「誰よその女」
「ジョゼット・ルイミニアです。ルイミニア家の養女として、この学園に通うことになりました」
「…………養女?」
ケントが連れてきた銀髪の女は、ペコリとたどたどしい挨拶をする。
どういう事? とケントに視線を向けるルイズ。
「珍しい存在だから拾った。どこかの貴族の落胤だろう。いらないようだから、もらった」
ルイズはむむ、と顔を歪める。珍しい、とは才能だろうか? 何でも授業には出すが魔法の実践はケントが面倒を見るとか。
それじゃあこの子がケントの一番弟子みたいではないか。
「はい、お兄様! 頑張ります!」
キラキラした目を向けるジョゼットと頭を撫でるケント。ルイズは更に不機嫌になった。
「わ、私、姫様の婚約の時
「ん?」
トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式は選ばれた巫女を用意する。選ばれた巫女は『始祖の祈祷書』と呼ばれる王室に伝わる国宝を片手に詔を読み上げるらしい。
「………『始祖の祈祷書』?」
名前は知ってる。
「だから、その………詔を考えるの、手伝ってほしいのだけど」
「いや、そういうのは自分でやるべきだろ」
まあ宮中の貴族達が確認して推敲を手伝うだろうが。
「そ、そうだけど。感想を聞かせてほしいのよ」
「まあ、それぐらいなら」
「…………………」
「ああ、聞かれるのが恥ずかしいのか? エルザ、ジョゼットの相手しててやれ」
「は〜い!
「は、はい!」
ん? 今エルザが呼び方変えてなかった? と首を傾げるルイズ。まあ良いか、と視線をケントに戻す。
「この麗しき日に、始祖の光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。恐れ多くも祝福の詔を詠み上げる……………」
「……………」
「……………」
「………?」
「………こ、ここから、どうしよう」
「知らね」
「イリュージョン!!」
ジョゼットが杖を振り下ろすと現れる幻影。波打つ海だ。
虚無魔法「イリュージョン」。幻覚を生み出す魔法。虚無の初歩の初歩だ。映像はイメージに依存。
竜の大群を出すように言ってみたが、シルフィードとイルククゥが沢山出てきた。なので彼女も馴染み深い海を出させてみた。
「相棒、おれぁ初めてだよ。担い手を変える使い魔なんて。何でミョズニトニルンじゃねえんだろうなあ?」
「さあ? 既に召喚されてたんじゃないか。それに、俺も武器は使えるしな」
本業じゃないけど、と付け足すケント。
まあ最悪トレース魔法で向こうの英傑の剣を真似できるし。『英雄』の上位クラスは流石に無理だが。
「しかし、そのミョズニトニルン。あらゆるマジックアイテムを操る、だったか? それに幻獣含めた動物の操作……それを体の一部に書くだけで可能にする。やはり本人に会いたかったなあ………この『
まだジョゼットに覚えさせるのは早い。
「となると始祖の秘宝か。さて、どれがちょうどいいか」
「ルーンだよ」
「ん?」
「『ガンダールヴ』のルーンにはブリミルとガンダールヴの姉ちゃんの思いが込められている。それで過去のブリミル達に会えるはずだ」
「ガンダールヴ? 使い魔のルーンじゃなく?」
虚無の使い魔、ではなくガンダールヴを名指し。ガンダールヴだけが特別?
姉ちゃん………女? 始祖ブリミルの性別は不明だが、男と仮定して………つまりそういう関係だったのだろうか?
「そう言えばお前、初代ガンダールヴの剣なんだよな?」
「『盾』だね、役割としては」
「何であんな寂れた武器屋に?」
普通なら国宝として扱われるべき存在だろう。初代『神の盾』が所有していたのもそうだし、初代ガンダールヴとブリミル本人の合作ともなれば。
それどころか、ブリミル教の崇める始祖そのものを知る唯一の存在なのだ。仮にあの錆びた姿のまま戻らなくとも、なんなら折れていても、神器として扱うべき存在。
まあ、時の権力者にとって都合が悪かったという理由もあるのか。なにせ『始祖は魔法をか弱き民のために使えと言ってたぜ〜』とデルフに言われれば、今の貴族の何割が異端になるか。
「6000年前からあっちで使われこっちに拾われを繰り返してたからなあ。忘れた」
「6000年前から?」
建国の時点で都合が悪い? いやまあ、2、300年経ってからの可能性もあるが。それにしたって捨てられるの早いな。
そういやデルフの元の体って今どうなってるんだろう?
一方その頃、女の様にも見える美しい顔をした男は一本の剣を前に話しかけていた。
「そろそろ、お話してくれる気になりましたか?」
錆びついた剣は、当然生き物ではないのだから何も答えない。それでも、男はその剣に意志が宿ってる事を知っていたので、悲しそうに微笑む。
「貴方が我々を嫌うのは当然です。始祖の言葉を、都合よく改変した過去の教皇達、始祖を刺した剣である貴方を嫌ったフォルサテ………ロマリアを嫌う理由など、いくらでもあるでしょう」
そう、この剣がロマリアを、司祭達を嫌う理由などいくらでもあり、男はその怒りは当然だと受け入れている。
「それでも、今回の四の四は、何かがおかしい。目をつけていたトリステインの公爵令嬢は風の系統に目覚め、同時期に予備が何者かに攫われた。あげく、『左手』は男と少女、2つの目撃例…………我々では知り得ぬ何かが起きている」
だからこそ、彼の知識に頼りたいのだ。四の四に刻まれた記憶よりも、過去の教皇が受け継いできた幾つかの改変混じりのフォルサテの日記よりも、この剣に宿る意志が虚無の真実を知るがゆえに。
「……………………」
それでも、剣はまるで本当にただ錆びた剣であるかのように沈黙を貫く。
「貴方は、魔法も吸ってしまう。記録を読むことも敵わない。ですが、私はそうでなくとも、そのような力に頼らず貴方と話したかった」
それでも剣は何も返さない。
「始祖の遺した使命の成就。このハルケギニアを救う手伝いを、してくださらないのですか? 貴方の怒りは、そこまで深いと………ならば」
悲しそうに、男は言う。剣を掴み、鉄の箱に入れた。ふかふかのクッションが敷かれた鉄の箱だ。剣を欠けさせることなく受け止める。
「その怒りを、こちらに向けられては、かないません。全てが終わったその時、再び陽の光を見せると約束します。どうぞ、それまでお休みください」
ゴォン、と重い鉄の蓋が閉じる。ガキン、と鍵がかかる。水一滴、空気の一粒すら入らない完全密閉。生き物なら窒息死するが、幸いにも剣だ。
「………これを、海へ。ただし、後で必ず取りに行ける場所へ」
「かしこまりました」
月目の少年が頷くと竜が器用に鉄の箱を掴む。中の剣が折れてしまえば別の器を得てしまう。なので頑丈に作られたとても重い箱だ。それでも竜、軽々持ち上げる。
6000年前、始祖の時代から存在した剣は誰に知られることなく、海の底へ消えていった。
「なんか最高に腹を抱えて笑いてぇ滑稽な何かが、昨日の夜起きた気がする」
「お前の腹って何処だよ」
「多分刀身」
因みに頭は柄らしい。ケントやエルザはデルフの頭を掴み振り回していたらしい。
ケントはシエスタが持ってきた『ロバ・アル・カリイエ』の『お茶』を呑む。味は緑茶だ。何時か行ってみたい。抹茶パウダーがあれば甘苦いスイーツが作れるのだが。
“キュイキュイ、私も飲むのね”
「大人の味だ。お前にゃ早い。フレイムなら飲めるだろ」
現在、ケントとエルザの周りには大量の使い魔が集まっている。生徒達の授業中、使い魔同士の集いだ。
フレイムがキュルケの最近ハマっている化粧の話をすれば、ロビンはモンモランシーがまたギーシュの愚痴を言っていたことを呟く。するとヴェルダンデが申し訳無さそうにした。
“そういえば、君は使い魔だけどメイジなんだろう? 使い魔は持たないのかい?”
“お前の使い魔ならさぞ強いんだろうな。そこのモグラはひっくり返ってしまうさ!!”
ヴェルダンデの言葉にフレイムが尾を揺らしながら笑う。ケントはふむ、と考え込む。
「使い魔なぁ………こっちの使い魔召喚の儀をやったら、俺は何が出るか」
“きっと何処か広い湖の古水竜よ”
“里の長老様かもしれないのね!”
“いいや、森の賢老様に違いない。賢者と呼ばれていたんだろ”
ロビン、シルフィード、クヴァーシルは自分の知る最上位の存在を挙げる。
“同族を呼ばれたくはないなあ。メイジの強さの証明なんだろう? 同族だったら、僕より凄い鬣を持っているに違いないさ。人の言葉ももう覚えているのだろうね”
“それは困る。ご主人様が
“いやいや、案外メスかもしれないぜ? 彼が呼び出すメスなんて、恐ろしくて手も出せないがね!”
マンティコア、グリフォン、バジリスク達がカラカラと笑う。自分の同族にするあたり、自分達が使い魔として強い部類だと思っているようだ。
「こっちの使い魔召喚の儀とは違うが、向こうにも居たな、契約した使い魔」
“へえ、どんな奴だい?”
フレイムが興味深そうに尋ねる。
「クロと名付けたけど、種族名はなんと言ったか………確か…………
“え? 何だって?”
“長い名前だなあ”
“でもドラゴンなのね! やはりお兄様にはドラゴンなのよ、る〜るる〜!”
「長いからクロって読んでたな。深淵魔術と神聖魔術っていう、ちょっと変わった魔法が生まれた時から使える種族なんだ」
“でも、こっちに来る時置いて行っちまったわけかい。寂しいね”
「いや、
因みにその
A.
“ははあ、君のところは一生の契約じゃないのか”
“うらやましいのかい、モグラ”
“まさか! 僕は今に十分満足しているさ”
と、その時鐘を叩く音が聞こえた。使い魔達は顔を挙げる。
どうやら授業が終わったらしい。今日の授業はこれで終わりだ。
その場で欠伸をするもの、主人を出迎えるために移動する者、様々だ。フレイムはケントの膝に頭をノスッと乗せてあくび。案の定、キュルケはケントの下へ駆け寄ってくる。
「宝探しに行きましょう、ダーリン!!」
「………………」
ケントとフレイムは数秒目を合わせ、もう一度キュルケを見る。因みに今、言葉はなかったが「何言ってんだお前の主」「俺にもわかんね」的な会話がされていた。