pixivに3月16日、3章クリア記念日の小説として投稿したものと同一です。
自分なりのクローマーに対する解釈・考察が含まれているのでご注意ください。
あの日見た鏡の中の君に恋をした。
それは凡庸な炎のように見えたのに、なぜだかとても心が惹かれた。まるで蛾が炎に飛び込むように。この身を焦がすほどの強い情動が湧き上がる。この手に。あの炎をこの手に握り込んでしまいたい。そう、それは純粋な欲望だった。ただ、あの子が欲しい。
怒りが燃え上がるような強い瞳。異端へと振り下ろす容赦のない男の子らしい手。私の隣にある、これ以上ないくらい違和感なくしっくりくる立ち姿。
異端の街で同じ志を持つ子供がいるからと送り出された先で知り合った、事前調査通りのおどおどした男の子が。先ほどまで私の後ろで怯えてダクトを這いずって逃げ出した子が、いずれはああなるかもしれない。あらゆる可能性を見ることのできるという鏡に映ったその子が隣に欲しくなってから。だから、彼の願いも早く叶えてあげようと思った。
聖なる夜。大切な夜。種を植えた。けれど彼は混乱して拒絶してしまったから、少しの間頭を冷やせば、きっと私が彼の願いを叶えたことを感謝してくれるはず! 優しく彼だけは襲わないようにと部下に言って逃がしてあげて、再会の日を今か今かと指折り数えて待っていた。
そしてついにその日は来た。
K社のいけすかない男からの提携を受けて、代わりにシンクレアが身を寄せている組織が巣に入ってきたタイミングで教えてもらえるように契約を受け入れたから、一報をもらってからすぐに私は準備を始めた。
グイドに指揮をして迅速に職員を集め、シンクレアが帰ってくる日まで大々的に行うのは我慢して待っていたカルフの一斉浄化を始める。心が浮ついて足取りが軽くなる。いつもよりも異端を殺すときの気持ちが昂って、どうやって演出したらあの聖なる夜のやり直しができるだろうか? と私の英雄の顔を思い出して考えた。
そして、鎚達にはクリスマスのような飾り付けをするように命じて、少し不格好だけれど精一杯のパーティの準備を進める。
カルフの住民達は、いつの間にか邸宅が大改造されたシンクレアのおうちから私達が大量に現れたことに混乱して逃げ惑う。巣の人達だって、隣人が現れなくなっても心配して家を訪ねるなんてことをする人はごく少数だから、とっくに彼の家族が全員死んだことなんて気づいていなかったんだろうね。
学生のときから、この街からいなくなったら人もいくらかいるけれど、いずれ全ての巣を回って殺すからいいだろう。
るんるんでシンクレアの家を飾り付けて、巣の検問所からそろそろここに着く頃だろうかと放送機器のある場所に足を向ける。
グイドに向かって放送をして無線の反応を待てば、もうすぐそこまで私のシンクレアがやってきているっていうじゃない! 観光客なら通行料だけ払ってもらえればよかったんだけど、グイドがわざわざ「あの子がいる」なんて言ってくれるものだから、私は一方的だけれど、興奮気味に喋りかけちゃった。
あの頃は私しか友達がいなかったシンクレアがお友達をたくさん連れてきたのなら、心からの歓迎をしないと!
長らく離れていたことで早く会いたいと訴える気持ちを抑え込んで、捕まえていたネズミの位置取りをもう一度確認して出迎える。
それからはとんとん拍子に計画が進んでいった。
けれど、あの日からずっと私に対する怒りを育てていたらしいシンクレアは、手酷く私の言葉を拒絶する。あんなにも気弱だった彼の強い瞳の中に、あの凡庸だけれど私の心を焼き焦がすような炎を見て笑う。
そう、君のその強さが見たかったんだ。
君のそんなところに私は惹かれたから。
祭壇の前で、とっくに決別していることなんて分かっていながらなおもシンクレアを誘う言葉を投げかけてみる。
それでも彼は拒絶して、鏡の中で勇猛果敢に振り回していたのと同じハルバートを私に向けた。私はその怒りに塗れた瞳に睨みつけられて、けれど絶望はしなかった。
だって、だって!
だって!
一番見たかったものが、私に向けられているんだもの!
一番見たかったものを一番身近に見ることができる。それは、きっと隣にいなくても、向かい合っていれば同じだ。私の英雄のその顔を、真正面から見つめて、けれど英雄になりきれない気弱な心が見え隠れする姿にもったいない。もっともっと、強く燃えて。燃え上がって。私を見てと願った。そう、お仲間がいても関係ない。私を見てシンクレア。恋じゃなくていい。友達としてじゃなくてもいい。私だけを見て。愛おしさよりも憎しみは強く強く君の心に刻み込まれて、その視線を奪えるならその心を燃え上がらせる燃料は憎しみとか怒りでいい。
私だけを見て。
私だけを心に刻み込んで。
あの日焦がれた瞳で私を焼いて!
興奮気味に殺し合って、けれど彼らの攻撃が届くときに気がついた。
祭壇に備えた供物の影響で私は苦痛をより受け入れることができるようになっていた。苦痛を受けても、むしろ活力にすらなっていたというのにそれがすっかりなくなっていた。
あの供物があれば鎚達も不死身になるであろうからと演説したが、どうしてか枝は煌めきつつもその影響を弱めた。その代わりにどんどんシンクレアの攻撃が重くなっていって、彼が叫んで恨み言を叩きつけてくるたびに枝が反応する。
主導権が奪われているだろうことに気がついたのは、少ししてからだった。
シンクレアの額になにかが見えて目を見張る。
どうして?
どうしてあいつと同じ模様がシンクレアの額に!?
一瞬の恐れ。
武器が弾かれてハルバートの先で貫かれる。
怪我を負いつつも、何人か殺したあとだからと後退してシンクレアを見つめる。お互い血だらけで、彼の睨みあげる視線を独り占めにしながら高らかに歌うように話し出す。私だけの思い出を、いずれそうなる可能性があったのだと彼に伝えるように。もうその可能性は潰えていると分かっていながら、シンクレアの心に刻みつけてやろうと明確に、詳細に教えてあげることにしたのだ。
ああ、私がこうなったのは君がきっかけだった。
あの日見て、恋焦がれた鏡の中の君に感染されて私はあの中の自分になりたいと願った。
変化した手足を駆使しながらシンクレアに話しかける。とっくにその未来は亡くなったと理解しながら、繭から中途半端に孵化して飛べもしない私は翼を目一杯広げて彼を抱きしめようと手を伸ばす。
せめて溶かして一緒になれればと思って。
だけれど、最後の最後に青い光が私を貫く前にようやく悟った。
蛾だ。
私は、凡庸な炎に心惹かれて身を焦がしながら飛び込む蛾だった。
翼を燃やしながら必死にその中心に飛んで抱かれようとする繭から孵ったばかりの小さな存在。
青いマフラーをたなびかせたいけすかないやつが、目を細めて小さく呟く。
「鏡ばかり見て、そこにいるシンクレア本人に向き合わなかったのは君だろ」
いつまでも馬鹿みたいな子供のように、星に手を伸ばして握ったような気になって喜んでいた頃に戻りたいと思っても、もう遅いと分かっている。
せめて、手に入れられないなら全てを壊してやりたかった。
全力で駄々をこねて、台無しにしてやりたかった。
大人と子供の狭間で。あるいは、幼虫から繭を経て、中途半端な変態をして繭から這い出た翅の折れた蛾になる途中で。
子供でいることを選んだのはそんなに悪いことだったろうか?
私はただ、欲しいものが欲しかっただけ。私と一緒に同じ志しで歩んでくれる人が欲しかっただけ。私だけの英雄が欲しかっただけ。
最後に届かないものに手を伸ばして、空を切っているのは分かりきっているけれど。手をかざして、握り込んで手の中に掴む空想をする。
もう一度名前を呼ぶことはできなかった。