「逃げる………ですか? そんな、簡単に……」
「いえ、確かに効果的ではあります。『逃げ出した』という事実は存外大きいのですよ」
ケントの提案に、単純すぎやしないかと困惑するペルスラン。しかしオルレアン夫人は流石、大公の妻だけあり貴族が逃げる重さを理解している。
「ですが、貴方の言うように
何処にいても、シャルルの後を継ぐシャルロットを逃さないのではないか、そう不安そうに尋ねる。
「でしょうね。ただ、大公派は別だ」
仮に、シャルルの忘れ形見であるシャルロットを立てることに成功しようと一度逃げ出したという事実があれば、それは傷になる。その神輿から離れる者は必ず現れる。
「ジョゼフ王の采配により、大公派はタバサ………シャルロットさえ杖を掲げれば動ける状態に留まっている」
逆に言えばシャルロットを影から守り、こっそり接触し自分達の戦力を見せるだけの余裕はない。ジョゼフの娘の側近に大公派らしき男がいたが、あれ多分シャルロットに接触させ大公派の頭に据えさせるためだな。
一歩間違えれば自分の娘が暗殺されてたというのにまるで気にしてないあたり、ジョゼフの興味はシャルロット…………ひいてはシャルルだけなのだろう。
「そのバランスが崩れれば、大公派は活動が困難になる………もとより泳がされているだけの、それにも気付かぬ集まりだ」
「しかし………」
「ええ、しかしジョゼフ王がいる限りまた戻されるでしょうね。ただ、ジョゼフ王の真意を家臣は知らない。要するに、逃げるタイミングですよ。大公派が焦れて動いたタイミングで逃げちゃいましょう」
行動を起こした大公派。そのタイミングで据える筈の神輿を失えば、混乱したところを潰される。
「多くの犠牲が出ますね」
「どちらにしろでしょう」
大公派がシャルロットの意向を無視して神輿に据えれば両者から多くの死者が出る。大公派がまともに行動出来なければ、国王派の犠牲は最小限で済む。
「その人達を、見捨てるの?」
「国を乱してまで叶えたい願いがある奴まで、俺は面倒を見れない」
もし仮にジョゼフが簒奪者だとしても、その政治手腕は間違いなく一級。国も富んでいる。
ケント達の国では重要なのは正当性よりもどれだけ国を潤し民を富ませるかだ。一家全員皆殺しにしようと、民をより幸福に出来たのなら血縁のない連れ子だろうと当主に据える。まあ、それ実用されたの過去に1人だけだったけど。
「たいていの人を殺してまで地位を、って奴等はその地位そのものに執着してるからな。国民の為なら王さえ殺すと王を前に言い切ったような奴はそうはいない」
「そういては駄目な存在………」
タバサは引いた。
「どのみち大公派がシャルル大公生存時点で内乱を起こすつもりだった以上、生かす理由は特にない。強いて言うならジョゼフ王の慰撫」
シャルルの遺した娘がシャルルを崇める者達を率いる。シャルルとの遊戯は続いていると、そう思えるのだろう。弟の名前船につけたり、シャルルの日記を読んで推測する限り互いに拗らせた兄弟みたいだ。
「ちなみにさらに望ましい状況は、屋敷に心が壊れた母がいるのにって状況ですね。というわけで、はい」
と、ケントが取り出した人形をオルレアン夫人に渡す。
「血を染み込ませると本人そっくりに変化する魔道具です。こちらにもあったので、改造して術を解かない限り死体も残る特別製。これを屋敷においていきましょう」
その間に本物は、ゲルマニアのケントの領地にでも匿えばいい。
「御嬢様に、母を見捨てた汚名をかぶれと!?」
「いやか? なら、後は降嫁………家を降りて地位を捨てるか。キュルケに弟いたっけ? 本当の姉妹になれるぞ」
「………………貴方は?」
「まあ」
じっとケントを見つめながら尋ねる娘の姿にオルレアン夫人はそのような場ではないと知りつつ声を漏らす。
「ああ、俺、魔法で皇帝の許可なく婚姻できないよう誓約掛けられてるから」
因みに婚姻しない限りは問題ない。
「……………………そう」
「まあどちらにしろお前の母親の保護は必要だ。オルレアン夫人、貴方の意思も確認せずに話を進めてしまいしましたが、いかがいたします?」
「………よろしくお願いします」
どちらにしろ、自分がタバサの枷であることは変わらない。保護されておけばタバサがどのような道を選んでも、すぐに動ける。
「貴方は、私に嘘をついていましたね」
扉の外に控えていたリシューと合流し、充てがわれた部屋に向かっている途中リシューが口を開いた。ケントは無言で続けろと促す。
「『オルレアン公派であっただけで父は殺された』と言った私に、それだけで十分とあなたはいいました。
「ああ、お前の親父は新王を立てた立役者の一人って地位の為に、国を乱そうとした強硬派の一人だ」
「……………何時から」
「お前を見つけた時から。調べてないはずないだろ?」
つまりこの男は、知っていたのだ。自分を引き入れに来たその時から、「オルレアン公派であった、それだけを理由に殺された父の無念を………!」と嘆いていた娘の恨みが見当違いであることを。
「何故………」
「言って信じたか? 今だって、信じたくないくせに」
「……信じますよ。貴方は、私に嘘を付かない」
「なんだつまらん」
信じず襲って来れば色々出来たのに。
「………貴方は戦争が好きと言っていましたね。シャルロット様を誘導しようとは思わなかったのですか?」
「俺は火種に風を送るし、油も撒く。でも火種は作らないし、相手が子供でしかも教え子なら火種の消し方も教える事にしてんだ」
「何故?」
「だって俺は『賢者』だから。魔なる法で
リシューは目を細める。
地獄を作らないように自制していると言うこの男は、きっとその地獄を前にしても、自分と違い後悔など一つもせずに笑うのだろう。炎と血が大地を染め上げ、悲鳴と怒号が空を震わせるその地獄で笑えてしまうのだろう。
「…………あなた、本当に元の世界に帰る気があるのですか?」
「ああ、漫画の続き読みたいし、ゲームも好きだったからな。魔法もなく魔物もいない世界………だからこそ幻想を夢見て生まれる物語は、前の世界もこの世界にも出せない味さ」
つまりはその娯楽のため。それらを持ち帰ったり定期的に購入出来るようにしたいだけなのだろう。
「それに………
「そういえば転生というのをしているのでしたか」
「ああ、新たな生に転じるには、一度死ななきゃだからなぁ。次死ぬなら老衰がいいな」
まあ、そもそももう老いないのだけれど。