白いドレスの少女に好かれました   作:聖成 家康

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ご褒美②

 

 

 失神から回復した彼女が見たのは、可愛らしい顔だった。

 人形のように精巧なのに、熟練の女性を思わせる妖美な笑顔。

 

 白いドレスの少女の膝の上で、アルメリアは眠っていた。

 彼女がキャンプに運び、目が覚めるまでこうしてくれていたとでも言うのだろうか。

 防具は脱がされ、黒いインナー姿という少し際どい格好であった。

 

 

「あ……えっと」

「おはよう。大丈夫よ。お姉さん、あの子はちゃんと倒せてたわよ」

 

 

 彼女の言葉に、アルメリアは安堵した。クエストで力尽きたら、野生のアイルー達に運んでもらえるが、報酬金の一部を手渡さなければならない。だが依頼は達成しているのだから減ることはないし、何より彼女に運んでもらったらその必要もない。

 正直言って、報酬金は二の次だったが。

 

 

「モジモジしてる。まだ痺れが取れない? それとも……欲しいの?」

 

 

 吐息が感じられる距離で、少女は囁いてくる。

 思わず顔を赤くするアルメリアを見て、少女はくすくす笑った。

 

 

「素直〜。大人はもうちょっと恥ずかしがるんじゃないの?」

 

 

 頬をさすさすとされながら、アルメリアは羞恥に悶えた。

 少なくとも、今の状況はサンには知られたくない。

 

 起き上がって、アルメリアは少女と見つめ合った。

 柔和に湾曲する赤い瞳。三日月のように口を緩めた彼女は、瞳を閉じながら囁く。

 

 

「そうでした。()()()()()()()()

「えっ……」

 

 

 素っ頓狂な声を上げる彼女に、少女は続けた。

 

 

「お触り解禁。私はお姉さんのおもちゃになるわ。――あ、でもやらしいのはダメね。まだそこまで認めてないから」

 

 

 何もかも受け入れる、と言うように腕を広げた少女。

 アルメリアは恐る恐る彼女に近づいて、その小さな身体を抱きしめる。

 細々した肉体に腕を絡めて、後頭部を優しく掴んで自らのほうに寄せた。

 

 きめ細やかな髪の束が皮膚をくすぐってくる。鼻いっぱいに入り込んでくる甘露な香りで気が狂いそうだった。

 

(いい匂い……やわらかい)

 

 少女特有の体温は、疲れた肉体に良く効いた。涙が出そうになる。

 

「お姉さん、息荒い。っ……ふふふふ、くすぐったいわ」

 

 少女は笑っているが、アルメリアは一心不乱に彼女を抱きしめていた。

 母親にハグしてもらう、抱擁してもらう――そういった誰しもするような経験を、彼女はしてこなかった。

 だからアルメリアにとって、こういう体験は金よりも貴重なものだ。少女が自分のことをどう思っていようが関係ない。

 

 愛しい人を抱きしめられる、これほどまでに幸せなことがあるだろうか。

 

「……私……お母さんに相手にされなかった。きょうだいがたくさんいるから仕方のないことだけど……ずっと、寂しかった」

 

 少女の胸の中で、アルメリアはぽつりと呟く。顔はよく見えないが、笑っていた少女は静かに聞いてくれていた。

 

「あなたに撫でてもらったり、抱きしめてもらったり……恥ずかしいことかもしれないけど、とっても幸せなの」

 

 言い切っておいて、とたんに羞恥が勝るようになって柔らかい胸元へアルメリアは顔を埋める。

 

「それは良かった。私も、お姉さんのカッコいい闘いを見れて幸せ。お互いメリットがあるわね。これ『ウィンウィン』って言うのよ」

 

 少女も自らの想いを吐露するが、アルメリアの耳には届いていなかった。

 

 勢いで埋めたが、今、自分はとんでもないことをしているのだという自覚を覚えたら、胸の鼓動を抑えられなくなった。

 発達途中の程よく膨らんだ胸――いや、大きさも形も、もう大人の女性と遜色ない。何を食べれば、この歳でこんなに大きくなるのか。

 

 忘れていたが、彼女は竜人族なのだ。

 人間の当たり前を押し付けてはいけない。

 

「どぉ? 私の抱き心地」

「……気持ちいい」

「ふふ、なんか感想になってないような」

 

 少女に笑われる。温もりを感じながら、他愛もない話をする。

 アルメリアは泣きそうになった。今まで欲しくても手の届かなかったことを体験できているのだから。

 

「甘い匂いがする」

「気づいてくれた? これでも毎日意識してるのよ」

「大人だね」

「あら、お姉さんより何倍も年上なんだけどなぁ」

 

 一心不乱に抱きついていたアルメリアは、軽くあしらわれて逆に抱きしめられる。されるがままにするというのは、嘘だったらしい。

 

 

「お姉さんさ、あの本がたくさんある所で何調べてたの」

 

 背中をぽん、ぽんと優しく叩きながら少女は問いかけてくる。

 

「……あなたが話してくれた御伽噺……”黒龍”の伝説について、調べようと」

 

 焚き火の音に混ざり、息を呑む音が聞こえた。自分のか彼女のか、アルメリアには分からなかった。

 

「……お姉さんは信じる? ”黒龍”のこと」

 

 囁くように尋ねる彼女。

 その意図は理解しかねるが、正直な意見を述べる。

 

「学者に聞いても、みんな口を揃えていないって言うから……私もいないと思う」

「……そう」

 

 少女はそうして笑う。

 いつものように無邪気なものではなく、微かな不気味ささえ覚える、貴婦人のような大人びた笑い方で。

 

 

 

「ミラボレアス」

 

 

 

 呟かれた文言に、アルメリアは寒気を覚えた。

 その名が、決して口にしてはいけない事のように思えてきた。

 

 

 

「そうね……学者さんたちの言う通り。あの子は()()いないわ」

 

 

 

 赤ん坊を宥めるよう、アルメリアの背中を擦りながら少女は続ける。

 

 

 

「あの子は生きる伝説。それ故に、終わりを誰よりも求めていた。伝説は終わって初めて完成する。でも伝説は一つじゃないのよ、お姉さん――ううん。アルメリア」

 

 

 

 名前を呼んでくれた少女。

 また、頭が痺れてくる。まだ完全に癒えたわけではなかったらしい。

 

 

「伝説の中の伝説――”祖なるもの”。数多の竜の祖先。白い鱗、大きな翼。下される神の鉄槌は赤き落雷」

 

 

 祖なるもの。

 

 数多の竜の祖先。

 

 やや薄れゆく意識の中、彼女はそれを自分なりに噛み砕いていたが、思い当たる節はない。甘露な香りと、少女の指先から伝わる痺れにも似た感覚に頭をやられ、何も考えられなくなっていく。

 

 

「ね……貴女の、名前は?」

「ん? わたし?」

 

 

 少女はにっこり笑う。

 ぷるぷるで可愛らしい唇を震わせながら、自らの名前を吐露した。

 

 

 ――いい名前だった。

 

 

 そう思った頃にはもう、意識は闇の中に消えてしまっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 次に目が覚めた時には、自身のマイハウスのベッドの上であった。

 

 あれからの記憶がない。以前もそうだった。あの子にご褒美を貰うと、必然的に意識が飛ぶ。

 

「……?」

 

 どうやって帰ったのか、あの子はどこに行ったのか、全く心当たりがない。

 

 

「……なんで……最後までいっしょに居てくれないんだろう」

 

 

 謎に疑問がある――というより、アルメリアは少女の冷たい行動に異を唱えたいらしいが。

 

 

 彼女のマイハウスはユクモ村にある。

 

 温泉で名を挙げた歴史ある村だ。

 とはいえ、彼女はそこから遠く離れた集落出身なのだが。

 

 

「あ、お姉さん起きた〜?」

 

 

 まるでこちらの脳を掌握しているかのような声が、耳に入ってきた。

 裸も同然の彼女は、扉の方に目を向ける。

 

 

 扉をくぐってやってきたのは、あの白いドレスの少女だった。

 

 

 ――いや、もう名前で呼んでいいんだ。

 

 

「アーキ……」

 

 

 彼女の名前を呼ぶと、白い髪の束さらさらと垂らしながら、にこやかに笑ってくれた。

 手には沢山の食材が抱えられている。

 

 

「ふふ……なぁに、アルメリア」

 

 

 

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