「なんで城に向かうの?」
「ウェールズの姿使ってやれることはあの姫様の誘拐だろうからな」
少なくともケントならそう使う。
「…………使うんだ」
「策謀ってのは相手が嫌がる事をする。そして大抵それは自分もやられて嫌な事だ」
やられて嫌なことをするのが戦争。ならば当然、やられた側の対応も考えるべきである。
「俺を叩き潰せる力もないくせに、俺の友を利用した。要はそれだけだ」
城にたどり着くも既にアンリエッタは姿を消していた。賊が向かった方向はラ・ロシェール。向かうはアルビオンだろう。
竜騎士達が追いかけているらしいが…………。
「俺達も向かうぞ」
竜騎士隊…………トリステインのエリート達。相手がただウェールズに化けているだけなら問題ないだろうが、仮に死者蘇生なら果たしてそれは殺せる相手か。
ケントの予想は現実となった。
馬に追いついた竜騎士隊は一度は賊の一団を完全に制圧した。油断なくとどめを刺した。にも関わらず死体が立ち上がり魔法を放つ。
竜騎士達は一人残して全滅した。
遅れてケント達が追いつくと魔法が飛んでくる。ケントはあっさり防いでみせた。
「やあ、久し振りだね」
そう言って草むらの陰から現れるのは、やはりウェールズの姿をしていた。タバサ達は水の精霊から聞いていたアンドバリの指輪を思い出す。
ウェールズの死体に指輪を使い偽りの生命を与えいるのだろう。
「姫様を返しなさい!」
「おかしなことを言うね、ミス。彼女は自分の意志で僕とともに居る」
その言葉に従うように草むらから現れるアンリエッタ。ケントは目を細める。
「姫様! こちらにいらしてくださいな! そのウェールズ皇太子は、ウェールズ様ではありません! クロムウェルの手によってアンドバリの力で操られる偽物です!」
しかしアンリエッタは応えない。
「姫様?」
「見ての通りだ。さて、取引といこう」
「黙れ」
ボッとウェールズの腹部が消し飛んだ。
「……え」
敵も味方も呆気にとられる中、ケントは一歩前に出る。他のメイジ達が慌てて呪文を唱え、首を切り落とされる。
「ケント。我が友よ、聞いてくれ。僕は………」
「あの男が愛する女を戦場につれていくかよ。姿を語り、愛まで騙らせるか………だがまぁ、滑稽だな。その態度、記憶を完全に複製できるようだが、魅了で操らなきゃその体に惚れてた女一人攫えないとは」
「………………………」
「分体とは言え夜の貴族。堕落の魔性と謳われたお前が、どんな気分だ吸血鬼」
え、とエルザが反応する中、ウェールズはポカンと固まり、クックッと笑い出した。
「あ〜! そうか、そうか! お前もあっちから来たのか!!」
ゲラゲラ下品に笑う様は、姿形がどれだけウェールズを模そうと彼とは似ても似つかない。
「だが、なら解るだろ!? 俺は吸血鬼! 不死の大妖! 下等な人間なんざに殺される道理はねえ!」
ウェールズが腕を振るうと周囲のメイジ達が風竜の死体に噛み付き牙をつきたてる。確かに死んでいた筈の風竜が起き上がり赤い眼球でケント達を睨む。
失った手足も生えている。明らかに他の動物の一部。吸血鬼の分裂能力と変身能力、眷属化の合わせ技だろう。
「我が名は『
「…………馬鹿が」
「ヒャハハハ───は、あ?」
高笑いするウェールズは、しかし気付けば周囲が更地になっていることに気付く。当然彼の部下もすり潰されていた。
「
「け、賢者!? それがなんだってんだ!」
「ああ、お前若いな? 見下してる癖に人間程度に使われていることといい………封印されて力だけ利用されているタイプか。世間知らずの吸血鬼。なんだ、下等生物以下だな」
「殺す!!」
屈辱に身を震わせるウェールズが叫ぶと竜とメイジがいた場所に残っていた大量の赤い液体がウェールズの背後で混ざり合い、竜をかたどった巨大な肉塊が生まれる。体の各所に存在する数多の眼球がケントを睨む。
「ヒッ!」
おぞましい姿にルイズ達が怯える中、ケントは一節の詠唱を唱える。
「
悪性魔力変異体。それがケントの前いた世界における吸血鬼の正式名称。血に宿る魔力が変質し、魂を汚す悪性変異。
魔力そのものである吸血鬼は魔力を求め血を啜り、魔力を侵し増殖する。
それ専用の浄化魔法もあるが、この程度に必要ない。一般的な
バシャリと歪な肉塊は消え去りウェールズの形をした肉体はそのまま倒れた。
「…………その肉体、人形か」
スキルニル。血を吸った対象に化けるマジックアイテム。血はワルドの剣か、或は事前に取っていた物を使っていたのだろう。
あの吸血鬼、肉体の構築には相応の血が必要らしい。血の一滴から万軍を生み出した『
「お前は何時のウェールズだ?」
「君に、会ったあとだよ」
吸血鬼の魔力から解放されただのスキルニルとなったウェールズの複製体は記憶に従い笑う。
吸血鬼の魔力に侵されたその体は既にボロボロ。直に壊れるだろう。
彼の頼みを聞いて一同はラグドリアン湖に移動した。
「ウェールズ様………」
「よしてくれ、ここに居る僕はただの人形。ウェールズの血を元に動くスキルニルに過ぎない」
「いいえ………いいえ! 貴方はウェールズ様です。ただ一時の存在だとしても、貴方の言葉は、貴方の目は、間違いなくウェールズ様でございます」
「…………アンリエッタ」
ケントはウェールズを見ると立ち上がる。
「行くぞ」
「え、ど、何処に?」
「最期の時ぐらい、2人っきりで話したい事もある」
なにせ二人は恋人同士なのだから。
「待ってくれ」
そんなケントを呼び止めたのはウェールズ本人。
「ケント………身勝手なことを、頼みたい」
「…………………」
「今回の件で解った。敵はこちらの想像以上に強大で、異質………」
まあ、ケントの世界の吸血鬼がいるぐらいだし。
「アルビオンは滅ぼす。お前の死を利用したからな………個人的な理由で悪いな」
たった一人の強大な存在が国の未来を左右する。まあ良くある話だ。アンリエッタは権力という力で危うくこの国を滅ぼしかけたわけだし。
「どうせ敵対するなら、僕の代わりにアンリエッタを守ってほしい」
「………………………」
「頼むよ」
「………………はぁ」
ガシガシと頭をかくケントはその場で膝をつく。
「偉大なる空の王族よ、我が師ニクス・ルイミニアと、我が王ルシア・セザルの名に誓いましょう。貴方が愛した女をこの戦争のあいだ守り抜くと………だからどうか、今度こそ迷いなき旅路を」
「……………ありがとう、我が友よ。今度こそお別れだ」
今度こそアンリエッタとウェールズを置いてその場から離れる。
「ご迷惑を、おかけしました」
暫くして泣き腫らした顔でアンリエッタが戻ってきた。その手に握られるのはスキルニル。最早込められた術式も砕け散ったただの人形。
「あの吸血鬼は魅了を使っていた。貴方は、愛しい男の姿と声を借りたあれの誘惑を振り払った。であるなら、今回の騒動の責任は貴方にはありますまい」
強いて言うなら、間違いなく騒ぎにならぬよう城に手引きした人間がいるだろうから、それを王宮に入れている未熟さだろうか。
「あの時の無礼を謝罪いたします」
「よしてください、使い魔さん。あの時はわたくしが愚かだったのです………愚かなままでいられたら、そう思ってしまいますが」
「思うだけなら自由でしょう。それは誰にも止める権利はありますまい」
行動に移さないでいられるなら、それは本人の自由だ。むしろ頭に過ぎり尚自制できるなら………
「私はそれを敬服いたします」
「……………ありがとう」
アンリエッタは不器用な笑みを浮かべた。
「…………ウェールズ様と、本当に仲がよろしかったのですね。夫人から聞いてはいましたが、半信半疑でした」
「誇りを尊重し、命を見捨てるような友ですが」
「いいえ。だからこそ、貴方はあの人の友になれたのよ」
今度は悲しそうに笑う。
「…………城に戻ります」
その言葉にシルフィードが背を低くする。ケントがアンリエッタの手を取り背に導く。
飛び立つ竜の背から朝日に照らされきらめくラグドリアン湖を見る。
アルビオンとトリステインの絆を象徴する虹色に輝く水面を、ケントは太陽の角度が代わり白い輝きになるまで見つめ続けた。