ケントはさっさと通行手形を手に入れるとラグドリアン湖を目指す。ルイズ達はシルフィードとイルククゥに………ケントは普通に彼女達より速く飛んでいる。
タバサは大人しい。
ケント曰く、タバサが子供の頃から大人しかったのではなく、今のタバサがそのまま赤ん坊になった結果だとか。
男にはケント、女にはキュルケとジョゼットに懐いている。
「あう、ああう」
「ほら、お父さん。タバサがかまってって」
タバサがケントに手を伸ばすのを見てキュルケが抱っこするように促す。ケントはタバサを抱っこしてやる。
キャッキャッとはしゃぎはしないがキュッと小さな手がケントの服を掴む。キュルケが微笑む、その光景を見るルイズ。なんか釈然としない。
「見えてきたぞ」
と、ケントが言うと一同下を見る。なるほど、そこには澄んだ巨大な湖。
たとえ精霊が住んでなくとも、精霊伝承が生まれたであろうと思わせる綺麗な湖だった。
その縁で沈んだ家々。なるほど、水位が上がっているのは確かだ。ガリアは動いているが、トリステインはどうしているのだろう? 一応、トリステイン側の湖でもあるだろうに。
まあ領民の言葉に引っ越せばいいだろと取り合わないのだろう、トリステイン貴族だし。
通行手形を見せるために一度地面に降りる。
キュルケはふと、街道を歩く一団を見つけた。あら、良い男、と僅かに覗く顔を見て何処かで見たような気が、と首を傾げる。
「………………」
ケントは男達が着ているローブにこそ興味があるが、奪うような事はしたくないので後回しにすることにした。
「こっちだな」
「うい」
見た目や精神は赤子なれど、記憶はタバサ。彼女が手を向ける方向に歩いていく。
見えてきた屋敷。刻まれた交差する杖に“更に先へ”と書かれた銘。王家の関係者どころか、王家の一員。モンモランシーは再び気絶した。
「…………不名誉印」
だが近づいてみると✕印が刻まれていた。それはつまり王族でありながらその権利を剥奪された証拠。
厄ネタの匂いしかしない。
ケントは気にせずノッカーを鳴らす。暫くすると、老紳士が現れた。
「申し訳ありません、我が館にお客様をおもてなし出来る余裕は………」
アポ無しを咎めない辺り、この屋敷の立場がよく解る。
老紳士はケントの腕に抱えられ襟をチュウチュウ吸っているタバサに気づき目を見開いた。
「!? そ、その子供は………まさか、お嬢様の!?」
「いや、違う。若返りの薬を飲んだお嬢様本人だ」
「は? え………シャルロット様? え………」
老紳士は混乱している。それはそうだ、若返りの薬なんて、ハルケギニアには存在しない。売られてても偽物だ。
「まさか………これも、あの簒奪者の仕業ですか!!」
「ん?」
「旦那様を殺し、奥様の心を壊し、お嬢様に過酷を強いてなお、足らぬというのですか!!」
「いや、これはそこの女が惚れ薬と騙され買った薬を誤飲した結果だ」
「…………………はい?」
広い屋敷だ。しかし管理しているのはペルスランという老僕ただ一人。住人はあと一人いるが、動ける状態でもなければそのようなことをさせる立場でもない………と、ペルスラン。
王家の資格を剥奪されている以上、下々のような働きをしてもいいと思うが。
「先王には二人の王子がおりました…………」
唐突に語りだすペルスラン。
ガリアの二人の王子。
怠け者で、人より劣るくせに努力しない暗愚な兄。
努力家で、それでも胡座をかかず精進する優秀な弟。
特に魔法の腕が決定的。
全系統スクウェアに到達した天才と、コモンマジックすら使えない無能。
偉大なる魔法使い始祖ブリミルの直系でありながら魔法を使えない無能王子。
大半の貴族は彼を見限り、優秀なる弟を玉座に据えようとした。
ガリア王家の証である交差する杖………嘗て王位を争い内乱を引き起こした双子の王子達への鎮魂と戒めを忘れ国は2つに割れた。
そして先王が崩御した際、弟は毒矢で殺された。魔法ではなく、平民の使う道具。どうやら貴族にとっては大層屈辱的らしい。
それだけでは飽き足らず、ジョゼフを王に推した者達は弟の妻と娘を呼び出し酒肴を振る舞った。その酒には心を狂わせる毒が入れられ、弟の妻は狂い娘のことすら分からなくなった。
更には任務で死ねとばかりに過酷な依頼を娘に押し付ける。
娘………タバサが若くしてトライアングルに至ったのは本人の才覚と、命をかけた戦いの成果なのだろう。
シンと静まりかえる客間。誰もが心を痛める中、ケントは特に興味がなかった。話はちゃんと聞いている。だが、弟………シャルルに仕えていた執事の視点で語られる話だ。
推測、義憤、願望、恨みの混じった語りなど騙りとさして代わりはしない。
「ねえ、ケント………」
と、ルイズ。
「ちぃ姉さまを治したみたいに、タバサのお母さんも治してあげられない?」
「どういうことだい、ルイズ?」
「ケントは、高名な水メイジでも治せなかった姉さまの病を治したの」
「それは本当かい? 流石
気付けば視線が集まっていた。ケント的にはもちろんやっても良い。心を狂わせる薬にも興味があるし、戦争の火種が業火になるのは大歓迎。
ただ、ケントはギーシュやタバサに教えを行う師。つまりは教師だ。
「きちんと意味を理解していってんなら問題ねえよ」
「…………意味?」
「ハルケギニア全土を巻き込む戦乱を起こすってことだ。何せ、シャルル派は不自然なぐらい維持してるからなあ。ガリアで内戦が起こる………アルビオンも、ゲルマニアだって黙ってないだろ」
そう、不自然なほどにガリアには王家の敵が国内にいる。何時でも掲げられる神輿も残っている。なのに国は疲弊どころか年々豊かになっていると来た。
当然豊かな国の恩恵が国内だけにとどまるわけはなく、隣国にも影響は出るだろう。王政府の目を無視してアルビオンに支援する者も出始める。
「それを理解した上で治してと言うなら治してやるよ」
「治しはするのね」
「戦争になるのは俺的には楽しみだからな。特に、ジョゼフは超優秀だし」
「おじいさんの話聞いてた?」
「トライアングルの王、王子いる国が滅んでんだぞ? それともあれか? 王は杖振って畑耕して物を運んで喉を潤し敵を焼けと?」
王族にしか使えない超越的な魔法があるわけでもない。ならば優秀な駒を動かせば良い。魔法にばかり目を向けるからそんな事も気づかないのだ。
「ジョゼフは間違いなく、ハルケギニアにおいて最も優れた王だ。それが操る軍と遊ぶのは楽しそうだがなあ………原因が俺の教え子となるなら、せめて自覚した上で火を放ってくれ」
一度火が放たれればどちらが正しいかなど関係ないが、始まるまでに正邪はある。
そういう理屈を持っておかないと、ケントが滅ぼした国の数は倍に増えていたことだろう。
「まずはタバサを戻してからだな。血塗れの玉座に座る気があるか、戦火に照らされた国を見下ろす女王になる気があるか、それを聞いてからだ」