白いドレスの少女に好かれました   作:聖成 家康

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極限化ブラキディオス

 

 

――

 

 

高難度:狂の爆ぜる臨界点

 

 

依頼主

 

白いドレスの少女

 

依頼文

 

ふふ……これを受け取ってるってことは、相当強いハンターなんでしょう?

私、強いハンターを探してるの。

だけど、あなたが本当にそうかどうか、この目で確かめてみたいわ。

だいじょうぶ、きっと退屈なんてさせないんだから♪

 

 

――

 

 

 

 

 吹き荒れる強風は、肌を凍てつかせるほどに冷たく、果てしなく広がる白銀が視界を覆い尽くす絶望の地。

 

 氷海と呼ばれるフィールドにやってきた彼女は、()()()()()()()()()()()に不満を感じていた。

 

 

「なんでいるの!?」

 

 

 ホットドリンクを飲み干したアルメリアは、我が物顔でベースキャンプにいる白いドレスの少女に怒鳴りつける。

 

「もぉ、怒らないでよぉ。実力を見たいって言ったでしょ?」

「達成して帰ってくれば分かるじゃない!」

「それだけじゃだーめ。あなたの剣捌きとか立ち回りとかを、この目で見たいから」

 

 アルメリアは苛立ちを隠せず、かといってこれ以上怒鳴りつけるわけにもいかず悶絶していた。

 

 それ以前に――少女はこの氷海ではあり得ない格好をしていた。

 薄手のドレス一枚――どんな加工が施されているのか知ったことではないが、そんな格好でここ(氷海)についてくるなど言語道断。

 

 

「これ飲まないと凍え死ぬよ」

 

 赤々とした液体の入ったビンを差し出すと、少女は貴婦人のように微笑んだ。

 

 

「あら、お気になさらず。あいにくお口に合わなくって」

「……?」

 

 

 不可解な発言だった。

 ――カムラとか言う土地では、ホットドリンクやクーラドリンクなしで活動できるハンターがいるらしいし、人間の当たり前を竜人族に当てはめないほうが良いのか……?

 

 アルメリアは勝手に納得し、ベースキャンプを出る。

 それに少女もついてきた。こんなにも白い世界だと、少し気を抜けば彼女の事を見失ってしまいそうだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 辿り着いたのは、険しい丘を登った先にあるエリア5。

 荒々しく波打つ海と、そこへ浮かぶ氷塊が一望できるエリアだ。

 

 

 そこに奴はいた。

 

 

 黒曜石のように黒光りする青色の甲殻。緑色の液体――粘菌を纏った特徴的な頭部と前脚。

 

 砕竜 ブラキディオス。

 

 ――極限化は、していないようだ。

 

 

(なんだ……普通のブラキディオスか)

 

 

 アルメリアは少し安心した。

 生態未確定のクエストは何度か受けたことがある。が、その全てが極限個体ではなかったから今回もそのパターンだろう。

 

 だが、同時に不安になる。

 

 ”実力のあるハンターかどうか確かめたい”という者が、たかがブラキディオスなんざとハンターをぶつけるだろうか?

 

「離れてて」

「ここで見てるね〜」

 

 軽装備で丘を登ったのに、息切れ一つしていない彼女に気を配り、アルメリアは大剣を引き抜いた。

 

 その気迫を感じ取ったのか、ブラキディオスは眼をぎょろりと彼女に向け天高くに向かって咆哮をする。

 

 

 アルメリアの叫びを伴った斬撃と共に、戦いの火蓋は切られた。

 先手の斬撃は、奴の頭部に命中する。

 

 ブラキディオスが拳を振り下ろすも、彼女はそれをいとも容易く回避。

 

 ――ブラキディオスは、ハンターの背後に回るように立ち回る。

 

 それを逆手に取り、アルメリアはあらぬ方向へ大剣を構え、そのまま振りかざした刃に渾身の力を溜め込む。

 

「当たれぇっ!!」

 

 願掛けのように叫び、空を斬るかと思われたその斬撃。

 ブラキディオスはその範囲内に移動してきて、見事頭部に溜め斬りが命中。

 

 続けて薙ぎ払いを叩き込んだ後、一度納刀して距離を取る。

 奴のこれまでにばら撒いた粘菌が一気に爆発する様は、彼女の攻撃の手際の良さを物語っていた。

 

 

「へぇ……♪」

 

 

 白いドレスの少女は、楽しそうに観戦していた。いつ飛び火が来てもおかしくないというのに。

 

 蒼き甲殻に粘菌が広がる。さながら、怒りに震える血管を浮き上がらせる獣のように。

 

 ブラキディオスは怒り状態になり、再び天高く咆哮。

 こうなると、時間差で爆発する粘菌は即時起爆性になり厄介になる。

 

 だが、アルメリアからすればその方が有り難い。

 奴の動きはある程度読める。だからあのような置き斬撃が通用する。

 それを阻害するのは、時間差で起爆するあの粘菌なのだ。

 

 

 納刀した大剣を、再び奴の脳天へと振り下ろす。

 氷地を砕き、またあらぬ方向へ向け剣を振りかざして、回り込んできたブラキディオスの頭部をかち割る。

 

 二度も溜め斬りを喰らわせれば、自慢の頭部もあっという間に粉々だ。

 ブラキディオスは一度後退し、前脚の消耗した粘菌を補給する。

 

 ポタポタと、地面に粘菌の汁が垂れないうちにブラキディオスの猛攻は再開する。

 

 慣れているようで、彼女は息の詰まる思いだ。狩りはいつもそう。命のやりとりをしているのだから、身構えるのは必然だ。

 

 

 だから、楽しそうに眺めているあの少女が少し気に食わない。

 

 

 自分がよほど注意を引けているのか、それとも竜人族に特別な何かがあるのか定かではないが、少女の方には一向に食いつかない。

 

 

 あの子は一体何なのだろう?

 

 

 そんな余計な思考を巡らせていた彼女は、不意に倒れ込んだブラキディオスに今さら気がついた。

 

 

「倒した……いや、そんなはずはない」

 

 

 多量の出血は確認したが、あれで死ぬほど砕竜は脆くない。

 

 生態未確定――その文言を思い出す頃には、彼女の背筋は凍りついていた。

 

 全身から漏れ出す黒き狂気の靄。

 アルメリアはそれを見るや否や血の気が引く。

 

 

 視界が刹那、漆黒に覆い尽くされた頃には砕竜は起き上がっていた。

 

 極みに限りなく近づいた――〈極限状態〉の姿で。

 

 

 天に向かって咆哮する様は、もはやブラキディオスでは無い何かのようだった。

 

 目にも留まらぬ速さで彼女に接近し、即起爆の粘菌と共に拳を振り下ろす。

 緊急回避で避けたが、あと数秒出遅れていたら死んでいた。

 

「極限化……!! やっぱりか……!!」

 

 身体から漏れ出す異様な靄、攻撃した箇所に残留し渦巻く黒き粒子。

 狂竜ウイルスを我が物にした、極限個体のブラキディオス。信じたくないが、確かに目の前にいた。

 

 

「抗竜石――あ、あれ……?」

 

 

 ポーチを弄る彼女は、ある異変に気が付く。

 狂竜ウイルスに蝕まれるモンスターに特攻効果のある作用を付与する抗竜石と呼ばれるアイテム――そのうち、弾かれを無効化する【心撃】が見当たらない。

 

 

「嘘でしょ……!!」

 

 

 絶望する彼女に構わず、ブラキディオスは粘菌を前脚に纏い、再び突進と共に拳を振り下ろす。

 もう置き斬撃なんて無謀な一手は打てない。何をしてくるか見極めなければ。

 

 そう思い回避した彼女は、先程との差異に違和感を覚えた。

 

(粘菌が爆発しない……)

 

 紫色に変色したその粘菌は、即起爆した先刻と違いその場に留まっていた。しかも、時間経過で色が変わることもない。

 

 考察する間もなく、ブラキディオスは連撃を叩き込んでくる。

 即起爆する粘菌もあれば、爆発せず残留する粘菌もあった。

 

 身体を蝕む狂竜ウイルスを克服するべく、彼女も攻撃の手を止めない。

 

 

「ふふ……♪ 勇敢な人は、私だぁい好き」

 

 

 長い舌をちらつかせる少女を横目に、アルメリアは考えていた。

 

 

(紫の粘菌は何だ……? 一体、どういう目的で)

 

 

 紫の粘菌は、いつの間にか彼女を取り囲むようにばら撒かれていた。

 

 極限個体のモンスターの特徴として、通常ではあり得ない行動を取ることが挙げられる。

 例えば雷狼竜であれば、赤く発光する追尾式の雷光虫を飛ばす……など不意を突くような行動が多々見られるようになる。

 

 それに値するのがこの粘菌というわけなのだが、未だに害が無いのがどうも気がかりだった。

 

「このぉぉぉっ!!」

 

 怒りに身を任せ、溜め斬りを叩き込んだ。

 腕に命中すると、禍々しい色をした血液が飛散する。

 

 ブラキディオスが一度後退したかと思えば、天に向かって吠える。

 

 しかしその轟はあまりに高く、口から大量の靄をばら撒く異様なもの。

 

 急速に広がる靄が、辺り一帯を覆い尽くした時――アルメリアは頭に電流が走る感覚を覚えた。

 

 即座に剣を構え防御の姿勢に。

 

 次の瞬間、ばら撒かれていた粘菌が次々に爆発し、爆炎で一帯が覆い尽くされるほどの大爆発を巻き起こす。

 

 剣で防いだにも関わらず、アルメリアは吹き飛ばされ、受け身も取れないうちに地面に叩きつけられる。

 

「ごっ……は」

 

 激しく吐血した彼女。純白の凍土が、赤々とした汚れによって彩られた。

 

 ポーチからすぐさま秘薬を取り出し、ゆっくりと手早く齧る。

 怪我が完治するわけではないが、痛みはあっという間に引いた。

 

 

 まだ、闘える。

 

 

 そう思ってしまう自分が、怖くなった。

 

 まるで戦闘狂ではないか。

 

 

 大剣を構え駆け出し、走力までも刃に乗せて振り下ろす。

 斬撃は首筋へと命中。大量の血が溢れるも、その傷口はすぐに塞がる。

 

 負けじと薙ぎ払い、脚へと攻撃を命中。

 

 強烈な一撃を貰ったブラキディオスは、転倒し大きな隙を晒した。

 

 

「喰ら……えっ!!」

 

 

 ガラ空きとなった頭部に溜め斬りを叩き込めば、突きつけられる真実に絶望することになる。

 

 

 ガンッ!!

 

 

 酷く鈍い音と共に、渾身の一撃はいとも容易く弾かれる。

 先ほどまで斬れていた箇所が、容易く。

 

 

「くそっ……!! ”ここ”なの……!?」

 

 

 極限化したモンスターには異様な硬化部位が見られる。原因は不明だが、どれだけ切れ味が良い剣でも、性能の良い弾であろうとそこは一切の攻撃を受けない。

 

 それが、よりによって頭部とは。

 

 正面から斬るのは論外だが、側面から前脚を狙った際に刃先が巻き込まれるかもしれない。

 

 ――【心撃】さえあれば、こんな心配なんてしなくていいのに。

 

 

「さぁて……どう狩る? 道具があればその子の硬化部位は無効化できるけど、そんな経験すると()()()()()()()()()()()……♪」

 

 

 少女の意味深な言葉に聞く耳も持たず、アルメリアは体勢を立て直すべく退いた。

 

 

(頭が硬化部位……だとしたら狙うのは)

 

 

 薙ぎ払いだけでチマチマと削るのは話にならない。

 ブラキディオスの比較的肉質が軟らかい部位は頭部と前脚。

 頭部が狙えない今、前脚だけを狙うには――。

 

 アルメリアは攻撃回避後、奴の攻撃網を掻い潜って奴の死角――前脚を直線上に捉えた、奴の側面に回り込んだ。

 そこで大剣を構え、あまり溜めないままに振り下ろす。

 

 だがその攻撃は、頭部に弾かれることなく前脚に命中。

 砕け散る黒曜の鱗と飛散する血液は、意識を保つには十分刺激的な煌めきだった。

 

 

(あの角度なら溜め斬りが入る……立つべきはあの位置)

 

 

 彼女は全神経を研ぎ澄ませる。

 奴が次に立つ場所、数刻先に行う行動までを予測した。

 

 立たなければならないのは、後ろ脚のすぐ真隣辺り。向かなければならないのは、前脚が直線上に来る位置。

 

 アルメリアは死闘の最中、何度もその位置に立って斬撃を繰り出した。

 手応えのある時もあるが、過半数は大して切れた気がしない。

 

 何より、緊迫感が半端ではない。心臓の脈動が煩いくらいに早まっていた。

 一歩間違えれば死。だけど、いまさら引くこともできない。

 

 

 そうして、幾ばくの時が経った。

 

 

 抗竜石無しでは、極限状態の解除は難しく彼女を睨むブラキディオスからは、なおも禍々しいオーラが放たれていた。

 

 大地で煮え滾る粘菌と、奴の腕部でチリチリと火花を散らす粘菌。

 

 輝剣リオレウスの刃は、手入れが行き渡っていたにも関わらずもはや諸刃のように成り代わっていた。

 

 喘ぐように息をするアルメリアは、消えかかろうとする意識を必死に保つ。

 

 

(畳み掛ける……!! いくら極限化と言えど、モンスターはモンスター……!!)

 

 

 何度も何度も、奴の前脚を叩き斬った。

 その証拠に粘菌の輝きに満ちていた黒曜の拳は、玉砕したように砕けている。

 

 

 彼女はポーチから、赤々とした石を取り出し、ボロボロになった刃をそれで研いだ。

 刃毀れが解消されることはないが、剣がほんの一瞬、赤く発光した。

 

 抗竜石・剛撃。

 極限化モンスターへの特効性能を武器に付与する特殊な石。

 

 これだけ闘えば奴は虫の息の筈。

 そこに剛撃による斬撃を叩き入れさえすれば……!

 

 

 最後の攻撃に入ろうとした彼女を、ブラキディオスの咆哮が制した。

 

 その咆哮により、辺り一帯が薄闇のような漆黒によって覆い尽くされた。

 

 

「しまっ――」 

 

 

 慌てて刃を前に構えた彼女が爆破の寸前に見た景色は、アルメリアの理性を壊すには十分なものだった。

 

 ブラキディオスが方向を変え、あの少女の方に向かっていたのだ。

 

 爆ぜる黒煙と火炎に視界が埋め尽くされ、その行く末を見据えることを阻害された。

 

 

 

 狂った砕竜が今にも拳を振り下ろす様を、白いドレスの少女は表情筋一つ動かさずに眺めていた。

 

 

「身の程知らずさんね」

 

 

 吐き捨てるようにそう言った少女。

 

 紅の眼が映す禍々しい砕竜は、どこからとも無く降り注いだ()()()()()()()によって、纏っていた禍々しき力をいとも容易く打ち消された。

 

 硬化も解除され、がら空きになった頭部を転倒してしまったことにより晒す。

 

 立ち込める黒煙から、狩人が現れた。

 

 赤々と輝く大剣を振りかざし、その華奢な体に見合わぬ凄まじい力を、刃へ全集中させる。

 

 

「鎮めぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 勇ましい怒号と共に振り下ろされた、落雷かのような斬撃は、ブラキディオスの頭部を穿ち、おびただしい量の血液を四散させる。

 

 白銀の地を汚すのは、どす黒い血液と異様に発達した脳みその欠片。

 剣を引き抜く瞬間まで、ブラキディオスは藻掻き続けていたが、彼女がぐぐっと押し込んだことで神経を断ち切られて絶命。

 

 目から生気を失くしたブラキディオスを見下ろして、彼女は思わず息を止めた。

 

 

 剣から手を離し、力の抜ける身体を凍てつく大地に預ける。

 膝のひんやりとした感触が、火照った身体を刺激してくる。

 

 

「はぁい、お疲れさま。かっこ良かったわ、おねーさん」

 

 

 白いドレスの少女が顔を覗き込んできて、その小さなお顔を笑顔に変えた。地獄のような光景を前にしたのに、やけに高揚した様子だ。

 

 

「惚れ惚れする戦い方……素敵♡ 私の目に狂いはなかったわ。お姉さん、相当凄いハンターなのね」

 

 

 ちょこん、としゃがみ込んだ後頭部へ腕を回し、少女は耳元まで口を近づけてくる。

 

 

「じゃ、ごほうびあげないとね」

 

 

 

 

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