賢者は使い魔   作:超高校級の切望

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最期の晩餐

 イーグル号はアルビオンのジグザグした海岸線を雲に隠れるように航海した。

 既に3時間。

 

 ケントは部屋の奥に引っ込んで眠っていた。不意に聞こえた砲撃音に起こされたが。

 見れば巨大な船が大陸から突き出た岬の突端に建つ城に砲弾を撃ち込んでいる。

 

「ロイヤル・ソブリン号だったか?」

 

 ケントは仕入れたアルビオンの情報を思い出す。嘗ての本国艦隊旗艦………あれを奪われたのは王党派にとって大きな痛手だろう。

 

 やけに船が低いのは、あれに空を封じられているからか。

 船は大陸の下に潜る。日が差さず、おまけに雲の中。相当熟練した航空士にしか出来ないだろう。

 

 賊に扮しているから王党派の船として本気で追わないとは言え、彼等が逃げおおせたのもこれが理由なのだろう。やがて船は、巨大な穴の下で止まる。ゆっくりと上昇を始めた。

 

 

 

 ニューカッスル地下鍾乳洞。発光する苔が薄暗く照らす。当然その程度の光で足らないので松明が揺れている。

 

 船を降りると背の高い、年老いたメイジが近づいてくる。

 

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」

 

 老メイジはイーグル号についてきたマリー・ガラント号を見て顔を綻ばせる。

 

「喜べパリー。硫黄だ、硫黄!」

 

 ウェールズの言葉に兵士達はうおお! と歓声を上げる。

 

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」

 

 老メイジはおいおいと泣き出した。

 

「先の陛下よりお仕えして60年。こんなに嬉しい日はありませぬぞ、殿下。反乱が起こってからは、苦渋の舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば」

 

 にっこりウェールズは笑った。

 

「王家の誇りと名誉を、叛徒共に示しつつ、敗北することが出来るだろう」

「名誉ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒共は明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えてまいりました。全く、殿下が間に合って何よりですわい」

「してみると間一髪とはまさにこの事! 戦に間に合わぬのは、武人の恥だからね!」

 

 楽しそうに話すウェールズ達を見て、ルイズは理解出来ないと震える。敗北するということは、つまり死ぬという事だ。それが怖くないのだろうか?

 

「して、その方たちは?」

「トリステインからの大使殿だ。重要な要件で、王国から参られたのだ」

 

 パリーは滅びゆく王国に一体何の用なのか、と訝しむもすぐに笑みを浮かべた。

 

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっております、パリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へ。大したもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。是非とも参加してくだされ」

 

 

 

 

 ウェールズに付いていき彼の部屋に訪れた。

 亡国の王族の部屋。王子が住んでいるとは思えぬ質素な部屋だ。

 

 ウェールズは宝石が散りばめられた小箱を取り出すとネックレスにかかっていた小さな鍵で開ける。

 蓋の内側にはアンリエッタの肖像。隠す気ねえなあ此奴。

 

 まあ手紙さえ受け取れれば一方的に惚れてただけだといくらでも言える。

 何度も読み込まれボロボロの手紙を取り出し、惜しむように最後にもう一度だけ読んだウェールズは丁寧にたたみ封筒に入れ、ルイズに渡した。

 

「…………燃やしてなかったのか、という顔だね」

「ええ、まあ」

 

 ケントを見て、ウェールズは苦笑する。

 

「未練だ。明日の朝には燃やすつもりだったさ。君達が間に合ってくれて、良かった」

「貴方は王族の力を理解しているようだ。その貴方が燃やさぬのなら、その程度かもと思いましたが………つまり」

「君の予想は正しいよ。これは恋文だ。それも、始祖の名の下に愛が誓われた」

 

 ケントはまじかよ、と予想通りだが引いた。ワルドは何も言わず、エルザは良く解ってない。ルイズは目を見開いた。

 

「知っての通り、始祖に誓う愛は婚姻の際の誓いでなければならない」

 

 つまるところ、これは婚姻証明書になり得る。この手紙が白日の下に晒されればアンリエッタは婚約済みということになり、ゲルマニアは彼女の降嫁を受け入れなくなる。

 

「タイミング次第ではもっと厄介になりますな」

 

 ケントならアンリエッタとゲルマニア皇帝の婚約が成立してから公表するだろう。そうすればゲルマニアは重婚の罪を着せられた被害者としてトリステインに攻め込めるからだ。

 

「…………やはり燃やしておこう」

 

 ケントのそんな感想を見抜いたのか、ルイズが止める間もなくウェールズは手紙をロウソクに押し当てた。

 

 ボロボロの手紙はあっという間に燃えてしまった。

 

「なんて、なんてことを!!」

「良いかい大使殿。心配性のアンリエッタは、昔(したた)めた詩が同盟を壊すことを恐れた。だが、薄情な私はとっくに暖炉に捨てていた」

 

 そう言うことにしろと、これは命令だろう。ケントは頷いた。ルイズは、叫んだ。

 

「殿下! 亡命なさいませ! トリステインに亡命なさいませ!」

 

 叫んだ後ケントを睨む。ケントは肩を竦めた。

 あれは睡眠時間を削られた嫌がらせであって、もう気にしていない。ワルドがそっと肩に手を置くがルイズは止まらない。

 

「お願いでございます! 私達と共に、トリステインにいらしてくださいませ!」

「それは出来んよ」

「殿下! これはわたくしの願いではございませぬ! 姫様の願いでございます! 姫様の手紙には、そう書かれていませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫様のお遊び相手を務めておりました! 姫様の気性は大変良く存じております! あの姫様がご自分の愛した人を見捨てるわけがございません! おっしゃってくださいな、殿下! 姫様は、たぶん手紙の末尾に貴方に亡命を勧めになっているはずですわ!」

 

 ルイズを選んだ理由、これか。恋文などと、本来は同国貴族にすら明かせない。ましてや始祖に愛まで誓っていたのだから。

 

 ルイズなら、察して亡命を勧めてくれると思ったな? 全く、国を見てないくせに、見える範囲でなら王族じゃあないか。ケントは少しだけアンリエッタを評価した。

 

「そのようなことは一行も書かれていない」

「殿下!」

 

 残念。トリステインとアルビオンの戦争は、ちょっと延びた。

 

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と、私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりも、私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」

 

 書かれてたな、この態度。だがウェールズはアンリエッタの名誉の為に、臣下に感情で動く王女と思われない為に、王族の名誉を捨て嘘を吐く。

 

「君は、正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、いい目をしている。忠告しよう、そのように真っ直ぐでは大使は務まらないよ。しっかりしなさい」

 

 ウェールズは微笑んだ。白い歯が光る魅力的な笑みだ。

 

「しかしながら、亡国の大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。何故なら名誉以外守るものが他にないのだからだ」

 

 ウェールズは机に置かれた水を張られた盆の針を見つめた。時計のようだ。

 

「そろそろ、パーティーの時間だ。君達は我が王国が迎える最後の客。是非とも出席して欲しい」

 

 ケント達は部屋を出るが、ワルドだけ残り一礼した。

 

「まだ、何か御用がおありかな、子爵殿」

「恐れながら、殿下にお願いしたいことがございます」

「なんなりと伺おう」

 

 ワルドがウェールズに自分の願いを聞かせると、ウェールズは笑っていった。

 

「なんともめでたい話ではないか。喜んで、その役目を引き受けよう」

 

 

 

 ケントはアルビオンの兵とゲームを楽しんでいた。

 持ってきた酒を賭け、ならばとアルビオン軍師達が持ってきた肴や酒を一方的に奪っていく。

 

 先程陛下直々に暇を出された彼等ではあるが、異国の呟きにしか聞こえぬと笑い飛ばしていた。つまり死ぬ気だ。だが皆笑顔だ。

 

「楽しんでおいでか、大使殿」

 

 と、騒がしい人垣にジェームズ1世が現れる。

 

「おお陛下! 聞いてくだされ、この御仁。如何なる遊戯も連戦連勝、我等は此処でも敗北を増やしている」

「おまけに酒や肴も取られ、存分に飲んで食うという陛下のご命令これでは聞けませぬ」

「ささ、どうぞ我等の仇討ちを!」

「全く情けない! 使者殿、この老骨めの相手をしてくださりますかな? この遊戯板でよろしいか」

「なんと! 陛下の得意な遊戯ではございませんか!」

「おお、我等が負けたのは使者殿の顔を立てるために苦手なゲームで挑んだからなのですがな」

 

 ドッと笑いに包まれる中、ケントは駒を並べていく。チェスのようだが、陣は自由。

 ジェームズ1世は竜騎兵を前面に置いた速攻の攻めの陣。対してケントは、長年やってきた彼等でも守りか攻めか読み取れぬ布陣。

 

「さて、何を賭けますかな。おお、この王冠などいかがか。反乱勢には王は居らぬ故、不要でしょうしな」

「私が恥知らずどもに狙われてしまいますな。ふむ、では……一つだけ質問に答えて貰う権利をいただきたい」

「ふむ?」

「事の始まり、大公家の罪」

 

 ジェームズの顔色が変わる。

 

「…………何故かな?」

「サウスゴーダの生き残りと出会いましてな。失礼ながら、彼女はその………」

「みなまで言わずともよい。そうか………そうか。朕も本気で挑まねば」

 

 ケントが勝った。

 

 

 

「許されぬ恋をした」

「ほう?」

 

 殺してしまう程の恋と聞き、ケントは目を細める。

 重婚でもしたか。王の弟が? なるほど、それは恥だ。しかし、殺すほど?

 

 判断材料が足りない。だが……一つの可能性が浮上してくる。

 

「それがロマリアが沈黙を貫く理由か?」

「どういうことかね?」

 

 人払いされ、2人きり。ジェームズ1世はケントの呟きを聞き逃さなかった。

 

「始祖を崇める彼等が、始祖の血統を見殺しにする理由が分からなかったのですよ。内政にも忍び込むチャンスでもあるのに」

「我が姪か甥の存在を知り、その者を立てる、と? 極論ではないかね」

「虚無が復活したとしても?」

「…………何?」

「ワルド子爵が調べていたのですよ。今この時代、虚無の復活の兆しがあると」

 

 嘘ではない。

 

「レコン・キスタの頭目はまあ偽物でしょう。しかし、始祖の血統たる大公の忘れ形見に可能性はある。であれば、無知なその者を民に認めさせた上で操るのは容易い」

「馬鹿な! あのような悪魔の末裔に、宿るわけが!」

 

 ほう、まさかの亜人の子? どれだろ。翼人、吸血鬼? 人に化けた韻竜………いやいやまさかエルフ?

 

「極論でありますよ。始祖の血統の一柱が落ちる、始祖の加護を揺るがしかねない事態に動かぬ理由を考え、そう妄想しただけです。単純に新教徒教皇が纏めきれていない可能性の方が高いでしょう」

「そうでしょうな。無能王といい、新教徒教皇といい………全く、愚かな事は重なるものだ」

 

 ジェームズ1世の言葉にケントは無言で頷いておいた。

 

 

 

「父上と何を話していたのかな?」

 

 ルイズが出て行き、ワルドが慰めるために追い、エルザは女の人達に囲まれ唯一話しかけられる使者であるケントにウェールズが声をかけてきた。

 

「妄想を聞いてもらっていただけですよ」

 

 そう言えばブリミル教総本山とも呼べるロマリアをある意味侮辱したのに、そこに関しての文句はなかったな。王族があの国をどう見てるのか、良く解る。

 

「時にウェールズ殿、私も手を貸しましょうか?」

「何、君が?」

「遠く離れた遥か東にてではございますが、私も各国に名の知れた将なれば、力になれましょう」

「遥か東? なんと、もしや君はロバ・アル・カリイエの? ははあ、さては相当な家柄だろう」

「独自の呼び名が作られるほどのこの地に我が国の威光は届きますまい。落ちぶれた貴族と同等の扱いで構いませぬ」

「では、私と同じだ」

 

 ウェールズは杯を差し出してきた。皇太子に酌をされるのは、中々ない経験だ。

 

「君の力は借りないよ。借りれないさ」

「ほう」

「滅びゆく国なれど、誇りを示さねばならない。王家を相手するのは、覚悟がいるのだと示さなくては、彼等はハルケギニアの王族を侮るだろう。これはね、内憂を払えなかった王家の最後の義務なのだ」

「………………」

 

 ケントは己の王を思い出す。死にかけの国に残された哀れな王子。自国の貴族に殺されるだけだった筈の、それでも最後まで王としてあり、自分達を従わせてみせた王。

 

「なるほど、貴方は我が王に似ている。惜しむらくは、私が信頼を勝ち取ることができないことか。十賢者と名乗れば、故郷ではどの国も諸手を挙げて喜ばれたのだが」

「威光が届かぬ故」

 

 ウェールズは、はは、と笑う。

 

「我が二つ名は戦狂。戦を楽しむ人でなし……この戦場も掻き回してやろうと思ったが、やめた。どのような結果になるとしても、その覚悟を穢すことだけはしないとここに誓おう」

 

 それがケントなりの彼への敬意。そして、そうだと思い出したように球体を取り出す。

 

「それは?」

「魔神の心臓です」

「なんと! 本物か?」

「これは、実は我が祖国から迷い込んだものでして、自爆機能があるのです。火の火薬とは比べものにならない威力を発揮するでしょう」

「……………」

 

 差し出されたそれを、ウェールズは戸惑いながらも受け取る。

 

「いいことを聞いた。であるなら、なるべく敵中央にて散ってやろう」

「良い旅路を」

「気が早いな! ああ、そうだ。手紙を書くわけには行かないが、気に入ってくれたついでに伝言を頼まれてくれるかな?」

「なんなりと」

「ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと、それで十分だ」

「形見ぐらいは残してもいいのでは? 従兄でしょう」

「………では、これを」

 

 ウェールズは指輪を外す。

 

「父が王冠を奴等に渡さぬのと同じさ、王権の象徴を、奴等にくれてやる道理は一つもない」

 

 去りゆくウェールズの背中を見送り、ケントは指輪を暫し見つめ、嵌める。ジェームズから受け取った王冠を被り椅子に座る。アルビオンの貴族達が笑いながら酒と飯を持ってきた。

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