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【特殊許可】紫電王狩猟依頼G1
メインターゲット
紫電王ラギアクルス一頭の狩猟
サブターゲット
ナルガクルガ亜種の頭部破壊
依頼主:白いドレスの少女
ふふふ……特別な許可を得たハンターにしか与えられないクエストだけど、これを見てるってことはあなたはそうって事でしょ?
私に相応の力、見せてくれないかしら。
きらびやかな光が、流星のように舞い散る……きっと、退屈なんてしないわよ。
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川のせせらぎと、海の荒れ狂う唸りが混じって聞こえてくる。
耳を傾ければ、風に揺れる植物の声、鳥の囀りや小型モンスターの足音まで、その地の豊かさを音のみで感じ取ることができた。
孤島はそういう場所だ。
まれに危険なモンスターが目撃されるのも、そうした豊かさ故であろう。
「……また来たの」
「ごふまーん?」
少女はさも当然のように同行していた。
彼女、先日のクエストの際もそうだったが飛行船の操舵手にバレないよう、上手いこと息を潜めて搭乗しているからか、ギルドに黙認して同行していることになる。
――まぁ、どうだっていいか。
アルメリアは今回、やけにやる気であった。
もっとこの子と近づけるチャンスなのだ。友達の作り方として、本当に正しいことなのかどうかはさておき、アルメリアは気合を入れていた。
彼女のためとは言え、狩りとは命の駆け引き。遊び半分でやっては決していけない。
◇
やや薄暗い、巨大な空洞の中に芽生える緑の空間――エリア7。豊かな海と直接繋がる場所でもあり、多くのモンスターが縄張りとする地だが此度は静かであった。
普段ならばケルビやジャギィ達が集まって屯している場所の一つであるのだが、小型モンスターの気配は全くしない。
ただ一つ、あまりに強大な気配を除いては。
「……居る」
アルメリアは職業柄、思わずそう呟いた。
姿は見えない。だが確かにいる。
つま先から脳天まで、ビリビリと気迫が伝わってくる。
今回の彼女が携える武器は、前回とは素材も種類も違う。
太刀――真飛竜刀【純銀】。身に纏う銀火竜の防具と同じ輝きを放つ細々とした剣であれど、彼女にとっては大剣と同類だ。
「いろんな武器を使えるのね。お姉さん、戦いも見てて飽きないなんて……ふふ。最高」
少女は前回の反省を活かし、離れたところで観察するようだ。
――あの軽装備で、絶壁とも言える高所に登り、どうして涼しげな顔で座れているのかは理解できないが。
刹那、頬に当たる水飛沫。
彼女を覆い尽くす巨大な影。
アルメリアはすかさず後退し、海面から地上へ飛び上がってきた巨体の正体を目に焼き付けた。
「来たか」
白海竜――ラギアクルスにはそう呼ばれる個体がいるそうだ。
奴はその姿に酷似していた。しかし、甲殻は棘々とした物へと変容しており、その様は宝飾品を身に着けた王を彷彿とさせる。
そして、奴が自ら生み出した電気を蓄えておく特殊器官――”背電殻”。通常種とはあまりに異なり、
バサルモスのように地へ潜れば、巨大な鉱脈かと見間違えるほどにだ。
その背電殻からは
飛竜刀を引き抜き、冷ややかな色をした刀身を構えたアルメリア。
紫電王は荒々しく咆哮した後、前脚を振りかざして彼女に叩きつけてくる。
その攻撃を見切り、前脚に斬撃を入れる。
しかし、奴は怯むこと無く二撃目を叩き込んできて、今度はギリギリの回避を迫られた。
「行動が違う……!」
ラギアクルスは本来、電気を操ったトリッキーな攻撃を主流に動くはず。
肉弾戦に特化したのは亜種の方――となると、隙を晒すことがないよう太刀を……という選択をとったのは、やや誤りだったかもしれない。
紫電王は咆哮する。
すると、奴の背電殻から凄まじい量の電撃が放たれた。
対峙した時からの違和感の正体が、ようやく分かった。
ラギアクルスは常に電気を蓄えているわけではない。しかし紫電王は、対峙する前から背電殻に蓄電をしていた。
先刻まで戦闘をしていた――という線も考えられる。が、未だ違和感は拭えない。
奴の頭部へ太刀を振るい、鮮血を全身に浴びた。
脳天を裂かれた奴はようやく怯む様子を見せる。
紫電王が咆哮すれば、ノータイムで電撃が迸った。電撃後、その靭やかな肢体を活用した回転攻撃で宙を凪いできた。
鼻先に攻撃を掠り、広がる血の香りに集中力を削がれた。
されど、彼女は意識を集中させる。
華麗な太刀捌き――もはや、かまいたちか何かかと思うような斬撃の軌跡が消失するころ、奴の甲殻は砕け、鮮血が豪雨のように降り注ぐ。
紫電王は度重なる連撃に怒り狂った。
咆哮の後、姿が変わる。
背電殻に迸っていた電撃、それは制御が利かなくなったかのように全身に迸るようになり、指を触れただけで感電死する勢いで、空中に亀裂を生み出してゆく。
白き甲殻に、血管かのような紋様が浮かび上がる。
昔、雷を操るモンスターにやられ再起不能になったハンターを見たことがある。
その紋様は、その時の彼の肌に残った痛々しい感電の跡に似ている。
「何……この量」
海竜ラギアクルスの電気の源は、筋肉の高速収縮による細胞発電――とサンが語っていたことがある。
が、これほどまで電気を放って幾らラギアクルスといえど身体が保つはずがない。
「くそっ……!!」
――変な同情をしてしまった。自分の悪い癖だ。いらぬところで情が入る。
飛竜刀を固く握りしめ、彼女は改めて覚悟を固めた。
「うふふ……どぉ、お姉さん。電気って、とってもキレイでしょ」
椅子のようになった岩壁で、少女は遠くに見える彼女へ語りかけるように呟いた。
太刀で斬って、裂いて、降りかかる攻撃を刃先で見切って、また斬り裂く。
紫電王の攻撃は、苛烈を極める一方だった。
放電を伴う回転攻撃、放電と同時に叩き込まれるボディプレス、二連前脚叩きつけからの凄まじい放電。
とにかく放電を多用するが、奴から溢れる電気エネルギーは留まることを知らない。
放電を行う度に、白き甲殻が砕けて、大きな欠片が地面に突き刺さる。
攻撃を防ぐのに使えそうだが、正直構っている暇はない。
意識がぼやけてくる。
ここまでの電気を直撃でないとはいえ間近で浴びたら身体に支障が出てきた。
念の為忍ばせておいたウチケシの実をかじりながら、彼女はなんとか意識を保っていた。
息を吐き、刃を冷静に構える。
短い怒号と共に、彼女は力強く太刀を振るった。まさにその太刀捌きは鬼神の如く。
血で染められた赤き軌道を描いているかのような、その斬撃は数度に渡って奴の甲殻を切り裂く。
そして、満月を描くような大回転斬りに派生した。
その斬撃は腹へ命中し、分厚い皮が弾け飛んで、どくんどくんと脈打つ筋肉が露呈。
全身の筋肉が痙攣する感覚に悶えながら、それすら原動力にして彼女は攻撃を叩き込む。
振り向きざま、奴の頭部に強烈な斬撃を喰らわせる。
怯んだ紫電王にさらなる攻撃を叩き込もうとした、次の瞬間だった。
背筋が凍る。
もう一体。何かの気配を確かに感じ取った。
その気迫に対応しようとした時にはもう、遅かった。
駆け抜けてゆく巨影。
それを横目に入れた瞬間、脇腹辺りに酷い鈍痛が走った。
稲妻のように脳天まで伝わってくる痛みは、耐え難いほどの苦痛。
「あ”ぁッ……!!」
大量の血を脇腹から垂らしながら、アルメリアはその場に倒れ込んだ。
辛うじて内臓に達してはいないが、それでもかなり深い傷。出血が止まらない。
「ぁッ……あぁっ……ぐ……あ……っ」
震える手で秘薬を取り出す彼女。舌に乗せ、咀嚼し、嚥下するまでかなりの時間を要した。
彼女を横切った巨影。その正体は豊かな緑に同化し、自らの縄張りを侵す者の排除を目論んでいたモンスター――緑迅竜 ナルガクルガ亜種。
(油断……した……!!)
初めに感じた気配。それは、海から飛び出てこようとした紫電王ではなく、彼女と奴を虎視眈々と狙っていたナルガクルガ亜種の気配であったのだ。
失態だった。
「あの子に気づかないのかぁ……ちょっと幻滅〜」
少女はつまらなさそうに頬杖をつき、そう吐き捨てる。
闇夜に潜む通常種と異なり、光に潜む緑迅竜といえど、手練ならば気配で分かって当然ではないだろうか。
「ご褒美どうしよっかなぁ」
傷口が塞がってきて間もない頃、頭がずきずきと痛むアルメリアはやっとの思いで立つ。
紫電王とナルガクルガ亜種は、到底、人智の及ぶ範疇ではない争いを繰り広げていた。
緑迅竜の素早い連撃を力技で押し込み、紫電王は奴の首根っこを噛み砕く勢いで口に挟んだ。
そうして拘束した緑迅竜を一回、二回、三回と地面に叩きつけてから、おもちゃのように放り投げた。
脳震盪を引き起こしたのか、ナルガクルガ亜種が起き上がることは暫く無かった。
ターゲットは即座にアルメリアへと戻る。
太刀を固く握りしめることで身体に残る苦痛を押し殺した。
「私は、お前を狩る……!!」
紫電王は咆哮した。
すると、身体を丸め、大放電の構えを取る。
またか、と彼女は歯噛みするもその違和感に足を止めた。
数刻経っても、電気が放出されない。それどころか、奴の背電殻には今もなお電気が蓄電されていき、絶え間なく空気に漏れ出していた。
嫌な予感がした。
もし、もし仮にあれが全部放たれることがあればタダでは済まないはずだ。
何か手はないか、と模索していた彼女の目に入ったのは地面に突き刺さった奴の甲殻。
それは丁度、身体を隠すにはぴったりなサイズ。奇跡的に残っていたのだ。
「一か八か……!!」
あれだけの電気を持つ主人を覆う甲殻だ。その絶縁性に期待するしかない。
最大限に身体を縮こませ、甲殻の破片に身を隠した。
脳震盪を起こしていたナルガクルガ亜種が復帰し、憎き相手を排除しようと勇猛果敢に飛びかかる。
その瞬間――音が消え去った。
代わりに空間を支配したのは、光。
巨大鉱脈かのような背電殻から、あまりに膨大な電気エネルギーが放出され、奴の周囲のみならずマップの全てを覆い尽くすほどの放電現象が巻き起こった。
迸る稲妻は、煌めく流星群にも似ていた。
不覚にも彼女はそれを綺麗だと思ってしまう。
「っ……!!」
ふと、頭に過るのは少女の顔。
これだけの放電現象――彼女にも当然被害が及ぶ。
凄まじい衝撃波によって甲殻が吹き飛ばされ、叫ぼうとしたアルメリアも同様に投げ出された。
上手いこと着地に成功した彼女は、荒れ果てた地を目に入れて、絶句する。
黒焦げた大地がぷすぷすと黒煙を上げる様は、先刻の攻撃の凄惨さを物語っていた。
紫電王の眼前に転がる黒い塊――緑迅竜だった物を見れば、一目瞭然であった。
「凄いわぁ、さすがの観察眼。やっぱご褒美弾んじゃお♡」
少女はと言えば、変わりのない純白のドレスの裾をひらひらさせながら、彼女の戦いっぷりに見とれていた。
その身体からは
熾烈を極める狩りは、いまもなお続いている。
あの大放電を行ってから、紫電王の状態は対峙直後に戻ったように見えた。しかし、戻るのは時間の問題だろう。
単なる予測に過ぎないが――。
アルメリアは太刀を振るい、奴の甲殻を裂きながら考えを巡らせた。
この個体は
電力供給の歯止めが効かない。だとすると放電を繰り返すあの行為にも合点が行くが、正直あまり詳しく考える暇はない。
奴の攻撃を回避し、スライディングしながら顎を裂く。
そうして背後に回った彼女は、気刃斬りで尻尾から胴体にかけて切り刻んでいき、円月の如くの斬撃を胸部に叩き込む。
軽やかな斬撃に、紫電王は翻弄されているように見えた。
「いい加減っ……!! 倒れろっ!!」
脳天を切り裂くと、二本に伸びる奴の角が砕け散る。
怯んで、僅かに首を下げた奴の頭部に再び気刃斬り。
全身に紋様を浮かばせ絶叫する奴に構うこと無く、大回転斬りで胸部を裂いた。
血なまぐさい臭いと草木の焦げた臭いは、鼻腔の感覚を鈍くするには十分で、もはや浴びる鮮血の生温さしか分からなくなっていた。
もう一度あの攻撃をされて、逃れられる保証はどこにもない。
アルメリアは腹を括った。
ボディプレスと放電を行う紫電王。その首筋を裂きつつ、奴の前脚をよじ登って宙高く舞い上がった。
鉱脈のような、異常発達した背電殻。
間近で見てみると、その異常性が手に取るように分かった。
「楽にしてやる……!!」
着地と同時に剣を力強く振るい、背電殻を砕く。
紫電王は悲鳴を上げながら、彼女を振り落とさんと荒れ狂うが、アルメリアは落ちない。
さながら大剣を構える如く、怒号と共に太刀を振りかざしたアルメリア。
背電殻から放出された電気を直に受けるも、渾身の一撃を放った。
落雷を思わせる斬撃。
鮮やかな背電殻が大きく砕かれ宙を舞う。
堪らず紫電王は悲鳴を上げた。
アルメリアは奴の背から華麗に撤退し、痛みに悶える奴の眼前に降り立った。
そして、間髪入れず攻撃を行う。
狙うは奴の胸部。
また、落雷が迸る。
思いのほか呆気なく決まった斬撃は、荒々しく奴の胸部を貫いた。
多量の出血と共に、紫電王を纏っていた雷がその勢いを失っていく。
力無く伏せる紫電王。
砕けた背電殻の灯火は失われ、電気の粒子が空気中に散布され、綺羅星のようになり、やがては微睡みの中へと消えていった。
「勝った……」
安堵を覚えた途端、視界が黒くなる。
間近で受けた電撃のダメージが、今頃になって刃を向けてきた。
失神した彼女と、動かない紫電王。
黒焦げの大地に降り立った白いドレスの少女は、大きく背伸びをした。
「ふふ……やっぱり退屈しないわぁ、お姉さんといると」