐れ、ピークアウトを恐れ……クラシック、どころかジュニア期の間に功を焦り、体を壊す子は決して少なくない。まぁ、僕も元競技者だ。例え未来が潰えてもこの一戦を……という気持ちが分からなくはない。けど、やっぱりトレーナーとしてはあまり肯定もしたくないし、長いシニア期のことを考えて、ジュニア期では負荷の少ないトレーニングを中心に行いたい。ここまでは皆に共有した内容だよね?」

 

 僕の問いに三人はそれぞれ頷く。

 

 「幸いなことに皆がそれぞれ掲げる目標は、僕の上げた事例に該当しない」

 

 『お友達』を追い越したいカフェ。ウマ娘の新たな『可能性』に辿り着きたいタキオン。ユニヴァースは天皇賞春に思い入れがあるらしいが……それはただ勝利したいレースである、というシンプルな理由でもないらしい。

 

 ユニヴァースが最も優先することは、他のウマ娘たちと『繋がる』ことと、GATEとやらを超えて走り続けることだ。イマイチ、僕はまだ彼女の真意を察知できていない自覚があるが、それはこの際一旦置いておこう。兎に角、一つのレースに執着する必要がないことが重要だ。

 

 「トレーナー君が予め説明してくれた二つの理由については……特に疑問を挟む余地はないよ。あまり頑丈とは言い難い私やカフェへのトレーニングとしては理に適ったものだと元より納得している」

 

 そこまで言って、タキオンはユニヴァースに視線を移す。

 

 「問題はユニヴァース君についてだ。何故、これといった不安要素を持たない筈の彼女まで、私たちと同じダート練習に組み込まれているのか……」

 

 「え? それは単に……私たち三人を一緒に見るためにでは?」

 

 「だとしても、もう少し彼女に合わせて練習に変化をつけることはできるはずだ」

 

 カフェの言葉を否定しつつ、見定めるような目でタキオンが僕を見る。

 

 「それをしないのは単なる怠慢ではない……そう考えて良いのだね? トレーナー君?」

 

 「勿論。それこそが僕が敢えて伏せておいた三つ目の理由……君たち自身に考えてもらうにあたって、一つヒントを提示しておこう」

 

 三人のウマ耳がぴくりと動く。

 

 「既に自覚しているだろうけど……君たちには一般的にダート適正と呼ばれるものがない。元の走力が高いから、OPくらいまでなら勝てるだろうけど……重賞やG1となれば話は別だ。では、ダートを主戦場とする者たちにあって、君たちには無いものって何だと思う?」

 

 「“パワー”だね」

 

 真っ先に挙手して答えたのはユニヴァースだった。

 芝で問われるのがスピード、ダートで問われるのがパワーというのは有名な話だ。

 

 「その通りだ。地面を蹴りつけ、その反発力を推進力に変える、というのが()()()()()だけど……この方法だと、瞬発性能に優れた筋力が無い限り、脚が沈む砂上を素早く走り抜けられない。けれど、君たちのバ体にはソレが欠けている」

 

 一部の例外を除けば、芝専門とダート専門のウマ娘の体つきの違いは明瞭だ。バ場と距離によって適した筋肉の種類が変わるのだから、当たり前の話である。メイクデビュー前ともなれば、まだ未発達な部分もあるが……それを差し引いても、目の前の三人がダートに適したタイプではないことに間違いはない。

 

 「さて、ここで質問だ。パワーという要素に頼れない場合……少しでも速くダートを走り抜けようとすれば何を工夫すればいいと思う?」

 

 これこそが、三つ目の理由だ。リンクという不自由な氷の舞台で、僕がこの身を持って学んできた基礎的かつ絶対的な要素。

 

 「度重なるダート練習によって、君たちは既に答えに近づきつつある。徐々に上がっていったこの走破タイムがその証拠だ。今一度、よく考えてみて欲しい」

 

 タブレットに表示されたタイムを見せながら、僕は言う。三人とも、素直に難しい顔をして考え込み始めた。シンキングタイムは好きなだけとらせる腹積もりだったけれど、流石というべきが、一分も立たないうちに()()は答えを導いたようだった。

 

 「……タキオン、何か分かったみたいだね」

 

 「まぁ、一応ね。君の前歴を考慮すれば、おのずと導くことができたよ」

 

 「へぇ、聞かせてもらえるかな?」

 

 「芝に比べて反発が弱く、故に速度がでないのがダートコースだ。まとわりつく不安定な足場を抜け出す筋力が足りないのなら、必要とされるのは――()()()()、だろう?」

 

 「――素晴らしい、正解だよ。摩擦が碌にない氷の上では、地面を蹴って推進力を得る、という方法には頼れない。重心移動ができなきゃ、碌に滑れやしない。分かるかい? 重心移動という技術は、不安定な足場で自由に動くための最大の武器なんだ」

 

 そもそもの話、砂の上を筋力だけで走り抜けようとすること自体ナンセンスだ。最も、ウマ娘の非常識的な脚力であれば、重心移動なしでも大体はぶち抜けるのが現実だが。

 

 「君たちにダートの適性がないことはむしろ行幸なのさ。フィジカルにモノをいわせたゴリ押しが選択肢に入らないってことだからね。というか、僕は常々思っているんだが……レース業界は些かバランスや重心というものを甘く見過ぎだ。レース中のヨレだったり、転倒にも関わるのだから、もう少し焦点を当てるべきなのに……」

 

 と、そこまで言って僕は慌てて言葉を噤む。これ以上はただの愚痴にしかならないからだ。咳払いひとつして、僕はズレかけた話題の修正を計った。

 

 「話を戻そう。バランス感覚を養うために、アスリートがビーチランニングを取り入れるのはよくある話だ。トレセンでは夏合宿でやることが多いらしいけど……僕の意見としてはそれじゃあ足りない。精々姿勢の矯正程度で終わって……重心の理解が深くまでは及ばないだろうね」

 

 重心を理解すれば、体にとって無用な負荷を受けずに走ることができる。自分のスピードを遺憾なく発揮しつつ、無駄な力の消耗を避けることで、スタミナ温存にもつながる。良いことずくめだ。自分の担当バたちの競技人生を少しでも伸ばそうと思うのなら、真っ先にとりかかるべき最優先課題だと言っても過言ではない。

 

 「だから、僕はユニヴァースにも君たちと同じようにダート中心のトレーニングを組んだんだ。これで、納得してもらえたかな?」

 

 「――アファーマティブ。重心が大事……『記憶』したよ」

 

 「えぇ、とても分かりやすかったです。……タキオンさん?」

 

 反応しないタキオンを不審に思ったのか、カフェがタキオンに声を掛ける。だが、肝心の彼女は気のない返事をするばかりだ。

 

 「まだ何か気になることがあるんですか?」

 

 「ん、あぁいや、大丈夫だよ。なんでもない、トレーナー君の方針は理解した。だから、そろそろ練習を再開しようじゃないか」

 

 「……うん、そうだね。それじゃあみんな、練習に戻ろうか」

 

 僕としても、タキオンの態度に気にかかるところがある。けれど、この場でソレを追求するべきじゃないような気がした。彼女の思うままに思索を続けさせた方がよいと、直感的に感じたのだ。

 空が茜差す頃まで、練習は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「トレーナ君、ちょっといいかな?」

 

 「ん、どうしたの? 新薬の実験かい?」

 

 練習が終わり、寮に戻る彼女たちを見送った後のこと。何故か一緒に帰った筈のタキオンが、僕の元へと引き返してきた。いつになく、彼女は神妙な顔をしている。

 

 「今日は薬の実験じゃないよ。たださっきの……君の言葉に妙なひっかりを覚えてね」

 

 「ひっかかり? そんなに妙なことを言った記憶は無いんだけど……」

 

 何か口走っただろうか。今日の発言を思い返し始める僕に、タキオンはゆっくりと口を開き、言った。

 

 「()()()()()……君はそう言ったんだ。いやに含みのある響きじゃないかい? まるで、そうじゃない走法があるみたいだ……パワーに頼らずとも砂の上を……不安定な足場を走り抜ける走法が……」

 

 「――――やっぱり、君は鋭いね」

 

 「ッ!? それでは……やはり――」

 

 「けど、教えないよ」

 

 驚愕していたタキオンの瞳が更に見開かれる。冷静沈着に見える彼女でも、このような表情をするのだなと、意外に思った。いや、振り返ってみると、彼女は実験のことになると必ずしも冷静ではなかった気はするが……。

 

 「ソレは便利な魔法じゃない。君たちの糧になるかもしれないけど……枷にも成り得る。だから、今はまだ教えるつもりはない。近道なんてなくて、少しずつ歩んでいくしかないんだよ。レースも研究もそこは同じな筈だ」

 

 「……あぁ……そうだね。私としたことが……失念していたよ」

 

タキオンは一瞬何か別のことを言いかけたが、それを呑み込み、頷いた。彼女の好奇心と理性の葛藤が垣間見えた。

 

 「話は終わりかな?」

 

 「いや……この際だから、ついでに一ついいかい?」

 

 「いいよ、何でも言ってみてくれ」

 

 「……卵焼きは、もう少し甘い方が好みだ」

 

 あまりにも場違いに思える発言に僕は一瞬呆気に取られた。けれど、直ぐにそれが弁当の中身の話だと理解した。

 ミキサーで食事を済ませる彼女を見かねて、いつだったか弁当作りを自ら申し出たのだ。それは最早僕の日課に含まれる作業となっている。

 

 「……ははっ、畏まりましたよ、()()()

 

 僕は茶化すように言って、恭しく一礼した。氷の上で観客に向けるときの所作だ。好奇心一杯のお姫様は、不思議そうな目で僕を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 本作ではダート適正が改造されます。現状チーム『サビク』メンバーのダート適正はE、Dといったところです。
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