「アーキ……」
一度は高揚していたアルメリアだったが、状況も状況だったために、途端に冷静になる。
「ここは危ないから……早く、どこか」
「ねぇ、アルメリア」
彼女の名を呼び、少女は生い茂る草々の先端を撫でる。
白いドレスは前に会った時どころか、初めて会った時と何ら変わらぬ純白さで、触ったらきっと、艷やかな感触に包まれるのだろうとアルメリアは思う。
アーキはにぃ、と笑って彼女に背を向ける。
「来て」
彼女が手招きした為に、アルメリアは懸命に少女の後を追った。
手負いで、もはや走ることすらままならない彼女だったが、小走りな少女を追いかけたのはアルメリアなりの
少女に連れられやってきたのは、森を抜けたところにある小さな洞窟だった。
もう、仲間と合流することは絶望的だが、ここならばとりあえず、回復を待つことくらいはできそうだった。
アーキと共に薄闇に包まれる。
洞窟に入るや否や、彼女は不意に振り向いて、赤い瞳をアルメリアの方へ向けた。
アルメリアは、動けなくなる。
絞蛇竜に睨みつけられた時かのように、身体がピクリとも動かなくなった。
――絞蛇竜などとチンケなモンスターで揶揄するのは、どこか申し訳なさのようなものを覚えるほどだ。
「アーキ……今までどうしてたの」
「んー? 別に、遊んでただけ」
彼女はアルメリアの質問を冷たく受け流してから、一歩、二歩と歩み寄ってきた。
久々に嗅ぐ甘露な香り、あまりの刺激にむせ返りそうになるのを堪え、上目遣いな少女を見据えた。
薄闇でよく分からないが、彼女は確かに微笑んでいる。
何を考えているのかは、人付き合いが苦手なアルメリアにとって、表情だけでそれを読み取るのは至難の業だった。
「ね、少し屈んでもらえる?」
その言葉にどき、としたが、動かなくなっていた身体が途端に軽くなり、即座に命令に従った。
彼女と目線が同じになって、胸の高ぶりが限界値に達する。頭が沸騰して爆発しそうだ。
「べ、って。舌だして」
期待するまでもなく、彼女は操り人形のように少女の言葉通りの行動をとる。
少し乾いた舌を出すと、アーキはアルメリアの両頬へ軽く手をあてがい、優しく抱き寄せるようにした。
唇と唇が重なる。
アルメリアは静かに目を閉じる。
少女の長い舌と、自分の舌が絡み合うのを感じた。
温かい。竜人族特有か、それとも彼女特有のかは知らないが、長い舌が自分の短いものを味わうように絡めていくのに、征服された感覚を覚えて、アルメリアはもう何もかもどうでもよくなった。
全身が稲妻を食らったように痺れてくる。
暫く、いや実際にはほんの一瞬だろう。
彼女に身を委ねていたアルメリアは、薄闇の洞窟の中、くぐもった短い、されど十二分に悲痛な叫びをあげた。
彼女の口から離れたアーキの舌からは、アルメリアの唾液と真紅の液体が滴っていた。
アルメリアは腰が抜けて尻もちをつき、鼻呼吸を忘れる。
彼女の舌は、千切れそうなくらい出血していた。だらだら垂れてゆく血液が、薄闇でも確実に分かるほど、地面に染みを作っていく。
「私怒ってるの。心当たりある?」
されるがままに、小さな体躯の彼女に押し倒され、馬乗りになるように拘束される。
華奢な指が首筋を撫でる。冷たい。まるで刃物になぞられているようだった。
喋れないアルメリアは必死に首を横に振る。
怒る? 心当たり?
一緒に暮らしてるとき、何かした?
いや――彼女がもし、姿を消したふりをして自分のことを見ていたとするなら。
無理矢理な仮定だが、心当たりを思い出したアルメリアは首を縦に振る。
「……アルメリアだって嫌でしょ、自分のもの取られたら。考えてみて、私が他のハンターに依頼しているところ」
――嫌だ。
だって彼女は自分を認めてくれた。自分だけを、強いと認めてくれた。誰も褒めてくれない自分の力を。誰も愛してくれない自分のことを。
そんなアーキが他のハンターに依頼しているのを見たら、気が動転するに違いない。
自分は強欲だ、愚かだ、と思った。いや、思わずにはいられなかった。
彼女からの愛のみならず、他の者からの愛も知ろうとしてしまった。
謝りたい、けど、噛み切られそうになった舌がそれをさせてくれない。
これが罰と言うなら、甘んじて受け入れることにし、アルメリアは抵抗をやめた。
「……ねぇ、約束して? いい?」
うんうん、と頷く。
彼女は身体を密着させ、耳元で囁いてくる。その声は、脳を通して直接語りかけてくるようであった。
「私だけのハンターで、私だけのアルメリアでいて? これまでみたいに、モンスターを討伐して、私にご褒美もらう。そんなステキな関係でいたいなら、守って? ね?」
アルメリアの目尻からは、涙が垂れていた。
舌の痛みもそうだが、今更になって彼女の気持ちが分かったのだ。
辛い。きっと彼女だって悲しかったに違いない。他の人間へ愛を求め、裏切るような行為をした自分を見て。
ごめんね、って声に出して言いたい。
でも今はそれができない。
「……うるうるしたお目々、可愛い。それは何? 私にごめんなさいをしてるの?」
頷いて必死に訴えた。
ごめんね、アーキ。本当にごめんなさい。
真意が伝わったのか、彼女は穏やかに笑ってくれた。
「ふふふ……いいよ、許してあげる」
頬を伝う華奢な指が、垂れる涙をすっと拭った。
アーキはアルメリアのポーチから回復薬を取り出す。
色味からして即効性の高いグレートではなく、普通の、アオキノコと薬草を混ぜただけの回復薬。
「でも……暫く
また、冷ややかな声でアーキは言った。
◇
永遠のように感じられた。
舌の傷は塞がってきたが、喋るのを阻害する痛みは依然として消えない。
彼女に跨るアーキが、白い首筋に人のものとは思えぬ八重歯を突き立てる。
アルメリアはびくん、と跳ねてかひゅかひゅ声を漏らした。
それを鎮めるよう、アーキは口内に含んだ僅かな回復薬を口移しで飲ませてやる。
移し終わると、舌先で彼女の傷口を器用に弄った。
そうすれば、また身体が痛みでびくんびくん悶える。
「へぇ……この緑のって、意外と万能なのね。ぜーんぜん美味しくないけど」
アーキは血に塗れた手でアルメリアの頬を撫でた。
死にはしないが、体力と精神が限界に近いアルメリアの目は、虚ろであらぬ方向をみているだけだった。
それを見たアーキは、アルメリアの腰辺りに手を探りこませる。
そうして、モンスターの素材を剥ぎ取るための鋭利なナイフを取り出し、それでアルメリアの脇腹へ浅く切り込みを入れる。
「っ〜〜〜〜!!!!??」
目に輝きを取り出した彼女は、襲い来る痛みに悶えて声にならない悲鳴をあげた。
「なさけなーい。ハンターがこんな痛みに耐えられないのー? これで鱗切り取られる子の感じる痛みなのよー」
そう言いながら、彼女はアルメリアのポーチから白い小包みを取り出す。
包みを開け、中から丸薬のような黒い薬品――秘薬をつまみ上げてから、アルメリアの口に落とした。
本能的に彼女は咀嚼し、それを嚥下した。
暫くして、出血は止まり、アルメリアの痛みに悶えるような素振りも収まった。
「ふぅん、あんな小さいのにこんなに効力があるんだ……」
アーキは明らかに、アイテムの効果をアルメリアの身体を使うことで確かめていた。
だが、アルメリアはそんな事を考える余裕はない。今はただ、呆然と、罰を受け入れることしか考えていない。
赤い瞳が目にしたのは、地面に転がる二対の剣だった。
「あらあら……金ちゃん、銀くん。そんな姿になっても仲が良いのね」
アルメリアの上から離れ、その剣を手にしたアーキ。
見た目以上の重さに、少し声を上げて取り乱した。
「これを振り回す……相当な筋力が必要ね。そんな細い腕のどこにそんな力があるのかしら」
それを置くと、彼女は一通り試したいことが終わって満足した様子だった。
「あの人知りたがるかなぁ……ま、気が向いたら教えてあげよ」
冷ややかな目つきが、地面で死んだように横たわるアルメリアを見た。
できれば、もう二度と余計な真似ができないようにここへ封じ込めてやりたい。
いや、ここじゃなくて、もう
この子がいれば、
「めん……」
ついさっきまで横たわっていたアルメリアは、口をはくはくさせながら、ゆっくり起きあがる。
秘薬の効力が効き始めたのだろう。
「ごめんなさい……アーキ」
座り込んだところで、深々と頭を下げる。
掠れた声を、アーキは確かに聞いた。
「私が悪かった……欲張りで……強情で……」
すすり泣く彼女に、アーキは寄り添ってやった。
「もういいよ。反省してるなら、許すから」
優しく抱いてくれるアーキに、アルメリアは更に申し訳なさが募る。
この子はこんなに優しい。こんなにも優しい子に、自分はなんてことをしたのだ、と。
「ね」
アーキはいたずらに笑う。
「また、頼みたいことがあるって言ったら、アルメリアは聞いてくれる?」
◇
「出来立てほやほやの依頼。私くらいしか知らないんじゃないかしら」
焚き火の光で満ちる洞窟の中。
火が目の前にあるにも関わらず、彼女は意気揚々と依頼書を見せてきた。
――
高難度:唸る焔は凪をも滅す
メインターゲット:
劫火に駆られるリオレウス希少種
一頭の討伐
サブターゲット:
なし
フィールド:集落跡地
――
「……なに……これ」
アルメリアは言葉を失っていた。
リオレウス希少種――の特殊個体だろうか。そんなものは聞いたこともないし、狩猟フィールドも前例がない場所だ。
「ここに来た理由、あなた覚えてる?」
「……霊峰での、モンスターの活発化原因の調査に」
言い切ってから、アルメリアははっとする。
「この集落。霊峰からそう遠くない場所にあるそれなりに大きな、もう村と呼んでいいところ、
跡地、とあるぐらいだから何があったかくらい分かる。
だが、アルメリアにはそこよりも
まさか、そんなはずはない。
アルメリアは自分で誤魔化そうとしていたが、つい、口から漏れてしまい、それができなくなってしまう。
「母さん……?」
――間違いない。
霊峰から遠くない、それなりに大きな集落。子供のころ