ギルドの迎えが来るまで、ベースキャンプで待機することにしたアルメリア。
ぐったり疲れる彼女に、白いドレスの少女は詰め寄った。
焚き火の温かさにも勝る、少女特有の体温が防具から露呈したインナー越しに伝わってくる。
少女――といっても、人間でいえば十五や十六そこらの容姿だ。もう大人の女性に近づいてきている。
「お姉さん、どんなご褒美がいい?」
「ご褒美……って」
アルメリアは分かっていながら聞いた。
「うーん……人間の好みは、よくわからないわね」
少女は不思議な事を呟く。
アルメリアらの存在を人間、と疎外感溢れる呼び名で呼ぶ竜人族も珍しい。竜人といえど、根本的には彼女らとて人間なのに。
「――頭を「なでなで〜」ってするとか」
「えぇ……」
「なぁに? その反応。お姉さん私にぎゅうってされただけでドキドキしてたくせに。お母さんとかにやってもらったことないんでしょ」
からかうように聞いてくる彼女に、アルメリアは少し食い気味に反論した。
「母親は……小さい頃から、弟たちの相手で忙しかったから。私になんて構ってくれなかった」
「……」
少女は反省したのか、それとも何か別の意図があるのか、少し黙り込む。
そしてまたにこりと微笑み、ベッドに座るアルメリアの背後にちょこんと座る。
むに、と押し当てられる柔らかい感触を背中に感じた後、少しひんやりした華奢な手が頬に触れる。
竜人族特有の四本指の手が、どうにもむず痒い思いだ。
「なら尚更。できなかった事ができる、って素敵なことだと思わない?」
爪の長い、細くて白い指がアルメリアの髪を撫でた。
髪だけでなく、次第に頭そのものを撫でてくるようになり、アルメリアの体が強張った。
「どぉして目を逸らすの? 私のお顔、近くで見れるのなんて今くらいなのよ」
なでなで、と心地の良い囁きを吐露しながら少女は頭を撫でてくる。
何だか、大罪でも犯しているようだ。
それくらい、信じられない気持ちよさだった。
おかしくなりそうな甘露な香りが、彼女の嘘のように綺麗な髪束から漂ってくる。
少しサイズの合ってないドレスは、少女の胸元を伺うには申し分なかった。
「私のお胸、膨らんできたのよ? というか、お姉さん見るところやらしいわね」
ぷく、と頬を膨らませる少女に身を委ねる他なくなり、いつの間にか彼女の膝を枕に仰向けになっていた。
頭が――というよりは、脳が痺れるような感覚に陥っていたが、その原因が何なのか彼女は考える気も起きなかった。
「……ずっとなでなで言われるのもつまらないだろうし、面白いお話してあげる」
くすくす笑った後に、少女は長話と思わしき話を始める。
「お姉さん、シュレイドって国知ってる? 大昔栄えたとっても大きな国――あ、気持ちよくってお返事できない? ごめんごめん」
明確に言えば違う。舌が痺れて、思うように声が出せない。それを気持ちいいというのなら、あながち間違いではないが。
からかうように笑う少女に、憤りすらも覚えなくなったのは、いよいよ異常である。
「シュレイド王国はある日、一夜にして滅んだの。その理由は伝承の一部分にしか残されていないんだけど、聞かせてあげるね」
少女はこちらの是非も問わず、訳の分からぬ話を投げかけてきた。
数多の飛竜を駆逐せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き
骨を砕き
血を啜った時
彼の者はあらわれん
土を焼く者
水を煮立たす者
風を起こす者
木を薙ぐ者
炎を生み出す者
その者の名は
―――――――――
その者の名は
宿命の戦い
その者の名は
避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば祈れ
―――――――――
時折耳鳴りがして、聞き取れない部分があった。
それを除いても初めて聞く詩だ。
創作物には疎いからか、一つもピンと来ない。だが少なくともハッピーな詩でないことは彼女にでも理解することはできた。
「私、このお詩好きなの。まぁ、お友達から教えてもらったんだけどね」
朦朧とする意識の中で、少女の妖美な笑みだけが目に入る。
「おねーさーん、聞いてますかー? うふふふふ……そんなにきもちいーの?」
少女はこれまでにない笑顔を見せた。きっといま、自分はひどい顔をしているのだろうと察せることができる嘲笑っぷりだ。
「人間で遊ぶのおもしろーい! お姉さんホント可愛い……持って帰りたい……」
瞬きすると、少女の吐息が耳元で感じられた。
「ね、またこうやって私と遊ばない? お姉さんがこの間みたいに、困ってる時でいいから……♡」
麻痺したような意識の中で、アルメリアは思わず頷いてしまった。そういう意志があったとも断言できないが、無かったとも言えない。
まだ名前だって教え合っていないし、何より年が離れ過ぎている。
友人関係はともかく、濃密な関係になることは決して許されない間柄の筈。
なのに、アルメリアはそれを素直に受け止めようとしていた。他のハンターを顧みるくらいのバカ真面目だった彼女が、である。
「お姉さん、だーいすき♡」
そうして、四本指に髪を掻き分けられた額に少女の唇が触れた。
ちゅ、と微かにその形を感じられるやわらかくて、温かい、可愛らしい唇。
その瞬間、刹那の痺れるような感覚の後に、完全に視界が黒くなった。
それからの事は、あまり覚えていない。