白いドレスの少女に好かれました   作:聖成 家康

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白光

 

 

 白光、という依頼を受注した。

 

 受付嬢からは酷く気味悪がられたが、難なく手続きを終えることができた。

 

 目的地も考えて、ドンドルマから出発したほうがいいという理由でドンドルマの集会所に足を運んでいた。

 

 アーキは、なぜかずっと着いてくる。

 

 あの時の発言からして、自分にこの場所を見せたいと言っていたから間近で反応を見たいのだろうか?

 

 だとしたら、自分が今から赴くところは一体どんな場所なのだろうか?

 

 

 アルメリアは疑問が絶えない。

 だけど、尋ねる気にもなれない。

 

 クエストに行く前の食事を終えて、集会所の外に広がる大空に目をやってみる。

 やっぱり、あの現象は砂漠だけで見られていた物ではないようだ。

 ドンドルマの上空からでも、日蝕と、それを覆う青白い不気味な色味は確認することができた。

 

 

「そんなに気になる?」

「うん……綺麗だから」

「そう。これから行くところは、あれがもっと良く見えるわよ」

 

 

 ふふ、とアーキは笑った。

 彼女は食事には一切手を付けなかった。

 

 笑った時に覗く鋭い八重歯と、時折ちら見えする長い舌。

 可愛い、と思ったがどうもむず痒い。

 

 

 ドンドルマの集会所は、やけに静かだった。

 いつもならば、腕利きのハンター達がやかましくしているはずなのに。

 

 初めてアーキと会った時とは、えらく対照的な状況だ。

 

 雑踏闊歩する中、見知らぬ人間同士だった二人が出会い、今こうして、誰もいない始まりの地で、二人で立っている。

 

 

「ねぇ、アルメリア。そろそろ答えを聞こうかしら」

 

 

 ふと、アーキが踵を返して微笑みかけてくる。

 

 口を閉ざしていたアルメリアは、不意に息を吸い込む。

 

 

「私、何だと思う?」

 

 

 静かな時が、刻々と流れていく。

 どういう意味なの、と尋ねたかったが声が出てこない。

 

 答えざるを得ない。黙秘権など無いのだと、アルメリアはすぐに理解した。

 

 

「……私の大切な人。アーキは、アーキだよ」

 

 

 彼女がそう言うと、アーキはぷっ、と吹き出す。

 お腹を抱えながら誰もいない集会所に、可愛らしい笑い声を木霊させた。

 

 反響して聞こえてくる彼女の声が、なぜか、とても恐ろしいモンスターの咆哮のように思えてならないのは、きっとこの静寂のせいだ。

 

 

「ステキな答え。アルメリアらしい」

 

 

 ――今回ばかりは、彼女が怖くなった。

 

 なんで? どうして?

 

 アルメリアの頭に浮かんでくるのは疑問符ばかり。

 アーキはアーキ以外の何ものでもないのに。どうして、そんなにも、意味ありげな笑みを浮かべているの?

 

 

「ねぇ教えて、アーキ」

「なぁに?」

 

 

 焦燥に駆られた問いに、余裕綽々な声が返事をする。

 

 

「あなたは……私のこと、愛してる?」

 

 

 それは、アルメリアにとっては禁断の言葉だった。

 尋ねて、NOと言われれば、きっと自分はおかしくなるからである。

 

 

「……今更?」

 

 

 こちらを馬鹿にしたようなアーキの返答に、アルメリアは安堵する。

 

 安堵すると同時に、後悔に苛まれた。

 彼女を、疑ってしまった。

 

 

「じゃあ、先に飛行船に乗ってるわね」

 

 

 アーキは何かを察したよう、彼女の前から去っていった。

 

 アルメリアはまだ支度があるため、集会所を少しの間離れようと、一歩を踏み出したときだった。

 

 彼女の前に、人影があった。

 

 白衣を纏いこちらを悠然と認める男――サンだった。

 

 

「……久しぶりだな。無事で良かった」

 

 

 彼は言う。思い返せば、行方不明になり、帰還してから彼に会っていない。

 

 

「どうかした?」

「今、ドンドルマの研究室は大騒ぎでな。皆既日蝕についての話題で持ちきりなんだ」

 

 

 そうなんだ、とアルメリアは相槌を打つ。

 確かにこの状況は研究職の人々にとっては興味の対象だろう。

 

 

「…………アルメリア」

 

 

 サンの鋭い目つきが、彼女の目を貫いた。

 

 

「戻ってこい」

 

 

 ……言っている意味が分からない。

 

 自分は今から、狩りに行くだけなのに。

 

 どうして、そんなに深刻な顔をしているのか。どうして、そんなに必死に呼び戻そうとしてくるのか。

 

 アルメリアには理解不能だった。

 

 

「……私はクエストに行くだけだよ」

 

 

 いつも話すように、彼女は微笑みかけた。

 

 彼は心配症なんだ。それも極度の。

 

 

「大丈夫。私は帰ってくるよ。何も、死にに行くわけじゃないから」

 

 

 アルメリアの顔を見て、サンはどういう訳か酷く絶望したような表情を、ほんの一瞬だけ見せた。

 唇を噛んでぐっと押し殺すように顔を歪めたあと、それっきり何も言わなくなった。

 

 

 アルメリアはにこっ、と笑って手を振った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 飛行船の操縦者は、人ではなかった。

 

 雪のような、アルビノの毛で包まれたアイルーが淡々と飛行船を操縦している。赤い目の、アーキにそっくりなアイルーだ。

 これまでアイルーの操舵者を見てこなかったわけじゃない。彼ら獣人族にできない仕事ではない。

 

 だが、アルメリアは不安が絶えなかった。

 

 

「ねぇ、大丈夫? この子」

「大丈夫よ。ね、ネコちゃん」

 

 

 アイルーは視線だけをこちらに向けて「ウニャウ」と声を上げた。

 

 獣人族の言語は分からないが、アーキはうんうんと自慢気に頷いていた。

 

 一見首を傾げるような短いやりとりに、相当な物が詰まっていたようだ。

 

 

 暫く飛行船に揺られていると、遠くに人工物が見えてきた。

 

 

「あれは……」

 

 

 天高くまで聳え立つような、あまりに巨大な人工物。

 薄鼠色の層雲を貫いて、漏れ出した淡い光に照らされ、妖艶な気迫を纏っていた。

 

 一言で言うならば、塔。

 

 それ以外の言い方が思いつかない。

 

 

「……あそこ?」

「うん。ここからでもとってもキレイでしょ?」

 

 

 隣に歩み寄ってきたアーキは、凄く嬉しそうだった。

 彼女の腕に、自然とアーキの腕が絡まってきて、力強くぎゅっと抱き寄せてくる。

 

 ドキドキして、アルメリアは気張った目で彼女を見つめた。

 

 

「早く行こ? アルメリア」

 

 

 飛行船が、その古塔に向かって一直線に進み始めた。

 あれほど巨大な建物に、根本から登るわけではないようだ。

 

 

 暫くしないうちに――のはずなのに、彼女と密着していたからか、とても長い時間に感じられた――飛行船は減速を始め、ある場所に辿り着いた。

 

 塔の一画。

 

 飛行船の昇降台はそこに空いた穴に降ろされて、その先にはベースキャンプらしき物が築き上げられていた。

 

 

「ここって……ハンターが来たことあるの?」

「そうねぇ。この建物広いから、不届き者が多くって。だからこんな物が作られたんじゃないかしら」

 

 

 アーキは慣れた足取りでそこへ降り、アルメリアに手を差し伸べた。

 

 別に彼女の手を借りずとも降りられるが、せっかくの好意を無駄にしたくないため、あえてその手を取る。

 

 ベースキャンプに足をつくと、アーキは彼女の手を繋いだまま、ぐいぐいと引っ張るようにその区画を離れようとした。

 

 少し休みたい、と言おうとしたが――モンスターを狩りに来たわけじゃないのだ。

 言いたい事をぐっと飲み込んで、アルメリアは彼女の思うがままに進んでいく。

 

 

 二人は漏れ日で満ちた螺旋階段を登る。

 

 光の粉が辺りに散らばっていて、幻想的な雰囲気で溢れていた。

 時折アーキが振り向いて微笑みかけてくれたが、こういう場所は、ミステリアスな彼女によく似合うと思えた。

 

 

「どぉ? ステキな場所でしょ」

「うん。綺麗な場所。こんな所があるなんて、知らなかった」

 

 

 ある程度色々なフィールドにやってきた彼女だが、ここに足を踏み入れたことは無かった。

 

 アーキが勧めてくるのも分かる。

 

 

「ふふふ……もっとステキなもの、見せてあげるからね」

 

 

 アーキに連れられてやってきたのは――それはそれは、素晴らしい景色が広がる場所であった。

 

 周囲を取り囲むのは暗雲――だが、古塔が貫いた影響からかすかに青空を伺うことができて、ぼんやりとした光だけが石作の大地に満ち足りている、世にも幻想的な風景がそこにはあった。

 

 

 その景色に見惚れていると、アーキが足早に自分から距離をとっていった。

 

 

 彼女の熱が名残惜しくて、手を伸ばしたがどういう訳かすぐに引っ込んだ。

 

 

 引っ込めなくては、という強迫観念的な何かが働いた気がした。無意識のうちに、だ。

 

 

 淡い光を背にし、こちらに妖艶な笑みを向けてくるアーキを見て、見惚れる――とは程と遠い、寒気を覚える感覚に襲われた。

 

 

 ――もう戻れない。

 

 

 何故か、そんな言葉が脳裏を過る。

 

 

「ねぇアルメリア、なんだか貴女退屈そうな顔してるわ」

 

 

 少し前屈みになりながら、美しい白髪を垂らし、いたずらにくすくす笑う。

 

 

「白い光が、綺羅星のように舞い散って……そんなステキな景色、貴女に見せてあげるね?」

 

 

 赤い光が網膜を刺激した。

 

 幻覚とも思ったが、それを全否定してくるように、彼女の周りに()()()が降ってきた。

 

 幾多も、雷狼竜がその身に雷を纏うかのように()()()()()()に過ぎない彼女の周りに、赤い雷が降り注いでいた。

 

 

「危ないっ!! アーキっ!!」

 

 

 モンスターの攻撃だ。彼女が危ない。

 

 

 自らの背に負った、輝剣リオレウスを抜刀し、本能のままに駆け出した。

 

 疾走する最中、雷に包みこまれる彼女の顔を見た。

 

 

 それは、助けを乞う表情では無かった。

 

 

 挑戦的で――その武器で私を倒してごらんと言わんばかりな、いつも彼女がするような無邪気な笑顔を、アーキは浮かべていた。

 

 

 赤い光が爆ぜて、アルメリアはその衝撃を大剣一本で防ぐ。

 

 両足が千切れそうになるほど踏ん張り、数メートルほど退いた後に、ようやく身体にかかる慣性が消え失せた。

 

 

 刃の先を見て、血の気が引く。

 

 

 アーキの姿はどこにもない。

 

 

 そこにあるのは、飛翔する一頭の()のみであった。

 

 

 純白の鱗。二対の巨翼。二対の巨角。

 

 

 赤い眼でハンターの姿を見下すように捉えた一頭の龍は、長い舌を覗かせ、そのまま舌なめずりをした。

 

 

 身の毛もよだつような咆哮の後、その龍は彼女の目の前に降り立った。

 

 

 

「……ミラ……ボレアス……?」

 

 

 

 

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