賢者は使い魔   作:超高校級の切望

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北花壇騎士団

 ガリア王国の首都リュティス。人口三十万の王都の東に位置する王族の住まう宮殿ヴェルサルテイルに存在する小宮殿プチ・トロワ。

 

 ヴェルサルテイルの中央にて政治の杖を振るう現王ジョゼフ1世の娘、イザベラはそこに座し嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

 美しい女であった。ガリア王家の証したる青い髪。貴種たる美貌。切れ長の瞳に艶めかしい唇。微笑むだけで多くの男を魅了するだろうに、一目で見て取れる嗜虐性が微睡みを打ち消すだろう。

 

「あの人形娘、どんな顔をしているのかしらね!」

 

 ケラケラと下品に笑うイザベラ。彼女はタバサが怯える姿を晒すと確信していた。

 危険な仕事から表向きに出来ない仕事までこなす北花壇騎士団のタバサ。彼女の髪は青………つまり、王族。そして、今はなき王弟の娘。正確には、王弟になる筈だった男の娘。

 

 イザベラの従姉妹だ。そして、イザベラはタバサを嫌っている。彼女がトライアングルだからだ。

 対してイザベラはドット。その年のメイジとしては平均的だが、魔法に優れた筈の王族としては間違いなく落ちこぼれ。彼女の父に至っては、魔法を使えない『無能王』。

 

 当然周囲と比べられ、誰もがタバサの方が王族の娘に相応しいと思っているし、イザベラ自身もそれに気付いている。

 

 嫌って、見下して、嘲って………そうして自分を保つ哀れなハリボテの仮面を被る少女は、ある種エルフ以上に恐れられる吸血鬼を倒せと連絡を送り、来る怯えた顔を心待ちにする。

 

「シャルロット様が参られました!」

「だから彼奴のことは『操り人形』と呼べと言ってあるじゃないの! 『人形7号』で十分よ、まったく!」

「失礼しました。7号様、参られました」

 

 タバサ………本名をシャルロット。真に王に相応しい、卑劣なる簒奪者に王位を奪われた悲劇の正統後継者………それを守ることに酔う貴族や騎士達はせめてもの抵抗で、こうして彼女の名を呼ぶ。

 

 イザベラはますます不機嫌になるが、彼等は気にしないのだろう。

 

「それと、その………」

「なんだい?」

「連れが、居りまして………」

「はぁ、連れぇ?」

 

 まさか大公派の一部がとうとう表立って彼女を守ろうとしているのか? もしそうなら、全ては無理でもそれなりの数を検挙できるかもしれない、とほくそ笑む。

 

 一部の騎士が拳を握りしめるのは逸った同胞への怒りだ。

 

「その男も連れてきなさい」

「は、はは!」

 

 暫くして、入ってきたのはタバサと一人の男。首から顔にかけて入れ墨が掘られている。見えないだけで、服の下にも広がっているのかもしれない。

 

 顔立ちはこの辺りでは見ないタイプだが、端正な顔に侍女達はほぅ、と見惚れる。が、貴族やイザベラはそれよりも気になるものがあった。

 

 彼の髪だ。殆どが黒。なれど、一部が白と()。ハルケギニアに存在する如何なる染料でも真似できぬ王家の証。

 

「…………お前は、誰だい?」

「ケントと申します。この度、タバサ様に雇われたしがない傭兵でございます」

 

 その仕草は、無礼にならない程度の礼節を学んでない傭兵のそれ。考えすぎか、とイザベラはケントを見つめる。

 

「おほ! おほほ! 雇われた? 人形娘も、吸血鬼は怖いってことね! 滑稽だわ、おほほほ!」

 

 イザベラが挑発するもタバサは特に応えた様子はなく、ケントも怒りに震えることはない。演技には見えぬが、さて。

 

「しかしその人形が払える金などたかが知れてるだろう? その金で吸血鬼と戦うのかい?」

「個人的な、金とは異なる報酬があるので」

「へえ? それは、まさかその貧相な体かい?」

 

 クックッと喉を鳴らすイザベラ。まさか、とケントを睨む一部騎士。

 

「いえ、戦いを」

「…………戦い?」

 

 望んだ言葉とは違い、少し不機嫌に睨みながら聞き返す。

 

「危険な任務を負う騎士と共に居れば、それはそれは愉快な戦いが舞い込むでしょう? 特に、青髪の娘ともなれば」

「………………」

 

 それは暗に『お前達がこの子を殺そうとしているのを知っている』という挑発にも取れるが、イザベラは暇つぶしで自身に仕える悠久の時を過ごす傭兵を知っている。さて…………。

 

「その髪が何を意味しているか知っているんだねえ。ガリア出身なのかい?」

「いえ、旅人です」

「へえ! 旅人! 遠路はるばるご苦労なことだ! なら知ってるかい? この国の王が何と呼ばれているか!」

「…………いえ」

「『無能王』だ! 失礼なことだろう?」

「王の加護する国に住みながら、そう宣える民がいるならそれこそ無能でしょう」

 

 ふん、と鼻を鳴らすイザベラ。その程度の言葉、いくらでも取り繕える。故に、もう一つ尋ねる。

 

「『無能王』にはたいそう優秀な弟がいたそうだよ。死んじまったけど、今でも彼こそ王に相応しいと宣う不敬な奴等がいるとか。お前はどう思う? 優秀な弟と、無能な兄。どっちが国を治めるべきだと思う?」

「兄」

 

 即答だった。イザベラが思わず鼻白む程だ。

 

「理由は?」

「わけも何も、死人に国は治められないでしょう? 害悪でなく無能ならば、死んでる王より有能ですからね」

「………………はっ」

 

 確定した。こいつは大公派ではない。

 

「はははは! そうか、そうだね! そんなことにも気付けない大公派は、あんたには滑稽に映るんだろうね!」

「見なければ映りませんが、見せてくれるので?」

「馬鹿を言うんでないよ。私の前にそんな危険な輩を連れてきて、嘲笑うのがお前だけなんて割に合わないだろう。ああ、ほら……いったいった」

 

 シッシッと、聞きたいことも聞き終えたイザベラは立ち去るよう命じる。

 

 

 

「どうしてあんなことを言ったの?」

「あんなこと?」

 

 再びシルフィードに乗り目的の村に向かうタバサ達。不意に、タバサはケントに尋ねる。

 

「戦いが好きなのは本当だ。開発した魔法の、いい実験場になる」

「…………………」

「解っている。お前の父より伯父を褒めたことだろ。どうしてと言われてもな、本心だ」

 

 あっけらかんと言い切るケントはシルフィードの背中でゴロリと横になる。

 

「これでも国の中枢に居た身としては、死んだ王族なんてなんの役にもたたんとしか思わんね」

 

 むしろ彼の者こそ真なる王、なんて理想が肥大化して、その血を引いているだけの息子娘を御輿にしようとする害悪にもなり得る。

 

「生きてる奴にしか、国は治められない。まあ、お前がそれでも殺すというのは、応援してるぞ。さっき言ったが俺は戦争が好きだからな」

 

 タバサが現王を殺せば当然イザベラを立てようとする者達とタバサを立てようとする者達で国が割れる。

 タバサは戦士としては優秀だが王としての教育は受けてないだろう。

 

 戦火に炙られた者は盗賊となり、潰しあい疲弊したガリアに他国が攻め入り、肉を奪い合う獣のように争い戦火はこの大陸を覆う。

 

 それこそ現王が世界の敵にでもならない限り、タバサの宿願は世界を焼く火種にしかなり得ない。

 

 『戦狂の賢者』はその時が来ても来なくても、どちらにしろ無限の寿命の中の一つの出来事として記憶するのだろう。

 

 

 

 

 サビエラ村。リュティスから500リーグほど南東に下った山間。そこの村に訪れた3人の影。

 女性と少女を連れた男は村人の視線を意に介さず堂々と歩く。

 

 何を隠そうケントである。少女はタバサで、女性はなんとシルフィードが先住魔法で変化した姿。

 

「女と子供を連れて………呆れたねえ」

「こないだ来た騎士様のほうが、なんぼか強そうだったがねえ」

「んでも母ちゃん、その騎士様も3日でやられちまった」

「今度は2日で葬式かねえ」

 

 約2ヶ月ほど前、この村で血を吸われ干からびた少女の死体が見つかった。それから1週間ごとに犠牲は増え現在の犠牲者は9人。その中には吸血鬼退治に派遣された騎士も含まれている。

 

 見た目が若く、女を2人侍らせたケントは村人には頼りなく見えたらしい。

 

「騎士なんか当てにならねえ。俺達で吸血鬼を見つけるんだ!」

「となると怪しいのはあの婆さんだ」

 

 そう呟くのは村一番の切れ者として有名な薬師のレオンであった。他の村人もううむ、と唸った。

 息子のアレキサンドルとやって来た占い師のマゼンダ婆さん。彼女は肌に悪いからと、昼間も家にこもっている。

 

 村に訪れたのは3ヶ月前。時期も一致する。村人の顔が怒りと疑念で黒く歪む。その中に恐怖が無いことの意味を、彼等は理解しているのだろうか。

 

「きゅいきゅい! 失礼しちゃうのね、お兄様が弱そうなんて!」

「油断されるならそれに越したことはねえだろ」

 

 憤るシルフィードに特に気にした様子もないケント。

 タバサから借りた杖で肩をトントン叩きながら村長のもとへ訪れる。

 

 事件の詳細を聞く。報告書と大した違いはない。

 

「2人ほど犠牲者が出た後、夜に出歩く村人はいなくなったんですじゃ。でも、あの忌々しい吸血鬼はこっそり家に忍び込み、血を吸うんですじゃ…………」

 

 犠牲者の家の住人が朝に見るのは変わり果てた家族の死体。

 日光に当たれない吸血鬼は恐らく森に住んでいるのだろうと、森に入れる村人もいなくなった。

 

「吸血鬼は屍人鬼(グール)を使役しますじゃろ? 村人達は彼奴が屍人鬼(グール)かもしれないとお互いを疑い、村を出るものまで………」

 

 屍人鬼(グール)なら吸血鬼に血を吸われた跡があるのだが、この様な山間部。ヤマビルに噛まれた者は珍しくもない。

 

 首に傷跡がある者だけでも七人はいる。

 

「……………ん?」

 

 クイクイとタバサがケントの服の裾を引っ張る。コショコショと耳元で囁き、ケントは村長に向き直る。

 

「調査の前にあんたの体を調べさせてくれ」

「私が屍人鬼(グール)だとお疑いになるんで?」

 

 ケントは頷く。

 

「こんな老いぼれですじゃ。見られて恥ずかしいものもありますまい。好きに調べてくだされ」

 

 老いてなお、山育ちのガッシリとした肉体を露わにする。タバサは無表情で調べ、頷いた。疑いは晴れたようだ。

 

「じゃあ……」

「まあ、かわいい!」

 

 調査に行くか、と外に出ようとしたケントは、シルフィードの声に止まる。扉を少し開き、人形のように愛らしい少女が部屋をのぞいていたのだ。

 

「おいでおいで!」

 

 シルフィードに招かれ、少女は村長に助けを求めるように視線を向けた。

 

「お入り、エルザ。騎士様達に挨拶をしなさい」

 

 おびえた表情で入ってきて、硬い仕草でお辞儀した。シルフィードは可愛い女の子が大好きらしく、騒がしい。

 

「なんてかわいいの! 食べちゃいたいのね、キュイキュイキュイ!!」

 

 村人にタバサもシルフィードがそういう関係だと思われそうだな、と思いながらケントは少女を見る。タバサが見つめてきたので面倒くさそうに言う。

 

「調べろ」

「えええええええ! この子も調べるの!?」

 

 タバサが頷き村長が首を振った。

 

「この子は勘弁してやってください」

 

 ガタガタと震える少女を見てシルフィードが頷こうとするがタバサはそれよりも速くエルザに近付く。

 

「………服をお脱ぎ、エルザ」

 

 村長が申し訳無さそうに言うとエルザは服を脱ぎ、白い肌を晒す。タバサは傷一つないのを確認すると頷く。

 

「っ!!」

 

 エルザは瞳に涙をためたまま、着替えも半端に部屋から出ていく。

 

「お兄様、怖がらせたのね」

「失礼をお詫びしますじゃ。でも、堪忍してやってください………あの子はメイジが怖いのです」

 

 1年ほど前、寺院の前に捨てられていたエルザは両親をメイジに殺されたらしい。無礼討ちか、盗賊落したメイジか………どちらにしろ彼女はそれ以来メイジを恐れている。

 

 連れ合いを失い独り身だった村長が引き取り育てたらしいが、彼女の笑顔を見たことがないらしい。

 

「お〜に〜さ〜ま〜?」

 

 そんな境遇の子にあんな怖い思いをされるなんて! とご立腹なシルフィード。ポコポコ叩いてくる。

 無視して村の調査をすることにした。まずは犠牲者の家だ。

 

 

「窓はきつく閉められてるのね」

 

 どの家もそう。吸血鬼に侵入されないよう、夜になると扉にも釘を打つ。寝ずの番だって居た。しかし何時の間にか眠ってしまうらしい。

 

「眠りの先住魔法」

 

 吸血鬼が主に使う魔法らしい。夜に狩りをする妖魔としては妥当な魔法だ。だが寝かしたところで釘が抜けるわけではない。

 

 吸血鬼はコウモリに化けて隙間から入るというが、それは迷信。

 

「もう、煤だらけなのね! キュイキュイ!」

 

 煤だらけになって煙突を調べたタバサをシルフィードが叱るのを横目に、ケントは外が騒がしいのに気づいた。

 

 

 

 十数人の村人達が鍬や棒、果てに松明まで持って一つの家を囲んでいる。

 

「出てこい、吸血鬼!!」

 

 ガシャンと投げられた石が窓ガラスを割る。あばら家の中から四十代程の屈強な男が出てきた村人達に叫ぶ。

 

「誰が吸血鬼だ! 失礼な事を言うんじゃねえ!」

「アレキサンドル! お前達が一番怪しいんだよ! よそ者が! 吸血鬼を出せ!」

「吸血鬼なんか居ねえよ!」

「いるだろうが、昼間は外に出ねえババアが!」

「おっかあを吸血鬼とはどういうことだ! 病気で寝たきりなんだ! 言っただろう?」

「いいから連れてこい、俺達が確かめてやる!」

 

 大した騒ぎだ。

 

「五月蝿いな」

 

 と、ケントの声は不思議と良く通った。

 

「ああ? 何だ、お前!」

「村のために何かしてますと言いたいだけのくだらないアピールなら、日の差さぬ森を駆けずり回ってろ。反撃されない弱者に数で攻め立てるだけなら発情期の豚でも並べてろ」

 

 吸血鬼とは恐ろしい存在だ。確かに力はオークやトロルに劣る。魔法はエルフに劣る。それでも魔法を使うのだ。

 

 ドットすら恐れる平民が、本気で挑めるわけがない。その証拠に彼等は松明を投げつけない。人殺しになりたくないからだ。

 

「偉そうに! 何様だ、てめぇ!」

「こ、この人はお城の騎士なのよ!」

 

 一触即発の気配を察知したシルフィードが慌てて止めようとする。

 

「き、騎士様なら今すぐこの家の中を調べてくだせえ! 間違いなく吸血鬼だ!」

「無駄だと思うがね」

 

 はぁ、と面倒くさそうにあばら家に入ろうとするケント。アレキサンドルが立ちはだかる。

 

「おっかあになにするつもりだ!」

「おいアレキサンドル! 邪魔すんじゃ──」

「邪魔」

 

 ケントが呪文を唱えるふりをして杖を向ける。放たれた業火が渦を巻きアレキサンドルを包んだ。

 

「…………は?」

 

 レオンが固まる中、人の体で最も燃えにくい骨だけになったアレキサンドルがカシャンと膝を突き、その骨も倒れると同時に砕け散った。

 

 さぁ、と風に灰が流され中、あばら家に入るケント。呆然と固まる村人達とシルフィード。

 暫くして戻ってきた。

 

「吸血鬼じゃなかったぞ」

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