「こ、これがエンジン! 素晴らしい! 本質的には私の愉快な蛇君と大きな違いはないが、材質が! なるほど、合金………強度を上げることで」
「これが翼? 固定されて………そうか! 理屈としては滑空と変わらない。速度を上げることでそれを飛行に昇華させるのか!」
コルベールは零戦を見ただけで凄い勢いで理解していく。
天才だったか。いやまあ、知ってたけど。
「君の国には、他にも炎を使った発明があるのかね?」
「火力発電所とか………でもあれ、こっちじゃ意味ないな。ああ、今準備してる花火とか」
「花火?」
「火薬を使った………なんだ? 強いて言うなら、芸術品?」
「そ、それは………芸術は爆発だ、的な爆弾かね?」
「そういう使い方も出来なくはないが………例えば手持ち花火」
と、ケントが『箱』から取り出す。本当に色々入っているのだ、これは。
「おお、この色は塩かね? ふむ、今度は銅………」
炎色反応もしっかり理解しているらしい。ケントが続けて花火について説明すると、コルベールはふむふむと頷く。
「なるほど、色を付けた炎が夜空に花のように。それは、さぞ綺麗なんだろう」
「俺の生まれ故郷じゃ夏の風物詩。俺の国でも、季節のイベントにしてやった」
「ほう、それは………綺麗なのだろうなあ」
ここではない夜空を想像し目を輝かせるコルベール。
やはりいいな、研究者との会話というのは。そういう意味ではソフィアも話が合ったな。まあ元々は彼女の城に盗みに入ったので殺し合いになったのだが。
「君はそれを、今回は戦争に使うつもりなのかね?」
「よく解るな」
「部下に、君に似た目の男が居た。まあ、理由もなく何もかも燃やしたい彼と、手を出していい相手に魔法や策を試したい君では、比べるのも失礼かもしれないが」
すまないね、と禿頭を撫でるコルベール。別に自分が人でなしであると自覚しているケントは気にしていないが。
ゲルマニア皇帝アルブレヒト3世とトリステイン王女アンリエッタの結婚式。それはゲルマニアの首府ヴィンドボナで執り行われる。
式の日取りは来月。3日後のニューイの月の1日目に行われる。
そして本日は、トリステイン艦隊旗艦メルカトール号は新生アルビオン政府の客を迎える為に、艦隊を率いてラ・ロシェール上空に停泊していた。
国賓を迎えるための正装で居住まいを正したラ・ラメー伯爵は後甲板にて不機嫌そうに眉毛を寄せる。
「奴等は遅いではないか。艦長」
「自らの王に手をかけたアルビオンの犬共は、犬なりに着飾っているのでしょう」
そう答えるのは艦長のフェヴィス。言葉の端々から新生アルビオン政府への敵意と侮蔑が見て取れる。
「左上方より、艦隊!!」
と、鐘楼に登った見張りの水兵が叫ぶ。なるほど、そちらを見やると雲と見紛うばかりの巨艦を先頭に、アルビオン艦隊が静々と降下しているところであった。
「ふむ、あれがアルビオンの『
あの艦隊が姫と皇帝の結婚式に出席する大使を乗せている筈であった。
先頭の船のなんと巨大なことか。
「後続の戦闘艦が、まるで小さなスループ船のようですぞ」
「ふむ。戦場では会いたくないものだ」
降下してきたアルビオン艦隊はトリステイン艦隊に併走するような形になると旗旒信号をマストに掲げた。
「貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦レキシントン号艦長」
「此方は提督を乗せているのだぞ。艦長名義での発信とは、これまた虚仮にされたものですな」
トリステイン艦隊の貧弱な陣容を見守りつつ、自虐的に呟く艦長。
「あのような艦隊を与えられたら、世界を我が手になどと勘違いするのであろう。よい、返信だ。『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎スル。トリステイン艦隊司令長官』、以上」
ラ・ラメーの言葉を控えた士官が復唱し、それをさらにマストに張り付いた水兵が復唱する。
スルスルとマストに命令通りの旗旒信号が上がる。
どん! どん! どん!!
アルビオン艦隊から礼砲が放たれる。
大砲に詰められた火薬を爆発させるだけの空砲。しかし、巨艦レキシントン号が空砲を撃っただけで辺りの空気が震える。
ハルケギニアの技術では、よしんば弾が込められていても当たる距離ではないが、その迫力は実戦経験もある提督も、思わず後退った。
「よし、答砲だ」
最上級の相手なら11発と決まっているが、ラ・ラメーは「7発でよい」と伝えた。艦長はニヤリと笑う。
「答砲準備! 順に7発! 準備出来次第撃ち方始め!!」
レキシントン号艦長ボーウッドは、これから始まる戦争に不愉快そうに眉毛を寄せた。
そう、戦争だ。停戦協定を破り、あまつさえそれをトリステインに被せようとする恥知らず極まりない作戦。
軍人であるが故に上司に逆らわないという彼の誇りが、今回ばかりは煩わしい。
艦隊司令長官及びトリステイン侵攻軍の全指揮を執り行うサー・ジョンストンがさっきからもう少し距離を取れとほざくのも、余計に彼を苛立たせた。
臆病者めが、軍人ぶれぬ癖になぜ戦場に立つのか。政治家なら政治家らしく、本国の椅子に座っていればいいものを。
「左砲戦準備!」
「左砲戦準備! アイ・サー!」
砲甲板の水兵達が大砲に装薬を詰め、砲弾を押し込む。
空の向こうのトリステイン艦隊から轟音が轟く。
答砲が発射されたのだ。それは作戦開始の合図。
瞬間、ボーウッドの顔が軍人のそれに変わる。政治上の経緯も、人の情も、卑劣な今回の作戦への批判も全て吹き飛ぶ。
神聖アルビオン共和国艦隊旗艦レキシントン号艦長サー・ヘンリー・ボーウッドの矢継ぎ早の命令に素早く従う彼の部下達。
彼の部下は優秀だ。彼の部下は。
「始まったなあ」
炎を上げ墜落するアルビオン艦隊の船。事前に船員が脱出したのを、ケントは
アルビオンとトリステインが送る信号だって見えている。
なんで攻撃してきた、とアルビオンが取れば空砲だとトリステインが返し、いいや実弾だね。そっちがその気ならぶっ殺す、とアルビオンが送る。
「良い大砲だ」
アルビオンの放つ砲弾がトリステイン艦隊を吹き飛ばしていく。
射程の差は明白。戦闘準備を終えてから行動したアルビオン艦隊と、慌ててするトリステイン艦隊。結果は火を見るより明らか。
「………見殺しにするのか?」
「俺はトリステイン軍じゃないしな。事前に報告してようと無視されるか、トリステイン内部の寄生虫に密告されるだけだ。これが一番確実………」
ケントがトリステインの軍務に干渉できたのなら、やりようはあった。しかし後の祭りだ。
トリステイン内部には獅子身中の虫が何匹も巣食い、軍務、政務から退いて久しいヴァリエール公爵ですら秘密裏には動けなかったろう。
「タルブ村の連中を避難させろ。兵士以外から死者を出したくないだろう?」
副長の言葉に、傭兵達は直ぐに行動を開始した。
さて、ラ・ロシェールの艦隊が全滅したという訃報を聞き、トリステイン王宮はてんやわんや。
アルビオンに事実確認をするため特使を送るべきとほざく日和見主義もいれば、直ぐにゲルマニアに連絡して軍を編成、戦うべきだと叫ぶ者もいる。
マザリーニは意外にも事実確認派。このまま戦っても勝ち目がないからであった。軍を編成する時間が欲しいのだろう。
ウェディングドレス姿のアンリエッタは、何も進まない会議に目を細める。
「急報です! アルビオン艦隊は、降下して占領行動に移りました!」
「場所は何処だ?」
「ラ・ロシェール近郊、タルブの草原です!!」
「7番だな、このまま進めば」
ケントの言葉に傭兵達は7番の導火線を用意していく。
幾つもの筒に伸びる導火線がジリジリと燃える。
「撤収撤収。ほら、急げお前等」
レキシントン号から縄が下げられ、兵士達がスルスルと地面へと降りる。
レビテーションでおろした物資を組み立て拠点を築いていく。
それを上空から監視するのは竜騎士隊。領主の兵はこの期に及んで現れない。恐れをなしたかとほくそ笑む。と………
ヒューと音を立て森の中から火の玉が飛んでくる。慌てて迎撃しようとした瞬間、爆発。
内臓を揺さぶる轟音と共に緑の炎が撒き散らされた。
草原が燃え上がる。
本来草木はそう簡単には燃えない。水分を含んでいるからだ。
だが、アルビオン軍の着地や、先の爆発の衝撃で草むらに隠されていた油瓶が割れ、炎は燃え広がる。
草木の水分を蒸発させれば、今度は逆によく燃える。
竜騎士隊が森の中に人影を見つけ急降下。
此方を警戒し森の中に陣を張ったのだろうが、愚か。火竜のブレスは水分を含んだ木すら容易く燃やす。
降りてくる火竜を無視して魔法を放ち続ける森の部隊。隊長が火竜に炎を吐かせ…………
火竜の硬い鱗を貫き、油袋が引火し爆発。隊長の死体は紫に燃え広がる炎の海に落ちた。
燃え広がる色とりどりの炎。緑、紫、黄色、蒼、桃色、朱………草原各所で燃え上がり、混ざり合い目に痛い光の暴力。
奇妙な炎に火竜が怯え、竜騎士達の命令に従わない。
「………………」
「炎はいいぞ。最も身近な危険……誰もがそれが熱くて、痛いことを知っている」
それが広範囲に燃え広がり、その中に仲間がいれば、冷静で居られる人間はあまり居ない。
離れていても感じる熱と光は人の不安を煽り、ましてや今回は色の不気味な炎。その混乱は如何ほどか。
慌てて上昇することも出来ないのを見るに、それなりに混乱が広がっていると見た。
「後はやっぱあれだな。上昇気流」
温められた空気が上に登り、失った分を補填するように周囲から集め始める。そこに一度空気の流れを加えれば………
「火災旋風の出来上がりってな」
突如燃え広がる色とりどりの炎に混乱していたアルビオン艦隊を、次に襲ったのは巨大な炎の竜巻。兵士を降ろすために高度を下げていた艦の一つが巻き込まれバラバラに砕けながら木々も人も焼かれていく。
明らかにただの火事でだけで生まれる竜巻ではない。いったい何が、と混乱するボーウッドの耳に、不意に兵士の一人が叫んだ。
「あ、あれは! あの時の!!」
その言葉に視線を追えば、 ニューカッスル城で艦隊を玩具のように振り回したあの時の騎士が居た。
恐怖が伝播する。元々ただの勝ち戦だとばかりに、始まる前から勝ち誇っていた兵士達は立ち直れない。ボーウッドと彼の部下は、何せほんの一部なのだから。
「ほ、報告! アルビオン艦隊、一部撃沈! 占領部隊の全滅を確認!!」
「なんだと!?」
新たに飛び込んできた報告にリッシュモン高等法院長が叫ぶ。それはこの場にいる者達の総意であったろう。
つい先程自国の艦隊が敗れたばかりなのに今度は敵軍がやられているなどと、誰が予想出来ようか。
「アストン伯は戦争を始める気か!?」
タルブの領主の名が叫ばれる。
「そ、その………アストン伯の軍、および滞在していた傭兵がそのまま義勇兵へと………それから、ヴァリエール領軍の姿も………」
その言葉にヴァリエール公爵へと視線が集まる。彼は素知らぬ顔で髭をいじっていた。
「どういうおつもりですかな、公爵」
「どう、とは?」
「誤解を解けば済んだ話を、もはや止められませんぞ! この責任、どうなされるおつもりか!」
すぐさま高等法院派の貴族達がリッシュモンに賛同する。ヴァリエール公爵は、そんな彼等の顔を一人一人見つめる。
「失礼ながら、貴方の行動は法律を逸脱しております。然るべき罰を受けてもらうことになりますぞ」
「ふむ、儂が? どの様に?」
「なっ!?」
とぼける気か、とリッシュモンの顔が赤く染まる。
「貴方はゲルマニア方面国境防衛軍総司令! 軍を無断で動かし、アルビオンと戦争を始める権利などありはしない!」
「それは誤解だ、リッシュモン高等法院長。そもそもタルブとヴァリエール領の位置関係を見れば解るはずだ。軍を派遣して、間に合うわけがないだろう?」
あ、とその言葉に喚いていた者達が固まる。
「儂は妻にワインの買い付けを頼んだだけ。このご時世、護衛を付けてな。運悪くアルビオンが侵攻を企て巻き込まれてしまったが、タルブの妻に王宮の方針を知る術はない。応戦もやむなし、違うか?」
「そ、そのような詭弁………!」
「詭弁と? では、君は儂がアルビオンが攻めて来る日を知り、軍を送っていたというのかね? そこまで言うのなら、証拠はあるのだろうね」
リッシュモンはパクパクと口を動かす。しかし言葉は出てこない。ヴァリエール公爵が用心深いだけだろう、などと侮辱できるほどの地位に居ないのだから。
「こうなってしまっては仕方ありません。もはや戦争は止められぬのなら、敵が混乱している今こそ王軍を差し向ける好機です!」
と、アンリエッタが立ち上がり言う。
「な、は? お、お待ちを姫様! それを決めるのは、王政府議会………!」
「決める? 決まらないではありませんか。それとも、貴方は戦争を止める言葉があるので? ではちょうどいい、貴方を特使として送りましょう」
「あ、いや………」
先程までならいざ知らず、今それを言ったところで謀ったなと殺されるだけ。
アルビオンと繋がっているリッシュモンに、今更出来る事は何一つ無い。
「ヴァリエール公爵、グラモン元帥! 指揮を任せます」
「は、はは!」
「かしこまりました、殿下」
グラモン元帥が慌てて立ち上がり、ヴァリエール公爵が礼をとる。
「会議を続けたいならどうぞご自由に! ここで震えていなさい、臆病者達!!」
「さて、これで勝率は五分といったところかな? もう今さら軍を出さないなんて、誰にも出来ねえなあ」
ケントが一人呟く。時を同じくして、一人の男も顎髭をさすりながらクックッと楽しそうに笑っていた。
「ただでさえ軍の質が落ちたアルビオン軍。最初から勝っているつもりで来て、これは痛い。ああ、早々には立ち直れんだろうな」
「懐かしいなあ、策がうまく嵌る全能感。それに伴う多幸感、これに勝る酒も煙草もいまだ存在しねえ。ま、外れてもそれはそれでいいんだが」
「くははは! 俺はやはり無能であったか! しかし、なんだ。楽しいな……つまりは、あれだ。まだまだ策の立てようがあったということだろう? 策が破れるというのは、新たな発見をくれるのだな」
「嗚呼、やはり」
「ふむ、初めて知ったぞ」
「「戦争は、実に楽しい」」