最強の妖魔がエルフなら、最悪の妖魔は吸血鬼。
人の中に潜み人を喰らう怪物。1匹につき1体、従順な奴隷を扱える。しかもこちらも人に紛れ、元々人故に気付かれ難い。
寿命も人より遥かに長く、幼い姿をしていても果たして何年生きているのか。少なくともフーケよりは年上なのだろう。
「何が目的だい?」
「? だから、提案をしに来たの」
今、言ったでしょ? と可愛らしく首を傾げる吸血鬼。
右手は使えない。左手に持ち替えて………無理だ。花の刃は未だフーケを囲んでいる。
体術にも多少自信はあるが、妙な動きを見せれば小さな刃の花吹雪に貫かれる事だろう。
「奴隷と人形、何が違うってんだい」
どっちも同じじゃないか、と吐き捨てるフーケ。と言うか捕まる道があると言っておきながら正体を明かすあたり、逃がす気はないのだろう。
「同じ?」
キョトンとする様は見た目相応。つい警戒心を解いてしまいそうになる。
いっそ不自然なまでに。彼女は人に己を弱く見せる方法を、危険に見せない方法を熟知している。
「ああ、ご主人様も吸血鬼だと思っているの? 違うわ。あの人は人間……きっと、多分、恐らく………万に一つの可能性で………ほ、ほら、太陽の下歩いてるし」
「あんたもだろう」
「私はご主人様の結界で守られてるから。まあ、吸血鬼でないのは確かだと思うよ? 血の味が違うもの」
ご主人様とは彼女と同郷というケントの事だろう。フーケもあの化け物が吸血鬼に遅れを取るとは思えない。だが、吸血鬼を逆に支配しているって………。
「化け物同士、お似合いだね」
「化け物だなんて、傷ついちゃう」
「人食いのくせに人並みの心があるのかい」
「あら、お姉ちゃん達も豚食いで牛喰いで鶏喰いで魚喰いの化け物じゃない。牧草と野草、食べるものが違っても猪と豚は仲間じゃないの?」
クスクス微笑みながら赤い舌が唇を舐める。湿り輝いた唇から覗く牙。捕食者の笑みで
「なんてね、冗談。私、もう解ってるんだから。貴方達が何を殺して食べようとそれは貴方達の正義で、貴方達を食べる私は化け物で悪。気にするだけ無駄だわ」
「…………………」
エルザはそう言いながら保健室に置かれている秘薬を投げ渡してくる。高級品ではないが、血を止める程度の効果はあるだろう。
「何時私がフーケだと………」
「最初からだって。ご主人様、魔力の色が見れるらしいから。人それぞれ違うんだけど、得意系統に沿った色だってさ」
「チッ。最初から逃げてりゃよかったってことかい」
「でもお姉ちゃんお馬鹿さんだから、何時か捕まってたと思うよ?」
馬鹿と言われ不快げに顔を歪めるフーケ。エルザは気にせずだって、と続ける。
「馬で四時間なら、往復で8時間なのに、早朝に向かったお姉ちゃんが昼前に帰ってくるんだよ?」
「………………あ」
実際は夜の内に森の奥の小屋に向かい、そこから急いで帰ってきたのだから昼前に戻れるが、それはつまり早朝から捜査を開始したと言う言葉に矛盾が生じる。
「それに、盗賊としか言われてないのに怪盗とかかっこいい呼び方してるし」
と、何処か呆れたように言う。
「お姉ちゃん、貴族を馬鹿にしてるみたいだけど、馬鹿にしているその貴族達の次ぐらいには、お馬鹿だよ」
あは、と目を細め笑う吸血鬼。悔しげに歯を鳴らそうと、彼我の立場は入れ替わらない。
「そんな、馬鹿に………何をさせたいんだ」
「えっとね。お姉ちゃんは気絶してたから知らないかもだけど、魔神の心臓を取り込んだお姉ちゃんのゴーレム、あの後形を変えて素材を変えてご主人様と戦ったんだけど、ご主人様が言うには素材を変える力は本来ないんだって」
「…………?」
「こっちの『錬金』の術式を取り込んで変化した。他にもこっちにきてるかもしれないご主人様の国のマジックアイテムを探してほしいの」
「断れば?」
「枯れない程度に血を吸って、水の力を流して
「やってくれるって」
ケントの元へ戻ってきたエルザはそう報告した。
エルザの
フーケが『スクウェア』に至る可能性があったとしても、その可能性が潰える。故にケントはなるべく
「でもいいの? 犯罪者なのに、わざわざお金をあげて」
「金の為に盗んでたんだ。金の為にちゃんと働くだろ。今回は馬鹿だったが、これまで貴族を翻弄し続けた腕は欲しい」
元よりこの学院には宝物庫に忍び込む為に潜入していたのだ。失敗した以上去るだろう。宝のためじゃなきゃセクハラに耐えられまい。
「お前も報酬やらねえとな」
ケントはそう言うとデルフを抜いて、刀身に掌を添え動かす。
ピッと赤い線が走りプクッと赤い玉が浮かび上がり、掌が赤く染まっていく。
「…………ん」
舌を突き出しペロペロ舐め取るエルザ。吸血鬼にとって血は確かに食事だ。飲まなければいずれ死ぬ。が、存外持つ。エルザは子供で小柄なのを加味しても、1年近く吸血行為を行わずに生きていた。
血そのものが栄養ではなく、もっと別の概念。命の流れとして取り込んでいるのだろう。
その点でいえば寿命を取り払い、莫大な魔力を持つケントの血は正しく極上。口の端を血で汚しながらうっとり目を細め舐め取る。
ペチャピチャと舌を伸ばし犬の様に舐める美しい幼女。倒錯的な光景は見るものが見れば理性を狂わせるだろう。
ケントが手を離すと赤い唾液の糸がプチンと千切れエルザの服の胸元にシミを作る。
「そろそろ行くぞ、舞踏会に遅刻したらご主人様に叱られる」
「はぁ、い………ご主人、様ぁ………」
酒に酔ったようにフラフラ歩くエルザ。まずは着替えさせるか。
「相棒は2人だし、片方は吸血鬼で片方はなんかもう色々すげえし…………長生きしてみるもんだなあ」
ケントの剣に新しくつけた金具をカチャカチャ鳴らし呟くデルフ。
「でもまあ相棒は彼奴と気が合いそうだな。朝から次の朝まで魔法談義。んで、彼奴がいい加減にしろって怒って……………」
懐かしむように呟くデルフ。その声は、鞘に収められ消えていった。
アルヴィーズの食堂の上の階がホールになっていた。エルザはキュルケが選んだドレスを着ながら壁の花になっていた。
幼い彼女をほっこり見つめる者も居れば、トマトジュースの入ったグラスを揺らしながら何かを思い出すようにほぅ、と息を吐く彼女に見惚れる紳士、子供服にしては大胆に肩を出した姿に新たな扉を開く者など様々。
ケントも正装に着替え、そうすると学年問わず女子達が寄ってくる。異国のお話に興味があります、とは言ってるが興味あるのは別だろう。
キュルケがやってきて腕を組めば漸く離れていった。
「助かった」
「なれてるのね、ダーリン」
「ま、元の国じゃそこそこの地位だったからな」
「あらもしかして、異国の王子様かしら?」
冗談で言うが、まあぶっちゃけてしまえば小国の王子より遥かに偉い大帝国の大公だったりする。ついでにいえばその初代。
「あいにく王子じゃねえんでな。今夜のお前の王子達と踊ってきな」
ケントがそう言うとキュルケは頬にキスして他の男のもとへ行った。ケントは食事をすることにする。黒いドレスを着たタバサが小さな体の何処に入るのか、モクモクと食べている。
「ヴァリエール公爵家が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな〜〜〜り〜〜〜!!」
長い桃色の髪をバレッタに纏め、ホワイトのパーティードレスを着たルイズが入ってくる。
楽士達が最後の主役の登場に音楽を奏で始める。
普段は彼女を馬鹿にする男子達も貴種の中の貴種たる美貌に誘われ次々ダンスを申し込んでいく。
ルイズはそんな彼等を無視してケントの下へ訪れた。その意味を察せぬケントではない。
「私と一曲、踊っていただけますか、レディ」
「喜んで、ジェントルマン」
その後キュルケと踊り、キュルケが連れてきたタバサと踊る。
コルベールは踊る約束をしていたロングビルが寝込んでおり、項垂れていた。
その頃、フーケが学院を襲ったと聞いたある男は学院に向かっていた。
トリステインの王宮衛士隊が情報一つ掴めて居ない中、彼等の組織はフーケの正体を掴んでいたのだ。
正体こそ露見していないものの、盗みを失敗した彼女を引き入れようと風に乗り………。ガァ、と烏の鳴き声が聞こえた。
死体は残らず、風に解けるように消えた男を見て烏は首を傾げた。