白いドレスの少女に好かれました   作:聖成 家康

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こんなに近くに、白いドレスの少女

 

「なんで……」

「ん? なんでって、丸一日眠ってたのよ? ずっとお家空けとくわけにもいかないでしょ」

 

 少女――いや、アーキはそう言う。

 小さな身体で一生懸命、買い込んでくれた食料を抱えていた。

 

 丸一日眠っていた、という事実を聞くと、彼女に対してどうしようもない罪悪感がぶくぶく湧き上がってきた。

 

 食材をキッチンに置き、妖美な笑みと共に彼女のほうへと向き直る。

 

 

「ね、お姉さん。この集落は良いところね」

「集落……? 村だよ、ここは」

「んもう、そういうとこはいちいち気にしないの」

 

 

 ぷく、と頬を膨らませたアーキに詰め寄られてアルメリアは体を強張らせた。

 どうして怒っているのか、彼女には理解不能であったが、これ以上余計なことは言わないようにしようと心に誓う。

 

 

「お姉さんさ、お風呂、入ろうよ」

「え……私と?」

「ふふ……私の裸、見られる権利があるのはあなただけなのよ? アルメリア」

 

 

 いじわるな笑みで囁かれ、顔を赤くせざるを得ないアルメリアを、アーキはさらにいじめたくなった。

 ユクモ村は温泉の名地。村を渡り歩くだけで、温泉のいい香りが漂ってくる。

 

 

 少女はユクモ村の新参。村の者に尋ねられれば、それはすぐにバレる。

 そうなると、村の人達は大歓迎して、真っ先に温泉を勧めるに違いない。

 

 一人ではなんだから、一緒に入ってやるといい――余計なお世話をしてくる村人たちの様が、容易に目に浮かぶ。

 

 遅かれ、早かれ……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ん〜っ!! あったか〜い!!」

 

 

 初めての温泉。素人の肉体は、そのあまりの熱さに痺れるような感覚を覚えて拒絶反応を引き起こすことも多いが、華奢で小柄なアーキの肉体はどうやら例外のようだった。

 

 アーキはぐぐっ、と背伸びをして初の温泉に酔いしれていた。

 

 アルメリアはと言うと、案の定、温泉の管理人に「小さい子一人じゃ危ないから見ていてやれ」と言われ、混浴を命じられた。

 彼女の年齢は自分よりはるかに上だが、こういう時だけ子供ぶって無理やり連れ込んできた。

 

 アーキを直視できず、口を半分沈めたままちらちら見ることしかできなかった。

 

 

「どぉ、お姉さんがずぅっと見たかった私の裸」

「み、見たいなんて!!」

「ふふ、焦ってる焦ってる」

 

 

 彼女はそんなアルメリアを見て、近くに寄り添って、身体をくっつけてきた。

 ドレス越しに感じるよりも柔らかく、艷やかで、それこそ良質な布かと勘違いさせるような肌――早くものぼせそうになる。

 

 

「アルメリア……すっごく素敵な身体。強い人らしい、引き締まった腰とか、特にステキ」

「あ、ありが……とう」

「んー? そのお目々はどこを見てるのかしら?」

 

 

 言い淀んだ彼女の一瞬の隙を突いて、アーキはさらに畳み掛けてくる。

 仄かに膨らんだ、少女らしからぬ乳房を凝視していたのがバレたようだ。

 

 ふにふに押し当てられるそれの感触に、彼女はいよいよ耐えきれなくなる。

 

 

「アルメリアは、欲張りね。私のここも含め、私のぜーんぶ、独り占めしたいんだ」

「そ……そんなの」

 

 

 少女の物言いに、アルメリアは異議を唱えたくなる。

 それではまるで、自分が何かの極悪人のようではないか。

 

 

「分かるよぉ。手放したくないんだよね。お母さんから得られなかった愛を、今度は自分から手に入れることができた。だからもっと感じたい、誰かに渡ってほしくない……」

 

 

 気づかぬうちに耳元まで口を近づけていた彼女の声が、アルメリアの鼓膜を震え上がらせる。

 

 

「いいんじゃない? それがあなたの、アルメリアという人間の中核。悪いことだなんて、私は思わないわ」

 

 

 顔を逸らしていたアルメリアの頬を掴んで、優しく向き直させた。

 可愛く微笑む少女をまじまじ見ると、こみ上げてくる物があった。

 

 大昔、物欲しそうに眺める自分をちらりと見やるしかしなかった母親の姿が、霞のように消えていく。仕方のないこと。そう割り切っていたが、どうにも、胸にしこりがあるかのようにそのことを引きずっていたらしい。

 

 こうして、愛を振りまいてくれる少女に依存も同然な状態になっているのがその証だ。

 

 

「ね、アルメリア。私と()()しない?」

 

 

 ちゃぷ、と水音を鳴らした彼女は上目遣いになりながらそう問いかけてきた。

 

 

「とりひき……?」

「そ。取引」

 

 

 にっ、と笑った少女は完全に自分と密着した。アルメリアの腹へ仰向けになるように近寄ってきて、こちらを誘惑するような仕草を取りながら語る。

 

 

「私と一緒に暮らさない? それを呑んでくれるなら、こうやって……無償で愛をあなたにあげるわ」

 

 

 その問いかけに、アルメリアは違和感を覚えた。

 

 取引――というには、条件が軽いように思える。もちろん、一人暮らしだった人間がもう一人を迎え入れて生活するというのは、いくら彼女がベテランのハンターと言えど容易ではないことだ。

 だがそれを加味しても、取引と言うには少し重みがないように思えてならない。

 

 

「……すぐに決められないなら、もう少し時間をあげる。私は……別に、アルメリアみたいな強い人とならいいわ」

 

 

 アーキはそう言って温泉から出た。

 湯冷めしてしまうよ、と一声かけてやりたかったが、その必要は無いように思った。どうしてという明確な理由なんてない、勘だ。

 

 

 

 ――ミラボレアス。

 

 

 

 ふと、その言葉が頭をよぎる。

 一端の研究員でさえ”黒龍”と呼んでいたかのモンスターの名を、彼女は軽々と口にした。

 御伽噺の中でも、そのような名前は出てくることはなかった。

 

 

 彼女はどこで、どのようにしてその名を知ったのだろうか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「最近、新種が多すぎる」

 

 

 サンは自身が書いたレポートを眺めながら、ポツリとそうつぶやく。

 

 アルメリアはまたギルドの研究室に訪れていた。もちろん、サンからの招待を受けたためである。

 

 紫電王について、で猛質問責めを喰らった直後のアルメリアでさえ、それには激しく共感できた。

 

 極限化砕竜、二つ名海竜――これまで類を見ないかつ強力なモンスターが、立て続けに発見されすぎだ。

 

 

「アルメリア。お前もそうは思わないか」

「まぁ……そうね。多すぎ、って決めつけるにはまだ早いような気がするけど」

「――お前は知らないのか。ギルドが今どうなっているのか」

 

 

 サンが深刻な顔つきで言ったのを見て、アルメリアは態度を変えた。

 研究員がこういう顔になるときは、大抵――いや必ず状況が極めて悪い時だ。

 

 

「新種もそうだが、確認済みの希少なモンスターまでもが活動を活発化させ、人里に危害を加えては依頼が殺到している――過去に何度もあったケース。もはや自然の摂理ともいえる。だが、今回のはスケールが違いすぎる」

 

 

 自らを追い込むように言うサンを見て、事の重大さを把握する。

 直近で言えば、冥淵龍ガイアデルムの出現に伴う周辺モンスターの活性化。宿敵ともいえる相手の気配を察知した爵銀龍メル・ゼナを筆頭に、温厚なモンスターまでもが凶暴化する事態に発展した。

 

 このようなケースは、過去何度もあった。腕利きのハンターが何度も立ち向かった。

 

 だがスケールが違うとは、一体?

 

 

「俺は怖い」

 

 

 俯き、そう呟くサン。

 普段と違う雰囲気を出す彼から、アルメリアは目を離すことができなかった。

 

 

「……私は死なないよ」

「そうじゃあない。お前が手練れのハンターなのは、何年も付き合っているから分かっている――俺が恐れているのは違う」

 

 

 鋭く、綺麗な瞳を突きつけてくる。

 視線だけで、彼が訴えかけたいことは何かは分かった。

 

 

「”新大陸”……その調査録を見ると……数年ほど前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこの前後の記録を見てみると……状況が今と僅かだが類似している。”新大陸”のみならず、こちらの大陸でもだ。モンスターの活性化をはじめとした生態系の急変……」

 

 

 好奇心が強いのが仇となったようだ。余計な心配をしてしまうのが、彼の悪いところでもあり、いいところでもある。

 よくある事だが――今日は少し様子が違う。

 

 ()()()()()()()

 彼の心配が杞憂であることを願ったのは、これが初めてであった。

 

 

「アルメリア。俺から頼みがある」

 

 

 いつもと違う、何かに怯えたような表情を見せてくるサンは、改まってそんな事を言い始めた。

 

 

「もしも……あまりに強大な力を持つモンスターが現れて、お前が立ち向かわなければならなき事になっても――生きて帰ってきてくれ」

 

 

 アルメリアはそんな彼を見て、つい吹き出してしまった。

 

 

「なぜ笑う! 俺は真面目に――」

 

 

 一度吹き出てからは、もう我慢しきれなくなり彼に構わず大爆笑してしまった。

 本当に、真面目なのか冗談で言っているのか時折分からなくなるときがあるくらい、彼は深く考えすぎる。

 

 ”黒龍”なんていない、と言っていた人間だとは思えないくらいにだ。

 

 

「杞憂だよ、杞憂」

「だったらお前も記録を見てみろ」

 

 

 彼の言葉に被せるように、アルメリアは言う。

 

 

「生きて帰るから、私は」

 

 

 冗談に乗ってやるような、子供を宥めるような気分で、彼女はそう吐露した。

 彼にとっては、それが落ち着くための決定打になったらしく、取り乱した自分を必死に取り繕いながら冷静になる。

 

 

「……なら、いい」

 

 

 顔を逸らす最中、一瞬だけ彼が笑ったように見えた。

 

 少女との関係のように、愛を目一杯降り注がせてもらえるような関係もいい。

 でもこんなふうに、多少不器用な人間と接するのも、彼女にとっては良い時間であった。

 

 

 どっちも、このままでいたい。

 この現状が幸せだ。

 

 

 そう言うのは欲張りだろうかと、アルメリアは誰かに向けて問いかけるのだった。

 

 

 

 二人がいる研究室の扉。固く閉ざされたそこへ背を預ける、一人の竜人族がいる。

 

 

 

「いけない子」

 

 

 

 ぼんやりとした赤い光が、薄暗闇を照らす。

 

 誰もが逃げ出すような恐ろしい影が、刹那の間のみ、石垣の壁に顕現していた。

 

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