フーケはアルビオンのとある城塞で眉間にしわを寄せていた。雇い主からの連絡が原因だった。
大公の忘れ形見の居場所を知っているかと尋ねられたのだ。そしてフーケは……マチルダは知っている。彼女を匿っているのは他でもない、自分なのだから。
「エルフの魔法に興味があるなら生憎だったね。あの子に先住魔法の才能はないよ」
『ほう、大公の忘れ形見はエルフか』
「────!!」
しくった。化け物みたいな強さに、見たこともないマジックアイテムを見せられ情報収集能力を過大評価していたらしい。
『…………待て、なんでエルフがアルビオンに?』
「は? そりゃ、空にあってロマリアも他の三国と比べて、干渉し難いし」
『馬鹿かお前。選ぶ理由なんて聞いてねえよ』
「ば──っ!?」
サハラと接するガリアならまだ解るが、どうやって浮遊大陸アルビオンに辿り着けたのか。
『他に仲間が居たのか?』
「いや、一人だ………言われてみれば変だね。シャジャル様は美人だ。女の一人旅なんて、先住魔法が使えるにしたって………」
姿を変える魔法、相手を眠らせる魔法、先住魔法には色々あるだろうが、サハラからアルビオンという長い道程をたった一人で歩ける者か? 道中正体がバレて討伐軍が編成されると考えるのが普通だ。
「あ、いや、そうだ………エルフじゃないけど、手を貸してくれた優しい人達が居たって言ってたかなぁ」
『その女の頭は花畑か』
「実際これたじゃないか。で、エルフとの和平の道を探していた大公様の噂を聞いて出会ったってわけさ」
何処か得意げなのは、彼女から見ても二人はとてもお似合いの夫婦だったからだろう。
通信機からの声が消える。僅かな物音が聞こえるから、まだ繋がっているのだろうが。
『大公領にエルフ? てか、そんな噂流されてた時点でロマリアが動くだろ。その噂、本当に流れてたのか?』
「…………いや、それは……あたし、あの頃は民の噂なんて知らないし」
『………………ロマリアの神官共は、国境を越えて寺院に移動する権利があるよな?』
マチルダは首を傾げた。あのうざったいぐらいのブリミル教徒共と、エルフの密航を繋げられなかったからだ。
確かに『聖地奪還』を謳い度々内政干渉してこようとする数百年前ならともかく、あの時代のロマリアなら宗教庁という後ろ盾を理由に、他国に簡単に移動できてしまうが。
「シャジャル様は、確かに毎日ブリミルに祈るお人だけど、それでもエルフだよ? 話が通じるエルフがいるとして、それをアルビオンに連れてきてロマリアになんの得があるってんだ」
『国が乱れる』
「………………」
別に子を残す必要すらない。王弟がエルフと関わっている、その事実をそれとなく王室に密告すれば、王室はその事実を消そうと動く。民心を理由に、決してその事実を表に出さず。
まあ、モード大公の人気は強く国は乱れたが。
『支援を申し出て内政干渉も出来るだろ。王の側仕えに神官を一度でも置けば、今後拒絶出来まい。神の言葉から耳を背けるなど異端なのですか〜? ってな』
「………だったらなんで連中はテューダー王家を支援しなかったんだい?」
尊敬する2人の出会いや、可愛い妹分の存在が他所の誰かの思惑があると思いたくなくて、震える声で尋ねる。
『そのハーフエルフ、先住魔法が使えないとのことだが、ひょっとして四系統に属さないルーン魔術は使えるんじゃないか?』
「…………………」
マチルダは息を呑む。その言葉には確信はなかった。あくまで予想………このタイミングでその質問が出るということは、あの子が『あれ』を使える事実が彼の推測の信頼度を補強するということ。
『当たりか。なら、狙いはそこだな………そいつの『虚無』を手に入れるために、殺せと主張するであろうテューダー王家が邪魔だったのさ』
「虚無………? あの子が、虚無だって!?」
始祖ブリミル以来誰も発現しなかったという伝説の系統。他の四系統を遥かに凌ぐ力を持つという。
「だ、だけどあたしが見たクロムウェルの虚無とは………」
『クロムウェルの虚無?』
「死人を蘇らせていた………」
『………こっちで研究してる虚無にも似た力はあるな。因みに記憶の書き換えとかもあるぞ? 王党派が一気に劣勢に立たされたのは、これもあるんだろう』
マチルダはカタカタと震える。記憶の書き換えはともかく、記憶に干渉する魔法は確かにあるのだ。
「ふざ………ふざけるんじゃないよ! あの子は、生まれたことすら、誰かに利用されてたってのかい!?」
『可能性は高いな。ロマリアが虚無の目覚める時期を知っていたなら、他のどの国より早く動ける。それこそ、何の動機もないから疑えない時期から』
内乱のアルビオンとガリア、国力低下のトリステイン。
始祖の子孫と弟子が建てた4つの国の内、光の国とは名ばかりの、貴族の代わりに司祭が国民を貪る魔窟は民ばかりが苦しみ国そのものは一切傾いていない。
新教徒教皇などと揶揄される若い男が他の司祭を差し置いて教皇になっても、反発する司祭は居れど、反乱は兆しさえ見えない。
「でも、だとしたら………連中は、何時から? 前の教皇も関わった大計画だってのかい?」
『可能性は高いな。それこそ、6000年前から続くエルフを徹底的に憎む教育だってロマリアの策謀かもよ。知ってるか? 始祖ブリミルの使い魔は、エルフの技術で作られた剣を持ってたんだと』
吐き気がしてきた。
クロムウェルの虚無で死体が動き出した時以上の吐き気だ。
光の国、なんてふざけた名前だと嘲笑っていたロマリアが、ただ貧富の差を隠して贅を貪る怪物の住処と思っていた頃よりも悍ましい何かに思えてきた。
『ゲルマニアに土地を買った。不安ならそこに移せ』
「…………あんたに預けろってのかい?」
『俺は犯罪者の人権は考慮しねえが、犯罪者の身内ってだけの奴の人権は無視しねえよ』
つまり
「なら………」
『ちょっと待て。別の俺から連絡…………は、ミノタウロスに脳を移植!? 魔法は変わらず使える!? なにそれ詳しく!』
「あ、おい!」
『じゃあきるな。またな』
ブチッと音が鳴り通信が切れる。マチルダは、通信機をベッドに投げつけた。
テファの母ちゃん、どうやって浮遊大陸まで迎えたんだろうって話。
実際ロマリアに都合が良かったよね、あの時代。何時から暗躍してたのだろう。
ところで始祖の遺産に刻まれた言葉って本当にブリミルの言葉? あんな威厳のある男じゃなかったろ。なあ、フォルサテ?