空が、おかしい。
ある日のこと、アルメリアが空を見上げたときに思った文言は、それだけであった。
アーキにお願いされた依頼を達成し、満足感に浸っていた時のことであった。
自身の時間感覚さえ狂っていなければ、今は真っ昼間のはず。
事実、自分が足をついている砂漠のこの暑さはその時間帯であることを示す何よりの証拠であった。
だが空は、夜とも昼とも言えないような、こちらの時間感覚を狂わせてくる不気味な青色に染め上げられていた。
太陽は黒かった。
「日蝕……」
今回の依頼は狂竜化した
なかなかに体力を削られるクエストであったが、あの子のためならと誠意を尽くしたつもりだ。
だが、こんなに
「お疲れ様、アルメリア。あなたって、色々な武器を使えるのね」
「すごいこと?」
アルメリアはきょとん、と自らが携えたガンランス――ガンチャリオットを眺めながら言った。
「すごいと思うよ。私の聞いた話だと、二種類の武器を使えるハンターなんて数えるほどらしいもの」
何気ない会話も、もはや全てが愛おしい。
今この子を抱きしめて、その柔らかさに癒されたい気分でいっぱいだった。
その気持ちを見透かしたのか、アーキはにやりと笑う。
「帰ったらご褒美あげないとね」
図星を突かれて、アルメリアは何とも言えない顔になった。
なでなで、と子供みたいに頭を撫でられるとそれはすぐに穏やかな顔つきになる。
「ん〜……アルメリア、可愛い〜。ほら、ぎゅうっ〜!」
アーキは犬のような彼女を見て我慢ならなくなったのか、ごわごわする防具を纏っている状態にも関わらず、やわらかい身体で抱きしめてくれた。
疲れた肉体に、彼女の柔らかさはよく染みる。
そうやって腑抜けていたアルメリアの表情が、何かを察知したのか途端に固くなる。
自分を抱きしめていたアーキを遠くへ避難させ、ガンランスを引き抜き、その矛先を察知した獲物の気配の方へと向ける。
刹那――砂埃を舞い狂わせながら現れる、黒い靄を纏いしモンスター。
狂竜症を発症した”ドスゲネポス”の麻痺牙に、ガンランスの矛先を噛ませながら、力任せにその体躯を岩壁に叩きつけた。
奴が体勢を立て直す前に、ガンチャリオットの砲口を背面へ向け、砲弾を爆ぜさせた。
火炎が彼女の身体へ推進力を与え、さながら火竜のように宙を滑空。
勢いに身を任せて砲身を大地へと叩きつけてから、ガンチャリオットに溜まった火薬の塊を一気に放出。
爆ぜる爆炎が禍々しい血液をも沸騰させれば、狂竜化し、弱っていたドスゲネポスは一瞬にして絶命する。
アルメリアは危機を乗り越え一息つき、冷静になって考える。
この頃、狂竜化や傀異化といった異常を持つモンスターの狩猟依頼が多すぎる。
ほとんどアーキのクエストしか受けていないが、噂によれば、ギルドにはその手の依頼ばかりなのだとか。
――日蝕。
確かにきれいだが、それは、ずっと眺めていると何処かへ吸い込まれていってしまいそうな、得も言われぬ恐怖がふつふつと湧き出してくる。
いつしかサンが言っていた。
――公表されている新大陸の調査録に、
――俺は怖い。
新大陸の調査の、謎の空白。
その前後が今の事態に少なからず似ている。
それが、たまらなく恐ろしいと。
「アルメリア」
アーキの声に、彼女は自然と踵を返させられる。
振り向けば、もう鼻の先まで少女が迫っていて思わず息を呑む。
「まだ、気がつかない?」
「……何に?」
含みのある言い方に、アルメリアは少し警戒してしまった。
彼女を警戒するなんて、あってはならないのに。
「……ふふふ……まぁ、いいわ」
アーキはにこり、と笑ってからドレスの裾をめくりあげる。
ちら、と見える真っ白な脚。
どきどきするアルメリアに差し出されたのは、一枚の紙切れだった。
いや、それはクエストの依頼書。
ボロボロで、ほとんど紙切れとしか認識できないそれには、確かにクエストの依頼内容が書かれてあった。
「その依頼、気が向いたら受けてね」
アーキはそう言って、どこかへと姿を消してしまった。
一人では危ない、と手を伸ばそうとしたら、もう、既に彼女はそこにはおらず、息絶えたドスゲネポスのみがその空間の同居人となっていた。
アルメリアは、その依頼書を見た。
討伐ターゲットは掠れていて見えない。
だが目的地は、塔の秘境だ。
紙の具合からして、何回も何回も使い回されて、何十年も残っているような代物だろうか。
どうしてこんな物を、今このタイミングで渡してくるのか、アルメリアには彼女の思考がどうにも読めない。
日蝕が、彼女を嘲笑うかのように不気味な色の青空で煌々とした煌めきを見せていた。
――白光――
ターゲット:―――
依頼人:白いドレスの少女
「うふふ……あなた、ハンターなんでしょ?
ある場所まで一緒に来て欲しいの……素敵な所よ。白い光が綺羅星のように舞い散って……退屈なんてさせないんだから……」