「いやいや、まさか最後の最後で2万の軍勢を巻き添えにするとは! ははは、これでは突撃を命じた余は道化だな! うむうむ、『無能』の名は未だ返上できそうにない!!」
一人部屋の中で豪快に笑う男が居た。
水底のように青い髪をした美丈夫。ガリアの青を持つ………つまりは王族でありながら鍛えられた身体は古の戦士の如く。
彼の前には巨大で精巧なハルケギニアの模型が置かれていた。
「おまけに伝説の烈風が吹き荒び、戦勝に喜べず及び腰とは。優秀な駒を揃えられぬとは、我等ながら情けない! む?」
と、独り言を繰り返していた男はふと止まる。
「おお! 慰めてくれるか、余の愛しの
蝶よ花よと育てられていた百合の花か。いやいや、ならばウェールズが死んでることに説明がつかない。実は黒百合であったと言うなら、それはそれで面白いが。
「結果として得るものが些か少ない気もするな。オトモダチを向かわせた真意も判らん。穴熊を決めていた公爵殿か? ううむ、にしては烈風の参戦が遅い」
そもそもこちらも、娘を行かせる理由がない。いや、あるか? 無能と噂の三女に、風のルビーと始祖のオルゴール……確かめるなら持って帰ってからでも良いな。
姫と公爵。こちらは可能性が低い。確実にないと言えるのは鳥の骨か。下手を打てばトリステインが崩壊していた。
姫と公爵ならば動きが遅く、鳥の骨なら更に遅過ぎる。国を危機から救うのにしろ、危機に陥れるにしろ、タイミングが合わない。これではどちらに転ぶかわからないではないか。
「いや待てよ? まさか、その可能性を知った上で無視していたのか?」
で、あるならば不可解な一手にも説明がつく。トリステイン魔法学院の何者かが偶然今回の任務を知り、密告した。国を乱すため、ならば指すのが早いが、結果がどちらでもいいのならば、遅いとも速いとも取れるタイミングになるのも当然だ。
「ううむ、国をなんだと思っているんだ!」
文句を言って、しかしすぐに余の言えたことではないな! と笑う。
しかしここにきて読めない相手が出てきた。二万を消し飛ばす未知の魔道具に加え、そもそも国を守る気がない。ゲーム感覚で俯瞰しているとしたら、行動が読めない。気分で変えてくるかもしれないからだ。
「まったく、気分で動く指し手ほど厄介な者はいないな」
と、男はサイコロを転がす。出た目を見て、紙束をめくり…………。
「面白くないな。別の手で行こう………うむ、急に指し手が現れたのだ。決まり事を多少破る程度は、仕方ない。ああ、仕方ないとも」
紙束を投げ捨てた男はアルビオンに置かれていた人形を手に取ると何やら語る。
不気味な棺の駒が、月明かりに照らされ不気味に輝いていた。
また、別の場所。
「そうですか、アルビオンが………」
報告を聞き、悲しそうに呟く美しい男。隣に立つ両の眼の色が異なる月目の少年も美しい。報告に来た少女は夢を見ているかのように頬を染める。
「まさか二万の兵をも消し去る炎とは………四の四は無事でしょうか」
「そうあると信じたいですね」
「あ、あの………」
美しい男達に声をかける少女。視線を向けられただけで、胸が熱くなり言葉を忘れてしまいそうになる。
「……な、何故……アルビオンに救援を送らなかったのですか?」
ゲルマニアが自身を見下す三王家を見捨てるのは解る。トリステインに余裕はなく、ガリアは無能。しかしこのロマリアならば、と心優しい彼女は思ってしまった。
始祖に連なる三王家の一角が失われた、というのも敬虔な信徒である彼女の心をざわつかせた。
「ええ、貴方の疑問ももっともだ。わたくしも彼等には、生きていて欲しかった」
美しい顔というのはそれだけで得をするようで、質問の答えを貰っていないのに少女は罪悪感を覚えてしまう。
「も、申し訳ありませんでした」
そう言ってそそくさ退出してしまう。こんな顔をなさる人を疑ったことを恥じながら。
「おや、聞かないのですか?」
扉が閉まると伏せていた顔を上げる男。
「聖下も人が悪い」
「残るのなら、話す気でしたよ。わたくしの罪を」
「では僭越ながら、私が懺悔を聞きましょう」
「死んでほしくはなかった。ですが、
矛盾しているようで、その実彼の中には何の矛盾もない。
死んでほしくないというのは
「彼等は大公の忘れ形見を決して受け入れないでしょう」
「王家に担い手が現れなかった以上、受け継いだのは大公の血族という事になるでしょうね」
そしてそれはつまり
男は真なる聖地を手にしてハルケギニアを救う為なら、エルフと手を組んでもいいと思っている。聖地に住まう悪魔達と戦う為に、手を組めると信じている。
「トリステインも公爵家でしたね。王家直系に宿ったのは、ガリアだけでしたか」
「そのガリアも何やら動いているようですが」
しかし、無能王とは名ばかりの怪物が支配する国は彼等とは言え探りきれない。
「ガリアの『予備』は確保しています。必要であれば、ジョゼフ王には………そうなってほしくはないですが」
重ねていうが、男は矛盾無く殺したくないという思いと、殺すための準備を進めている。全ては世界のために、小を切り捨てる。
「遺言状は破棄するように伝えますか?」
「リュティスの神父は、わたくしを快く思っていません。下手に動けばこちらの不利になりますよ」
「では、準備だけしておきましょう」
「ええ、頼みます」
男の言葉に跪く少年。その右手には、使い魔であることを示すルーンが刻まれていた。
「………………」
使い魔を連れて行くのだと騒いでヒポグリフから飛び降りようとするルイズを結局気絶させたカリーヌ。疲れたヒポグリフでも滑空程度なら問題はない。
ルイズは無事救出出来たが、使い魔の彼は…………。
「………………」
と、思考を切り替える。気配を感じた。雲の中から蒼い鱗を持つ竜が現れた。
「ルイズ!!」
その背に乗る炎のように赤い髪をした少女が叫ぶ。青髪の少女も杖を構えていた。金髪の少年は混乱している。竜は何故かジャイアントモールを咥えているのでブレスはないだろう。
「ルイズの学友ですか?」
「………貴方は?」
代表して聞いてきたのは青髪の少女。ガリアの青………しかし、知らない。ジョゼフ1世の娘ではない。そもそもガリア王家がトリステイン魔法学院の制服を……とそこまで考え首を振る。今は彼女が何者でも関係ない。
「ルイズの母です。娘が迷惑をかけたようで………」
ルイズについてきてくれたという生徒達だろう。それを母親として嬉しく思いながら帽子と仮面を取る。証明にはそれで十分だと思ったからだ。
「うわぁ、ルイズのキツさを何倍にもしたみたいな顔だ」
ルイズに危険に付き合ってくれる友達がいることを嬉しく思う。なので金髪の少年の言葉は見逃す。
「ダーリンとエルザちゃんは?」
「キュルケ、それじゃ伝わらないよ。異国のメイジの男と、小さな少女をみていませんか?」
「ここにいるぞ」
「「「「!?」」」」
全員が振り返るとケントがいた。幻獣には乗っていない。アルビオンからここまで、その身一つで飛んできたのかと驚愕する生徒達に対して、カリーヌは困惑していた。
高位の風使いたる彼女は周辺の風の流れを察知する。接近するものあれば気付けたはず。もちろん相手が風を操る場合は話は別だが………今の風の動きはまるで突然空間に現れたかのような………。
「それで、ヴァリエール夫人。このまま城に向かい報告を?」
「………我が屋敷へおいでください。報告はわたくしが致します故、詳細を聞かせてもらえるでしょうか?」
娘を姫様に会わせたくないようだ。
溝は生まれたな。内戦にまでは発展しなかったようだが。
ケントはカリーヌの態度からトリステインの現状を推察する。ルイズに目立った怪我もない。精々が、抗議程度か。抗議ついでに王とは何かを講義するかもしれないが。
竜の背に乗りながら風のルビー、アルビオン王家の冠を弄びながら、『箱』から取り出すのは音が鳴らないオルゴール。
特殊な術式で聴けぬようにされているがケントにはその音色が聞こえる。刻まれた詠唱も。
ルイズには魔法を使えるようにすると約束しているから、残念ながらこれを使わせるわけには行かない。となると………
ルイズの力が共鳴しているのには気付いていた。他の虚無の担い手が存在するのだろう。間違いなく王族、あるいは大公家。不用意に手を出して戦争………はいいとして、流石に使い魔の身分でかける迷惑を超えている。
となるとモード大公の忘れ形見か、もしくは……………チラリとタバサを見る。
ガリア王家では双子は片方を殺すらしい。そしてケントの世界において双子とは共鳴魔術の実験によく使われている。他にも儀式にも………まあ要するに、ハルケギニアの魔法に置いては意味がなくともケント達の世界には魔術的な意味を持ち、ならば当然他とは違って見えるわけで…………。
候補は2つ。片方は死んだことにされていて、片方は王家から存在を消されている。うん、後で担がれる心配のない方保護して移植して研究に付き合ってもらおう。