「おい!目の前の車を追ってくれ!」
夜も深い丑三つ時。
眠気を噛み殺しつつ、車内で客を待ってた俺に一人の男が飛び込んできた。
確かについ先ほど、制限速度をぶっちぎって暴走する車が走り去って行ったがしかし、あれを追えと?
こんな郊外の道端で人が来ることにも驚きだが、それ以上にまさか映画みたいな展開に巻き込まれるとは。
「あんた、馬鹿言っちゃいけねぇ。あれを追うなんて無理でさぁ」
俺はハリウッド俳優じゃない。
あんな暴走車を追うなんてごめんだね。
「頼む、金なら払う!いくらだ!いくらなら追ってくれる!」
おーおー必死だ。
懐から札束を直に取り出して、器用にも小声で叫ぶ男を見る。
ワケアリだ。しかも超弩級の。
十中八九ろくでもない事態に巻き込まれている。
「無理だよ、いくら金を積まれても。厄介事に首突っ込む趣味は無いんでねぇ」
こうしている間にも、暴走車はどんどん遠ざかっていく。
郊外特有の見晴らしの良さゆえにまだ見えてこそいるが、直に見えなくなるだろう。
だからだろうか。
痺れを切らしたであろう男はソレを懐から取り出した。
「ごちゃごちゃうるせぇ!てめぇは黙ってアレを追えばいいんだよ!」
頭に突きつけられる銃。まさか令和の日本でこんな事態になるとは。
日本の治安の低下が嘆かわしい。
銃を突きつけながら喚き散らす男。
俺が銃を見ても動じないことに動揺したのか、銃口をこめかみにグリグリ押し当ててくる。
やめろ痛いんだよ。
「はぁ…。しょうがないでさぁ…」
諦めたようにそう呟く俺に対して、自分の要求が通ったと思った男は喜色満面になる。
「わかったなら早くいけ!追いつけなかったらわかってんだろうな!」
そう言う男に俺は言葉を返す。
「なに勘違いしてんだ?」
懐から銃を取り出して一発。
サイレンサー付きのため音も最小限。
事前の下見でこのあたりに人がいないことは確認済み。
男の脳天を一撃で撃ち抜きつつ、車のエンジンを吹かす。
今日の商売は中止だ。
馬鹿な男がタクシーと勘違いして乗り込んできたのが運の尽き。
普通見ればタクシーかどうかぐらいわかるだろうに。
あるいはそんなこと関係ないぐらい切羽詰まっていたか。
まぁどちらにせよ、そんなやつが銃まで持ってたせいでこんな事態になってしまった。
男の懐にある札束を頂いたとしても、本来手に入るはずだった売上には届かないだろう。
血塗れになったこの車と死体の処理もあるから完全に赤字だ。
「馬鹿な行為の料金は自分の命。高くついたねぇ、お互いにさ」
まぁこいつから命を頂いたところで俺の懐は欠片も潤わないんだがね。