本棚が大量にあり、その中にぎっしりと書物が詰め込まれている。
アルメリアはハンターズギルドの研究所に立ち寄っていた。
個人的に調べてみたいことがあるから、というのも理由の一つでもあるが、古い友人に会うためという方が大きい。
というか、その友人の斡旋が無ければたかがハンターがこんな研究所に立ち入れるはずがない。
研究所内にいる人々は、愛想が良い人は極僅かで皆、自分の研究以外には興味がないといった感じの人ばかり。
中にはハンターを小馬鹿にするような人だっていた。
友人を待つ間、ようやく漕ぎ着けた愛想の良い研究員に、施設内を案内してもらうことにした。
並んで歩きながら、本棚に囲まれた通路を狭苦しく進んでいく。
「お調べになりたいのは、どういった分野で?」
「えぇと……伝記とか伝承とか、そういう位置付けになるんでしょうか。シュレイド王国の伝承って言えば分かりますか?」
「シュレイドの伝承ですか……」
そう聞くと、研究員はやや気難しそうな顔をした。
「あれはおとぎ話のような物でして、もし貴女が”黒龍”が実在すると信じておられるようなら、先に真実性は薄いと伝えておきます」
「”黒龍”……?」
アルメリアは思わず聞き返す。
モンスターの名前か何かか、と職業柄察することはできたが、そんな単調な異名に聞き覚えはなかった。
研究員は驚いたような表情で尋ねてくる。
「ご両親に読み聞かせされたこと、ありませんか?」
「…………すいません、小さい頃から母は私の相手なんてしてくれなかったもので」
トーンを落として言うアルメリアを見据え、研究員は大慌ててフォローする。
「こ、これは失礼――えぇと、黒龍というのはシュレイド王国を焼き滅ぼしたとされている正体不明のモンスター……とされる存在のことです」
「焼き滅ぼした……」
朧気な記憶が、アルメリアの脳裏に蘇ってくる。
同時に、あの時に味わった忘れ難い体験も。
嘘みたいに綺麗な顔、こちらを小馬鹿にするような無邪気な態度。まるで中毒性の高い毒性を含む華かのような甘露な匂いと、触れられた時の痺れるような感覚。
その全てが脳裏に深く刻まれている。
また、会いたい。
「……アルメリアさん?」
「――あ、ご、ごめんなさい。ほんの暇つぶしですから。知り合いから聞いて、少し読んでみたいと思って」
「そういう事なら止めませんが……”黒龍”の伝説を信じ、発見のために時間を浪費するハンターが多いですので、一応。あの突き当たりを曲がった所に関連書物があるかと」
研究員に礼を言い、アルメリアは指定された場所を訪れた。
誰も触れていないのか、キレイに整理整頓されているのに少し埃被っているという、矛盾を孕んだ状態になっていた。
シュレイド王国の伝説。
アルメリアもあの話は初めて聞いた。
研究員の口ぶり的に、誰もが知っている話のようだが――あの少女は何の意図があって、あそこでその話をしたのだろう?
竜人族の考えることは分からない。
書物漁りに夢中になっていると、あの、早くも愛しささえ覚えていた声が耳に入ってきた。
「お姉さん、探し物?」
背筋がぞく、とする感覚の後に視線を寄せれば、そこには案の定白いドレスの少女がいた。
書物漁りのために中腰になった彼女に合わせているのか、スカートも気にせずしゃがみ込んだ姿勢のまま、彼女の紅玉と目が合う。
「……あ」
「ふふふ……また会えて嬉しい?」
アルメリアは紅潮し、思わず顔を逸らしてしまう。
その感じの悪い反応に、少女はぷくりとザボアザギルのように頬を膨らませた。
「なに? その反応」
「いや、す、スカート……はしたない……」
彼女に指摘された箇所を見て、少女はにや、と笑う
純白の布の端で、覗いた太腿を隠しながら少女は嘲笑じみた言葉を吐く。
「もー……お姉さんったら。スケベが過ぎちゃってるよ」
我慢ならず立ち上がった彼女に追随して少女も腰を上げた。
裾についた埃を払うと、この場所が嫌だと言わんばかりに咳払いをする。
「……許可が無いと、ここには入れないのよ」
「あら、お姉さんくらいの狩人なら、もう私の正体なんて分かってるんじゃないの?」
「……? どういう意味?」
にぃ、と笑った少女を節目に彼女は首を傾げた。
分かるはずもない。彼女はまだ、少女の名前すら知らないのだから。
「ねぇ君、名前は? 教えてもらってない――」
親しんだ関係のように、微笑みかけながら少女の頬に触れようとすると、少女はその手を突っぱねてきた。
「あ、お触り厳禁でーす」
アルメリアはその言葉に、ぽかんと口を開けた。
――あの体験は夢?
そう錯覚してしまうほどに、少女の反応はこの間とは真逆であった。
「ふふ……まだ好き放題触らせてあげれる関係じゃないのよ? 勘違いさん」
「ぇ……」
情けない声を漏らすアルメリアを、少女は腹がはち切れそうになるほど笑う。
「あはははは! お預け貰っちゃって悔しい? お姉さんホント面白い」
「別に……」
アルメリアは目を思い切り逸らす。
彼女自身、もうあんな事は一度きりだと思い込んでいたものの、無意識のうちに少女のことを意識するようになっていた。
「でもぉ、私に認められるような力を示してくれるなら――私、お姉さんに何されても怒らないかもよ♡」
背伸びして、耳元で囁いてくる。
身体を強張らせ、全身に走る甘い痺れに悶えた。甘露な香りがより一層強く感じられ、正気を保てそうになくなる。
「アルメリア? いるのか」
理性と本能の間で拮抗していた意識は、聞き馴染みのある声に理性のほうに引っ張られた。
「……いるなら呼んでくれ」
本棚から顔を覗かせ、呆れたように言う男。高い背と丸メガネ、白髪が特徴な若い青年こそアルメリアの友人であるサンだ。
ハンターズギルドの研究員である彼と彼女の関係は、腐れ縁というか何と言うか。彼女のモンスターに対する知識は、彼から影響を受けている部分がいくつもある。彼も、モンスターについて知るには彼女に着いていくのが最適解。お互いメリットがある関係だ。
「……また貴女か」
アルメリアの隣にいる少女を見て、またも呆れたように言う。
「あら、お邪魔しないでくださる?」
少女は声色を変えながら、食い気味に彼へと突っかかる。彼は彼女と面識があるようだが、反応からして良い関係には見えない。
「こ、この人私の友達! 私この人に会いに来たから」
「友達〜? 男の子と?」
何故か弁明をするが、少女は疑っているようだった。大方、恋人関係にあると誤解しているのだろう。
「あの依頼を達成したと聞いた時から察していたが……ここは関係者以外立ち入り禁止です、早急に出ていってください」
「あーあ。まじめな男ってきらーい――お姉さん、お外で待ってるわね」
つまらなそうに吐き捨ててから、彼女のほうを向き直って妖美な微笑みを置き土産とし、彼女は施設から姿を消す。
「……アルメリア。ここでいいから、極限状態の砕竜について教えてくれ」
「え……あ、うん。その約束だからね」
◇
結局落ち着ける場へ移動した。
熱心な質問攻めをされて疲弊したアルメリアの隣に、サンは凄まじい量のレポートを未だなお書き続けていた。
「砕竜にまで極限化個体……近々、また黒蝕竜が発見された影響からか。それにしても一部の攻撃方法が、新大陸の方で確認された特殊個体の行動パターンと類似する。となると、狂竜ウイルスと粘菌の化学反応についても調べてみたい。それに硬化部位が頭となると、前例を見ない箇所になる。極限化個体の硬化部位に何の共通性も見られないのは気がかりだし、あのように特殊な行動を取る所以もはっきりしていない――」
アルメリアなんていないもののように、ひたすら独り言を呟き続ける。
モンスターのことについてだと、彼は人が変わるのだ。小さい頃からモンスター学に没頭し、十二歳にして何冊もの学書を読破するほどなのだとか。
「――助かった、アルメリア。お前と一緒だと退屈しない」
「そう……それは良かった」
魂が抜けたように返事するアルメリア。もうしばらくこんな経験は御免だった。
彼のように、ここまで狩りに熱中したことなんてない。それどころか、何か一つのことに情熱を持ったことすらも。
だから、彼は親しい仲ではあるが、少し遠いところにいる存在なのだ。
「……ところで、なぜあんな所にいた? あそこは伝承や御伽噺の類の書類がある場所だぞ」
「あぁ……ちょっと気になる事があってさ――」
尋ねられたアルメリアは、先ほどの仕返しと言わんばかりに、今度は彼に質問することにした。
シュレイドの伝承のこと、”黒龍”のことを色々と聞いてみたが――。
「――サンはどう思う?」
「……一学者としては、”黒龍”の存在を認めることは断じてできないとしか言えないな」
「やっぱり……」
あの研究員と言うことは同じだ。
「第一、シュレイド王国が滅びた原因は間際に起こった国内での反乱だ。モンスターによった滅ぼされたという物的証拠はどこにも無い」
「そう……なんだ」
「お前には御伽噺じゃなく、まだ見ぬ真実を追って欲しいものだ……あんまり、俺を退屈させないでくれ」
サンは静かに言う。
事実を突きつけられたアルメリアは、妙な脱力感に襲われた。
――所詮はおとぎ話か。
そう、思うことにした。
大体”黒龍”なんて物が実在したとして、自分はどうしたいのだ?
余計なことを考えるのをやめたアルメリアは、少し肩の力が抜けて、清々しい気分で研究施設を出た。
街へ差し掛かる道の最中、白いドレスの裾が見えて、彼女は思わず足を止めた。
「やっと来た。あの人とやらしーことしてたんでしょ」
少女はぷくぅ、と頬を膨らませ赤い眼光を鋭く尖らせてくる。
「そんなんじゃないってば」
「ふぅぅん……」
近くを流れる川のせせらぎが、暫く二人の間に鳴り響いていく。
少女はすぐ、いつものような雰囲気に戻って語りかけてきた。
「ま……私のモノにすればいいだけか――お姉さん、最近またヒマでしょ」
「ぎく」
図星だ。
こんな所にのうのうと来られるのも、また依頼を手に入れられず、先日のクエストの報酬金が潤沢だったからか、どうにも浮かれている面があるからである。
「お姉さんがその気なら、また良い依頼持ってきたんだけど、どぉ?」
「……」
アルメリアは唇を噛んだ。
報酬は魅力的だが――彼女の出す依頼は危険だ。極限化ブラキディオスだって、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。ハンターはリスクのある職業だとは言え、あれはあまりにリスクが高過ぎた。
「こーんな感じ。この前のよりは簡単かと思う気がするけど……」
――
【特殊許可】紫電王狩猟依頼G1
メインターゲット
紫電王ラギアクルスの狩猟
サブターゲット
ナルガクルガ亜種の頭部破壊
フィールド
孤島
――
「特殊許可……」
それは名の通り、特殊な許可が必要なモンスター――”二つ名”を冠する個体を狩猟するクエストの名称だ。
ラギアクルス自体、アルメリアは特段危険視するモンスターだと思ったことはないが、二つ名個体となると話は別だ。
初心者ハンターの登竜門である青熊獣アオアシラの二つ名個体に挑んだことがあるが、もはや通常種とは別物である。
このラギアクルスも――おそろく例外ではないだろう。
「……次は……どんなこと、させてくれるの?」
「あっはははは!! 自分から聞いてくるようになっちゃった!! かぁわいい〜!!」
恥を承知でそう聞いた。正直、それなしではやってられない依頼だ。
「そうだなぁ……まぁ、この子を倒せるなら
その言葉を聞いて、心臓がドキリと跳ねる。
少女が詰め寄ってきて、少し背伸びしにこりと微笑みかけた。
「さっきしたかったこと、してもいいよ?」
ぽそり、と囁きかける少女。
手先が痺れ、制御が効かなくなって、おもむろに彼女の頬へ触れた。
ふにふに、と柔らかい感触。雪に勝るほどの艷やかさ。軽く引っ張ってみると、面白いくらいに伸びた。
「あら、触るだけ? もっと大胆なことするかと思ってた」
少女にからかわれたが、アルメリアは本能と抗っていてそれどころではない。
この子に、もっと近づきたい。
口下手な自分が、力を示すだけで近づけるというのなら、彼女にとってはこれ以上好都合なことはなかった。
「受けるよ、その依頼」
「……ふふ。そうでなくっちゃ」