空間をデルフで切ると、裂け目の向こうに映るのは別の屋敷。ケントが所有する屋敷であり、リシューの普段の職場でもある。
「あ、リシューお姉ちゃん、旦那様、おかえりなさい!」
「ケント様! やった、今日のお菓子は美味しいやつだ!」
ケント達の姿を見つけ駆け寄ってくる子供達。あれ、と辺りを見回す。
「ジョゼットはいないの?」
「ああ、今日はこの人を連れてきただけだ」
と、漸く知らない人間がいることに気付く子供達。ニコリと微笑むオルレアン夫人。子供達はおずおずと近寄っていく。
「大丈夫? 凄い、具合悪そう」
「え? ああ……」
長年精神を蝕まれていたオルレアン夫人はまともに食事なども出来ず痩せこけていた。そんな彼女を心配そうに見つめる子供達。
「はい、大丈夫よ。病気はもうルイミニア殿に治してもらいましたので」
「そっか!」
「よかったね、嬉しいねえ」
「すごいよね、何でもできちゃう」
「何でもじゃない。できることだけ」
その出来る事が多いだけだ。因みにタバサは背が低いからか子供達に絡まれまくっていた。
「オルレアン夫人の部屋を用意しておけ」
「はい」
近くのメイドに言伝を頼むケント。恭しく礼をするメイドはオルレアン夫人を案内しようとする。
「ルイミニア殿………いいえ、ルイミニア大公様」
「奥様?」
「私をここで働かせてください」
「ほう?」
「奥様、何を!?」
元とはいえ大公の妻が孤児院で働くという。金銭ではなく忠誠でそばにあり続けたペルスランは目を見開いて叫んだ。
「この地に訪れた時点で、私は全てを捨てたのです。土地も、地位も。それなのに大公妃として扱えなどと厚かましくも願えましょうか」
「…………………ふぅむ」
「それに、ここで使用人として働いていれば、『逃げたのではなく雌伏の時を過ごした』などという言い訳も立たないでしょう?」
まあ、確かに地位を諦めきれずオルレアンを立てようとする輩は一人でも消しておくべきだろう。
「………………」
「んな目で見なくても病み上がりの女性にきつい仕事なんかさせねえよ。令状全部ルノアじゃねえんだ」
因みに『商利の聖女』ことルノア・ルーンドラクト・アストラメラクがキングヒュドラの毒食らって3日間寝込んだ時は病み上がりに毒使った暗殺者の組織『蛇の目』を壊滅するよう命じた。一度食らって毒の耐性を手に入れたルノアは暗殺者の巣窟をひき肉工場に変えた。
「子供達への魔法、および勉学の教師をお願い出来るでしょうか?」
「はい。それと、敬語は不要です」
「そうか…………生徒達の経過観察報告書も作成しているので、書記係に話せばその辺り代筆する」
希望者を募りこの世界の魔法、剣との世界の魔法、前の世界の魔法、そのどちらも学ぶ3グループに別れ、習得速度や成長速度を記録していたりする。
「ただし体調を戻してからだ」
「はい、心得ております」
「ならいい。行くぞ、タバサ」
「………………」
再び空間を切り開く。リシューの名を呼ばないのはこのままここに戻すからだろう。そう察したリシューは何も言わない。
「母様、また、会いに来ます」
「……………このまま、貴方も此処に残っていいのよ?」
何も危険な仕事に残る理由などないのだ。
「いいえ、私は、見極めなくてはなりません。『生き残り続けた責任』と、『知ろうとしなかった責任』があります」
「シャルロット…………」
真面目なやつだ、とケントは思った。
確かに生き残り続けた結果シャルル派が「流石『シャルル様の血筋』!」と調子づいただろう。ちょっと調べるだけでタバサがトライアングルになった時に派閥の勢いが増した事は簡単に分かった。だがそれは杖とペンを履き違えた馬鹿の責任。
知ろうとしなかった事も…………まあ、王族とはいえ忙殺されていたのだから仕方ないだろう。少なくとも行動に移し混乱を齎す前までは仕方ないで済ませられる。
「ごめんなさい、母様。これからも危険なことをします。また、国を乱してまで父様の仇を討ちたくなるかもしれません」
「シャルロット………」
「でも、私には友達がいます。師が居ます。母様が、居てくれます。きっと、それを導に踏み留めるから………だから、見守っていてください」
「……………ええ、ええ、シャルロット」
戻ってきたタバサをキュルケも抱き締めた。彼女もまた、タバサの意思を尊重するようだ。
「手を貸してやろうか」
「……………………………この世界の珍しい魔法が関わっているなら」
「消極的だな。俺最強なのに」
「だから」
と、タバサはケントを見据えて言う。
「誰よりも強い貴方だから、私は取り返しの付かない選択を選べてしまう。なにより、貴方に我慢を強いる」
ケントはその言葉に目を細める。
「戦争が好きな貴方に、戦争の火種である私の隣で、息を吹きかけず燃料をかけず見守れとしか、私は言えない」
「それは確かにキツイな。魔術の研究が出来んならともかく」
ツンと続くだけで戦火を広げる火種を前に、何もするなと。それは確かにケントにとっては辛いことだ。ましてや相手は始祖の魔法を使う虚無の魔法使いのかもしれないのだ。火種を知っているのと火種の側にいるのはまるで違う。ケントとて戦火を広げたいわけではないが、やはり好きなものは好きだ。我慢は身体に良くない。
「俺の扱いをここまで短い期間で理解したのはお前で2人目だ」
「2人目?」
「一人は我等の王、皇帝ルシア・セザル」
理解を示すことは当然なかったが、散々利用はしてくれたが。具体的には戦力が足りない隣国に格安で貸し出し、貸しを作り、その値でケントを英雄に据えて支配しやすくしたり。
トリステイン王国、王城貴賓室。
アンリエッタは息が詰まりそうなほどに緊張していた。
「そう緊張するな。と言っても、私も同じ年の頃は他の王達相手に緊張したものだ」
「い、いえ………しかし、我が国の貴族がそちらの大公に」
「構わんさ。どうせ帰れるなら帰れるだろうに、都合のいい休暇に利用したのは彼奴だ。だが、そろそろ休暇も終わりだ。とはいえ、こちら側から送れる物資も人員もいまだ少ない。私も立場上そのような状態で何度も顔を出せないのでね、これを渡しておこう」
「これは?」
「皇帝印。これを見せれば、自由人の奴でも従わざるを得ない。せいぜいこき使ってやるといい」
他国の大公をこき使うなど普通に考えれば大問題だ。しかしよりによって皇帝からのお墨付き。どうするのが正しいのだろう。試されているのか、本当に勝手に出ていった部下に怒っているのか。
「因みに10回使用すると消滅する」
「は、はあ」
「迷惑をかけただろう、あの戦狂いは常識があると思い込んでいる非常識の塊だからな」
「……………いいえ、助けていただきました」
きっと、あの人でなければウェールズは志半ばで死んでいただろうし、自分は彼の最期を超えた先に会うこともなかっだろう。
「そうか。今後も、良き関係を築けることを期待している」
「はい」