さて、魔法学院のケントは戦争が起きたのを察してジョゼットを零戦に突っ込む。メンテナンスはコルベールに任せたので、何の問題もない。
ケントが零戦の風防の上に立つと、足元から幾何学的な青白い模様が広がっていく。
零戦用に編んだ魔術式だ。強度強化、外部操作、速度増加、圧力操作など様々な効果がある。
ブルルルン、とプロペラが独りでに回り出す。
空へと飛び立つ零戦。蒼い粒子がキラキラと空に舞う。
その姿はさながら、蒼い炎を纏う鳥のよう。
「お兄様、私、出来るかしら」
「怖いか?」
「怖いわ。戦争なのでしょう?」
「じゃあお前だけでも帰るといい」
「いいえ。そんな場所に、お兄様を一人で送れないわ」
「悲鳴の一つでも挙げたら送り返す」
ケントの言葉と同時に零戦が加速した。
アンリエッタが前を走る。それだけで鼓舞となる。ましてそこにラ・ヴァリエール公爵にグラモン元帥までいるのだ。ここで飛び出さぬ者はトリステイン貴族にあらじと、王宮の貴族、軍は飛び出す。
「雨………」
火災積雲により生じた雲から降り注ぐ雨。トリステインは水の国。天候は味方していると言っていいだろう。
なんとか混乱を収めたアルビオン軍は、それでも船を数隻失い、竜騎士隊も全滅。ボーウッドが喚くだけのジョンストンを気絶させ指揮権を手にしたからだ。
「伝説をこの目で見るとは………」
トリステインの風使い……あの規格外は音に聞こえた烈風だろう。なるほど強大。風の国のアルビオンにもあれほどの使い手は居まい。
それとは別に、炎。
色が妙な炎に焼かれる仲間を見て広がった動揺も大きいだろう。炎は恐ろしい、子供でも知っている事実だ。
あの広がりに炎の色、あらかじめ何かを撒かれていたに違いない。
ジョンストンはトリステイン内部の貴族が裏切ったなどと喚いていたが、それなら艦隊の距離は開いていまい。トリステイン軍とは別に動いている誰かがいる。
「サー、時間を稼がれましたな」
「サーはジョンストン殿だ」
トリステイン軍は岩山に囲まれた天然の要塞とも呼べるラ・ロシェールの港町に布陣。周囲を包む霧は魔法によるものだろう。風で吹き飛ばしても次々補填される。
ジョンストンが起きている間突っ込ませた部隊の一部は岩山に突っ込んで墜落した。船乗りの質が悪いのもあるだろうが、恐らくは霧の一部が眠りの雲なのだ。
「右だ!」
「右部隊!!」
水のメイジが自ら張った霧の動きを感知し、土のメイジが即座に土壁を生み出す。
湿った土は散弾をずぶりと受け止めた。
この霧の中、まともに見えない相手に使う散弾はなるほど効果範囲は広い。しかし威力は劣る。
「とは言え、じれて砲弾を変えたら突破されるね」
「解っている」
グラモン元帥の言葉にヴァリエール公爵は眉間を揉む。本来なら負け戦の戦力差をここまで持っていけただけ奇跡と言ってもいいのだ。
「破城ゴーレムに鉄の盾でも持たせてみるかね?」
「魔力に余裕があればな。次の戦に備え、準備してみるのもいい」
破城ゴーレムほどの巨体に持たせる鉄の盾を錬成するとなれば魔力は馬鹿になるまい。そういうのは事前に用意するものだ。
「ヴァリエール公爵、グラモン元帥! アストン伯と共にアルビオン軍と交戦していた義勇軍が指揮下に入りたいと申しています!」
「火攻めの義勇軍か。会おう、団長、及び参謀を呼んでくれ」
グラモン元帥の言葉に伝令は陣の外に飛び出す。暫くして現れたのは平民の男女。立つ位置からして、女が傭兵団の団長なのだろう。
「…………」
「公爵?」
「ああ、いや………」
仮面を着けた男に固まるヴァリエール公爵に不思議そうに尋ねるアンリエッタ。ヴァリエール公爵はすぐに首を振った。
「アニエスと申します」
「アニエス殿の副官……コーナと申します」
礼をとる傭兵達。その所作はそれなり………貴族に雇われたこともあるのだろう。
「アルビオン軍の足止め、見事です。この戦が終われば褒賞を約束します」
「はっ。ありがたいお言葉」
アニエスが深くお辞儀する。グラモン元帥は早速コーナと話している。彼は平民には軍を動かせないなどと考えないのだ。
「因みに、こんな物を考案してみたのですが」
「ふむ?」
グラモン元帥はコーナが取り出した羊皮紙に目を通す。複数の足を生やした大砲。バネや歯車が見て取れる。
「動力は?」
「ゴーレムの中には、錬成した鎧を操るものがあると聞きます。錬成したばかりの鎧しか操れぬ道理はありますまい」
「うむ。君は豪気だなあ、この状況で売り込みか。解っていると思うが、今回の戦いでは使えないよ? あれば便利だったのだがね」
ははは、と笑うグラモン元帥。コーナが提案したのはいわば移動砲台。蟹を思わせるそれは、大砲を抱えたまま岩山も登れるだろう。だが作るのに時間がかかる。
「後、デザインがなあ。もっと美しさが必要だ。ここに黄金の女神を張り付けて」
「? 美しさ? これほど機能的なこれに余計な装飾は不要でしょう」
「は?」←芸術。戦いには優美さだよ
「あ?」←機能美。色をつけりゃいいだろ
ゴホン、とヴァリエール公爵が咳払いすると2人は姿勢を正す。
「街を出るぞ。軍を編成し直す」
「地の利を捨てるのですか?」
「地の利は依然空に浮かぶ向こうにある。霧に紛れ、もぬけの殻の街に大砲を撃たせる」
「ふむ、使い切ってくれなければいい的になりますが」
「問題ない。姫殿下には苦労をかけることになりますが……」
「あら、ここで公爵ばかり活躍していては、わたくし民に見限られてしまいますわ」
アンリエッタがクスクスと笑う。つまりは問題ないと。
「オクタゴン………は無理でも、ヘクサゴンは見れるかね?」
「なあに、お兄様?」
「全滅はなしだ。幾つか落としてから、暫く旋回。見たいもの見た後お前の出番」
「お兄様には、戦場は遊び場なのね」
「ジョゼット、戦場はな………栄光で照らそうと誇りで彩ろうと、
名誉だなんだと宣おうと、正邪を問おうと、殺す事に何の違いもありゃしないのだ。
「命を尊いものだと嘯こうと結果が変わらないなら、俺は楽しんで殺すさ。魔導の探求という、俺最大の娯楽の糧として殺す」
故に彼の名は戦狂なり。
霧の中に潜むトリステイン軍。岩山のため、不用意に近付けば墜落する。
港町という環境と雨と言う2つの要素は水の国であるトリステインを、なるほどよく隠す。だが、硬直は長く続かない。数の利に物を言わせ砲撃を繰り返すか………。
不安要素は、烈風だけ。誰もがそう思った頃、遠雷のような音が聞こえた。
「右方より接近! あれは、りゅ、竜? いや、鳥?」
「なんだ? はっきりしろ!」
「す、すいません。ですが、よくわからないのです!」
ボーウッドが望遠鏡を使い見る。なるほど、見たこともない飛行生物だ。その上に佇む男は、風使いか? 飛行する幻獣に鞍もなく、座ることもせず立つとは。
「…………速い!」
グングンと近付いてくる。少なくとも味方ではないだろう。
ボーウッドが直ぐ様砲兵に檄を飛ばす。轟音と共に放たれる砲弾………。だが当たらない。
空を滑るように飛ぶ敵はするりと砲弾の隙間を縫う。
翼が光り白い何かが飛んでくる。それはレキシントン号近くの戦艦の甲板へ降り注ぎ火薬庫を爆発させた。
「!! 風メイジ!!」
ボーウッドは最速の魔法を放つよう命じる。それでも当たらない。狙いを定めた頃には彼方にいる。また一つ、船が落とされた。
その後の対応も遅い。慌てて飛んできたメイジ曰く、船の指揮官がやられた。
指揮系統を混乱させてきたか。いやまて、なら何故レキシントン号を狙わない? 時間稼ぎが目的? いいや、あれはこの戦争を終わらせるだけの力がある。
「…………!!」
すぐ横を通り抜ける騎士の顔を一度だけ見た。此方を見ていない、ワクワクと何かを待っている。
戦っているつもりがない!!
「散弾だ!!」
「了解! 散弾準備!!」
「いい指揮官がいるな」
バチバチと音を立て弾かれる鉄の雨。魔法で強化されていなければ、零戦は相応のダメージを負っていただろう。
さて、あまり落とし過ぎてヴァリエール公爵達の作戦で片が付いてしまってはジョゼットの虚無を試す機会も無くなる。この辺りで良いか、とケントは旋回行動に移る。
「あれも公爵の策かね?」
「いいえ、夫の友です」
グラモン元帥の言葉に答えるのは合流したカリーヌ。僕、紹介されてない、と古い友人であるグラモン元帥は思った。
カリーヌが代わりに答えたのは、夫が集中しているからだ。
優秀なメイジ達が息を合わせて初めて可能な極めて珍しい相乗魔法。王家の血は………始祖の血統は、それを可能とする。
2つのトライアングルが重なったヘクサゴン。王家に許された伝説の力。
周囲の霧を、雨雲すら飲み込み、巨大な水のヘビが現れる。
「まるでヒュドラだ」
超特大の
大質量の攻撃が次々船を砕いていく。が、威力に応じて魔力消費は増えるというもの。徐々に勢いを失っていく。
「よし、ジョゼット。放て」
呪文を唱えていたジョゼットは杖を振るう。瞬間、上空に太陽が現れた。
そう錯覚するほどの眩い輝き。
艦隊に積まれていた風石が消滅した。
「うん、よし。偉いぞジョゼット、後で頭を撫で回してやる」
「はい、お兄様」
膨大な魔力を使ったジョゼットは息を荒くしながらも、ケントの言葉にうっとりと微笑んだ。
ジョゼットちゃんは原作でも会って半年ぐらいジュリオに惚れ込んだ結果死ねと言われたら死ぬ想いが重い女だぞ。
まあ、ジュリオの口説き方が上手いのもあるのだろうけど。やっぱブリミル教ってクソでは?