賢者は使い魔   作:超高校級の切望

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王女アンリエッタ

 魔法学院に馬車が訪れる。

 金の冠を御者台の隣に着け、場所の所々金と銀とプラチナで出来たレリーフが象られている。

 

 王家の紋章である。そのうち1つのユニコーンと水晶の杖が組み合わさった紋章はこの国の王女が乗っていることを示している。

 

 4頭のユニコーンに引かれた馬車が止まり、集まった生徒たちの瞳が期待に揺れる。しかしすぐに失望に変わった。

 

 現れたのは痩せた男である。老けて見えるが、恐らく見た目より若い。心労が原因だ。

 皇帝が胃痛で血管から直接栄養を摂るまで追い詰めたことがあり、4馬鹿(5人)と皇帝に呼ばれた内の1人のケントが判断するのだから間違いない。

 

「あれがマザリーニか」

「ええ、そうよ。政治を掌握する、いけ好かない男」

 

 ふん、と鼻を鳴らすルイズ。ケントから言わせれば、彼は仕方なく政治を掌握してやってると言って良いだろう。まあ掌握しきれてはいないが。

 

 王位が空席のトリステイン。貴族の腐敗が進んだこの弱国がゲルマニアやガリアに飲まれないのは偏に彼の手腕だろう。もっとも、ゲルマニアの一地方になる日は近いだろう、と王女がゲルマニアに行っていたというコルベールの言葉を思い出す。

 

「………ん?」

 

 不意にケントの耳元で風が鳴る。ケントはふと、護衛騎士の一人を見た。髭を生やした長髪の男だ。

 

 暫し見た後、マザリーニの手を取り現れた女に周りが騒がしくなったので視線を切る。

 

 あれがこの国の王女。本来なら、即位を拒否している王妃に変わり女王になってもおかしくないがその王妃が即位しないくせに王位継承一位のままだから王女という妙な立場になってしまった女性である。

 

「あれがトリステインの王女? ふん、私の方が美人じゃないの」

 

 誰もが歓声を上げる中キュルケはつまらなそうに鼻を鳴らした。この国の貴族ではない彼女からすれば、興味もないのだろう。

 

「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」

「キュルケ」

 

 視線も向けずにそう言った。キュルケはまあ、と喜ぶもルイズが大人しいのに気付く。怒って叫びそうなものだが………。

 

「……………」

 

 ぼーっとしているルイズの視線を追えば、グリフォンに跨った貴族の男。まぁ、と頬を染めるキュルケ。

 先程ケントが見ていた男だ。ルイズとキュルケ、2人揃って頬を染める。

 

「お前は相変わらずだな」

 

 ケントは座ったまま本を読むタバサに呟く。

 

「それ、そんなに面白いのか?」

「…………………」

 

 タバサは無言で『イーヴァルディの勇者』を手渡してきた。

 

 

 

 

 その日の夜。ルイズの様子がおかしかった。

 立ち上がったかと思えば再びベッドに腰掛け、枕を抱きぼんやりして、はっと立ち上がるとウロウロ歩きベッドにダイブ。

 

 スピスピ寝息を立てるエルザの髪を梳かすケントはそんな主人を全く気にしていない。

 

「…………ん?」

 

 ふと人の気配が二つ。こちらの部屋に向かうのが一つと、その後を追うギーシュが一人。

 コンコン、とドアがノックされた。

 

 初めに2回、続いて短く3回。ルイズがはっと正気に戻る。急いでドアに駆けつけ扉を開けると真っ黒な頭巾を被った少女がいた。

 

 辺りを窺いながらそそくさ部屋に入るとドアを後ろ手で閉める。

 

「………貴方は?」

 

 ルイズは驚いたように声を上げるが、少女はしっ、と言うように口元に人差し指を添える。

 杖を取り出し、短い呪文を唱える。杖を振り、光の粒子が宙に舞った。

 

探知魔法(ディテクトマジック)?」

「何処に目が光っているか分かりませんからね」

 

 ルイズの言葉に少女が頷いた。ケントは閉めたはずなのに少し開いた扉を見る。探知範囲は部屋限定にしたようだ。

 

 因みにケントは反射的に魔力を隠したので探知対象外。

 

 故に全く気付かず、少女はフードを取った。その人はアンリエッタであった。

 

「姫殿下!」

 

 ルイズは慌てて跪く。

 

「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」

 

 アンリエッタは涼しげで心地よい声で言った。そして、感極まったように震える。

 

「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」

「姫殿下、いけません。こんな、下賤な場所にお越しになられるなんて………」

 

 アンリエッタはルイズに抱き着き、ルイズが窘め、エルザが煩そうに身を捩る。

 

「ああルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめて! わたくしと貴方はお友達。お友達じゃない!」

「もったいないお言葉です、姫殿下」

 

 ルイズは公爵家。すなわち王家の傍系。年の近い姫殿下の遊び相手として城につれて行かれることは、まああるだろう。

 

 ドレスやお菓子を奪い合ったとか、叱られたとか、何やら過去の話で盛り上がっている2人を他所にケントはエルザに毛布をかける。枕元に置かれた水が、触れること無く波紋を描く。良い傾向だ。

 

「感激です、姫様が、そんな昔のことを覚えてくださっているなんて。私のことなど、とっくに忘れているとばかり………」

「忘れるわけないじゃない。あの頃は、楽しかったわ。何の悩みもなくて………」

「姫様………?」

 

 深い憂いを含んだ声に、ルイズは心配になり顔を覗き込む。

 

「貴方が羨ましいわ。自由って素敵ね、ルイズ・フランソワーズ」

「何をおっしゃいます。貴方はお姫様じゃない」

「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。飼い主の機嫌一つであっちへ行ったりこっちへ行ったり」

 

 窓の外を眺め悲しげに呟く。要するに、戦争に備えたゲルマニアとの同盟会談がお気に召さなかったらしい。

 

 それからルイズの手を取って笑みを浮かべる。とてもとても寂しそうな笑みだ。見るものが見れば全てを投げ捨てて彼女の笑顔の為に動こうとする、物語の姫のような、英雄を惑わす笑み。

 

「結婚するのよ、わたくし」

「………おめでとうございます」

 

 アンリエッタの悲しそうな声に、ルイズは沈んだ声で返す。そこでアンリエッタはふとケントに気付く。

 

「あら、ごめんなさい。もうしかしてお邪魔だったかしら?」

「お気遣い無く。この身は彼女の恋人にあらず、使い魔なので。主人の旧友との再会を邪魔いたしません」

 

 ケントはニコリと笑顔で言う。使い魔? と首を傾げたアンリエッタ。

 

「使い魔?」

 

 アンリエッタは頭から足までケントを見つめる。

 

「………人にしか見えませんが」

「人ですから」

「そうよね。はあ、ルイズ、あなた昔っから変わっているとは思っていたけど………」

「ケントは東方、ロバ・アル・カリイエのメイジです。確かに、最初は驚きましたが、心強い味方です」

 

 アンリエッタは再び溜息を吐いた。

 

「姫様、どうなさいました?」

「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……いやだわ、自分が恥ずかしいわ。貴方に話せるような事じゃないのに、わたくしってば………」

「おっしゃってください。あんなに明るかった姫様が、そんな風にため息をつくなんて、何かとんでもないお悩みがあるのでしょう?」

「……いえ、話せません。悩みがあるといったことは忘れてちょうだい、ルイズ」

「昔は何でも話し合ったじゃありませんか! 私をお友達と言ってくださったのは姫様です。そのお友達に、悩みを話せないのですか?」

 

 ルイズの言葉にアンリエッタは嬉しそうに微笑んだ。

 

「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ、嬉しいわ」

 

 ケントはさっさと本題に入らねえかな、と少女達を見守る。

 

「今から話すことは誰にも言ってはなりません」

「席を外しましょう」

「いえ、メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由はありません」

 

 物悲しい顔で、アンリエッタは語りだした。

 

「わたくしはゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました………」

「ゲルマニアですって!?」

 

 だろうな、とケントは思った。

 トリステインの女は身持ちが固く、ゲルマニアの女は積極的。

 貴族至上主義のトリステインと、功績を積み金を渡せば貴族になれるゲルマニア。

 

 とことん反りが合わず、ゲルマニアとの国境に領地を構えるヴァリエール家は特に仲が悪い。その隣同士のツェルプストー家のキュルケとの仲も、ルイズがゲルマニア嫌いを加速させた理由だろう。

 

「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」

「そうよ。でも、仕方ないの。同盟を結ぶためなんですから」

 

 現在ハルケギニアの情勢はよろしくない。

 アルビオンにて人望厚いモード大公が反逆の罪で処刑され、しかし碌な証拠も提示できず、貴族達が反乱。今にも王室が倒れかねない。

 

 反乱軍が勝利すれば勢いそのままトリステインに攻め込まれるだろう。それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ。その条件が皇帝とアンリエッタの婚姻。

 

「そうだったんですか………」

 

 話を聞いたルイズの気は沈む。アンリエッタがその結婚を望んで居ないのは、口調から明らかであった。

 

「いいのよ、ルイズ。好きな相手と結婚するなんて、物心つくころから諦めてます」

 

 あれ、今此奴嘘ついた。好きな男と結婚できると思ってたな。となるとその相手は、王家に相応しい家柄。

 

「姫様……」

「礼儀知らずのアルビオンの貴族達は、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。二本の矢も、束ねず1本ずつなら折れますからね」

 

 アンリエッタは呟いた。

 

「…………したがって、わたくしの婚姻の妨げになるための材料を、血眼になって探しております」

「もし、そのようなものが見つかったら………」

 

 アンリエッタは俯いた。

 

「……もしかして、姫様の婚姻の妨げになる材料が?」

 

 ルイズが蒼白になりながら尋ねると、アンリエッタは悲しそうに頷いた。

 両手で顔を覆い、嘆く。

 

「おお、始祖ブリミルよ………この不幸な姫をお救いください!」

 

 神に聞かせるためか、ここ一番の声量。エルザがふひゃ!? と飛び起きる。

 

「なに、なに!?」

「気にするな。ただの歌劇だ」

 

 ルイズはアンリエッタに寄り添う。

 

「言って! 姫様! いったい、姫様のご婚姻を妨げる材料ってなんなのですか?」

 

 ルイズもアンリエッタにつられたようで、興奮してまくしたてる。

 

「わたくしが以前(したた)めた一通の手紙なのです」

「手紙?」

「そうです。それがアルビオンの貴族の手に渡ったら、彼等はそれをゲルマニアの皇室に届けるでしょう」

恋文(手紙)かぁ………」

 

 ハルケギニアは一夫一妻。他に恋人が居るとなれば、なるほど婚姻は破綻する。まさか秘密裏の恋文に王家の紋章を刻んだりはしないだろうから、アンリエッタが否定すれば良いが、己の愛を否定しないだろうな。

 

「どんな内容の手紙なのですか?」

「……それは言えません。でも、それを読んだらゲルマニアの皇室は………わたくしを許さないでしょう。ああ、婚姻は潰れ、トリステインの同盟は反故。となるとトリステインは一国にてあの強大なアルビオンと戦うことになるでしょう」

 

 マジで? その手紙、ゲルマニア皇室に届けようかな。トリステイン貴族の使い魔として、強大な軍に好きなだけ魔法が撃てる。

 

「いったいその手紙は何処にあるのですか? トリステインに危機をもたらす、その手紙は!」

「それが、手元にはないのです。実は、アルビオンにあるのです」

「アルビオンですって! では、既に敵の手中に?」

「いいえ、その手紙を持っているのはアルビオンの反乱勢ではありません。反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が」

「プリンス・オブ・ウェールズ? あの凛々しき王子様が?」

 

 アンリエッタは仰け反るとベッドに横たわった。

 

「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ反乱勢に囚われてしまうわ! そうなれば、あの手紙も明るみになってしまう。そうなったら破滅です! 破滅なのです! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙するのです!」

「ねぇお兄ちゃん、この歌劇って悲劇のフリした喜劇?」

喜劇(コメディ)

「では姫様、私に頼みたいことというのは……」

「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったら、なんてことを! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族派と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事、頼めるわけがありません!」

「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中だろうと、竜のアギトの中だろうと、姫様の御為とあらば何処なりへと向かいますわ! 姫様とトリステインの危機、このラ・ヴァリエール家が三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけには行きません!」

 

 ルイズは膝をついて、恭しく顔をあげた。

 

「『土くれ』のフーケより学院の宝を取り戻した、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」

「………わたくしの力になってくれると言うの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしいお友達!」

「もちろんですわ、姫様!」

 

 ルイズに手を取られたアンリエッタはボロボロ泣きだす。

 

「姫様! このルイズ、何時までも姫様のお友達であり、まったき理解者にございます! 永遠に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」

「ああ、忠誠! これが真の友情と忠誠です! 感激しました! わたくし、貴方の友情と忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」

 

 エルザはケントを見上げる。ここで拍手すればいいの? と聞きたいようだ。

 

「アルビオンに赴き、ウェールズ皇太子を捜して、手紙を取り戻してくれば良いのですね? 姫様」

「ええ、その通りです。『土くれ』のフーケから秘宝を取り返した貴方達なら、きっとこの困難な任務をやり遂げてくれるでしょう」

 

 話はあれよあれよと進み、明日の早朝出発することになった。扉の向こうで聞き耳を立てていたギーシュも飛び込んできたりしたが、取り敢えずアルビオンのニューカッスルを目指す。

 

 アンリエッタが手紙をしたためる。そのままピタリと止まった。

 

「姫様? どうなさいました?」

「な、何でもありません!」

 

 アンリエッタは顔を赤らめ、決心したように一文を付け足す。

 

「始祖ブリミルよ、この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、わたくしはやはり、この一文を書かざるを得ないのです………自分の気持ちに、嘘を付くことは出来ないのです………」

 

 手紙に封蝋がなされ、花押が押される。運び手はルイズだ。

 アンリエッタは使者の証として、自らの指輪まで渡す。いざとなったら売って金に変えて良いそうだ。

 

「…………一つよろしいでしょうか?」

 

 そろそろ寝たかったのに邪魔されたケントは、アンリエッタに尋ねる。

 

「はい、何でしょう使い魔さん」

「もしもウェールズ皇太子が恥知らずにも亡命を望みトリステインに匿ってくれと頼んだら、殺しておくので殺し方は即死と、軽はずみな行動を後悔させる嬲り殺しどちらにしておきますか?」

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