オーク鬼。
身の丈2メイルはある醜く太った怪物。獣から剥いだ毛皮を服にし、棍棒を振るう………つまり道具を扱う程度の知恵を持つ。
大好物は人間の子供。人間の住処を襲っては、我が物顔でそこを己の縄張りとする、平民からすれば最悪な存在。
奪った開拓村でグゴーと鼾をかいて腹をボリボリとかき夢の中で弱い人間の子供の手足を千切る夢をみていると、突如轟音が響いた。
「ぷぎぃ! ぴぐ、んぐいいい!!」
楽しい夢を邪魔され苛立ち飛び出すオーク鬼は燃えている木に気付く。
人間だ! 人間の仕業だ! そう騒ぐリーダーの言葉に他のオーク鬼達もぷぎぴぎと喚き立てる。
豚のように突き出た鼻をヒクヒクならし、金属と女の匂いを感じ取る。
見れば鎧をまとった女が7人居るではないか!!
邪魔な殻を剥がして柔らかな中身に歯を突き立てる事を想像し、粘ついた涎を垂らして接近し掴みかかる。
軽い。当然だ、中身は花弁と古着なのだから。
困惑するオーク鬼。花弁は油に錬金されオーク鬼にかかる。次の瞬間、炎が飛んできた。
「ピギイイイ!?」
リーダーが炎に包まれフゴフゴ混乱するオーク鬼の群。と、遠く離れた場所に桃色の髪のメスを見つける。
この群れは、メイジとも戦ったことがある。メイジの戦いは一瞬で決まる。負ける時は一瞬で負ける。それをしのげば、勝てる。何故なら何やらブツブツ言わねば自分達に有効な火も風も飛んでこないからだ。
「ぷぎょぷぎょ! ぎいいいい!」
「ぷぎゃああ!」
副リーダーのオーク鬼の叫びにオーク鬼達が駆け出すと、人間のメスは杖を振るう。
落ち葉が舞い上がり下の黒い土も風に混ざる。竜巻だ。だが、それほど威力はない。視界が悪いが傷はない。このまま風が止むのを待って…………と、そこまで考えた瞬間、再び炎。
黒い砂………砕いた石炭に火が引火し発火。炎の渦は周囲の酸素を轟々と食らい尽くしながら1000度を超える熱がオーク鬼を焼き尽くした。
「良くやった。ギーシュ、作戦は見事。キュルケ、フレイムはもう少し火力を上げろ。ルイズは風の操作が見事だったぞ」
各々を褒めながら評価箇所、改善点、反省点が描かれた紙を渡すケント。しっかり全員分採点していたらしい。
「………どうしてタバサは不参加なの?」
「此奴は十分経験を積んでるからな。お前達の成長の邪魔になる」
なので氣術の練習をさせていた。タバサは筋がいい。魔氣混合法は流石にできない様だが、後は魔法と氣術の即時切り替えを覚えさせれば実戦でも使い物になる。
「そういえば、お宝は?」
「真鍮でできたネックレスとイヤリング。それと銅貨が数枚」
と、エルザがポイ、と投げ捨てるように渡す。大した金にもならないガラクタだ。
エルザはデルフについたオークの血をタバサに出して貰った水で洗い落とす。彼女は別働隊として寺院に入り、残ったオーク鬼達を皆殺しにしたのだ。
「結局、怪物退治は村々の討伐依頼のほうが高いな」
ケントは宝の地図が偽物の可能性を考え、事前に怪物の住処になっている場所の周囲の村から討伐依頼を受けていた。
領主に無視されるような村だ。正式な討伐依頼より少ないが、まあ足しにはなる。
その夜、一同はシエスタの村に伝わるヨシェナヴェなる料理を食う。なかなか美味い。ギーシュが何の肉か尋ねるとシエスタはイタズラでオーク鬼の肉というと思わず吐き出していた。
「何を吐く必要がある。俺の国じゃオークは討伐すりゃ睾丸は精力剤、皮は防具、骨は削って芸術品、肉は当然その日の飯に………珍しくもない」
「いやぁ、でもね
「切り分けりゃ、竜もゴブリンも見た目は大して変わらねえよ。まあゴブリンは糞不味いからすり潰して肥料にするか魔法の実験ぐらいにしか使えねえが」
「ロバ・アル・カリイエの料理って、あんまり美味しくないのかしら?」
「美味いのもあるぞ。あまりの美味さに魔力や氣が暴走して服が吹き飛ぶ事例もある」
どういう状況だそれは。
ロバ・アル・カリイエでは、美味いものを食うと服が吹き飛ぶのか。ギーシュは可愛い女の子が美味しい物を食べて半裸になる姿を想像した。
「どういうものがあるの?」
「例えばこの酒は古い神からかっぱら──」
ケントは何か言いかけながら取り出した瓢箪を直ぐにしまう。
「ちょっと?」
「これは慣れない人間が飲むと精神が幸福感から戻れなくなる」
「麻薬じゃないの、それ?」
「ただ美味いだけの酒だ」
ていうか今古い神とか言っていたような? 寺院に貯蔵されていたのだろうか?
「お前達でも食えるとなると………お、丁度いい。ミートリーフだ」
取り出されたのは葉脈のようなサシが入った赤身肉。
「面白いだろこれ、野菜なんだ。動物を食えない奴等が良く食う。寄生虫もないから生でも食えるが、一番はミートリーフの根で燻す」
と、取り出した根を燃やし、その煙にミートリーフを放り込む。
暫くして取り出されたそれを、全員恐る恐る食べる。
「ん、美味しい………」
公爵令嬢であり、数々の美食を食べてきたルイズも思わずそう呟く。
シャクシャクとした食感。噛むほどに溢れる肉汁………肉汁? ………植物油はサラサラとしていてしつこく無い。
根を焼いた時にも思ったがツンと刺激のある匂いがいいアクセント。
「しかし肉みたいな葉を成す植物とは変わってるねえ」
「不思議………」
因みにミートリーフは肉の匂いにつられてやってきた肉食獣を食らう食肉植物だったりする。
「さて、次は何処に行く?」
「そうね。ここから近いのだと、ええと………『竜の羽衣』かしら」
キュルケの言葉にシエスタが肩を揺らす。
「そ、それ本当ですか?」
「何よ貴方、知ってるの? 場所は、タルブ村の近くね。タルブって何処らへんなの?」
「ラ・ロシェールの向こうです………広い草原があって……私の故郷なんです」
『竜の羽衣』。それを纏ったものは空を飛べるという。
ただし、そう主張するのはシエスタの曽祖父。
ある日突然村に現れ、竜の羽衣で東の地からやってきたと皆に言った。
しかし彼は狂人だと村人には思われていた。証拠に飛んでみろと言ってみれば、もう飛べないと言い訳をした。そのまま村に居着いてシエスタの曾祖母と婚約しながら働いて金を集め、貴族に固定化の魔法をかけてもらったとか。
シエスタはこんな形です、と身振り手振りで説明する。それを見ながらケントは目を細めた。
タルブ村近くに置かれた竜の羽衣。羽衣とは名ばかりの巨大な鉄の塊は動かすこと敵わず代わりに羽衣を包むように寺院が建てられていた。
丸木が組み合わさった門。縦横二本の線で、横二本を上に寄せた形………石ではなく板と漆喰の壁に、白い紙と縄で造られた紐飾り。
その中に、竜の羽衣があった。
キュルケやギーシュは気のなさそうに竜の羽衣を見つめ、タバサは興味深そうに見ている。
エルザは鳥みたい、と呟きジャネットはあれが飛ぶのだろうかと首を傾げた。
「零戦だ!」
ケントが叫ぶ。ゼロという単語にルイズが反応する。
「零戦だ零戦! 初めて生で見た! すっげえ!」
「
「ああ、俺の国の昔の戦闘機………空を駆けて戦う機械だ!」
「これが? 翼が固定されてるじゃないか。ワイバーンだってグリフォンだって、羽ばたくから飛べるんだよ」
と、ギーシュが訝しむとケントは紙を取り出す。紙は独りでに折れてゆき、三角の何かを象る。ケントはそれをエルザに渡す。
「そこを掴んで、滑らせるように投げろ」
エルザが言う通りにする。紙は、空気を泳ぐようにスーと進む。
「揚力って言ってな。平たい物を前に進ませると浮くって思えば簡単だな。羽ばたかなくても前に進む力があれば飛ぶ」
「その前に進む力はどうやって手に入れるのよ?」
ルイズが尋ねると今度は少しねじれた木の板に棒が刺さった物をジョゼットに渡す。
「棒を両手で挟んで、羽を回してみろ」
ジョゼットが言う通りにすると、くるくる回転しながら空へ飛んだ。
「プロペラ………ここを回転させると空気の流れが生まれる。風が機体に向かって吹くと、プロペラは逆向きに進もうとするんだよ。機体ごとな」
ケントが一つ一つ説明しながらも、その視線は竜の羽衣から離れない。シエスタは恐る恐る尋ねる。
「本当に、これが飛ぶんですか? ケントさんは、何でそれを知って………」
「………………」
漸く羽衣から視線を外したケントはジッとシエスタを見つめる。黒い髪に黒い瞳………シエスタは赤くなって顔を逸らしルイズが不機嫌になる。
「俺の生まれ故郷とシエスタの曽祖父の来た東の果ては、同じ国だからな。なんか、誰にも読めない文字とか記してない?」
「あ、はい!」
シエスタは村の共同墓地に案内する。そこには曽祖父が生前自ら掘った墓石があった。
「海軍少佐佐々木武雄、異界ニ眠ル」
「読めるんですか?」
シエスタは目を見開く。ケントは羽衣を再び見つめた。目がキラキラしてる。
バイクをわざわざ内燃機関にしたりと、こういうのが好きなのだ。魔法とは別のケントの趣味。ぶっちゃけてしまえばこれよりも高性能な飛行機は前の世界にも前の前の世界にもあるが、それはそれ。
「ああ、ガソリンが切れてるのか。うん、この程度なら問題ねえな。もらえないか聞いてみるか…………今の持ち主は?」
「えっと、お父さんでしょうか」
「挨拶する。案内してくれ」
「あ、あ、挨拶!?」
シエスタが顔を赤くした。
案内します! と張り切るシエスタを他所に、ケントはもう一度墓の前に立つ。
零戦のパイロット………多くの志願者の中、見事にその座を勝ち取るのは、並大抵の努力ではあるまい。
何処ともしれぬ地で、寺院を作り、高い金を手に入れて固定化をかけてもらう。どれだけ大変だったろう。
そこまでする理由は、また飛べると信じた? きっと違う。
軍人であったのなら、国に返したかったのだろう。
何時か現れる同郷の誰かに託して。
「貴方に敬意を、佐々木少佐」
海軍式の敬礼をとる。これでいいのだったかと少し首を傾げ、ケントはシエスタ達の後を追った。
ポツンと残された竜の羽衣こと零戦。
固定化により、錆びることなくその機能は嘗てのままだ。通信する相手も居ない通信機も同様。
不意にザザッとノイズ音が鳴る。
『アー、アー、マイクテスト、マイクテスト。聞こえるかな〜? そっちに魔力がない場合に備えて、電波で送るよ〜? まあ聞いてなくても問題ないけどさ。連絡はしたって事で、聞いてない君が悪い! いい気味、きゃっほー!』
聞こえてくるのは女の声。カラカラケラケラ楽しそうに笑っている。
『君は貴族の役目を果たしたよ? 軍人としての役目も果たしてるね。何せちゃんと引き継いだんだから。まっじめー! 流石、クセ者揃いの四騎将で私に継ぐ常識人! でもね、英雄の務めは消えないんだなあこれが。なにせ国民全員、私達が大好きだもの! そうしたのは私達で、そうなるようにした結果、私達は好き勝手してきた。だからねん、駄目だよ、降りるなんて』
声の主は、聞かれていないと知りながら語る。話せなかった期間を埋めるように一方的に声を送る。
『こーてー様もご立腹。近々そちらに向かうよ。一番乗りは、わ・た・し♪ 精力剤の貯蔵は十分かにゃあ?』