「アルビオンが見えたぞ〜!」
ルイズが目をこすりながら起きる。隣ではエルザも、ん〜、と伸びをするところだった。
ワルドと酒を飲みながら起きていたケントは既に甲板に居た。
「あれがアルビオンか…………」
一言で言うなら浮遊する大陸。浮遊大陸なのだから当たり前だが、他に示す言葉は思いつかない。
浮き上がった大地の上には山や大河まで存在し、大陸の端から流れ落ちた川は霧に代わり大陸下部を真っ白に染め上げる。
アルビオンが『白の国』と呼ばれる所以だ。
大きさはトリステインの国土並みにあるらしい。
エルザやルイズが荘厳なその光景を見ていると、カンカンカンと鐘が鳴る。鐘楼に登った船員が叫ぶ。
「右舷上方の雲中より、船が接近しています!」
視線を向ければ、なるほど見えてきた。ケント達の乗る商船より一回り大きく舷側に開いた窓から大砲が姿を現す。
ケントは目を細めそれを見つめると、ルイズの指に嵌る水のルビーを見てもう一度船を見る。納得したように頷いた。
後甲板ではワルドと船長が船に視線を向ける。タールで黒く塗られた船は、正しく戦艦という見た目だ。
「アルビオンの貴族派の船か? お前達のための積荷を運んでいるんだと伝えてやれ」
見張り員は船長の言葉に従い手旗信号を送る。しかし、黒い船から返答はない。
副長が顔を青くして駆け寄ってきた。
「あの船は旗を掲げていません!」
つまり、何処の所属でもない。船長の顔からサッと血の気が引く。
「してみると、く、空賊か?」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、近頃活動が活発になっていると聞きますから………」
「逃げろ! 取舵いっぱい!」
船長は空賊から逃げようとするがもう遅い。空賊の船は既に並走して、こちらの針路に大砲を撃つ。砲弾が雲の中に消えていく。
空賊の船のマストにスルスルと4色の旗が登る。停船命令だ。
こちらの武装は移動式の大砲3つ。対して空賊は片舷側だけで二十数本。火力差は歴然。助けを求めるようにワルドに視線を向けた。
「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」
「あ、あちらのお貴族様達は」
「ルイズは才能は秘めているが、まだ若い。彼もかなりの魔法を使っていた」
船長は「これで破産だ」と呟いた。
「裏帆を打て、停船だ」
いきなり大砲を撃ってきた船に、止まる船。ルイズは怯えてケントに寄り添う。エルザも服の裾を掴んでいた。
「空賊だ! 抵抗するな!」
黒船から男がメガホンで叫んだ。
「空賊ですって?」
ルイズが驚いた声で叫んだ。
黒船の舷側に弓やフリントロックの銃を持った男達が並ぶ。
鍵のついたロープが舷縁に放たれ、次々渡ってくる空賊達。
手に斧や曲刀と統一感がない武装に見えてその動きは中々どうして統一されている。ただの経験だけでは絶対につかない。元軍人なのかもしれない。
「…………」
ケントに抱きついたまま、顔を少しだけずらしたエルザが丸い瞳を怜悧に細める。ゴポリと液体が泡立つような音が聞こえ……。
「やめておけ、一人二人殺せても、大砲で船が沈むぞ」
「そうだね。今はおとなしくしよう」
ケントと、何時の間にか現れたワルドに止められる。エルザはケントの顔を見つめる。
そのまま目を伏せた。
空賊達は何故か濡れてる甲板の一部に首を傾げたがそのまま制圧を始める。暴れるワルドのグリフォンの顔が蒼白い雲で覆われ、グリフォンは倒れた。
やがてドスンと一人の空賊がおりてきた。
派手な格好。何の冗談か、眼帯をしている。
「安直だな」
私は賊ですと全身で主張する姿にケントは思わず呟いた。
「船長は何処でえ」
「私だが」
震えながら、それでも精一杯の威厳を保ちながら船長が手を挙げる。男は大股で近付いて曲刀でピタピタと叩いた。
「船の名前と積荷は?」
「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」
空賊達の間からため息が漏れた。頭の男はニヤッと笑うと船長の帽子を奪い自分が被る。
「船ごと全部買った。代金はてめぇ等の命だ」
船長が屈辱で震える。それから頭は甲板で佇むルイズ達に気付いた。
「おや、貴族の客まで乗せているのかい」
ルイズに近付き顎を手で持ち上げた。
「こりゃ別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いやらねえか?」
男達は下卑た笑い声をあげた。ルイズはピシャリと手を跳ね除け、燃えるような怒りで睨みつける。
「下がりなさい下郎」
「驚いた! 下郎と来たもんだ!」
男はゲラゲラ笑い、次に目を向けたのはエルザ。
「いい女を妻にしたみたいだな?」
「羨ましいか? お前、もう女抱けないだろうしな」
「ほう? 強気だねえ。勇敢な親父だ」
曲刀を首に添え笑う頭。チラリとエルザを見て、深い青の瞳と目が合う。ゾクリと背筋に冷たい何かが這う。
慌てて離れた頭を不思議そうに見る空賊達。頭は首を振り気を取り直して叫ぶ。
「てめぇ等。コイツラも運びな。身代金をたんまり貰えるだろうぜ」
空賊に捕らえられたケント達は船倉に押し込められた。『マリー・ガラント』号の乗組員達は、自分達のものだった船の曳航を手伝わされている。
ワルドとルイズは杖を取られ、エルザは剣を、ケントもデルフとダミーの杖を取られた。
周りには酒樽やら穀物の詰まった袋や火薬樽やらが雑然と並び、部屋の隅には大砲の弾が積まれている。
軍人とはいえ空軍や海軍ではなく騎士のワルドには珍しいのかそんな積荷を見て回っている。
エルザはジッと船倉の天井の一点を見つめている。
ケントは穀物の入った麻袋を枕代わりに横になっている。ルイズだけが緊張していると、扉が開きスープの入った皿を持った男が入ってきた。
「飯だ」
ケントが受け取ろうとするとヒョイと下げれる。
「質問に答えてからだ」
「言ってご覧なさい」
ルイズは立ち上がり毅然呟く。
「お前達、アルビオンには何の用だ」
「旅行よ」
「トリステインの貴族が、今時のアルビオンに旅行? いったい何を見学するつもりだい?」
「そんな事、貴方達に言う必要ないわ」
「怖くて泣いてたくせに、随分と強がるじゃねえか」
ルイズは顔を背けた。空賊は笑うと水とスープを寄越した。
「船の上じゃ腐る水なんて酒より高級だろうがなあ。これ、魔法で生み出した水じゃねえぞ」
「水源のある陸地に拠点があるのだろう。うまくすれば、そこから脱出出来るかもしれないね」
ケントとワルドはスープを飲んだ。皿は一つ。残りはルイズとエルザ。2人は特に打ち合わせること無く半分以上残っている状態で渡す。
「毒は入ってない」
「ルイズ、飲まなければ体が持たないよ」
ルイズはしぶしぶ飲んだ。飲んでしまえばやることが無くなる。
暫くするとまたドアが開いた。今度は痩せぎすの男が入ってきた。
「おめえ等は、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」
ルイズ達は答えない。
「おいおい、だんまりじゃ解らねえよ。でも、そうだったら失礼したな。俺達は、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようって酔狂な連中がいてな、そいつ等を捕まえる密命を帯びてるのさ」
「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の船なのね?」
「いやいや、俺達は雇われてるわけじゃねえ。あくまで対等な関係で協力してるのさ。まあ、おめえらには関係ないことだが。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」
「その質問の仕方で貴族派って信じるのか?」
ケントが尋ねる。これでは生き残りたい者は嘘でも貴族派を自称するだろう。いや、そうか………
「
ルイズは首を傾げる。ワルドは目を見開く。エルザは天井に何時の間にか広がるシミを見つめる。
空賊の男はカチャリと銃を向ける。
「何をわけの分からないことを言ってやがる」
「特使だ。証拠は、そうだな……水の王女の手紙とでも伝えてくれ」
「…………………」
男は暫くケントを見つめ、銃を下ろすと出ていった。
「ど、どういうことよ」
「王党派」
ケントはルイズの言葉に短く答える。
「王党派の旗を掲げたら直ぐに軍艦が飛んでくるからな。空賊相手に飛ばす船なら一隻二隻だろうよ」
暫くすると扉が開く。先程の痩せすぎの男だ。
「来な。頭が………此方へ」
粗雑な態度を取ろうとした男は、しかし次の瞬間優雅に礼を取る。
狭い通路を抜け、細い階段を登り、5人は立派な部屋にたどり着いた。
船長室だろう。豪華な作りのディナーテーブルの上座に先程の頭が座っていた。
「他の証拠は?」
「ルイズ、指輪を」
ルイズは困惑しながらも水のルビーを取り出す。
頭は目を見開くと、立ち上がる。
「失礼した、大使殿。名を聞かせてほしい」
「え、っと………」
「おっと、先に此方から名乗るべきだね」
男は縮れた黒髪を剥いだ。それはカツラであった。作り物の髭もビリッと剥がすと、現れたのは凛々しい金髪の青年。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……本国艦隊と言っても、既に本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、そちらの肩書より此方のほうが通りもいいだろう」
居住まいを正した若者は威風堂々、名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
ルイズは口をあんぐり空け、ワルドは興味深そうに見つめる。ケントとエルザは特に気にした様子はない。見抜いたのはケントだし、エルザは興味がない。
「アルビオン王国へようこそ、大使殿。さて、御用の向きを伺おうか」
資金が潤沢の反乱軍には次々物資が運ばれる。それを奪えば敵の補給を減らせ、同時に此方は潤う。戦の基本だが、王党派の旗を掲げればあっという間に囲まれる。
要するにケントの言った通りの理由だ。
とはいえ外国に滅びゆく自分達に味方がいるとはいささか信じられなかった。まあ、本来王族のみが持つことを許される指輪を見れば、信じるしか無い。
「しかし君、良く解ったね」
「賊を装うなら、一人ぐらい殺しておくのをお勧めしますよ」
船員がムキになって歯向かわない程度の下っ端でも、殺せば死の恐怖を押し付けられる。ウェールズは参考に出来ないな、と肩を竦めた。
「まあ後は、元軍人にしたって規律が整いすぎてたりと、他にも色々ありますが」
「聞くのはやめて置こう。私は昔から、家庭教師の説教は逃げてやりすごすんだ。ここは雲の上の船の中、逃げ場がない」
ははは、とウェールズが笑う。
「…………本当に皇太子様?」
ルイズが困惑しながら言うと、ウェールズは指輪を取り出す。ルイズの手を取り水のルビーと近付ける。
2つの宝石は共鳴し虹色の光を放つ。ケントはほぅ、と見つめる。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼を致しました」
確かに空に浮かぶ水は虹を映すが………魔力光って厳密には7色なんだ、とケントから色々学んでいるエルザは思った。
ルイズは一礼して手紙をウェールズに渡す。
ウェールズは愛おしそうに手紙を見つめると花押に接吻した。慎重に封を開き、中の便箋を取り出す。
真剣な表情で内容を読み、顔を上げた。
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」
ワルドは無言で頭を下げ肯定の意を示す。ウェールズは再び視線を手紙に落とし最後の一文まで読み、微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返してほしいとこの私に告げている。何より大切な、姫からもらった手紙だが、姫の望みは私の望みだ。その様にしよう」
ルイズの顔が輝いた。
内容を予想しているケントは燃やしとけよと思った。
「しかしながら今は手元にない。ニューカッスル城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れて行くわけにはいかぬのでね。多少、面倒だが、ニューカッスル城までご足労願いたい」