それから数日後。
あれ以来、白いドレスの少女には会っていない。
ユクモ村のどこかにいるのか、それとも村からは去ってしまったのか。その行方はアルメリアですらも分からなかった。
結局、あの取引に応じるかどうかの答えは言えずじまいだ。
どうにかしてまた会いたいが、どこにいるかも分からない者を探すのは、きっと何億年かかっても無理だろう。
――それも気になるが、アルメリアにはもう一つ気がかりなことがあった。
村が何やら騒々しいのだ。
いつも賑やかな人が多いユクモ村ではあるが……賑やか、なんてポジティブな表現が似合わない騒々しさで、アルメリアには嫌な胸騒ぎが絶えない。
「何かありました?」
恐る恐る村人の一人に尋ねてみる。
えっさほいさと物資を運搬していた男性は、厄介払いをするように言う。
「ギルドからハンターが派遣されるんだとさ! なんでも、ここの近所でとてつもなく凶暴なモンスターが現れたんだとよ!」
そう言い放って去っていく男性を横目に、アルメリアは村の入り口を見つめていた。
入り口のほうに妙な人だかりが出来上がっている。
そんな人だかりに囲まれていても、彼女から全貌が伺えるような長身の男が、そこには立っていた。
全身に身に纏っているのは金火竜を狩った者の証である防具。携えるのは
あんなハンター、村にはいない。
おそらくはあれがギルドから派遣されたハンターであろう、とアルメリアは察しながら歩み寄った。
彼女に気づくと、その男は人だかりを掻き分けてアルメリアに近づいてくる。
鮮やかな緑の髪と黒い瞳。顔立ちが良いためか、つい身構えてしまう。
「貴女がユクモ村にいるという腕利きのハンターか?」
「村の人から聞いたのでしたら、そのとおりです」
男は胸に手を当て、清廉なる声音で名を名乗った。
「私はスノウ。ハンターズギルドの命を受け、ここに参った。もう三人、私と同じようなハンターが到着予定だ」
「……よろしく。アルメリアです」
二人は互いに握手をした。
――あの子以外の人に触れるのなんて、いつぶりだろうか。
男の人の手は、ゴツゴツしていて少し異物感がある。サンのとは大違いだ。
「……何があったんですか」
アルメリアがやや震えた声音で尋ねると、スノウは察した顔つきで状況を説明する。
「渓流の奥地――霊峰にて異常なモンスター達の活動活発化が確認された」
「……霊峰に生息するモンスターが、ですか?」
「あぁ。だが、放置すればその限りでは無くなるかもしれない」
漆色の瞳が堅苦しく歪む。
一端のハンターである彼は、この状況にどういった想いを抱いているのだろうか。
――生きて帰ってきてくれ。
研究者である彼は、今の状況を”強大な何かが動き始めている”と読んでいる。
だが、ハンターである彼女からしてもそれには賛成だった。そうでなければ、モンスターが生息地を離れる説明がつかない。
「……私は、人員が揃い次第調査に行く。貴女にもご同行を願いたい」
最早、断るわけにはいかないだろう。彼はそれを分かって聞いているのか。
村の危機が迫っているというのに、のうのうと生きていられるハンターがいるか。
「勿論」
「感謝する。アルメリア」
スノウは深々と礼をしてから、村人たちに案内されて宿泊施設のほうへ向かっていった。
――
準備をするべくマイハウスへと戻る彼女の足取りは、まるで背中に鉄塊でも背負っているかのように感じられた。
◇
到着した二人のハンターとスノウと共に、アルメリアは霊峰へと出発した。
霊峰。そこはかつて、嵐龍が根城にしていたとされているフィールド。
その周囲には多種多様なモンスターが生息していたが、嵐龍の出現に際し、近隣にあった渓流へと流れ出た。
嵐龍が去った今は、またその豊かな生態を取り戻していると聞いていたが。
アルメリアは飛行船の中で、一人孤立していた。
スノウも、他のハンターと面識があるようには見えなかったが、人間性が故か、難なくコミュニケーションを取れている様子だった。
武器の構成としてはアルメリアは双剣、スノウはガンランス、他二人はランスとヘヴィボウガンといった風になっている。
アルメリアは一人で天井を見あげていたが、スノウが歩み寄ってきて、彼女の隣に座り込んだ。
「怖いのか」
そう尋ねられて、アルメリアは拗ねたように顔を俯かせる。
「……うん、って言ったら慰めてくれるの?」
少し上目遣いになりながら、アルメリアはそんな風に尋ねてみる。
スノウは一見真面目そうだったが、もしかしたら――と思った。
「どうして欲しい」
「お好きに」
もどかしそうな表情を見せながら、スノウは逞しい手をアルメリアの後頭部に回してきた。
恋人同士がするよう、ぎこちなく抱き寄せてから肩に頭を預けさせた。
期待していた物とは違ったが、心が安らぐ。
でも固くて、大きくて、少し緊張してしまう。
またあの子にやってもらいたい。
そう思った途端の出来事だった。
「――っ!!??」
頭にとてつもない激痛が走り、思わず蹲ってしまった。
うめき声を上げながら、度々喘ぎ、呼吸を荒げる彼女を見て、スノウは異常事態と察知したのか冷静に対処をする。
痺れるように痛い。
その痛みは、やがて全身に、さながら電流が迸るかのように広がっていく。
指先が麻痺し、感覚がなくなる。
霞んでゆく視界までも体感すると、いよいよ死の恐怖というものが間近に迫ってきて、血の気が引いてくる。
「たすけて……助けて……アーキ……」
思わずあの子の名前を呼んだ。
暫くして痛みが引くと、先程までの現象が嘘であるかのように、アルメリアはむくっと起き上がった。
「大丈夫か」
「え、えぇ……何とか」
持病なんて持っていないし、病気になるような心当たりもない。
極度の緊張によるパニック発作的なもの……そう思うと、少し恥ずかしい気もしたが、それしかありえなかった。
「無理はするなよ」
「……うん」
連れてきておいてよく言う、と言ってやりたかったが、そんな気分じゃなくなってきた。
とにかく、あの子に会いたかった。
霊峰の調査。これは、あの子から依頼されたクエストでも何でもない。
ここでまた、強いモンスターを狩れば、自分のことを認めて、愛してくれるだろうか。
ハンター失格だ、と思いながらも、これまでのような状況になることを強く願っている自分が、心の底から醜く思えてくる。
◇
澄み渡る青空の元、絵の具をパレットに零してしまったかのような、色彩豊かな景色が広がる大地。
そこが、元来の霊峰というフィールド。
嵐龍 アマツマガツチの影響で、一時期は嵐が止まず、許可なしに人のみならずモンスターではさえも立ち入ってはならぬ状態であったらしいが。
嵐とは縁の遠い、ギラギラと輝くような銀陽が見える。
その陽射が、今のアルメリアにはあまりにうざったく感じられた。
「現在の霊峰は、アマツマガツチの影響で渓流に流れていたモンスターが再び生態系を形成している。何があるか分からないため、常に四人で行動する」
スノウの指示の下、アルメリア含めた三人のハンターは、彼の背に続いた。
ろくに話をしていないから、少し気まずかったが、ランスを担いだ女の子が話しかけてくれた。
「ね、あの人けっこー良くない?」
「え……」
同い年くらいの女の子で、選ばれた者だけが狩猟を許可される”鎧裂”の防具に身を包んでいて威圧感はあったが、中身はそれと正反対。
とはいえ、その問いは言い淀む要素満載であり、アルメリアは返答に困っていた。
「照れ顔かわいいー」
「え、いや……違くって……」
兜の隙間から覗く銀白の目が細まると同時に、アルメリアは顔を赤くした。
少し、躊躇いがあった。
だって、あの子の目の前で言ったことなんてないのだから。
「す、好きな人……いるから」
「わぉ」
小さく口笛を鳴らされると、アルメリアは思い切り顔を逸らす。
「……そのお顔、もう
「……うん」
「うん、って。自分で言っちゃうんだ」
からかうような笑いが響くと、先頭にいたスノウが睨みをきかせる。
その子は何ら構わず会話を続けた。
「いいなぁ……私もそんな人欲しい」
スノウの怒鳴り声が、いよいよ爆発しそうになった時だった。
先頭にいた怒り心頭の彼が立ち止まると、ランスの女の子とボウガンの男もそれに乗じ、各々の武器を構える。
霊峰がざわついている。
極彩色の景色が蠢き、まるで必死に何かを訴えかけてくるような――いや、そもそも、その景色が生きているかのように、人間を愚かな侵入者と捉えて追い出そうとするように。
ガンランスを構えたスノウを見て、アルメリアも慌てて自らの武器を構える。
白銀と黄金、荒ぶり猛る二頭の竜を模した双剣――コウリュウノツガイ。
双剣と相性のいいモンスターと巡り会えるか定かではないが、大剣や太刀を担ぐよりかは安全であろう。
次第にはっきり聞こえてくる、獣の歩く音。
それはやがて、駆ける音に変わっていき、近場の木々が逃げ出さんとばかりに轟いた。
身体を捩ったスノウ。その矛先に当たらぬよう、アルメリア達は大きく一歩退いた。
刹那――森林を突き破るかの如く現れる一頭のモンスター。
天に轟く咆哮と共に降り注ぐ雷鳴。
雷光虫を従えし、雷狼竜――ジンオウガ。
奴の出現と同時に、スノウのガンランスが火を吹く。
ジンオウガの頭部に、あらかじめ狙い置いていた砲撃が見事炸裂。弾け飛ぶ竜鱗と血飛沫を見据えたジンオウガは、彼を確実に殺すべき対象として見定めた。
怒りに吠えるジンオウガ。
このメンバーならば、ジンオウガなどどうってことはない。
雷狼竜の叩きつけを回避したスノウ。
その背後に構えていたランス使いが、矛先を奴の首筋に突き刺して薙ぎ払う。
激痛に怯んだところへ、ボウガンの弾丸が嵐のように奴を襲った。
アルメリアはコウリュウノツガイで脚を斬り刻み、舞い散る血飛沫と白毛を横目に、渾身の斬撃を腹部に叩き込んだ。
ジンオウガは帯電をしようと、一度後退して体勢を立て直そうとする。
しかし、そこで待ち構えていたスノウのクイーンバーストの砲口が火を吹く。
竜撃砲の直撃を喰らって、ただで済むモンスターは多くない。
角が折れ、弱々しく鳴くジンオウガを見て、ハンター達は勝利を確信していた。
そう思っていた矢先、奴の物ではない、背筋が凍るような気配を捉えた。
森を揺るがす、されどそれは比喩ではなく、はっきりと耳に入ってくる咆哮。
その声の主は、彼彼女らほどの熟練したハンターならば
「あの声、マジかよ……」
ボウガンの青年が、スコープを覗き込んだ先に見たものは、その反応を見れば、もはや眼中に入れなくとも分かるものだった。
目前の大木がなぎ倒され、四人は散り散りに分断された。
砂埃が晴れる、否、砂埃が吹き飛ばされて現れる存在。
猛る稲妻の体言のようなモンスター――金獅子 ラージャン。
「尻尾がない……」
アルメリアは苦渋の声を漏らす。
金獅子の重要器官は尻尾だ。体に秘める膨大なエネルギーを制御するために必要なのだが、それが無い――破損しているということは、奴は今エネルギーを制御する術を失っている。
唯一あるとすれば、
雷狼竜だけならまだしも、激昂した金獅子まで相手にするとなると、格段に難易度は上がる。
ランスのあの子が果敢に立ち向かっているが、盾に数発拳をもらったところで激しく吹き飛ばされ、身軽な二人を護るものはいなくなってしまった。
かなりの実力者と見て取れるスノウも、ジンオウガの相手をしながら金獅子とやりあえ無い。
アルメリアは腹を括り、声を張り上げながら突撃する。
「来い……!!」
金獅子が彼女のほうを向いた。
凄まじい威圧感だ――だが、これまで相手取ってきた奴に比べれば、可愛いものだ。
コウリュウノツガイから振るわれる、火焔を纏いし連撃と、黒々とした腕部が繰り出すかすりでもすれば身体が粉砕するであろう一撃。
アルメリアの方が優勢のように見えるが、痛みすら感じなくなっている金獅子は、彼女を粉々にすることしか眼中にない。
振り下ろされた拳。
それが空振ったのを境に、金獅子は怒りの頂点に到達する。
筋肉が張り詰める、痛々しい音が響いて腕部の硬化を告げる。
闘気硬化を行ったラージャンは、怒り狂いながら、先ほどの何倍にもパワーの増したパンチを炸裂。
立っていられなくなるほどの震動が起き、アルメリアはつい、足を取られてしまった。
「しまっ――」
あれだけのパワーを秘めた攻撃ながら、ラージャンは次なる一手を打ってくる。
身体を捩って回避しようとはしたが、足先にまで迫る、悍ましい拳が地面を粉砕する勢いで突きつけられ、アルメリアの軽い身体はいとも容易く吹き飛ばされた。
空を舞い、地面に激突した瞬間、意識は途切れた。
辛うじて、彼女が最後に見ることができた景色は、激昂した金獅子と雷狼竜に迫られ、こちらの事を気に掛ける様子などない仲間たちの姿であった。
◇
目が覚めると、金獅子も雷狼竜も、あろうことか仲間たちもいなかった。
その場の凄惨さは、吐き気がこみ上げるほどだ。あちこちに飛散した血液は、人間かモンスターのものか判別がつかず、木々はなぎ倒され、地面は至る所が抉れていた。
まだ身体が重く、歩くことがやっとなアルメリアは、回復のためにどこか身を隠せそうな場所を探すことにした。
手負いの今では小型モンスターすら危うい。
何にも遭遇しないことを願って、草むらの中を歩き回っていた彼女。
その瞳がとらえたのは、アルメリアが心の底から、喉から手が出るくらいに欲していた存在。
視界に捉えた瞬間、弱まっていた脈拍が一気に、どくん、と跳ねる感覚を覚えた。
「久しぶりね、アルメリア」
白いドレスの少女は、いたずらに笑った。