賢者は使い魔   作:超高校級の切望

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女王誘拐事件

「迷惑をかけた」

「気にするな。迷惑をかけたのはモンモランシーだ」

 

 なにせ、名前も知らないあったばかりの相手から渡されたご禁制の惚れ薬を貴族だらけの学院に持ち込み、人に飲ませようとしたのだ。

 

 しかも、それが誤飲だとしても他国の大貴族。貴族資格を剥奪されたとは言え未だ国を割るオルレアン派が崇めるオルレアン公の忘れ形見。

 

 この件が知れ渡ればモンモランシ家の首が幾つ飛ぶか。

 

「それで………」

 

 と、タバサはジッとケントを見つめる。

 

「貴方なら、母様を治せる?」

「それが魔法の薬なら、ソフィアの薬じゃねえ限りはな」

 

 この世界に紛れ込んだマジックアイテムを見る限り、ソフィアの薬が使われている可能性もあるのだ。タバサが飲んだのもソフィアの薬だし。こっちは比較的に解呪は簡単だったが。

 

「それでも、可能性があるならかけたい」

「もちろん、治してやるとも。その前に、お前が俺に何をしろと言っているのか具体的に理解してからな」

「………え?」

 

 オルレアン夫人が回復したと聞けば、雌伏の時と現状に甘んじているシャルル派は必ず動く。必ずだ。

 彼等はこれ以上()()()()()()()()()など我慢出来まい。

 

 地位を手に入れられなかった、とは思わない。それは自分の失態を意味するから。

 奪われたと思う。それならば取り返せるはずだから。

 

 ケントはそういう貴族を山程見てきた。

 断言する。タバサが望む望まぬに関係なくガリアは内戦を起こす。何故なら連中にとってタバサの望みなど、はなから知ったことじゃないのだから。

 

「それで、どうする? 俺に戦争を起こせと言うなら喜んで。報酬は戦争に参加させるだけでいいぞ」

「わ、私はそんな事望んでない………母様を戻して、父様の仇を…………母様が治るなら、それだって別に」

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()っての………それに、母親が望む可能性だってあるしな」

「母様はそんな残酷なこと………!!」

「母親の前に首並べようとしていた奴が何言ってんだ? 何より、自分だけが殺したいほど怒ってるなんて、傲慢だろ」

 

 タバサが父を殺されたように、オルレアン夫人だって夫を殺されているのだから。

 

 タバサは考える。母が望むのなら、国を割って良いのか? いや、そもそも国はすでに割れているようなもの。きっかけを作れるのが自分。作らずに済ませられるのも自分。

 

 でもどうすれば? 分からない。そんな事、知らない。考えて考えて、タバサは声を絞り出す。

 

「…………知恵、を」

「ん?」

「母様が、復讐を望まないなら………国を割らない知恵を、貸してほしい」

 

 出した答えが、他人に縋る。それに対してケントは………

 

「いいよ」

「あっさり!」

「とか言いながら戦争に誘導するとかしないよね先生…」

「するかよ。子供が大人を頼ってきて、それを利用する大人は大人じゃねえ」

 

 そもそもケントは戦場が好きなのであって、戦争が好きなのではない。魔法を撃ち込める実験場として飛び込むし、戦略に相手が嵌るのは大好きだ。だが戦乱は民を苦しめる。

 

 儲けのために戦争を長引かせようとする連中がケントの二つ名の意味をそのままに受け取り取り入ろうとした時も殺したし。

 

 戦場は好きだ。全力と魔法の実験ができる。だがそのために長引かせればその分多くの可能性を失うことになる。

 

「戦争したくないって子供が居るのに、戦争に誘導するか。俺は此奴の先生だぞ?」

 

 と、タバサの頭を撫でるケント。今まで特に気にしてこなかったタバサは、頼らせてくれる大人にほんのり口元を綻ばせた。

 

「ま、それでも戦争になれば嬉しくはあるがな」

 

 魔法の実験が出来るし。そう2面性を矛盾なく抱えるケントは、やはりあの世界の魔法使いであった。

 

「取り敢えずお前の母親を治すぞ」

「…………」

 

 タバサはコクリと頷く。

 

「これ、下手したらアルビオンに続きガリアが滅ぶのかあ。それも、今度は先生のせいで」

 

 因みにアルビオン王家の最後の王子はケントの渡した爆弾で自害したので、ケントのせいと言えなくもないかもしれない。

 

「アルビオン……………あ、思い出した!」

 

 と、キュルケがポンと手を叩く。

 

「なんだ?」

「ここに来る時すれ違った人達が居たじゃない? その中の一人、見覚えがあったのよ。あれってウェールズ皇太子だわ! 死んだって聞いてたけど、生きていたのね」

「………………………あ゙?」

 

 

 

 

 

 遡ること半日。つまり昨晩。

 

 女王へと即位したアンリエッタは天蓋付きのベッドで横たわっていた。

 

 裸に近い下着姿ではぁ、と息を零す姿は悩ましげで、多くの男を魅了する退廃的な色気があった。

 

 現状、彼女は飾りに近い。既に決定されていることを承認するだけ。だが、彼女が承認しなければそれは通らない。

 

 のしかかる重圧は重く、酒でも飲まねば寝られない。隠していたワインをながしこみ頬を赤く染める。

 

 酒の力で思考が解け始める。もう少し飲めば、そのまま夢の世界へと旅立てるだろう。

 

 尤も、近頃見る夢と言えば彼女が一番幸せだった十四の夏の短い時間。愛しい男との思い出。目が覚めれば、ただただ虚しさだけが胸を焦がす。

 

 あの時、自分はウェールズを永遠に愛せると誓った。しかし彼は、誓ってくれなかった。夢の中でも、それは変わらない。融通が利かない人だ。

 

 明日も早い。ゲルマニア大使との会合がある。

 勝たなければならない戦争に控え、寝なくてはとワインを飲もうとした時、コンコンと扉が叩かれる。

 

 こんな夜更けに。緊急の面倒事でも起きたのかとアンリエッタはガウンを羽織り立ち上がる。

 

「ラ・ポルト? それとも枢機卿ですか? こんな夜中にどうしたの?」

 

 返事はない。再びノックが繰り返される。

 

「誰? 名乗りなさい。夜更けに女王の部屋を訪ねる者が、名乗らないという法はありませんよ。さあ、おっしゃいな。さもなくば人を呼ぶわ」

「僕だ」

「──────」

 

 その声に、アンリエッタが目を見開き固まる。

 

「………飲みすぎた、みたいね。嫌だわ、こんな幻聴」

「僕だよアンリエッタ、この扉を開けておくれ」

 

 アンリエッタは扉に駆け寄る。

 

「ウェールズ様? 嘘、貴方は、勇敢に戦い、死んだと」

「それは間違いだ。死んだのは僕の影武者さ」

「そんな………だって、風のルビーも」

「敵を騙すのは味方からって言うだろう? まあ、信じられないのも無理はない。では、僕が僕であるという証拠を示そう」

 

 アンリエッタは震えながらウェールズの言葉を待つ。

 

「風吹く夜に」

 

 ラグドリアン湖で何度も聞いた、秘密の合言葉。アンリエッタは返事するのも忘れ扉を開ける。

 

「入っていいかい?」

「ええ、ええ! どうぞ、ウェールズ様!」

 

 見間違いようもなく、そこにいるのはウェールズだった。無事だったのだ。

 己の胸に抱き着くアンリエッタに、ウェールズは優しく微笑み抱きしめる。

 

 敗戦のあと、巡洋艦に紛れトリステインの森に潜伏していたという。敵に居場所を悟られぬよう移動しながら、2日前にこの近くへやってきた。

 

 そして彼女と二人っきりで話せる機会を伺っていたのだという。

 

 アンリエッタは城にとどまるようにいう。今のアルビオンはトリステインを攻め込める力はないのだ。なればこそ、今ならば正式に亡命を受け入れられる。しかし、ウェールズは首を横に振った。

 

「僕はアルビオンに帰らなきゃいけない」

「馬鹿なことを! せっかく拾った命を、わざわざ捨てに行くと言うの!?」

「それでも僕は戻らなきゃならない。アルビオンを、レコン・キスタの手から取り戻すために」

「御冗談を!」

「冗談なんかじゃない。その為に、君を迎えに来たんだ」

 

 信頼出来る人間が必要だと、勝利に君が必要だと、心の支えがあるだけで僕は戦えるのだと、甘い言葉にアンリエッタはさめざめと泣き出した。

 

「相変わらず泣き虫だなあ、君は」

「だって……だって、悲しいのですもの」

「喜んではくれないのかい?」

「喜べませんわ…………だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アンリエッタはウェールズに杖を突きつけた。

 

「アンリエッタ?」

「……………言うはずが、ないでしょう、言ってくれるわけがありませんわ! あの方が、わたくしに国を捨てろなどと、言ってくれる筈…………!」

 

 アンリエッタは王女だ。無知ではいられない。その力が何を成せるか、その地位がどれだけの影響を与えるか知ってしまった。

 

 だからこそウェールズが最期、自分ではなく名誉を選んだ理由も、理解した。しているのだ。

 

「その姿で、その声で、それ以上その方を侮辱するな!」

「…………………あ〜〜〜。だっる」

 

 アンリエッタの怒気に、ウェールズの姿をした何かは嘆息する。優雅さのかけらもない、街のごろつきのような態度。

 

「可笑しいなあ。可笑しいだろ? お前、もっと馬鹿だったろ。何の疑問も持たず結ばれる未来を信じて永遠の愛をあっさり誓って、誓われないことに不服を感じる夢見がちのお姫様だったろ」

「………………! 何処でそれを!?」

 

 怒りと羞恥で顔を赤くするアンリエッタ。ウェールズの姿をしたそれは、ケヒケヒと笑う。

 

「男でも知っちまったかぁ? だとしたらやだなぁ、味が濁るんだよなあ!」

「応えろ!」

「応えろ、ねえ? 簡単だ、此奴の『血』に刻まれていた」

 

 と、己を……いや、ウェールズを指差しながら応える。

 

「……スキルニル?」

 

 血を吸った相手に化ける人形を思い出すアンリエッタ。ウェールズの姿をしたそれはやはり笑う。嘲笑っている。

 

「違うね。だがまあ、答えなんてどうでもいいだろ。お前は俺を招いた………それが全て。はい、おしまい」

「!?」

 

 一瞬で接近され、首を掴まれた。

 

「血はいらねえ。処女じゃねえかもしれねえし、生きて連れてこいってことだからなぁ。ああ、不安か? 泣き出しそうか!? なら、この声で愛を囁いてやろう。この姿で、慰めてやろう…………嬉しいだろ? 嬉しいよな? どんだけ愛を語ろうと、お前等人間はさぁ、生きてるから食って寝て増えて快楽を貪るのが大好きだもんなあああ!!」

 

 ゲラゲラと全てを見下す嘲笑を聞きながら、アンリエッタは意識を手放した。

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