部屋の空気が凍る。それはそうだろう、これから使者として赴く国の皇太子の殺し方を聞く人間なんて、誰が想像できようか。
「ちょっと!」
ルイズが思わず叫ぶもケントが制する。王族の言葉を優先させろという事だろう。
「な、何を……おっしゃって………!」
「言葉通りの意味です、姫君。トリステインの未来を憂い、望まぬ婚約をする貴方にとって、アルビオン王家の亡命など望まぬでしょう? 軍の編成のために反乱勢に攻め込む理由を与えぬためにも、亡命を懇願するなら殺すしかありますまい」
「………アルビオン王家は、我々の親戚なのですよ!?」
「存じております。そして、彼等は王族の責務を全うできなかった」
だからいらない。
ここから盛り返すというのなら、なるほど彼等は大した王だ。貴族の多くが敵に回った今、勝ったところで国を運営できるかは彼等次第だが。
「そのようなことは!」
面倒くせえな、とケントは思った。さっさと救ってこい、その一言でケントはウェールズを救ってやっても良いのだ。その結果起きた戦火に飛び込ませてくれるなら。
アルビオンの反乱勢………それに手を貸す聖地奪還を掲げる阿呆共が、王家ではないゲルマニアの欲深い皇帝と手を組むのもありだと思っている。
「何故、その様な恐ろしいことを言えるのです」
「姫様、アルビオン王家を匿えば、反乱勢は必ず攻めてきます。ですので、トリステインに彼等を受け入れる余力はありませんでしょう?」
それともあるのだろうか。あってほしいな。まだ調べきれていないこの国の裏の事情、感情に任せて言ってくれないかな。
「彼等を匿わなくても、あの恥知らず共は攻めてきますわ。戦争など、一個人で起きるものではないでしょう」
「……………は? 一個人? え?」
今度はケントが目を丸くした。
「貴方、
「どういう………?」
「タバサと言い………」
ポツリと呟いたケントは、ふむ、と頭の中で情報を整理する。同世代に、しかも別の国に王族を一人の人間と思ってるのが二人。これって偶然?
「………………まあいいか」
全ての国に間諜を仕込めるとしたら、大国ガリアか……或はその国の貴族でなかろうと神の言葉で従わせるあの国だが、愚かな王の下に戦火が広がりその隙を攻めてくるなら、アルビオンとゲルマニアのどちらかの国3国の魔法が見れるだけ。問題はない。
「戦争は必ず起きる。そうでしょうね。ですが、この国の為に延ばさなくてはならないでしょう?」
だからお前はどうする? 王族としての義務を選ぶか、ただの娘の愛を選ぶか。その選択肢にアンリエッタは震える。
ケントは笑顔で
そろそろ寝るところに、やたら白々しい演劇を見せ、ただ一言で済む命令を伸ばしに伸ばしたのだから今夜はぐっすり寝れると思うな。
「…………貴方はルイズの使い魔です」
「ほう」
「ならば、主に従いなさい」
「承知いたしました、女王陛下。尊敬に値する者が望む限り、私はそのための力を振るいます」
ケントは跪く。差し出された手を取り、キスをせず額を近づけるだけだった。
「…………お兄ちゃん、あの人嫌いなの?」
「俺は元貴族だからな。無能は嫌いさ。そういう意味では、好きも嫌いもないよ。戦争起こしてくれそうだから若干好き」
「無能ではないの?」
「学び身に付かぬまま、自覚もなく賢しがるのが無能。そもそも何も学んでいないなら、それは可能性の塊だろう?」
そんなのが王位継承権第二位………王妃が王の妻であり王でないと公言している以上実質的な第一位になっているのは、時代が悪いのか国が悪いのか。まあどっちもだろう。
「教えてあげないの?」
「俺に王族の教育なんて無理無理。やったことねえもん」
「だいたいの人がそうだと思うけど」
「俺が仕えていた王に足りなかったのは実現するための力だけだったからな」
その『力』を手に入れたから、彼は国を取り戻した。四騎将がいたからといって、まともに国の為に動くのは2人だけ。ケントを含めた残りの3人を操りきってみせたのは彼の采配。
「そうだエルザ、お前明日から暫くルイズの使い魔のふりしろ」
「? どういう事?」
「別にそうだという必要はねえよ。それっぽく相手が解釈するように動け。出来るな?」
「まあ、いいけど…………」
なんで? と首を傾げるが、ご主人様の命令なのでおとなしく従うことにした。
「ご主人様的には、お空の王様達をどうしたいの?」
「そいつ等知らねえから、今はどっちでもいい。国の為を思うなら殺すが、国の為ではなく主の為に動くべきらしいのでな」
逆に言えば、国の為という名目で行動させられていたら亡命を望んだ瞬間殺していた。そういう意味では、アンリエッタの言葉はまあ正しい。
「殺したら結局すぐに戦争になるんじゃ」
それかと敵討ちと、王党派と貴族派が手を組んで。
「知らないのかエルザ。バレなきゃ問題にならないんだ」
それをエルザに言うのは、凄い皮肉だ。
「一応ヴァリエール家の使い魔として、ヴァリエール家に手紙送っとこ」
ケントは差出人不明の手紙を書いた。
「ルイズに近い風を追え」
「カア」
「なんでそういうことするの?」
「叩いて鍛える。苦境の中こそ王は育つと、俺の王が証明したからな。何、失敗しても内乱になるだけだ」
それにあの王女はもう少し自分の言葉に責任を持ったほうがいい。他国とは言え貴族として、王にその程度を望むのは仕方あるまい。
後マザリーニから皇帝と似た気配を感じたので………。
さて翌日。朝もやの中ケントはバイクの整備をしていた。
エルザは既にサイドカーに収まり、ルイズは速さを思い出し顔を青くしてギーシュは不思議そうに見つめる。
「なんだい、これ。タイヤが縦に二つが正しい形だって? これじゃあマトモに走れないよ。横にかごを付けたって不格好だ」
「走れるんだよ。回転したものは安定が………」
ギーシュに説明し終えると、ギーシュはふと思い出したように尋ねる。
「お願いがあるんだ」
「お願い?」
「僕の使い魔を連れていきたいんだ」
ケントは地面を見る。
「ヴェルダンデか」
「知っていたのかい?」
「使い魔同士、交流がある」
ギーシュはニヤリと笑うと地面を蹴る。ボコボコと盛り上がり、巨大なモグラが現れた。
「ヴェルダンデ! ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!!」
ギーシュは抱きつく。
ジャイアントモールのヴェルダンデはモグモグモグと鼻を引くつかせる。
「ははは、嬉しそうだね? ははあ、ドバドバいっぱいミミズを食べてきたんだね?」
「地面の中を馬のような速度で進むが、アルビオンについてこれるのか?」
ちゃんと調べてる。アルビオンは空の国だ。地続きの他の国とはわけが違う。
「お別れなんて辛い………辛すぎるよ、ヴェルダンデ!!」
ギーシュが項垂れる中、ヴェルダンデは鼻を鳴らしながらルイズに近づく。そのまま押し倒した。
「ちょ、ちょっと!? や、何するのよ!」
「ヴェルダンデは宝石好きなんだ。よく宝石を対価に穴を掘ってもらってる」
「ははあ、ヴェルダンデが最近持ってくる宝石は君からだったのか。今はルイズの指輪に興味があるようだけど」
何もしない男子達に代わり、取り敢えずエルザが引き剥がそうと動く。と、一陣の風が吹いた。
ヴェルダンデが吹き飛びコロリと背中から落ちてジタバタ暴れる。
「誰だ!?」
ギーシュが激昂して喚いた。
朝もやの中から一人の男が姿を現す。羽帽子を着けた長身のメイジ。突然現れた男にエルザは短剣を抜き左手のルーンを光らせる。
ギーシュも薔薇の杖を抜くが、風により吹き飛ばされた。
「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行するよう命じられてね。君達だけではやはり心許ないらしい。しかし、お忍びの任務である故に、一部隊をつけるわけにもいかない。そこで僕が指名されたってわけだ」
ケントの監視もあるのだろうな、と思った。男は帽子を取り優雅にお辞儀する。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
相手が悪いとギーシュは項垂れた。そんなギーシュを見て男は首を振る。
「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬふりが出来なくてね」
どうやらルイズの婚約者だったらしい。
「ワルド様!」
「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」
ワルドはルイズを抱え上げる。
「相変わらず、軽いな! 羽のようだ!」
「お恥ずかしいですわ、ワルド様」
「彼等を紹介してくれたまえ」
ワルドはルイズを地面に下ろす。
「あ、あの………ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のケント。それからケントの家に代々仕える、剣士の一族のエルザです」
ギーシュは深々頭を下げ、ケントも礼をとる。エルザは慌てたように頭を下げた。
「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかった」
ワルドが気さくに話しかける。その視線はケントを見回し、
「仕える家があるということは、君は貴族なのかい?」
「こちらではロバ・アル・カリイエと呼ばれる地方から。何、わが国の威光が届かぬ遠い西。治めるべき領地持たぬ、平民と変わらぬ身ですよ」
「貴族とは、領地を持つものを指すのではないよ。魔法を民の為に使える者を、貴族と呼ぶんだ」
実際領地を持たぬ貴族も王都にはいる。
「これも東方のマジックアイテムかい?」
「馬より速いですよ」
「それは凄い! ああ、敬語は良い。ところで、2人もいるということは、巻き込まれたのかい?」
「似たようなものだ。遠い異国の地、まだ幼いエルザを一人にするわけにもいかず、これ幸いと使い魔として雇ってもらっている」
「はなあ、なるほど。大切にしているんだね」
「彼女の母とは知らぬ仲ではないので」
「なるほど、なるほど………」
ワルドはウンウン頷く。
「君はいい奴だな」
「そうか?」
「ああ、なにせ宮廷は、言っちゃ悪いが欲深い魔物が犇めく万魔殿。君のように、幼い少女を心配するものなんてまず見ない」
ワルドは手を差し出す。
「よろしく、ケント」
「よろしくワルド」
ワルドは満足したように微笑むとバサッとマントを翻し口笛を吹く。朝靄の中からグリフォンが現れた。
ワルドはグリフォンにヒラリと跨りルイズを手招きする。
「おいで、ルイズ」
ルイズはやたらモジモジしていたが、ワルドがルイズを抱え上げる。ケントもバイクに跨りギーシュを背に乗せ、エルザがサイドカーに乗ったのを確認するとキーを回す。
ウオオオンと唸り声のような音にグリフォンが吠える。
「では諸君、出発だ!」
「……………は? 一個人? え?」
想像以上に想像以下な王の自覚がない王女に安眠妨害も忘れからかう気も失せた図。