ヴァリエール領。
隣国ゲルマニアに接する国境の領地。公爵家だけあり、使用人の一部も奉公に来た貴族、或いは家に忠誠を誓った傘下の者達。
ギーシュも家格でこそ劣っていないが、軍閥貴族という特性と、軍はきらびやかたれという家訓の下金を使うグラモン家は屋敷と領地を維持するだけで限界な有様なので、とても緊張していた。
逆にキュルケは己の屋敷であるかのように堂々と過ごしている。仮にもヴァリエール領とは何度も領地を奪い合い殺し合っているツェルプストー家なのに。
タバサは食事の時以外書斎に籠もっている。
ルイズはあの日から部屋を出してもらえていない。両親の指示らしい。
もう3日だ。
使い魔のケントといえど男だから入れてもらえないのか、それとも来ないだけかルイズに判断はつかないがエルザやキュルケぐらいしか会いにこない。
さて、そんなケントは、書斎にて本を読んでいた。
背もたれを倒したソファーにでも座っているかのような体勢で宙に浮き、周りには惑星のように数多の本が浮遊している。
「成る程成る程………全く、面倒なものを託してくださる」
『始祖のオルゴール』、『アルビオン王家の王冠』を取り出すケント。風のルビーはカリーヌに頼み、ウェールズの形見としてアンリエッタに届けたが……それさえ譲られればケントは新たなアルビオン王を指名することが出来る。
もちろん、共和制となっている元反乱勢にして現政府を打ち倒してからだが。
別に共和制を否定するつもりはないし、この大陸の行く末も興味がない。強いて言うなら、あの誇り高い王族を倒し国を手にした彼等は、それに相応しい国を作れるか、だ。
色々大変なようだし。
なにせ死にかけの、たった300の王党派に対して死者は二万。その殆どが後から合流したレコン・キスタではなく、大公の仇討ちのために王家の首を欲しがった貴族派。
もちろんレコン・キスタが彼等を立てたと言えばそれまでだが、感情はどうしようもない。議会制で、議長を投票で決めたとは言え貴族派はいい気分ではないだろう。政治家気取りの媚売貴族と、彼等の力を借りねばならなかった不透明な理由での処罰を許せなかった貴族達の溝はより深くなった。
「その上でまとめ上げているとするなら、なるほど大した傑物だがなぁ」
レコン・キスタ指導者にして現議長オリヴァー・クロムウェル。始祖より虚無を授かったと自称する彼は、生命を与え死を覆すらしい。エルザの人形もそれを目撃。
さて、それは本当に動いているのか、或いは動いているだけの死体なのか。
この世界で回復を司るのは水で、洗脳も水。肉体と精神に密接にかかわる属性。正気の議員はいかほどか。
「……………」
無重力空間の中をドリルのようにくるくる回転しながらスーと進むタバサ。
無表情………あれは、どういう感情なのだろうか?
と、その時書斎の扉がノックされる。
「旦那様がお戻りになられまし………た!?」
呼びに来た侍女は浮いてるケント達を見てギョッと固まる。ケントは読んでいた本をパタンと閉じると浮かせていた本を元あった場所に戻す。
床に降りタバサも降ろそうとするが、じっと見てきたので浮かせたまま移動することにした。
「足止めして済まないね、学院には儂から話を通しておこう」
ギーシュとルイズは一応アンリエッタが学院長に話を通したが、無断欠席のタバサとキュルケにとってはありがたい。
「そして、初お目に掛かるミスタ・ルイミニア。我が末の娘の使い魔召喚にて、巻き込んでしまい申し訳ない」
一応は正式な召喚で呼び出され……たわけでは、実はなく、
多分使い魔契約を解除してもう一度召喚を行ったら別の誰かが呼ばれていただろう。まあ、あの召喚、好感度も関係しているから今のルイズは分からないが。
「だが、儂はこの数奇な偶然に感謝している。おかげでルイズがコモンとは言え、魔法に成功したのだから。ありがとう、心から、感謝する!」
公爵家当主のラ・ヴァリエール公爵が、何処ともしれない異境の貴族に頭を下げる。ある種異様な光景に、しかし止める者は居ない。
彼の感謝はこの家の総意なのだろう。いや、使用人達の視線の動きからして、空いた席………恐らくは長女はその辺りの身分による対応に厳しいようだ。
「お顔をあげてください公爵様。数奇な偶然と言われれば、確かにその通りです。ですが私も未知の地に訪れられた事を嬉しく思っています」
「そうかね?」
「我が国の魔法とは異なる魔法体系。始祖の御業は、賢者などと崇められる私にとっても大変興味深い物ですから」
これは本音。異世界魔法は遅れてる、などと思った事はあるし術式的にはケントの世界魔法の方が発展しているが、重要なのはそこではないのだ。
「ほう、ルイズの魔法を目覚めさせることが出来た貴方でも、始祖の魔法に関心が?」
「ええ、神の代行と呼ばれるのも納得です」
その言葉に誇らしげなハルケギニア人。
「しかし、賢者とは。儂も賢者様とお呼びしたほうがよろしいか」
「この地に来た時点で、この肩書に何の意味もありませんよ。国も領地も、塔も干渉できぬのですから」
「だが君はこうしてここにいる。この先も無関係とは限らんよ」
「…………では、大公と。こちらに馴染み深いのは、そちらでしょう」
ギーシュがぶっ! と吹き出した。ルイズは知っていたが、改めて言われて固まった。
キュルケはまあ、と関心しタバサは…………良く解らない。ただ興味なさげだった態度を貫いていたが、今は視線を向けている。
「ほう……いや、失礼した。私の方が格下やもしれないな」
「所詮功績で得た地位ですよ。王家に連なる血統である公爵閣下とは比べるべくもないでしょう」
「なに、功績を下に王家の姫を娶り公爵となる者も、歴史の中におります。その初代ともなれば、尊敬に値する人物でしょう」
「それを言うなら、領地経営を人任せな戦ばかりの粗忽者にとっては、貴方こそ尊敬に値します」
長々話しているがようするに、お互い畏まるのはやめよう、的な会話だ。
「では、そうさせてもらおう。何分、ああいった口調は苦手でな」
「なに、気にすることはない。他国の大公、それも功績を経て至った初代を畏まらせる方が問題だ」
ギーシュは他国の大公に滅茶苦茶馴れ馴れしくしてたし、なんなら決闘までしていたことを思い出しカタカタ震えだした。
「地味な歓待ですまない。本当は、夏季休暇に呼ぶつもりだったのだが」
「では、その時改めて伺うとしよう」
「ああ、その時こそ盛大に宴を開こう」
と、夏季休暇中の予定が決まった。
「夏季休暇といえば、ルイズはどうするので?」
「うむ………軽率であったことは確かだが、王族の命に従うというのは、貴族として間違っては居ないから、その………」
「……………?」
「そこまできつい仕置きにはしないつもりです」
カリーヌの言葉にルイズがガタガタ震えだした。使用人達もそそくさ退出していく。
「カ、カリーヌ。ルイズはほら、規則や法を破った訳では無いから、こう………もう少し手心を」
「あなた、甘やかさないでください」
「いや、あの……」
「母様、ルイズはその、頑張って………」
ルイズが助けを求める目を向けてくる。面白そう。このまま放置しよう。
「お、おほん! そうだ、ルイミニア殿、賢者と呼ばれるならば、東方の医療についても詳しいのかね?」
「医療? いや、賢者とは魔法に関しての事なので。医療魔法を得意とする『慈愛の賢者』ならば兎も角、俺自身は戦場での傷の治療や疫病対策程度しか」
死んでさえいなければ救ってみせると豪語し、実際は死にたてなら蘇生してみせる医療魔法のエキスパート。
戦狂の名が示す通り戦場にて死を振りまくケントと戦場にて敵味方関係なく癒す彼女は良くぶつかった。
まあ、それでも彼女も魔法使い。聖女とも崇められているが、実際は魔法が研究できるからというのが6割。人を救いたいのが2割、暇つぶしが2割だが。
「その『慈愛』程でなくとも、東方の医療が出来るのだな?」
「………………」
気付けばラ・ヴァリエール公爵のみならずカリーヌや残っていた使用人、後タバサが見ている。
「………まあ、一応」
「では、私の娘を診て欲しい」
「……………」
ルイズは健康。ならば、と一人の女性を見る。
ルイズやカリーヌによく似た、ただし厳しさとか高慢さを抜いて慈愛を胸に詰め込んだような美しい女。
ヴァリエール家の次女カトレアと言ったか。
その目は気にしないでくださいと言っている。健康になることを既に諦めている目だ。
「確実に治せ、とは言わん。高名な水のメイジに見せても無理だった。それでも、可能性にかけたいのだ」
「………やれるだけはやってみよう」
『慈愛の聖女』テレシア・アリマニア
ケントが戦争特化の賢者なら、彼女は治療特化の賢者。もちろん賢者なので他の魔法も高水準で使える。
ケントが国に仕えてからは兵達の治療、民達の医療のために彼女に学びに行った。その際彼女は死刑囚を連れてきて『治療魔法の実験するから死なない程度に殺して』と言うのでケントは内心『慈愛()』と笑っていた。
元々は命を救うために魔法使いの道を目指して居るので、命を救いたいとは思っている。
ケントとは当代の十賢者で最も人を救った賢者と最も人を殺した賢者と真逆の存在として扱われているが、戦場で敵対関係になるか夜のベッドぐらいでしか争ったことはない。