反乱勢が所有するロイヤル・ソブリン号改めレキシントン号。反乱勢が初めて王党派に勝利をもぎ取った地の名を冠する戦艦。
彼等は勝利を確信していた。自分達がただこうして飛んでいるだけで向こうは何もできないと、見張りもせずダラダラしていたら突然ニューカッスル城の一部が吹き飛び慌てて舷側に集まる。
一人の騎士がいた。
「何処の所属だ! 何を勝手なことを!」
城を破壊したのなら、こちら側なのだろうと魔法の拡声器を使い叫ぶが、返答はない。
ヒポグリフに乗った騎士はゆったりと振り向く。その態度に艦長は顔を赤くし、しかし、気付く………。
「トリステインの、マンティコア隊隊長?」
乗っているのはヒポグリフにだが、マントに刻まれたあれは確かにマンティコア隊の紋章。羽帽子は隊長の証。
しかし、と一人の軍人が首を傾げる。彼は上司が裏切った故に軍人として従っているだけの男であったが、そこそこの爵位。同盟国であったトリステインの衛士隊に会ったことはある。
マンティコア隊隊長ド・ゼッサールにしては体が細い。では偽物か。威光を借りたか………まあ、現マンティコア隊も先代の…………先代?
「まさか…………烈風のカリン!!?」
その叫びは甲板に居た多くの人間を戦慄させる。全てではない。同盟国故に、戦ったことがない。戦場で見かけた者は居るが、少なくともこの艦の長は実力ではなく政治的な理由で長となっている者は、明らかに舐めていた。
「ふん。所詮は過去の伝説だろう………これより始まる新時代には不要。何をしに現れたか知らないが、トリステインの貴族ならば、我等の敵であることだけは確かだ」
と、艦長がスッと手を挙げる。真面目な軍人ばかりが故に、意図を察し砲門を揃える。
轟音とともに放たれる無数の鉄塊。城壁を打ち砕く鉄の雨は、空に佇む騎士諸共破壊された城にて呆然と佇む王党軍を狙い………
「ウィンド」
全て返された。
「何あれ、人間?」
ケントに足首を掴まれ逆さまにその光景を見つめるエルザは、スカートを押さえながらドン引きしていた。
両親を殺したメイジ、一人で過ごしていた30年の間に出会ったメイジ………隠れ潜む生き方から、出会った回数は少ないが、彼等がメイジの中では弱い方、なんて言葉すら生ぬるいほど目の前の光景は圧倒的過ぎた。
「今のはウィンド・ブレイクじゃねえ、ウィンドだ」
「何あの人、魔法使いの王様? 魔王様?」
「ハルケギニア最強とされる風使いだ。ルイズの母ちゃん」
頭に血が上ってきたエルザ。ケントが手を離すとクルリと着地して頭を振る。
「他の人達は無事なのにどうして私だけ」
「魔力探知されなかったからだろ。ついでに俺も………こっちが認識してるからって、向こうが認識してるわけじゃなかったな」
取り敢えずルイズ探すか、と瓦礫の中を進むケント。エルザは子供が暴れる湯船に浮かぶ船の玩具のように振り回されるレキシントンを見る。
流石最強の軍船。空中分解していない。
「何者だあの騎士は!?」
「かか、かかかか、か!」
突然の事態に混乱するウェールズ。城は壊れたが、他の仲間は無事のようだ。
あの風は、あの騎士の仕業か?
城は破壊されたが怪我人は居ない。敵か味方か判断しかねていると式が始まってからずっと無言だったルイズがガタガタと震えだす。
「新婦? あの者を知っているのか?」
「カリーヌ様?」
「母様!!」
「…………は?」
母親?
と、混乱していると風が吹いた。目の前に騎士が現れた。閃光の名を冠するワルドすら反応出来なかった。
「あわ、あわわ……あわわわ!!」
可哀想なぐらい震えるルイズは、カリーヌが手を上げるのを見て叱られる、と目を閉じる。
カリーヌはその場にしゃがみ、抱き締める。
「…………え?」
鎧故に力を込めない様に優しく抱きしめられた。
「良かった、ルイズ! 無事で!」
「母、様………?」
恐怖が薄れる。冷たいはずの鎧なのに、温もりを感じる。抱き返そうとするとカリーヌはスッと離れウェールズに跪いた。
「殿下! ご無事ですか!?」
「一体何が!?」
そんな中、他の貴族達もやってくる。カリーヌを見て杖を抜こうとした彼等をウェールズが制する。
「使者殿の母君だ。しかし、式の参列にしては随分過激だ」
「申し訳ありません。末の娘が、戦場に向かったと遅れて知り慌てておりました」
「遅れて? 君の娘は、アンリエッタの使者として来たのでは?」
それを親が知らないとは、ウェールズの常識では考えられない。
「密告がなければ、何も知らず空の下で日常を過ごしていたでしょう」
「! まさか、アンリエッタが…………そんな……」
故にその言葉に目を見開き、次に申し訳無さそうに俯く。
「すまない、原因は私にもある。父を早くに亡くした彼女と違い、私は知っていたんだ。私達が結ばれてはならないことを」
「我が国の姫の現状に目を向けず、王族を信頼しすぎた我々自身にも責はあります」
ルイズはどうすれば良いのか解らずオロオロしている。が、はたと気付く。
「そうだ! 皇太子様、母様なら! 母様なら、恥知らずな貴族派なんて吹き飛ばしてしまえます!」
「……………それは聞かなかったことにしておこう。まだ若く、戦場を知らぬ失言だと。貴方も、一度だけ許して欲しい」
「ウェールズ様?」
「君は今、自分の母親に人を殺せと……殺しに来る者の前に立てと言ったのだよ」
「────!!」
ルイズはハッと顔を青くする。もちろん母の伝説を父から聞かされ、それが誇張でも何でもないのを経験として知っているというのもあるのだろう。その上で戦場を知らないから、母ならなんとでも出来ると信じていたのだろう。
「帰りますよ、ルイズ」
「でも、でも………それじゃあ、姫様が………」
「ああ、それとジャン」
と、カリーヌはワルドに視線を向ける。
「勝手に式をあげようとしたことは後で問い詰めるとして、一つ答えなさい」
「は、はい!」
ワルドは姿勢を正しながら叫ぶように返事をした。
「…………貴方は『レコン・キスタ』ですか?」
場の空気が凍る。誰もが時を止める中、閃光が閃いた。
「おっと」
「っ!!」
「ぐっ!?」
ウェールズの背後から迫るもう一人のワルド。彼の腕をケントが蹴り、狙いが逸れたレイピアがウェールズの肩を切り裂く。
「ワルド!?」
ルイズと婚姻を挙げようとしていたワルドが近くのルイズに手を伸ばし、カリーヌの蹴りが腹にめり込む。
「………マジか。あれ、無意識で?」
そんなカリーヌを見ながら少し引いた様子のケントはワルドに片手を向け、雷がワルドの身体に走る。
「かっ………!」
「ワルド………どうして!?」
倒れるワルドは、ルイズの戸惑いの叫びに応えず再び呪文を紡ごうとしてカリーヌの風に吹き飛ばされた。
「…………貴方は?」
「東方より召喚されしルイズ様の使い魔、ケント・ルイミニアと申します」
「使い魔………? いえ、東方の………では、貴方が」
カリーヌが困惑する中、鬨の声が聞こえてきた。ウェールズはハッと振り返る。
「急ぎなさい、使者達よ。君達がこの戦いに巻き込まれてしまえば、王家の誇りある敗北はただ惨めな敗北に成り下がる」
「……………ご立派でした」
カリーヌは礼をするとルイズをヒポグリフに乗せる。
「使い魔殿、おはやく」
「俺は少し、ここに残ります。何、東方には西方にない逃走用の呪文も存在する故」
カリーヌは少し迷った末、ヒポグリフを飛び立たされる。
「ケント!」
「後でな、ルイズ」
ケントは手を振り見送った。
「…………我々の戦いを静観してくれるのでは?」
「ええ、静観しますとも。誇りある敗者達の、語られぬ最期を」
「おっと、使者殿は趣味が悪い」
ウェールズと貴族達は大袈裟に笑う。
「…………忘れてくれるな、異邦の
「…………ああ、約束しよう」
残りたった三百の王党派。五万の軍勢ですり潰す。これは、そんな簡単な作戦だったはずだ。
だというのにレコン・キスタの兵は突っ込んでくる老いたメイジ1人すら止められず陣の内部に入られた。
「一番槍! このパリーがもらった! 同じ老いぼれ共、若造共! 一足先にヴァルハラでヴァルキリーの膝を堪能してくるぞおおお!!」
発火の呪文が唱えられ、爆発。数人が巻き添えを食らう。
「たかが侍従が偉そうに! 続け続け! 追いつけば、この老兵達こそがこれまでの功績をヴァルキリー達に慰めてもらえるぞ!」
1人、また1人と死んでいく。多くの命を巻き添えに。
勝利を確信していた、蹂躙の愉悦に酔っていた貴族派達の士気は乱れ、より深く王党派の兵士が陣に食い込みヴァルハラへと旅立っていく。
「良くわかんない。何で逃げないの?」
「お前の両親がお前を魔法から庇った理由に近いんじゃないか?」
その光景を見ながら呟く2人の主従。と、一際大きなうねりが見える。
「さあ、この首を欲しくば取りに来い! ただの兵のまま終わりたくないのならな!!」
その首を手に入れれば昇格が約束されるウェールズの首を、我先にと求める貴族派達。肉に群がる餓えた獣でもまだ秩序があるだろう。
トライアングルメイジであるウェールズは風を纏いながら敵を吹き飛ばし陣の中枢まで喰い込む。
「あ、刺された」
数多のメイジの風により、とうとう守りが剥がされ、無数の槍に貫かれる。口から血を流しながら、掲げられた魔神の心臓。
瞬間、戦場の一角が眩い輝きに包まれる。
「今回は球体か………ロボットアニメの話にハマってた時のだな」
丸く燃えがった炎。大地を蒸発させ、骨すら溶かす高温。炎の外にいたものすら燃え上がって死んでいる。
死体はカケラも残らなかった。
「………二万ってところか」
目が〜! と転げ回るエルザを無視してケントは敵の被害を数える。かなり持っていった。
死者の数は300と二万。一体誰が貴族派の勝利を認めるか。
「行くぞ」
「帰るの?」
「その前に、お前の人形を増やしに」
ワルドは1人森の中を彷徨う。ケントの雷に神経を焼かれ、カリーヌの風で骨を砕かれ、よく動けるものだ。
たびたび鳴り響く轟音は、王党派が貴族派を巻き込み死に絶える音だろう。一際大きな轟音を最後に鳴り止んだ。
決着がついたのだろう。勝敗は解る。これを、勝利と呼べるかは知らないが。
「………任務は果たせずじまいか。まあ、良い」
レコン・キスタでの自分の地位は、酷く下がるだろう。それでも、聖地にたどり着けるなら小間使いでも構わない。
罪の清算。母が恐れたそれを知るためなら………。
「よお」
「…………ケント」
目の前に現れたのはケント。道端で話しかけるように、気安く声をかけてきた。
「お前が裏切ってたのは気付いてたよ。フーケを迎えに来てたみたいだな?」
「あの時俺の偏在を壊したのは………」
「俺の使い魔みたいなもん」
「マジックアイテムか?」
ワルドの中では、ケントは神の知恵だった。だから、ならば………。
「お前は知っているのか、聖地に、何があるか…………」
「それが動機か。素直に打ち明けていりゃ、友になれたかもしれねえのにな」
「もう、無理か?」
「だってお前、変に真面目だからな。お前自身が、もうなる気がない………ま、いいさ。約束で縛る駒より、確実に従う駒が欲しかった」
「………何を?」
ギアスでも使うつもりか? いや、洗脳のマジックアイテム? 警戒するワルドは、風のメイジ故にその空気の動きに気づいた。
「あ、バレた」
背後から迫ってきたエルザ。その唇から除くのは、鋭い牙。
「吸血鬼!?」
「メロウ」
ワルドが咄嗟に呪文を唱えようとした瞬間、突如現れた水が顔を覆う。
「!?」
「その子は私の水の力と同質の力を持っているの。遠く離れた人形でも、その子を通すと話せるのよ」
口から、鼻から、涙腺、耳と顔中の穴から体内に入る悍ましい吸血鬼の水の力が、ワルドの肉体を書き換えていく。
やがて水が剥がれる。人魚を象った水は主人同様嗜虐的に微笑んでいた。
「おはよう、貴方はだあれ?」
倒れたワルドの顎をつま先で持ち上げながらエルザが尋ねる。
「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。トリステインの子爵………いや、これからはレコン・キスタの小間使いかな」
「貴方のしたいことは?」
「聖地にたどり着くこと。母が何故狂ってしまったのか、それが知りたい」
「貴方がするべきことは?」
「小さな主人を守ることさ」
エルザはニコリと微笑む。
「よろしくね、ワルド。私はもう帰るけど、貴方の中にいるメロウの一部を桶かコップに入れて話しかければ、私達にも伝わるわ」
「ああ、解った。では、本陣に戻るよ」
「フーケっていう………本名はマチルダって女の人に会ったら仲良くしてね。貴方と同じで、お兄ちゃんの奴隷だから」
ワルドは解ったよ、と生前と変わらぬ笑みを浮かべ去る。ケントはその背中を見送った。
「友達になれなくて、残念?」
「仕方ねえよ、戦時だから」
エルザの言葉に肩を竦め、ケントは歩き出した。エルザもその背中を見つめ、すぐに後を追いかけた。